13話「真っ直ぐな意思」

 とある森の平けた場所で2人の人物は対峙していた。



 1人は、髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、背中に大きな黒のハートマークが着いた灰色の上着を着た輪道新太という少年。



 もう一人は可愛らしい見た目をしており、茶色のローブに頭部から獣耳が生えている人物。カランという者が冷たい目で新太を見つめていた。



「フォイス…いやカランだったよな。俺はお前を止めるぞ」



「来なよ。どんな人でも結局は自分が一番大事なんだって…気付かせてあげるよ」



 カランは通貨の入った布袋をローブの中に隠す。その布袋には新太達が生きていく為の資金が入っている。



 新太は昨日まで魔法について色々と教えてくれたこの人物を止めなくてはならない。



「戦う前に聞きたいことがある。何で色々教えてくれたんだ…!そんな奴が嫌いなんだろ?」



「それはアラタが他の奴とは違う考えを持ってたからだ。僕の周りには、自分の使う道具や能力、恵まれなかった環境のせいにし、自分の弱さから目を背ける。そして気づいたんだよ…この人は…アラタは、自分だけが強くなるための思考を持ち合わせたら…どんな人物になっていくんだろう…って」 



 新太には意味がわからなかった。自分だけが強くなるための思考?そんなのただの傲慢な人ではないか?



 理解出来ない…分からないこそ許せなかった。



「だけどさ…そりゃあねえよ…何で俺がやりたい事をお前に強制されなきゃいけないんだよ。それに自分でも分かってるさ…仮に友達を守れる様になったとしても、周りからはどんな風に呼ばれるかは分からない。でも憧れてるんだよ。いろんな物語読んでさ自分もそうなれたらいいなって」 



「……」



「俺が負けたとしても、俺のやりたい事は変わらない!こんな俺でもなれるって証明してやる!そして…お前を救ってやる!」



 カランはこの時分からなかった。目の前の少年は自分を救うと。そう言い放ったのだ…。



「わかった…なら、戦おう。どちらの信念が強いか」



 対峙する2人は、それぞれの構えをとる。新太が息を飲むと同時にカランは一気に迫る。速さはロザリー程ではないが、それでも反応は遅れてしまう。



「フッ!」



「ギィッ!」



 カランから繰り出される拳は重く、新太は必死に片腕で魔力を防御に回す。



(この一撃で分かる…カランは強い!)



 すぐに距離を取ろうと後ろに身を引くが、カランはそれを読んでいたのか、ピッタリと新太に離れず姿勢を低くしながら迫る。



(今度は何で来る!?蹴りか?またパンチで来るのか!?)



 相手の行動を読もうと思考を巡らすが…一瞬カランが来ているローブの内側が光ったのを、新太は視界に捉えた。



 ヒュンッッ!!



(剣…!危…なっ!)



 下から切り上げられる剣の軌道に合わせて躱すため転がる。しかし…問題はここからだ。



(こいつの武器はあの長剣か…あのスピードで繰り出されると相当厄介だな。それに能力だってあるかもしれない…神代器の類だった場合はもっとやばい)



(やっぱり身体能力はまずまず。でも実戦経験は…見たところそんなに重ねて無さそう)



 戦況はどちらかと言えば、今はカランに向いているだろう。新太はカランに自分は武器を使ってないと明言してる以上、手の内を見せてないカランの方に武がある。



(くっそ~リーチのある長剣にどう近づくかだな。てか…あんなのよく隠せてたよな)



 カランの身長はおよそ150cm程。取り出した剣の刃は80cm近くとカランの半分ほどの大きさだと結論を出す。だがしかしどうやって取り出した?あの時は姿勢を低くした居合斬りの様に繰り出された。本来なら背中に背負ってないとおかしい。



(これだけじゃ断定は出来ない…大きさを変える事だって出来る武器とかありそうだしな)



 ずっと攻撃されたままだと勝つ事は出来ない。なら今度はこちらから攻めるしかないと勢いよく飛び出す。カランはすぐに構え攻撃に備える。



「おおおおおおおおおおおっっ!」



 魔力を込めた新太の右拳とカランの長剣がぶつかる。その時激しいスパークが発生し眩く発光する。



 カランの長剣は折れる事は無く互いはのけ反る。新太は牽制為に蹴りを喰らわそうと繰り出そうとしたが、簡単に避けられる。



「クソッ!!折れないか!」



「僕だって魔力を込めてるんだ…ハアッ!!」



「チィ!」



 横方向に薙ぎ払われ、新太は身を屈んで回避する。すぐに立ち上がろうと姿勢を戻そうとするが、カランの足が新太の顎下に来ており、サマーソルトキックを喰らってしまう。



「アガッ!?」



 後方へ大きく仰け反り、口から少し血を吹き出してしまう。新太はすぐにバック転の様な動きで態勢を整える。



(やっぱ…強え…くそっ!また来る!)



 下から切り上げられ、今度は上から、右から左からと、あらゆる角度からの攻撃に何とか喰らいついていく新太。



(駄目だ!付け込む隙が全く無い!それに…躊躇いが無い。こいつは平気で人を殺すのに慣れてる!)



 そしてカランの長剣に色濃く魔力が宿る。それと同時に新太も右拳に魔力を込める。



「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」



 そしてもう一度拳と剣がぶつかり合う。



 ピキッ!っと鉄にヒビが入る音が起こり、鍔迫り合いの形からカランは新太に押し負け、拳がカランの胴体に直撃する。



「おっしゃあぁ!!」



 剣を折り、相手を吹っ飛ばした喜びに思わず声が出る。自分も負けてはいないという威勢を張り、プレッシャーを与えていきたいのだが…カランはパンパンと殴られた箇所を叩くだけ。



「効いてねえのかよ…畜生」



「いや?多少効いてるよ。僕だって魔力を防御に回す時間なら数秒あれば、一箇所に集められる。まあ、そんな事出来る奴は沢山いるけど」



(まじかよ…俺まだ瞬時に集めるの難しくて出来ないぞ?俺って世界からしたらめちゃくちゃ弱いんだな…)



 己の弱さを改めて痛感する。カランの表情は余裕そうで、まるで力の差を見せつけている様に見える。



「さて…僕はまだまだやれるけど、もしかしてもうギブアップかい?」



「まさか。戦えるに決まってんだろ!」



 臆する事無く全力で駆け出す新太。しかしカランはその場から移動する気配は無く、全く動かない。



(肉弾戦で差を見せつけるつもりかよ!)



 新太は自分の両腕に魔力を送り攻撃力を高める。一方カランの方はただ姿勢を低く、機会を窺っている様に見える。



 何を狙っているかは分からないし、今更考えたってもう遅かった。この瞬間の新太に出来ることは、ただ突き進むしかない。



 左足を力強く踏み、右腕全体に力を乗せる。しかしその攻撃は空振るだけで、新太の視界からはカランが居なくなる。



(消えっ――。)



 突然腹部に重い衝撃が走る。



「う゛ぉ……!?」



 カランは新太の攻撃を寸前で躱すと、重く、鋭いアッパーカットを当てた。体がよろけ、前のめりに倒れそうになるが、今度は顔に膝蹴りが入り、態勢が崩れる。オマケに左足で右脇腹を蹴られる。



 ゴロゴロと新太は転がり、状況を確認する。



「が……ごぉえ!?ガハッ!エッホ!…っ!?」



 風の切れていく音が聞こえてくる。その音は段々と新太に近づいてくるのを感じ取った。それは未熟者の自分でも何故か理解できた。



 すぐに飛び起き、倒れてる場所から離れる。



 ドガアアアアアアアアアッ!!



 大きな土煙が巻き起こって、その場所からは地面に剣を突き立てているカランの姿がそこにある。



 新太の鼻からは血を吹き出しており、手でその血を拭い呼吸を整える。



(さっきまでは手加減されてたのか!?明らかに最初より攻撃が速いし重い…それに武器を二つ持ってたのか!?)



 目の前に立つカランの手には片手剣が握られており、先程まで持っていた長剣より短いが、それでも殺傷力はある。



「今のはよく避けれたね。流石に大口叩ける程の強さはあるって事だね」



「はっ!いろんな挫折みたいなのを味わって、痛い思いしてきたからな!頑張って努力してここまで強くなったんだよ!」



 カランがニヤリと口角を上げるとすぐに新太に向かってジグザグで迫る。



「ぅぐ!?」



 カランの剣筋は様々な部位を狙って、刃が迫る。新太は避けるのに精一杯で服が斬られ、肌にも切り傷が入る。



 仮に正面から堂々と受けて立ったとしても、戦闘経験が上のカランにはあっさりと斬られる。それを本能で理解していた。



(このままじゃこっちがジリ貧になる!)



 どんどん攻撃は速度を増し、避ける事が不可能になっていく。新太は隙を窺うどころか、魔力を防御に回し反撃が一切出来ない。



(タイミングだ…タイミングを測れ!ほんの数秒のインターバルに付け込むしか…ねえ!!)



 ほんの少しの動き。右から左へと剣が動くのを見逃さないように目を見開き、機会を窺う。



(3~4回程斬りつけてきた後に腕の位置を戻そうする…)



 目論見通りカランは、攻撃に出していた左腕の位置を戻そうとするのが分かった。



「らぁああああああああっ!!」



 ほんの一瞬攻撃が止んだ時、前方に進む全力ダッシュ。カランはまさか突っ込んで来るとは思わず、反応が遅れる。



「ちぃ!」



 舌打ちしつつカランは新太にカウンターを叩き込もうと膝を上げ始める。しかし真の狙いはカラン自身ではなく…



「っ!?」



「捕まえたぞ!このやろう!」



 片手剣を持っている腕を掴み、その持ち手に新太は拳を打ち込む。



「ぅぐ!」



 殴られた衝撃で持っていた片手剣を地面に落とす。だが新太の攻撃はまだ終わらない。掴んだ腕を離さずに自分の方へ引き寄せる。



「ああああああああああっ!!」



 ガッ!!攻撃魔力を乗せた渾身の右ストレート。カランの左頬に直撃し、ついに重い一撃を入れる事に成功する。



 バランスを崩しよろけるが、足に力を入れて倒れないように踏ん張る。カランの口の中には鉄臭い味が舌に広がり、地面に唾液と血が混ざった物を吐き捨てる。右腕は青く腫れるが、動かすのに支障は無い。



「今のは流石に効いたんじゃねえの?」



 一矢報いる事が出来たため、辛い表情が明るくなる新太。が…カランは怒りや苛立ちの感情は一切起こらず、不敵に笑うだけだった。



「ッククク…やっぱり勿体ないな。自分が優先…君がそんな思考になっていけば完全な人になれる。自分のために生きて、自分のために戦う。君はやっぱりそうなるべきなんだよ」



「何度も言ってるだろうが!お前に指図される気は無い!勝手に自分の理想を押し付けてんじゃねえ!」



 新太が否定するとカランはローブの内側でゴソゴソと動かす動作をすると、一つのククリナイフを取り出す。



(まだあんのかよ!!どっかの子守りロボットみたいに取り出すな…でもナイフならカウンターのチャンスは存分にある!)



「それと…あらら」



 左手には銃。リボルバーの形状をした銃を取り出した。



(ちょっと待て待て待て!?それはどっから出したのお!?)



「まだなんとかなるし、避けられるかな?」



「ぎっ!?」



 バァン!!



 銃声が起こり、問答無用で新太に向かって放たれる銃弾は真っ直ぐ進んでいく。なりふり構わず転がって銃弾を寸前で躱す。だが止まってはいけない、直ぐにまたカランは銃の引き金を引く。



「があっ!?」



 今度の銃弾は外れる事は無く、新太の左太腿に命中する。足は突然動かなくなるように、足取りは止まってしまい新太は勢いよく転ぶ。



「っぐ…?」



 しかし痛みはあまり無い。新太自身初めて受ける銃弾の痛みはこんなものなのか?と思ってしまう。



「あ…れ?」



 だが左足に力が入らない。正確には入りづらいの方が正しいだろう。気を抜けば倒れそうになり、新太は唇を噛みながら立ち上がる。



 背後から『ガキンッ!』と撃鉄を引き起こす音を聞き取り、新太は走り出す。



(距離を取った所で不利になるのはこっちだ!なら…一気に迫る!)



 体の周囲に魔力を纏わせる。なるべく足に多く纏わせながら移動するが、ここでも違和感が生じた。



(あ、足の方に魔力が周らない!?)



「おわっ!?」



 頭では気を抜いているつもりはないのだが、体は正直な様で再び転んでしまう。



(もう一発食らうのは流石にマズイ!こうなったら…)



 バアアアアアアアアアッ!!



 銃声は大きな音でかき消され、新太が居た場所から土煙が巻き起こっていた。



「っ!?銃弾はどうなった?」



「ぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!?」



 声のする方向…上から新太は落ちて来ていた。その高さは2~3m程。予想していない行動でカランは固まってしまった。



「あっが!?痛ってえぇ…くぅ~う゛ぇっほ!ゴホッ!」



 背中と後頭部を思い切り地面にぶつけ、手を抑えジタバタする。



「な、一体何したのかな…?」



「へっへへ…内緒に決まってんだろ」



(アラタは力を隠している?けどコイツは武器を一切持ってないと言っていた…近づくのは危険だ…遠距離においてはこっちが有利!)



 もう一度撃鉄を引き起こし、狙いを定める。



 しかし――。



(動かない!?避けようともしていない!?)



 事実新太はその場で姿勢を低くし、左手を真っ直ぐ自分の後ろへと伸ばし構えていた。



(何を…何をする気なんだ?)



(イメージするのは飛行機のジェット…魔力を風に変えて、一気に逆噴射!)



 左手から巻き起こされる風圧は前に進む推進力になり、新太の体は宙に浮き一直線に進む。



「おああああああああああああああ!?」



 新太の思惑では、フワッと浮かんで距離を詰める。そしてジグザグに動いて撹乱する。そんなプランを考えていたのだが…勢いが強く、制御が出来ない。現実は厳しく、もっと精度を上げておけばよかったと後悔する。



「馬鹿だね!自分でコントロール出来ない技を使うなんて自殺行為だよ!」



 ジャキッ!と銃を飛んでくる新太に向け、引き金に指を置く。



「ぐっ…そぉぉがあ!!」



 風圧に逆らって新太の目線から時計で言う3時を指す方向に右腕を伸ばし、精一杯の風を出す。



 無理な体勢からの回避行動なため、むち打ちみたいな痛みが新太の体に走る。だがリターンも大きかった。カランが放った銃弾を避けられた事、言い換えれば弾を一つ使わせれたという事にもなる。



 まあ、新太自身の体はボロボロに近いが。



 地面が大好きと言ってもいい。という程に飛行機の不時着の様にズザーッ!っと頭を擦りながら地面にぶつかる。



「ぐ…あぁ…さ、作戦通りぃ!」



 頭から血を出しながら強がる。それを見てカランは呆れため息をつく。



(痛って~血がべっとり手に着いてやがる…威力の調整は戦いながらやってくしかないか)



(弾はあと三発…リロードしてたらさっきの勢いで距離を詰められる可能性がある。それにまだ撃ち込んだ弾の効力はまだ効いてるはず)



 一人は構え、もう一人はもう一度親指で撃鉄を引き起こす。まだ戦いは終わらない…。



 カランはジグザグに飛び回っている新太に向かって銃弾を撃ち込んでいく。一方の新太もその攻撃を避けるのに必死で勢いよく転びそうになっても、しっかり受け身を取る。直ぐに起き上がり、風をジェットの様に飛び回る。



 隙が生まれそうになったら近づいて、危機を感じたら風を出して離れる。カランはその接近戦を退いたらすぐに弾薬を銃に詰め込む。



 しかしそんな中でも新太は力の調整に関しての感覚を掴み始めていた。



(少しずつだけど…慣れてきてる!まだ転ばないと着地出来ねえけど!)



 イメージとしては、どこかの蜘蛛男の様に飛び回る。だが上手く出来てないのだが…。



(ん?…撃たれた足に力が戻って来てる!)



 勢いよく着地すると同時に、新太は一直線に飛び進む。



「おおおおおおおおおおおっ!!」



(この勢い…!来る!)



 カランはもう片方の手に持っていたククリナイフを構える。ナイフの攻撃に当たる訳にはいかないため、腕を伸ばせば届く距離ギリギリで新太は風圧で直角に進路を変える。



「そんなことだろうと思ってたよ」



 だがカランはそれを読んでいた。新太が曲がった方向ピッタリに銃口を向けていた。



「ま、だだぁぁぁぁっ!!」



 手を地面に向け風を思いっきり出す。見事に不意を突く事ができ、新太は頭上を通り過ぎるタイミングで、右足でカランの顔面にボールを蹴るように当てる事に成功する。



「ガッ…ハッ!!」



 しかしカランの体勢は崩れておらず、その姿を見て新太は驚愕した。怯むことなくすぐに反撃しに来るカランに対応が追いつかない。



「ハア…アアッ!!」



「ガッ!?」



 カランが持っていたククリナイフが新太の肌に突き刺さり、胴体を浅く斜め方向に斬られる。



 だが斬られただけでは無い。距離を取った新太は斬られた箇所を見るのだが、またしても驚愕した。



「な、何だ…これ!?」



 斬られた箇所は凍っていたのだ。透明な色は自身の血で染められ、赤い氷が出来上がっていた。



「い、急いで溶かさねえと!!つかどうやって溶かせばいいんだ!俺!」



 炎なんて出すことは出来ないし、凍傷に関する知識なんかも持ち合わせていない。そして…一つ気付けた事がある。



「お前はやっぱり神代器持ちだった…!」



「いや、こんなのは神代器じゃないさ。概念系とか、魔力では起こせないような現象を引き起こせるのは知ってるだろ?だからこれは魔道具の一種…になるのかな」



(てことはさっきの銃もこのナイフも魔道具…なのか?撃ち込まれた弾丸に細工されてあるのか?)



「アンタに銃は相性が悪いな…」



 弾を当てる事を難しいと判断し、銃を投げ捨てる。正直助かったと思っているが、その思いはすぐに崩れる。



 カランは遠距離からでは無く接近戦を選び、新太に向かって走り出す。



(いや!接近戦はアッチが強い!しかもナイフに斬られたら凍る…)



 絶対当たる訳にはいかない。残っている力を振り絞り、避ける事に全力を尽くす。掠ったりでもすればその箇所は凍ってしまう。時々魔力で風を出し、自身の体を飛ばして無理矢理距離を作ったりするが、カランはピッタリ着いてくる。



(引き…離せねぇ…っ!!)



 段々と新太の表情は険しくなっていく。しっかりとカランは新太の苦しそうな表情を見ると、より一層攻撃は増していく。



(これじゃあさっきと同じだ!それに…)



 痛みが体中を包んでいく。斬られ凍らせた箇所が段々と痛みを増して襲ってくる。



「ハ…アァ…」



 それと魔力を使い過ぎたのか今更になって疲労が募り始めてくる。



「あの自慢の風はどうしたのかなっ!!」



「ガアァァァッッ!!」



 ザグッ!!っと新太の左腕。二の腕辺りにナイフが突き刺さる。



「っ…んの!!」



 負け時とカランの腹を右足で突き飛ばす。刺された箇所からはナイフは抜かれるが、勿論その箇所は凍っていた。



(やばい…やばすぎるぞこれ…隙なんか作れそうにもないし、魔力も…使えるか怪しくなってきた…)



 あれこれ考えている新太だったが、お構いなしに突撃してくる。



「なっ…くっそ!」



 すぐに立ってファイティングポーズをとるが、一気に距離を詰められ再び防戦一方の状態に戻ってしまう。



「どうするのさ!ジリ貧になるまで粘るのか、もう諦めて負けを認める?」



「ッチ!ふざけんな…!諦めれる訳ねえだろうが!おおおおおおっ!!」



 守っていても待っている未来は敗北だろう。だったら攻めなければこの状況を打開する事が出来ない。



 新太にとっては速いジャブ攻撃だったり蹴ったりするのだが一向に当たる気配は無く、避けられ逆にカウンターのパンチを食らってしまう。



 そしてカランは地面に球体の物を投げると、ボンッ!!と周りに煙が巻き上がる。



「っ!?煙玉…目眩しか!」



 あっという間に2人の体は煙に包まれ、互いの姿は見えなくなる。



(どっから…どっから来る?)



 毒ガスの可能性もあるため、腕で口を塞ぎながら警戒を続ける。



「っ!?こっちか!」



 人影が見えた方向に体を向けるが、襲ってくる様子は無い。しかし煙の中から輝く物が新太の視界に捉える。



「うわ!?っぶね…!」



 ギリギリで飛んでくるナイフを躱す。だが、またカランの姿は煙で見えなくなるのだが再び輝く物が近づいてくる。



 今度は体を投げ出す様に飛び込み、足が掠る程度で済む。その箇所から小さく氷の棘が浮き出ている。



(駄目だ!こんな煙の中じゃ奴の姿が見えない。外に出ようとすればそこを狩られる…なら…!)



 急いで立ち上がり、自分の残っている魔力を引き出す。



「はああああああああああっ!!」



「……」



 新太を中心に暴風が巻き起こる。風をただ出すだけなら詠唱はいらないが、詠唱や工夫をすれば少ない魔力で引き起こせる。カランはそれを知っているが、体を浮かされる程の風を出せる新太を見て感服する。



 新太の作戦通り煙は完全に飛ばされ、視界ははっきりと見えるようになる。



「はあ…はあ。まだ……やれるぞ……!」



 静か。静かにカランは新太の背後を取っていた。そして……速く、音を立てず、ナイフを新太の首を目掛け距離を詰めていく。



 斬った箇所を凍らせるナイフが首元に刺されば、致命傷。突き刺されたら氷で呼吸困難で窒息してしまうだろう。



(獲った…!!)



 ただ、カランの攻撃は新太に当たることはなかった。いとも簡単に、しゃがんで、避けて見せたのだ。



(完全に背後を獲っていた…こいつは、殺意を敏感に感じ取れるのか?)



 しかし避けた当の本人は、そんな殺意なんて感じ取るなんて技能は持ち合わせてなんかいない。



 避けられた理由は疲労困憊でその場に座ったこと。そしてその場に立っていたら駄目だ。そんな嫌な空気感じ取れた。



 ただそれだけなのだ――。



(何だ…?さっきの…俺の首が一瞬斬られる感触があった。しかも当たってもないのに、痛みがある…けど今は!)



「オ…ラァ!!」



 振り返って、勢いよくナイフを蹴り上げて叩き落す。あの時のは未来予知というのに近しい体験なのだろうか。だが、違う。あの時得た感覚は『痛み』だけだったはずだ。危なかったからしゃがんで避けた。でも、今は考える時では無い。カランの攻撃が来る。



「ギイッ!?この…!」



「ぐあっ!?」



 カランに蹴り飛ばされ、2人の間に距離が生まれる。



 受け身は取ることは間に合わず、地面に寝そべる体勢になってしまう。すかさずカランは抜刀の様な体勢で一気に距離を詰めていく。



「やべっ!?」



「はあああああああああっ!…あぁ?」



 しかしカランから間抜けな声を発する。カランが持っていた武器は両手銃。新太自身も分からなかったのだ。なぜこの近い距離で両手銃なのか。と。



「くそっ!あああああああっ!」



(そうか!分かったぞ!こいつの武器…神代器が!)



 新太はすかさず両手銃を振り下ろしてくる腕を掴み、見様見真似の下手くそな巴投げで投げ飛ばす。だがカランはしっかり受け身を取り、着地の衝撃を限りなくゼロにする。



「運の良い奴だな…本当…!」



「はは…それ褒めてんのか分からないけどさ。でも、さっきので分かったよ。お前の神代器!単刀直入聞くぞ、お前の神代器はその着ているローブだろ!」



「へ~その根拠は?」



「さっきお前は俺に追い討ちを仕掛けようと迫って来た時、両手銃を出した。あの距離だぞ?もう目と鼻の先だ。経験豊富なお前なら、あそこであんな真似はしない」



 その時の新太は地面に寝そべっていた。その相手に近づいて取り出す武器は銃なのだろうか?いや確実に殺すのならば、相手に銃弾が命中し辛いより接近戦に向いたナイフ等の道具を取り出す筈だ。



「それに最初に出していた長剣だってお前の身長で持ち運びながら戦うのは無理だ。そして武器を選ぶ時、自分自身で選ぶことは出来ない。ならそのローブの内側に武器を出し入れ出来るんだろ?」



「はは…よく見てる。ああそうだよ。このローブは神代器…自分が使いたい武器をローブに入れて、引っ張り出す。こんな風にね」



 ローブを見せる様に広げると、カランの手が吸い込まれる様にスルスルとローブに入っていく。



「手を入れてる時の感触は一切無くてね。武器の形とかが分かったら自由に取り出せるのにね…ほら、長めの剣が欲しかったのに、短刀が出てきちゃった。ある意味不便だけど、持ち運ぶ時の重さはしっかりと無くなって便利。まあ、デメリット、メリットは付き物だからね」



「そりゃあ便利だな。名前とかあんの?」



「勝手に名前を付けてるけど。『選択する意思ピック・オブ・ウィーリング』って所かな。でも能力が分かったからって、何かが変わると思ってる?」



「はっ!そんなの…変わるに決まってるだろ!」



 風を推進力にして新太は一気に距離を詰め、魔力を纏わせた拳を構える。



(一気に距離を詰めて、武器を出させない気か!)



「おおおおおおおっ!!」



 カランはその場から離れ、新太の右拳は地面に当たる。すぐにカランを追いかけ追撃を試みるが、カランの手先から水色の魔力が輝き出すのを見た新太は、風を逆噴射し回避行動を取ろうとするが、カランの方が一足速かった。



「水よ命令する!我に宿し力を使いて、数多を貫く槍と化せ!」



一掃する水槍ワイプ・メルクーア



 水が槍状に形を変え、その槍が数十本と。新太に目掛けて迫ってくる。



「がああああああああああっ!!」



 皮膚に突き刺さり、足、腕、腹部に命中する。槍が貫通した箇所から体から血が流れ出し倒れてしまう。



(多分武器を出させないように接近戦に持ち込もうとしたんだろうけど…弱点は自分で補わないとね)



「ぐ…おお…おおお…おお!!」



 地に伏した新太は、口から血を吐きながら立ちあがろうとする。胸部の氷はいつの間にかボロボロで、皮膚は今にも剥がれ落ちそうになっている。



(まだ立ち上がれるのか!それに…なんだ?アイツの魔力は段々と膨れ上がっている様な…!?)



「お゛…お゛ぉぉぉぉ!」



 歯を剥き出しにして叫びながら、ヨロヨロと足をふらつかせ立ち上がる。



「ひっ」



 そんなカランの口から情けない声が出て、初めて新太に『恐怖』という感情を覚えた。



(何だ?なんなんだ?あの力は…)



 ほんの一瞬。新太の体の周りから別の『何か』を見れた。感じた。それが何なのかは、わからない。



「はあ!」



 そして新太は立ち上がって走り出す。



 カランに向かって――。



(足の震えは無い。痛いけど動ける…なんかあの時に似てるな。ロザリーと戦った時に…でもちょっと違う気がするけど。けどまだ闘える。まだ進めるぞ)



(何で…何で…そんな笑顔でいられるんだ)



 笑っている。笑顔だ。そんな異常性を感じさせる姿を見せられる。近づけさせてはいけない。理性ではなく、本能で分かった。



「…っ!!」



 ローブの中から武器を取り出す。近づけさせたくない。そんな思いが叶ったのか、取り出せたのはクロスボウ。



 でもそれは悪手。



 シュンッ!!と弦が弾く音を立て、矢は風を切って進んでいく。



「はあっ!!」



 新太は地面に両手を向け、勢いよく風を出し自身の体を浮かばせる。



「なっ!?」



 遅かったのだ。今まで新太の戦い方を通せば、気づけるはずだったのだ。



「今になって焦って来てんじゃ無いのか!?カランさんよお!」



 カランの顔に向かって右フック。拳が肌に当たり、カランはきりもみ回転しながら吹っ飛んでいく。



「っぐ…が」



「なんか久しぶりに気持ちのいい一発入れられた気がするなあ…!」



 拳を下ろしたまま、意気揚々と気持ちが舞い上がる。



「プッ!調子に乗るなよ…」



 血を吐き捨てるとカランの雰囲気が変化し、より一段と殺気が増す。両手をそれぞれ左右に広げると、手の周りに水が出現する。新太は生唾を飲みこの先どうなるかの予想を立てる。



(さっきのように水の魔法が飛んでくると仮定する…なら俺に出来ることは風を使っていつもの様に避けること。動いてくれよ…俺の体!)



「水よ命令する!我に宿し力を使いて、我が腕に全てを引き裂く鉤爪を顕現せよ!」



憑依する水獣クロウ・ウィズ・メルクーア



「えっ!?」



 飛んでくると警戒したのだが、水はカランの手に集まっていき、最終的に作り上げられたのは…



「か、鉤爪!?」



 水が形を整えて、カランより数倍大きい水の手と5本の鋭い爪が出来上がっていく。



「くっそお…あんな事出来るのかよ!」



 完全に形が出来上がるとカランは見構える。すると空気が一変し、新太は本能で悟った。今までとは違う…気を抜いた方が負ける。と2人は同じ事を同時に思った。



「っ!!」



 先に動いたのはカランで地面を蹴り上げると、これまでのとは段違い速さで動く。



(一気に決着つけるつもりか!)



 片方の腕に防御魔力。もう片方には攻撃魔力を。新太はこの態勢で待ち受ける。



「あぁぁっ!!」



 カランは左手で新太に突き刺そうとする。そして新太は防御に回した左腕で攻撃を受け止めようと試みる。



「ぅぐ!?」



 鉤爪の先端は深く新太の腕に刺さるのだが攻撃の手は終わらない。



(し、下から水の鉤爪が!?)



 日光に照らされ輝く水は、腹部に突き刺さろうとする。



 当たれば致命傷になる。それはまずい。そして新太の体は脳が下す命令より速く動かした。



「ふんっ!!」



 さらに下から新太の右拳がカランの右手の甲に激突し動きが止まる。手と手がぶつかると新太の遅れた意識は今起こっている時間に戻ってくる。



「くっ!」



 攻撃は止まる事は無く、接近戦は続いていく。新太は防御魔力を捨て、全てを攻撃魔力に腕を纏わせる。



 防御に集中すれば、突き刺さることは無くなる…しかし新太は攻撃と防御を同時に操るのは苦手だ。しかし、こちらの攻撃で軌道が逸れるならこっちの方が良いと判断した新太は、防御を捨てて立ち向かう。



 ガッ!ドッ!…っと2人の動きは速くなっていく。一方が攻めるなら、もう一方も攻める。手で有効打を与えられないのなら、足を使って自分に良い展開を作ろうとする。



 だが都合良く自分の思う通りにはならない。向こうだって楽して勝ちたいのだから。だから最善の手で、最善の策で、二人の思考はさらに加速する。



「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」



 そして一人の右手と、もう一人の鉤爪は…同時にぶつかる。衝撃で平たい地面は割れ、2人は衝撃で同時に離される。



「ま…だだぁ!!」



 子供の悪あがきの様にカランは水の鉤爪を崩すと、残った水は新太に向かって放出される。疲労と予想外の行動で避けられない。



「なあ!?」



 ダメージは無い。ただ水を当てられただけだったのだが――。



「……はっ!」



 一瞬の間。新太は何も考えていなかった。だが気付くのがもう遅かった。カランは背後を獲っていた。あの水は目眩しに使うために油断を誘うために放出したのだ。



「ぐぁ!?」



 脇腹に重い蹴りの一撃が入る。魔力は纏っていなかったため、魔力を纏った一撃は新太の体に相当堪える。



 ミシミシと嫌な音を立てて吹っ飛んでいく。



「あぁ…ぐ。が…は!」



 脇腹を抑え、口から血を吐き、倒れ、悶える。起きあがろうとする新太だが、すぐにカランがマウントポジションを取っていた。



 ドッ!ゴッ!



 新太の顔に、カランは自身の固めた拳を振り下ろす。新太も腕で顔を守ろうするが、ガードは崩される。



 口からだけでなく、鼻から出血する。



 どんどん新太の意識は無くなって行く。目の前の人物が誰なのかさえわからなくなる程に。



(チクショウ…負けたくねえな…あの人に迷惑かけたく、ねえな…!)



 再び新太の腕は動く。カランの着ているローブを掴むと自身の方に引き寄せると、起き上がるように頭突きを喰らわせた後にカランの前に手を広げ、残った魔力で風を起こす。



「吹っ飛べぇ!!」



「あっ!?」



 ボウッ!!手から自分が出せる風をカランに向けて飛ばした。



「ハア…ハア…くっそ…ボコスカ殴りやがって…」



 顔は腫れ上がり、口の中には一本歯が折れて出てくる。



「もう…互いに力は残って…いない…」



 それを聞くと、新太はそっと右腕に攻撃魔力を纏わせる。互いの位置は遠くはない。走ればすぐたどり着く。



 新太の口から垂れた血が地面に落ちると、2人は駆け出す。



(この距離と自分速さなら、武器は取り出せる。大丈夫…自分が欲しい物が出てきてくれるって…なんか信じられる)



 右手をローブの内側に近づけさせる。後は手を入れ込んで、中にあるものを取り出す。もう自分がどんな武器を入れたかなんて覚えてはいない。



 なら…もう後は信じるだけだろう?



 2人は更に近づく。



 カランは右手をローブから引き抜く。



 おそらくこれが最後に取り出す武器。刃こぼれしていて、柄なんかボロボロな何も変哲のない短刀がカランの手に握られている。



「ああああああああああああっ!!」



 目の前の少年より速く、攻撃が届いたのはカランの方だった。少年の腹部には一本のナイフが突き刺さっていた。



「っぐ…」



 視線が下がる。少年の視界には地面に落ちて突き刺さったナイフしか映っていない。



(勝てた…)



 目の前の敵がどんどんと崩れ落ちて行く。ついにやってくる安堵感にカランは包まれる。



「……お前が他人を変えたいって言うんなら」



 すると眼の光が戻っていく。少年は千切れかけた意識の糸を手繰り寄せ、左足にめいいっぱい力を入れる。



「相手の話を聞いた上で自分も変わらなきゃ…意味が無いんじゃないのかよ!!」



「なっ!?」



 倒れる事無くこちらに向かって来る少年を見て、何故か反撃が出来なかった。



 いや…この先に何が起こるのか。カランはもう知っているのだ。



「他人に自分の考えを押し付けるんじゃなくて…自分がどう思っているのかを相手に伝えろよ!!もう一回考え直してこいっ!この馬鹿野郎があぁぁ!!」



 ドッゴオオォォ!!



 カランの顔に重い一撃が入る。その一撃はこの戦いで一番重く…痛かった…。














「師匠!さっきの大きな音って何だと思います!?」



 現在進行形で走っている藍色髪をした少女はリオと言い、薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着けた女の子。



「十中八九誰かが戦闘しているとしか思えないな」



 そして師匠と呼ばれている女性は長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという人物が冷静に返答する。



「もしかして、アラタが巻き込まれている可能性が!?」



「まあ…そうだろうな」



 この2人は新太が修行した成果を見るために、少し離れた場所にずっと居座っていた。しかし当の本人は中々姿を見せないまま時間が経過していると、大きな騒音が聞こえてきたのだ。



 新太がこの場に来れないのは何かに巻き込まれているのでは?と思い来た道を戻っていたのだ。



(何で…何で師匠はこんなにも冷静なの?アラタの身に何かあったらって思わないの?)



「ん?リオ…どうやらあの2人が戦っていたようだぞ」



 銀髪の女性がそう言うとリオは先の方を見つめてみる。そこにはボロボロになった新太とローブを着た人物が2人揃って倒れていた。



「アラタ!」



 居ても立っても居られなくなったリオは飛び出して倒れている新太の元に駆け寄る。近づいた際に体を揺らして起こしてみると、小さい呻き声と共に意識を取り戻す。



「何があったの!?なんでフォイスと一緒に倒れてたの!?」



「待て待て…話します。話しますから落ち着こう?」



 痛みに耐えながら新太が体験した出来事を全て打ち明ける。あまりの出来事にリオは驚愕していたが、それより怒らなければならない事が一つあった。



「なんでそんな事私達に言わなかったの?」



「今その時にどうにかしないと逃げられると思ったんだよ…俺達の今後が掛かってんだぞ?」



「そうだけど…ああもう!それでどうするの?フォイ…じゃなくて、カランは?」



「んぅ…あ?」



 リオが頭を抱えているとカランも意識を取り戻す。そして殴られた箇所にそっと触れて状況の整理を行っていた。



「目……覚めたのか」



「最悪…こんなやつに遅れを取るなんてなあ」



「んだと!?この野郎!」



「ハハ…ねえ…何で僕を救いたいって言ったの?」



「あ?言ったっけそんな事」



「言ったよ。助けるみたいなこと」



 新太は忘れてしまった記憶を元に、カランとの最初の会話を思い出す。



「なんか言ったな…そんな事」



「……」



 無言で圧力を掛けてくるので、渋々その疑問に答える。



「お前は、一人ぼっちになっていい人間じゃないって思ったから」



「……は?」



「俺さ、信じてた友達に見限られた感じでさ。まあ俺が弱かったのがいけなかったんだけど。そこで先生に会ってさ、ちゃんと自分の事見てくれる。信じてくれる。そんな人に会って、少しだけ変われたからさ…」



「……で?」



「だからさ、お前もちゃんと信じてくれる人間が居れば…その考えは変わるんじゃないかって…それで救いたいって思った」



「お前の考えで、自分が傷ついても。裏切られたらさ、変わるよ。君は」



 少し沈黙が続いた。そして新太の口は動く。



「なら、見届ければいいだろ。俺達の側でさ」



「……はい?」



「俺は変わりたくないし、変わろうとも思わない。それを一緒に着いてきて、確かめればいい」



 理解が追いつかず、カランの脳内は混乱する。その様子に気づいた新太は立ち上がると勢いよくこう言い放つ。



「勝利者権限だ!俺達に着いてこい!カラン!」



「何で勝手に自分が勝利したって決めてるんだ!?」



「そうよアラタ!こいつは盗みを働いてこんな事になったんだよ?失った信用を取り戻すには時間が必要なの!」



「ま、普通ならそうだろうな。だから俺は敢えてこいつを信用しない。お互い利用し合う関係で動いていこうぜ」



「いやアラタ?強い奴どんどん仲間にしていくとかじゃないよね!?」



 新太の両肩を掴んで大きく揺さぶるリオ。段々カランはこの場に居ていいのかと思えてくる。



「お、落ち着けリオ。俺はそんな事絶対しないから!俺が助けたい人だけだから!先生も反対な感じですかね?」



「いや。私としては居てくれると心強いと思うがな…まあ当の本人がどう思ってるかだな」



 そして3人がカランの方に視線を向ける。それにギョッと驚いたが顎に指を置いて考え始める。



「……正直何でこんな事した自分を仲間にしようとする考えがわからない…でもアラタは考えを変えるつもりはなく、それを見届けろって言った。ハッ…なら見ててやるよ。勝った人間がその程度の奴だって思いたくないしさ」



「ヘッ!言ってな。友達は大切にするし、守りたい。俺だけじゃどうしようもない時が来たら頼る。お前もだカラン。力を貸してくれるなら、俺も貸す。そんな関係でいいよ」



 新太は立ち上がっては手をカランに伸ばして起こそうとする。カランもその手を取り上半身を起こす。



「いい感じの雰囲気の所申し訳ないが、アラタ…約束は忘れてないだろうな?」



「ん?約束…?」



 嫌な汗が流れる。本来ならば目の前に立つ女性に課せられた試練の集大成をこの日に見せる約束をしていたのだ。



「あ…ああ。忘れてたあぁぁぁぁぁぁっ!」



 頭を抱え、膝から地面に崩れ落ちる。痛みはまだ体を包んでおり、魔力はすぐには回復はしない。



「ま、待って先生!俺頑張りました!俺が戦わなかったらお金は盗られてましたよ!?お願いです明日に変更お願いします!」



「駄目だ!約束はしっかり守れ」



「めっちゃ笑顔で言いやがった!」



 終わった…無理だ…と新太はぶつぶつと口を動かして、寝転がっている。



「そういえば、少し前に思ったけどさカランは男、女。結局どっちなの?」



「言われてみればそうだな。最初は『私』って言ってたし…今は『僕』って言ってたもんな」



「そんな事今はどうでもいいだろ?大事なのは裏切った目の前の人物を誰が監視するのかを考えた方がいいと思うけど?」



「顔だけ見れば、女の子って感じだし…獣耳とかついて更に可愛さが増して、ボクっ娘…の線も。わからないなこれは」



「真面目な顔で何言ってるんだお前は…」



「手っ取り早い方法を思いついた。リオ~カランの腕を抑えといてくれ」



「は?ちょっと何する気?」



 新太は銀髪の女性の意図を理解して、手をポンっと叩くとすぐに後ろを向く。ただしリオはまだ理解していない模様。



「え、ちょ、師匠!?何する気ですか!?」



「男にあって、女には無いものを見るだけだよ」



 その言葉を聞いたカランとリオは、今やろうとしている事を理解した。



「なっ!ちょ!ふざけんな!アンタらがやろうとしてる事分かってんのか!?」



「いやーちゃんと仲間の事は理解しておかないといけないだろ?」



「そういうのはアラタがやればいいんじゃ…」



「何言ってるんだリオ。仮にこいつが女だった場合、俺はこの先下着を脱がした変態として扱われる。だがお前がやれば男であれ女であれ不名誉な扱いを受ける事はない!」



「そういうことじゃないの!?今この状況が問題なの!?」



「大丈夫だ。俺は目と耳を塞いでおくから。結果だけ教えてくれればいいからさ…さあ先生がアイツを羽交い絞めしてる間に」



 新太が指を指す方向に目を向けると羽交い絞めにされているカランが居た。そして何かを言おうとしたリオは諦めてボロボロのズボンに手をかける。



「あーー!!辞めろ!待って!言う!言うからぁぁぁぁ!」



 こうしてカランの性別がハッキリと判明した――。











 あの後思い切り暴れ回ったカランだが、被害は主に新太が集中的に遭った。せっかく治してもらったが、また頭から血を流し座り込んでいた。



「それにしても、カランが出す条件ってなんだろなリオ」



 先生とカランは絶賛2人でお話し中である。なんでもこれだけはして欲しい条件があるのだとか。



「さあ?金を盗ってたって事は、お金関係じゃない?そして速く血を止めて。あの少年、変な事考えてなきゃいいんだけど」



「ああ。やっぱり少年だったんだ…」



「ちゃんと股に可愛らしいモノがぶら下がってました」



「そういう風に言うの辞めて?可哀想じゃん」



「そう思えるならアラタがやってよ」



「俺は女の子が可哀想な目に遭う展開は嫌いなのですよ。ほら俺はこういう時は紳士だから」



 いらない布で頭部を抑える新太に対し、変な目で見るリオ。そんなリオ自身仲間が増える事に不満は無いのだが、別の不満が出来つつある。



 そしてカランは大事な話を銀髪の女性に持ちかけていた。



「これが僕から出す条件…まあお願いみたいなもんです。出来ないなら、仲間に入る件は無かった事になります」



「ああ。それなら問題はない。安心しろ」



 了承を得て安心するカラン。これから多人数で旅をする事により少しだけ緊張感が高まる。そしてカランにはもう一つ尋ねたい事があった。



「ところでクメラ。僕がアンタの金を盗った時なんであんな条件を出してきた?」



「…さあ。ただの気まぐれだよ」



「…お前は何か企んでいるんじゃ――。」



 カランが反応出来ない速度で、口元を手で抑えられる。



「あまり余計な詮索はしないでくれないか?」



 目の前に立つ銀髪の女性は不敵な笑みで、カランを脅したのであった……。


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