12話「不穏な内面の解答」

「駄目だね。弱い奴らの荷物を漁っても良い物は無いな~」



 とある崖の上に茶色のローブを身に付けた人物が立っていた。その者は手に持っている武器や金品を眺めていた。



「そろそろ場所を変えるか…ん?」



 バアァァァァァァァァッ!!



 突如として大きな騒音が響き渡る。ローブを着た人物はその方向を見ると3人の人影を発見すると、怪しく笑いそこから静かに移動を開始した――。












「ハアアァァァッ!!」



 ヒュン!と短刀が風を切り、藍色髪をした少女は一人の女性を狙う。様々な方向から繰り出される短刀の軌道は軽いフットワークで避けられ当たる気配は無い。



「足下が疎かになってるぞ!」



 そう言われ藍色髪をした少女は脚を引っ掛けられ転ばされてしまう。



「はあ、はあ。こんなに鍛えられたの初めて…かも」



 息が上がって必死に呼吸している藍色髪をした少女はリオと言い、薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着け、腰回りには矢を入れた筒を見飾っている。



「そうなのか?しかしお前には光る物を感じたぞ」



 そう言ってリオに手を伸ばす女性は、長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラがリオを起こす。



「接近戦に関してはアイツより少し下ぐらいだが、魔力に関してピカイチだ。しかし主な攻撃手段は遠距離で弓か…うん」



「ありがとうございます。師匠みたいな人にそう言われると私も嬉しいですけど、攻撃手段を変えた方がいいですか?」



「いや、それを補う技術があるから問題は無いよ…ん?師匠だと?」



「あれ。嫌でしたか?嫌なら名前で呼ばせてもらいますけど…」



「いいや。そんなことはないよ。むしろ私の気分が上がるものさ」



 ホッと胸をなでおろすと、リオは辺りをキョロキョロと見渡し始める。



「どうした?」



「いや、もう日が暮れそうなのにアラタが帰ってこないな~って」



「確かにそうだな。私は別に帰ってくるなとは言ってないんだがな」



「多分ムキになってるか、帰ってくるのが恥ずかしいかのどっちかでしょうね」



「難しいものだな。言葉の使い方は」



「あ、そうだ師匠。さっき言っていた補う技術があるって言ってましたけど…それはなんですか?」



「まず遠距離で攻撃する時の良い所は相手に近づくことなくこちらがしたい事が出来るということだが、弓の場合矢を取って弦を弾く。この動作を狙って相手は攻めてくる」



 その話を聞いてリオは指を顎に置いて脳内でシミュレーションを行う。しかしその弱点を補う方法を考えれば、やはり広範囲に攻撃なのだろうかと考える。



「お前の今後の課題は、魔力で『矢』を生成すること」



「魔力で矢を?」



「ああ。そしてゆくゆくはその魔力に属性を加えてもらえば、攻撃力はかなり上がるはずだ」



 それが出来れば矢を手に取る動作が無くなり、すぐに次の攻撃へと移れる。そう思ったリオは即答で「やります」と返事すると銀髪の女性は頭を優しく撫でたのであった――。












 木々が生い茂っている中に四つん這いで今にでも意識が飛びそうになっている少年が一人。その少年は、髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、無地の黒い服を着た輪道新太という少年。



 ただいま新太は勝負事をしており、木を丸々一本を風の魔力だけで倒す。といった課題を出され、必死に練習を繰り返している。



「がぁ!…ハア…ハア」



 しかし成果は変わらない。失敗も無ければ進展もない。何が駄目なのかさえもわかっていない。



「リオが言っていた使いたい属性の感覚を掴むのが近道になる可能性があるって言ってたけど…風なんてそんなに吹いてるわけじゃないしなあ」



 新太が扱いたい属性は風。実際に体で対応している物に触れてその感覚を掴むという話なのだが、ビュウビュウと風があるわけではない。



 出来ないと分からないは全く意味が違う。



 今の新太にはコツすらも掴めておらず、完全に足踏み状態になっている。しかし焦ってはいけないと思ってはいるのだが、時間が進むにつれ、そうも言ってられない。



 そこで葉っぱを手の平の上に置き、生み出した風で浮かせようと試みたのだが結果は変わらない。



「うわ。もう夕暮れかよ…もう2日しかないのか。疲れた~もう帰りたいけど戻れない…戻りづらい…腹減ったよ…水とか飲みたいよ…」



 地面に寝転んでグダグダと我が儘なことを呟いていく。



 目を瞑っていると、まるで隙間風が吹いてくるように新太の体を優しく風が突き刺していく。火照ってしまった体にはその冷たさが丁度良く眠気も襲ってくる。



(あ~このまま寝れるけど。魔物に襲われるわけにはいかないしな~)



 怠くなった体を起こして、この付近に食べられそうな物を探しに行く。



 そして探索の末。食べられそうな木の実は見つかり両腕に抱えて、暗闇の中を歩いていく新太。しかしこの世界の食べ物についてはわかっていないため、体に害はあるかはわからない。



 とりあえずリンゴに近しい赤い色をした木の実に顔を近づけると意を決して木の実を口に運ぶ。すると口の中には酸味が広がり、とても食べられそうになく吐き出してしまう。



「うぇ~ペッ!!がぁあ…酸っぺえぇ!…駄目だこれ。食べられそうにもないぞ?何だこれ!」



 他にも食べられそうな物はあるのだが、食べる気は失せてしまい、勿体ないがそこら辺の木の側に置いて立ち去って行く。



(そういや、いつも飯の確保してたの主に先生がやってたな。自分では…やってこなかった…まず、生きるためには)



 まずは飲み水の確保。人間は水を飲まないで過ごしていると3日程で死に至ってしまう。



 今この状況で生き抜くには、食べて、飲んで、寝ること。四の五の言わずに道筋を探し出す。



 耳を澄ませ。視野を広げる。感覚を研ぎ澄ませる。



「ん?」



 体の一部に冷たい空気を感じた。そして冷たくなっていく空気を感じ取りながら先へ進んでいくと、奇麗な池が目の前に広がっていた。



 いきなり水を飲もうと近づいていくのだが、ここで冷静になって辺りを見渡す。



(一見水は綺麗だし、危険な生物は居ないと思う…大丈夫)



 水を手ですくい上げ自身の口に近づけて、喉の渇きを潤す。



「はあぁ。生き返るわ~こういう時の水って不思議に美味いよな」



 ホッとしているのも束の間、バシャッ!と水が跳ねあがる音が耳に入ってくる。新太は一気に緊張感に包まれる。



 暗い中、眼が慣れたおかげで奥まで次第に見えるようになってくる。



「だ…れか居る?」



 池の反対側には薄く人影の姿がじわじわと、視認することができた。



 しかし立ち姿では無く、どちらかと言うと倒れて、寝っ転がっている状態だった。



 大声で様子を伺おうと思ったが、今この時間帯で声を上げれば、魔物に気づかれるかもしれない。新太は警戒しながら倒れている人物へと近づく。



「え、えーと大丈夫か?」



 肩に手を置き揺さぶって反応を見る。人物をゆっくりと見て行くのだが、可愛らしい見た目をしており、15歳ぐらいの少女だろうか。茶色のローブを着て、深くフードを被っている状態で倒れている。



「死んでるって訳じゃ無いよな。おーい…おーいってば!ちょっ…起きてくれ!」



 大きく揺さぶってみるのだが反応が無い。死んでしまってるのでは?と思い込んでしまい、どんどん強く揺さぶって行く。



「ん…んぅ?」



「あ、起きた」



 むくりと体を起こし、意識がはっきりとしたのか、少女は慌てふためいた様子で口を開く。



「こ、此処は!?何処ですか!?」



「何処って言っても森の中だけど…俺からしたら君がなんで倒れているのって話だけど…」



「え…あ、す、すいません。そうですよね」



「大丈夫か?見たところ怪我は無いようだけど」



「大丈夫です。ほら、簡単に立ちあがれ…る」



「ちょ!?」



 少女はふらっとよろめき、新太が肩を貸す状態になってしまう。



「全然大丈夫じゃないじゃんか!」



「あれ…すいません…体が思うように動かなくて」



 少女は片手を前に出し、震える様子を見せてくる。しかしだ。この少女には目立った外傷は無い。ローブで体を覆っているとはいえ、血を流しているという訳ではない。



(けど、旅の疲労で倒れていたとしたらやばいよな)



 少し間をおいて考えてみると、新太の頭に良い考えが浮かんでくる。



「なあ。この先に俺の先生がいるんだけどさ、もうこんな時間だしその人の所にこないか?」



「え?でもそれは悪い…ですよ」



「あ~多分大丈夫。先生何気にいい人だから、君の怪我も治してくれるよ」



(そして俺の戻る口実にもなるしな…)



「すいません…じゃあ。お願いします」



 新太は内心ラッキーと思いつつ、倒れないように隣に立ち、支えて来た道を少年と少女は戻り始める。その道中で新太は少女に尋ねてみる。



「どうしてあんな所で倒れていたんだ?怪我でも負わされたのか?」



「そうですね。自分でその怪我を負ってしまった…という表現が正しいでしょうか」



「要は自分の不注意で、そうなったのか」



「はい。笑っちゃいますよね」



「そんな事ないだろ。どんな人間、失敗はいつも隣にあるんだから」



「強いんですね。あ、名前を聞いていませんでしたね。私はフォイスと申します」



 丁寧な言葉遣いで自己紹介をしてくるフォイスと名乗った少女はフードを外して笑顔を見せてくる。



 可愛らしい見た目をしており身長は150㎝ぐらいの背丈、桃色な髪色をしていた。そして驚くことに頭部には獣耳が生えている。



「えっ!?獣の耳…亜人って奴?」



「はい!何か嫌な思い出が…?」



「いや。この世界に来てから実際に話したこと無くてさ、すげえ~耳が動いてる!」



「それは動きますよ…この世界に来てから?」



「ああ。俺はこの世界に召喚された勇者的な奴なんだけど、訳があって今はそんな活動はしてないけどな。あ、俺の名前は輪道新太だ」



「へえ…そうだったんですね。アラタさん良かったらこの世界に来た最初の出来事とか話してもらえませんか?」



「まあ。戻りながらでいいなら」



 リオに初めて会った時の様にこの世界に来た当初の話をフォイスにする。その後には他愛のない話を喋りながらリオ達が居る場所を目指していく。



 しばらく歩いていくと話し声が聞こえてくる。しかしその声は聞き覚えがあり、新太はどうやって2人の元へ戻ろうかと悩んでいるが、苦しんで倒れていたフォイスの事を考えるとそんな事をしている場合ではない、と汗ばむ手を拭いて銀髪の女性に近づいていく。



「せ、先生ぇ…少しばかり手助けをお願いしに来ました~」



「随分と遅い帰りだなあ?アラタ」



「ええ!?やっぱ怒ってる!じゃなくて、先生この子助けてあげられませんか?」



 新太は恐る恐る後ろに立っていた少女の姿を見せる。



「お前は厄介ごとを沢山持ってくるトラブルメーカーか」



「いや…まあ…ちょっとねえ?」



「あ、あのやっぱりお世話にならない方が皆さんのためにもなるんじゃ…」



「そんな訳にはいかないじゃん。先生この子フォイスって言うんですけど、俺が森の中に居た時に倒れてたんです」



「なるほど。それで連れ帰って来たわけか」



「あ、帰ってきてたんだアラタ。あれ?その子は…」



 すると近くに駆け寄ってくるのは藍色髪をした少女リオが新太の前に姿を見せる。



「俺が魔力の修行をしている近くに池があってさ、そこにこの子が倒れてたんだよ」



「お人好しだねえアラタは。じゃあ師匠この子にもご飯を上げてもいいですか?」



「連れてきてしまったからな。腹が減ってしまっていたら体調は戻らないだろうさ」



 そう言ってリオは器を持ってきて鍋の中身をよそってくれる。だがしかし新太の脳内に電流が走る!



(今まで先生が作ってくれるご飯は正直食べられる物ではない…このご飯は誰が作ったかだ。先生か?リオか?場合によっては死人が出る!)



「私が作ったんだけど、口に合うかな」



 新太は思わず空を見上げて息を吐き出す。どうやらこの料理はリオが作った代物だと分かり元気を取り戻す。



 皿の上には奇麗なスープが乗っており、その見た目から食欲がそそられる。



「食べても大丈夫か?」



「うん。大丈夫だよ」



「よし。じゃあフォイスも食べようぜ」



「はい。いただきます」



 手を合わせてからスプーンを使ってスープをすくい上げて口の中に運ぶ。そして液体が舌に触れた瞬間に味が口の中に広がっていく。



「ん゛んん!?」



 新太の口の中には滅茶苦茶な味付けが広がっていく。酸味や甘味のバランスが全然合っていない。これではどちらが作ったとしても待っていた答えは絶望だった。



(何故だ…何故なのか。この世界の料理は異世界から来た者達の口に合わないのか!?)



 衝撃的な味で忘れていたが、フォイスはどうなのだろうか?ゆっくりと視線をフォイスの方へ移すのだが、当の本人も顔を歪めて食べていた。



「どうかな?美味しい?」



「とても、個性的な味で良いと思います…よ」



(いやこれ我慢してるだけだった!そのコメントは返答に困っている時に出す台詞だ)



「リオの作る料理も中々いけるぞ」



 そんな中銀髪の女性はどんどんと口の中に入れていく。その光景を見ていた新太にとっては異質な物を見ていると思ってしまう。



「おかわり要る?アラタ」



「い、いや。俺森の中で食べられそうな物食ってきたからそんなに腹減ってないし…今は休みたい気分かな~って」



 手を小刻みに震わせながら言い訳を並べてこの場を凌ぐ。そして新太は少しだけ救われた一面もあった。



 それは自分だけが変わっているのではなく、目の前に座っている女性2人が変わっているという真実に気付いたことに。



 そしてお腹を抑えながら新太とフォイスは床に就いた――。














 朝陽が差し込む中に新太は顔を擦りながら起き上がる。この日も風属性の習得に挑みにかかる。



「おはようアラタ。もう行くの?」



「ああ。残り2日だし、なんとしても今日で風を生み出さねえと」



「頑張ってね。あ、そういえば渡しそびれたんだけどさ」



「ん?」



 リオは以前新太が着ていた灰色の上着を手渡して来た。それはロザリーと戦っていた時に渡してた代物で、それをリオはずっと持っていたのだ。



「この上着さ役に立ったよ。ボロボロにしちゃったからある程度縫っておいたよ」



「いや、俺にとっては防寒具みたいなやつだから別によかったのに。けどありがとな」



 リオから畳まれていたパーカーを受け取り、全体を見ようと広げる。



「鼠色の布とかあんま無かったから、目立たない色で誤魔化してるけど、そういうの気にするならごめんね」



「いいよ別に。そろそろ暑い時期になるだろうから着なくなるだろうし、村か町に着いた時に直して貰えば……」



 新太は違和感に気づく。無地の上着だった背中に何故か可愛らしい黒色のハートの形をしたアップリケが大きく刺繍されていた。



「リオさん?このハートは一体…」



「それ?布が足りないから代わりにそのアップリケで違う色の部分隠してるの。けど可愛いでしょ」



(黒色だからギリ着れるけど…なんか感性がズレてませんか?リオさん!)



 男にとって工夫されていないハートマークというものは恥ずかしい物なのである。そして新太は見ないことにして、その上着を羽織る。



「じゃあ行ってくる」



「気を付けてね~」



 そして新太は走っていく。しかし今回は昨日と同じ場所ではない。



(感覚を掴むためには実際に触れる必要がある。なら風を感じやすい場所を見つけて、感覚を掴んでやる!)



 森の中をあちこち回って、風が最も感じやすい場所を探し出す。川が流れている場所や拓けた場所にも足を運んでみるが、どれも釈然としない。



 しかしそんな中で新太が思い当たった場所を探してみると、そこは崖の上である。



 ここならば自分が思う場所に最も近い。ここでなんとしても感覚を掴みたいと早速崖際で座り込む。



 しかし風がなびいている中でも新太はその感覚は掴めないままでいた。焦れば焦るほど沼に入っていってしまっている自分が居て、苛立ちを隠せなくなってしまっている。



「あぁ~クソ!全然出来ない…何が、何が違うんだよ!クソオォォォォォ!」



「あ!ここに居たんですね」



 声を出して悔しがっている最中に割って入ってくるのは桃色の髪をした人物のフォイスだった。



「なんで、ここに?」



「だって朝起きたらアラタさんは居なくなっていたんですもん」



「ああそっか。今さ属性魔力を出す修行をしててさ…それが上手くいかなくて」



「それで悔しがっていたんですね。属性はなんですか?」



「どうやら風属性らしくてさ。それをどうやって生み出せばいいか悩んでてさ」



「属性を出すときに、アラタさんは何を考えていますか?」



「え?そうだなあ…風だろ?ん~あれ?あまりイメージが湧かない」



「原因はそれだと思いますよ。何かを生み出すためには術者本人のイメージが必要不可欠なんです。そしてその優劣は相手より魔法についての知識の深さで決まります」



 フォイスに言われて思わず新太はハッと気づく。今まで自分は掴むために必死で、使いたい属性について知ろうとしなかった。



「今の話を聞いた上でもう一度属性を生み出そうとしてみてください」



(風と聞かれたら何て答えたらいいんだろう。ただ自分に向かって吹いてくるイメージだけじゃ多分意味はない)



 そこで新太は風についての解釈を少し変えることにした。



 風はどこにでもあるように。吹いてきて実感するのではなく、今もこの体を『風』が包んでいるのだと。



 自分にとって風についてより深く考えていくと、新太の手のひらが熱くなっていくのを感じる。そして次の瞬間にパアン!と弾けて新太の体は少し中に浮く。



「ああ!待って落ちる!」



 崖際でそんな予測不可能な事が起こってしまったために新太は焦ってよじ登っていく。



 しかし――。



「一瞬だけど出来たぞ…!」



「まさか、すぐに出来るなんて思いませんでしたけど…それより速く登って来て下さい!」



 フォイスに手を指し伸ばされて新太はその手を掴んでちゃんと上まで登り終える。



「これが…魔法か!」



 改めて両手を見てみるがまだ手のひらは熱く感じる。正直無理だと思っていた技術に手が届きそうになっていることに感動するのだが、新太はすかさずフォイスに向かって頭を下げる。



「お願いだ!俺に魔法について教えてくれないか?」



「えぇ!?でも武器を使えばそんな問題…あ」



「昨日言った通り俺は武器は使えないんだ」



 フォイスを見つけたあの日、自分の身に起きた出来事を話している。自分がこういった理由で勇者としての役目を放棄しているという事も。



「ま、武器は使えないけど、自分の力が上がっていくのは嫌いじゃないよ。俺レベル上げとか好きだし…特別な武器を使えたとしても多分俺は強くはなれない。俺は先生やリオと楽しく過ごせればそれでいい」



「そう……か。それなら、お手伝いましょうか?アラタさんのレベル上げ」



「マジでか!?本っ当にありがとう!!」



 地面に膝を着いて何度も頭を下げる新太。それはまるでヘッドバンキングをしているかの様だった。



「それで最初は?どうすればいい」



「木を大きな力で倒すとなると、力を一気に放出するしかないですね。風の性質に変えた魔力を出来るだけ一気に」



 それを聞き自分の手を見る。新太のイメージとしては0%から5%に。5%から15%へと溜めていくのではなく0%から100%へ一気に解き放つ。そんなイメージ。



「一気に…全部を外へ出す」



 木に両手を所定の位置に置き、力を抜き、一呼吸置く。先程と同じ様に魔力を動かし一気に手のひらに集めるのだが…



「おわあっ!?」



 ボンッ!!と音を立てて大きく後ろにのけ反ってしまう。一方木にはただ表皮が少し剥がれただけだった。



「全然威力がない…もっと吹き飛ばす力がいるのか」



「でも連続で出せていますよ。後は自分が出した魔法の威力に負けないように踏ん張ってください」



(よっしゃ!頑張りゃなんとかなるかも!)



 飛び起きようと手に力を入れようとしたが、動かせない。いや、力が入らない。



「は…?」



 足には動かせるのに、両腕には入らない。もしかして先程の一撃で筋肉にダメージが入ってしまったのかと、一気に不安が押し寄せる。



「大丈夫ですか?何処か強く打ちました?」



「いや…両腕の感覚が無くなって…よっと」



 足の力で立ち上がる事は出来たのだが、腕はだらりとぶら下がったまま。それを見たフォイスは表情を変え、慌しく口を開く。



「ああ、もしかしたら…」



 意外にもフォイスは原因を知っている反応で、新太はこの症状は特別な物ではないと悟る。



「アラタさんは一度なりましたか?こういった症状」



「いや…なった経験は今のところ無いかな」



「魔力を扱う者ならなる必ずなると言ってもいい症状です。わかりやすく言えば筋肉痛みたいなものです」



「筋…肉痛?はあ?」



 深刻な物かと思ったが全然違うことに、驚きを隠せない。



「アラタさんは普段から魔力を使って過ごしてましたか?」



「過ごすって言っても…」



 朝起きて学校に向かって友人と会話をしたり授業受けて、家に帰ってご飯を食べて、家族と少し話して風呂入って寝る。



「うん。魔力とは無縁な生活してた」



「魔力を使う時の体への負担が大きいんですよ。特にアラタさんみたいに今まで魔力を使って来なかった人達に多い症例です。それにこの状態だと、魔力操作はし辛い状態なので治るまで休みましょう」



 でも今こんな状況でも…もう時間は限られている。



「フォイス。腕を支えてくれないか?」



「…話聞いてた?」



「こんなんで時間食ってたら駄目なんだ」



「だから危険なんですって!」



「俺はこの世界の常識なんて知らねえ…筋肉痛みたいのがなんだよ。そんなのどうでもいいわ!」



「…馬鹿ですか?」



 フォイスは少し呆れた感情と微笑みを含んだ表情で貶すのだが。



「俺みたいな奴は大馬鹿なんだよ。こういう時は」



 そしてしばらくの間。新太はずっと同じ木に魔法を放ち続けた。



 腕の疲労はとっくに治っており、その間はフォイスが腕を支え、新太は魔力操作に集中していたのだが、フォイスの言う通り魔力の操作が上手く出来なかった。



「ハア…ハア…クソッ!吹っ飛ばせ…ない」



 ガクッと膝から崩れ落ちる。しかしまだ立ち上がろうとする新太を止めに入るフォイス。



「とりあえずここまでです。明日に備えて体を休めましょう」



「ざけんな…まだ全然出来てないのに終われるかよ…」



 融通利かない新太に、渋々苛立ちを覚えるフォイス。だが、言うことを聞かせるため最後までとっておいた秘策を使う。



「アラタさん。見てくださいあなたがずっと魔力を撃っていた木を」



「?別に変わった所なんて…」



 ずっと撃ち込んでいた木の表面は、あちこち剥げていた。



 そしてフォイスは新太の手を取り、自分の手の平を見せるように、視線を促した。



 目に映った光景は、ボロボロの手の平。所々に木の破片が刺さっていて、血は流れている。



「何も出来てない…それは間違いです。積み重ねた物は簡単には消えない。課題の合格は出来ない…でもいつかクリアすればいい。あの人ならこの結果を見ても馬鹿にはしないと思います」



 自分も薄々感づいていた。恐らくこの試練はクリアすることは出来ない。そして空を見上げて溜まっていた息を吐き出すとその場を立ち上がる。



「そう、かもな。いつかクリアすればいいもんな!ごめんな無理言っちゃって」



「はい!それでは帰りましょう…食材を調達しながら」



「うん……そうしよう」



 昨日の晩餐を思い出しながら、こうして2日目は終わりを迎える。



 続く3日目も同じ様な時間を過ごしていく。しかし進歩は良く無かった…。たった一撃で目の前に聳え立つ木を吹き飛ばす事は出来なかった。



 だが2日目より精度は上がっていた。今はそれだけでも嬉しい結果だと新太は自分に言い聞かせて無理矢理に満足感に浸っていた。



 そして最終日の夜。新太とリオが寝静まっている最中に銀髪の女性とローブを着ている人物が話していた――。



「夜遅くになんでしょうか?クメラさん」



「お前はこの3日間にアラタに色々とお世話になったからな。その礼を言いたいと思ったんだ」



「そんなのいいですよ」



「そう遠慮しないでくれ。そういえばお前は明日どうするんだ?私達と一緒に来る気か?」



「いえ。私は明日で皆さんと別れるつもりですよ」



「まあ。そうだと思ったよ…私達のお金を奪った上で。逃げるつもりなのだろう?」



 銀髪の女性が目の前の人物にそう言い放つ。その言葉を聞いて思わず後ろに下がって警戒心を強める。



「……いつから気付いていた?」



「気付いていたというよりは、お前を一目見て怪しいと思っていたんだよ」



「それで?返して欲しいと?」



「そうじゃないよ。それで一つお願いがあるんだ」



 そして銀髪の女性がローブを着た人物にある取引を持ち掛ける――。












 そして夜は明け、フォイスとの別れの時間がやって来る。



「それじゃあ皆さんありがとうございました」



「またね。またいつか会おうね」



「はい。近いうちに会えますよ。きっと…アラタさん」



 突然手を差し出してくるフォイス。新太も自分の手を出し、握手をする。手と手が触れ合った瞬間、新太の手には違和感があった。



「これは?」



「包帯ですよ。この後2人に見せるんでしょう?まだ手は傷だらけなのでしっかり巻いておいてください」



「本当に何から何までありがとな!お前に会えてよかった」



「それではまた会いましょう…」



 何故かフォイスは不敵な笑みを浮かべた後に3人は荷物を持ち、フォイスとは反対の方に歩き、新太が修行していた山の中へ入る。



 その道中新太は、手渡された一つの包帯を開くと一枚の紙切れが地面に落ちる。そこには異世界の文字で綴られた文章があり、『一人で戻って来てください』と書かれていた。



(これは…アレか?告白的なやつなのか?フッ…悲しい青春時代を過ごしていた俺に悪戯は通用しないぜ)



 意図がなんなのかはわからないがフォイスの伝えたい事を無下には出来ない。



「どうしたのアラタ…さっきから顔が気持ち悪いけど」



「酷いな!?いやまあもしかしたらさっきの場所に忘れ物した可能性がね?」



 自分のリュックの中を焦って探す仕草をして、嘘がバレないようにする。



「それは大事な物なの?」



「俺にとっちゃあこれから大切な物になるかもしれないな。2人はこの道真っ直ぐ進んだ先に崖があるはずなんですけど、そこにボロボロになった木がある筈だ。俺は戻って取ってくるんで!」



 進んだ道を引き返し、2人の意見を聞かずに走り出す。そして寝泊まりしていた場所へ戻って来ると、そこにちゃんとフォイスの姿がそこにあった。



「な、なんか話でもあんのか?」



「アラタさん…いやアラタ」



「へ!?」



 空気が変わったのを新太は感じ取った。



「これ。なんだと思う?」



 そこには金属音がジャラジャラと音を立てる布袋をぶら下げて持っていた。



「この袋の中身は君達の全財産さ」



「なっ!?」



「苦労したよ…あの人全然隙を見せないから…さあどうする?僕を止めないとこの先困るんじゃない?」



「なんでこんな事するんだよフォイス!?」



「試したいんだよ君を。自分よりも他人を大切にする君をね…そして僕の本当の名前はね、カラン。フォイスという名前はその時考えた偽りの名だよ」



 そして本当の名前を口に出したカランという人物。新太は戸惑っていたが、何をすればいいのかは理解していた。



「試す?わけわかんねえよ…お前が何したいのかはわからねえ…でも今何すればいいのかは分かる」



 突如として立ちはだかるカランと名乗る人物。何を思って対峙したのか、新太にはまだわからない。



 それでも――。



「お前を倒すんじゃなく、お前を止めてやる!!」



 そして戦いの火蓋は切って落とされる――。


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