14話「少女が目指すものは」

「おいアラタ。今度は左腕の防御が疎かになってるぞ」



「ヒ、ヒィ…」



 とある4人組は山道を歩いていた。



 そしてその中に疲弊している少年が一人。髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、背中に大きな黒のハートマークが着いた灰色の上着を着た輪道新太という少年。



 その新太に一方的に命令している女性は、長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという人物が腕を組んで歩いている。



 前回新太は出された試練に『合格』という文字を出させることが出来なかった。そしてその女性から与えられた罰というのは、修行中に一切文句を言わないこと、である。これでも配慮された方なのだ。



「師匠!出来ました」



 そんな銀髪の女性の元に元気に駆け寄るのは藍色髪をした少女はリオと言い、薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着けた女の子。



「おお。早いな。短刀に属性を付与するのは苦戦するものだと思うがな」



 そんなリオに課せられた課題というのは、持っている武器に属性を付与させるというものだった。しかしリオには才能があったのか、短刀に炎が宿っている。



「俺には才能が無いってか…」



 新太はこの世界出身では無い。魔法とかそんなファンタジーな世界とは無縁な世界。化学が発達した現代っ子なのだ。



「ちゃんと魔力に集中。意識しろ」



 新太は流れる水の様に魔力を操るのは苦手だ。出来たとしても、一部に魔力を集めて攻撃力を底上げする。そんな単調な操作しか出来ない。



「ぐっ!」



 そんな新太が行っているのは、攻撃魔力を瞬時に防御魔力に変換するというものである。しかし、上手くはできていないのだが。



「正直こんな奴に負けたって思うと、自分が情け無いって思えてきたよ」



 茂みの中から姿を見せてくるのは、ローブを着て、頭部には獣耳が生えた桃色髪をした美少年カラン。片手に木の実。もう片方には、ワニの様な魔物を尻尾を掴んで引っ張っていた。



「こんな奴ってなんだよ!正々堂々戦って、勝ったの俺じゃんか!」



 新太とこの可愛らしい見た目をした少年カランは、2日前に戦っている。しかし新太はあの戦いでは最悪負けていたのだ。経験も魔力も新太は劣っていた。けど勝てた――。その明確な理由はわからないまま。



「経験も浅い奴に負けると腹が立つだろう?そういう感じだよ」



「ぐぬぬ…」



「さて、カランが帰ってきた事だし…飯でも作るか」



 この発言を聞いた瞬間、新太とカランの脳内では物凄いスピードで思考を巡らせていた。



「先生!俺ちゃんと防御力が上がってるかどうか知りたいので、殴って試してもらっていいですか?」



「なんだ?耐久力を知っておきたいのか?」



「ま、まあ。今のうちに知っておきたいんで…」



「頼まれたら仕方ないな〜やるからには徹底的にするぞ~」



「嫌あぁぁぁぁぁっ!なんか楽しそうなんですけどぉぉぉっ!」



 右肩をぐるぐると回し、心なしかウキウキしている様に見える。思わず地雷踏んでしまったと後悔する新太。そして視線をカランに向け、親指を立てて「行ってくる」と虚しい表情に変え、伝える。



「そ、それとリオも行ってきたら?アイツはこのままだと倒れたまま放置される可能性があるよ」



「流石にそれは…いや行った方がいいかな」



 そして様子を伺うためにリオも2人に着いていき、今この場にはカランがだけが残った。



 しかし2人はこれを狙っていたのだ。リオ達が作る料理はどこかズレていて味が滅茶苦茶なのだ。そんな料理を食べないためには、これからこういった理由を付けて離していくしかない。



 それを見たカランは、ゆっくりと敬礼のポーズを取って、移動していく新太達を見送った。カランが料理を作っている間、度々新太の悲痛な叫びが響き渡った。













「いや~楽しみ!」



「そんなに次の行先が楽しみなのかコイツ」



「僕は何度か近くに寄っただけだけど、ただ風車とかがあるだけなはず」



 銀髪の女性に次の行き先を聞かされてからは、鼻歌とスキップしながら移動しているリオ。



「それだけじゃない!これから向かうアバロ村は景色が綺麗で、料理も美味しい。それにイニグランベ国の村の中では上位に入る程人気なの!特に川の水がとっても綺麗って有名でね」



 新太とカランにズカズカと迫ってまで説明するリオの気迫に押され、「お、おう」と微妙な反応を見せる。



「料理だけじゃないぞ。後酒も上手い!」



(先生も同じ事言ってるじゃねえか…まあ景色が良いって事なら俺も楽しみっちゃ楽しみだけど)



「師匠!なんなら急ぎましょう!」



「そうだな!久々に酒盛りしたいっ!」



 2人はそう言うと、子供の様にはしゃいで山道を一直線に駆け出し、新太達を置いていく。



「え?何?女性って旅行とか楽しむ時はあんな風にはしゃぐもんなの?」



「僕に聞かれても知らないよ。ただ金が集まれば僕はそれでいいし…」



 カランの発言を聞いた新太は、「夢のない奴」と思いながら、2人を追いかける。



 走ってリオ達の影が見えるようになると、走るのを辞めゆっくりと近づく。



「クメラ、リオ。なんで止まってるの?」



 カランは2人を呼び捨てで尋ねても、返事は無くボーッと突っ立っているだけ。カランは新太に視線を合わせるが、新太も首を曲げ、わからないの反応を見せる。



「黙っててもわかんないんだけど」



 カランが腕を組み、苛立ちながら再度質問する。するとリオは黙って指を指す。この先を見ろと言っているのか、新太は視線を見直して近づく。



「先生何かあったんですか?この先に…ん?」



 新太の視界には一つの村が見下ろす形でそこにあった。おそらくこの村がアバロという村だということなのだろう。しかし景色が良いという話であった筈だが、様子がおかしい。



「なんだありゃ?川がどうとかっていう割にには、水の『み』の字も見当たらないけど」



 これが本当に上位に入る程の人気な村なのか。目を凝らせば自然は無く、綺麗な景色があるようには見えない。



「ま、村の中で異常があったってことでしょ」



「だよな。とりあえずあそこに行って話聞かないと。ほら先生、リオ行くぞ…っ!?」



 女性2人組の顔を見ると、目のハイライトは完全に消えていて、絶望感に襲われている。



「っ…ほら!早く行きましょう!行くぞカラン!」



「あ、ああ」



 新太とカランは下り坂を、転がって行くように走り出す。しかし残りの2人は着いてこない。新太は渋々2人の手を引き、村を目指して走り出した。



「はあ…はあ…な、なんで俺毎回目的地に着く度に疲れたりしてんの?」



 2人の手と荷物を持って走っていた新太は息を荒げて尻もちを着いていた。



「けど…ホントに何もないなこの村。一人一人元気が無い様に見える」



 一人の中年男性は、農具を持って耕しているが、覇気は無い。他の人もただ座ってボーッとしてるだけ。



「さてどうする?アラタ」



「うーん」



 女性陣2人はまだ落ち込んでいて話が通じない様に見える。とりあえず今は新太とカランでなんとかするのが妥当だろう。



(こういう時漫画とかのキャラはどうするか…村。異常。これだけでどう行動するか…一番詳しい人物。村長とかに聞くっきゃねえ!)



「カラン、とりあえず村長だ。村長に今のこと聞くしかない」



「まあ、そりゃそうか。仕方ない、家を教えてもらおう」



「おし。そうなったらすぐ行動しよう。先生もあんな調子じゃ気が狂っちまう」



「だな…よし。ぅん゛…あっ!すみませーん!」



「はあ!?」



 カランの声から綺麗な声が聞こえてくる。どちらかというと、初めて会った時の感じが近い。そう、男を騙すための演技をするかの様な。



 笑顔で手を上げ、そこに居た若い男性に近づくカラン。表情一つ変えること無く会話する男性に、新太は敬意を払う。



「いやいや…あの…カランさんや?いきなりそんな演技され――ごはあっ!?」



 突然のエルボーが腹部に炸裂する。それでもカランは表情一つ変えないで会話する。



「異世界…怖え」



 カランの迫真の演技?により目的の人物の家を聞く事に成功する。そしてやっと現実を受け止めきれたのか、女性陣達は自分で歩けるようになる。



「此処か?カラン」



 他の家の形とは違い、少し大きめの家で、ログハウスに近い建造物だ。やはり役職が偉いとこういう所に住めるのだろうか。



 扉の前に立ち、カランはドアノッカーを叩く。しばらくして扉が開き、中から70歳ぐらいの老婆が出てきた。



「あら、どちら様で?」



「あ!申し遅れました。私達は旅をしてる者で、景色が綺麗なアバロ村に何が起こっているのか聞きに此処を訪れました」



 もはや営業スマイルで接するカラン。その様子に相手も安心して、朗らかな表情になり家に上がらせてもらう。



「どうぞお掛けになってください」



「どうもありがとうございます」



 全員は椅子に座り話を伺う。



「じゃあえーと…村長様」



「私のことは、カズナと呼んでください」



「カズナさん。この村になんかあったんですか?自慢の水は見当たらないですけど…」



「…はい。このアバロには少し離れた場所に川の源泉となる洞窟があるのですが…」



「そこが崩れちゃった的なやつですか?」



「いえ、洞窟自体は無事なのですが。問題はその水で…」



「「水?」」



 全員が疑問を持つ。水に問題があるといったら、水質に異常が発生したぐらいが妥当だろう。



「確か2ヶ月程前です。私達の生命線。水源がある洞窟に魔物が住みついたんです。おそらくその魔物が動物などの死体を遺棄してるんでしょう…」



「なるほど、悪くなった水が村に流れてくると…」



「汚染された水を使う訳にはいかず…」



「魔力で生み出した水とか使えばいいんじゃないのか?そういうの」



「アラタ。そんなことしちゃ駄目だよ」



「やっぱり問題あり?」



「考えてもみてよ。魔力は自身の体に備わっている…それを水に変換して作物に掛ける。やっている事は体液を掛けているという行動に近いんだよ」



「それと魔力で編み出された土とか水で育った作物は育ちが悪いんだよ。大地の魔力に比べたら僕たちの魔力なんて塵も同然さ」



 新たに初めて聞く異世界のルール。ただ何でもかんでも魔法で解決する事は出来ないらしい。



「特別な力があっても上手くいくなんて限らないのか」



「カズナさん。依頼はしたんですか?こういうのはそっちの方に任せた方がいいんじゃ…」



「もちろん依頼しました…ですが毎回帰ってくるのは一人か二人。その後の人は喰われたと。単純にその魔物が強いのでしょうね。それに報酬金は出せないですしね…」



 腕を組んで唸る。しばらく考え込むとが銀髪の女性が答えを下す。



「なあカズナさん。その魔物私達が討伐しよう」



 突然静寂が訪れる。この場にいる全員しばらく口を動かせなかった。



「そ、それは可能なのでしょうか?」



「まあ魔物の強さにもよるがな。こう見えて私は腕に自信がある方だが、まあ行ってみないとわからない」



「仮に貴方達が倒したとしても、私達は返せる物がありません」



「いや、お金には困ってはいない。ただ何日か泊めて欲しいだけさ。私達を客として扱えば問題ない。お前達もそれで問題ないだろ?」



 3人は目を合わせ、別に反論は無かったため頷いた。



「よし決まりだな。カズナさん。問題の洞窟は何処に?」



「…でも」



「大丈夫ですよカズナさん。私を信じて」



 この時カズナは、目の前の銀髪の女性に心臓を掴まれた様な感覚に陥った。













 新太達はまたしても山道を歩く。先頭には村に居た青年が例の洞窟の案内を引き受けてくれた。



「臭うな…」



 全員が顔を歪ませながら腕で鼻を抑える。



「ウッ…酷え…皆よく進める気になるな…」



 新太は表情を曇らせながら、この先へ進んでいける他の3人を見てみる。するとリオは布を鼻まで巻き付け対策していた。



「なにそのマスク…?」



「カズナさんがあの時言ってたじゃん。動物の死体を川に捨ててるって。多分それが腐乱臭になってる」



「えぇ!ズルいぞお前だ…け?」



 新太以外の全員は、この激臭対策をしていた。この場でただ一人その光景に呆気に取られていた。



「良し!案内を続けてくれ青年よ!」



「先生!今すぐ帰らせてくださ~い」



 新太の泣きながらの意見を無視しながら険しい道を進んでいく。そして悪臭が立ち込める洞窟の前、五人は立ち止まっていた。



「此処です。この洞窟の先に例の魔物が住みついてます」



「ほーん…此処ね」



(っ!?何この嫌な魔力…)



(締め付けられる様な感覚…相当邪悪な力を持った魔力の持ち主)



 リオとカランはその場に立っているだけで震え上がる。カランは多くの戦いを経験をしてはいるが、それはあくまで対人戦。魔物との戦闘は襲われた時に戦っているだけであり、これが強いのか…という基準はわからない。



「道は特別に複雑なわけではないと…これなら迷う事もないだろう。良し!今日は引き返すぞー」



「あれ?今日先生がなんとかするんじゃ?」



「私は何もしないぞ?お前達がやるんだ」



「え?」



「え?いや…は?」



 リオとカランはあたふたし始め、「無理だ」とか「めんどうくさい事になる」など言ってみるが、「今決めたからな」と言い始め、融通聞かなくなる。



「アラタもなんか言ってよ!」



「え?いや、なんとかなるんじゃないか?って思ってるけど」



「……馬鹿なの!アラタは!」



 リオは新太の服を手で掴んで、思いっきり体を揺する。



「やめて!?頭痛い痛い!」



「お前はこの魔力を感じてなんとも思わないのか!?」



「ああああ!?俺にはよく分からないんだよおおお!」



 ピタッと揺するの止めると新太は「あうあう」と目を回してしまう。



「分からない?」



「あ゛い…」



「…ふぅ。フンッ!」



「ガアッ!?」




 新太に思いっきりの頭突き。カランの額からシューっと煙が上がって、新太は「な、何で…」と言うだけ。額に手を当てて、カランは深く考え込む。



(何で…こんな奴に負けたんだろ…)



 そしてもう一人。少女も頭を悩ませる。



(何で…私こんな奴より弱いんだろ…)



「おおい!止めろよ!そんな憐れむ奴を見る目!」



「だってこの邪悪と言ってもいい魔力を間近で感じ取れない…こんな奴に自分が劣ってるって分かったら、呆れただけ」



「何だよそれ…今は出来なくてもいつか出来る様になれば良いだけだろ?俺はこういった魔力に関する事は苦手なの。それに呆れるのは勝手だけどな、そんな劣ってる奴がいつの間にかでっけえ存在になって、追いつかせない様になってやるからな!」



(…強くなれる事が出来る人は本当に羨ましい。アラタはこの先も前を進んでいけるんだろうな…ちゃんと自分も戦えるって、強くなれるって、自分で証明しなきゃ…私はこの2人に置いていかれる!)



「ぉーぃ…リオ?リ~オ?どうしよう聞こえてないよこの人!?立ったまま気絶してるよ多分!」



「してないわ!ちょっと考え込んでただけ!」



「まあまあ。落ち着け2人とも。もうすぐで日が暮れるから、戦うのは明日。それにやばいと思ったら助けるから、心配するな」



 銀髪の女性はリオを抱き締めながら2人を宥める。一応新太とリオは彼女の強さを知っていて、何も口には出せなかった。



 正直新太は周りが言う『魔力』は肌で感じられない。ただ一言、言葉で表せられる。



 空気が重い。



 それしか言い表せられない。今の新太には――。



 そして一行はもう一度アバロへの帰路の道へ進んでいくのだが、一つ新太は疑問が出てくる。



「そういやカラン。少し気になった事があるんだけどさ依頼とかの報酬金額についての基準ってあんの?」



「うん?ああ一応あるよ。基準点は人を殺めた数」



「やっぱりあるのか…」



「例えば薬草を取りに行って欲しい。けど生えてる場所が危険地域だと話が変わるだろ?」



(そういや裕樹達と一緒だった時階級みたいなのあったな…?確か…銅とかそういった色の種類は覚えてるけど)



 力を持っている人が居るというのに、金さえ無ければ誰もやってくれない。自分が思っていた異世界は全然違っている。結局何処の人も変わらないのだ。



「もういい?解説」



「ああ~最後に階級制度を詳しく教えてくれ」


    


「え~。銅級、銀級、金級の3つに分けられてる。そして各級に星が付けられていて1~5個付いている。まあ星の数が多ければ難易度は上がってくる制度なのさ」



「はえ~金や銀で分けられてるのか。でも…格上には通用しなくても、同じ強さくらいの奴にはなんとか渡り合える!お前との戦いで自信はついたしな!」



 自分の手を広げて、あの時の戦いを思い出す。弱かった自分が多少強くなれた。この実感は出来ればずっと味わっていきたい――。



「カランはさ、強くなっていくのってどう思う?」



「は?それを負かした相手に聞く?」



「アーハッハッごめんね」



「心がこもってねえよ…」



 そんな笑っている新太を見ているカランは鼻で嘲笑っていた――。













 そして日は落ち、すっかりと辺りは闇に包まれていた。一向はアバロ村に戻って宿に寝泊まりしていた。



 しかし――。



 あの場所の先には、何が居るのだろう?あの先には今まで出会った事のない者が、あそこに居る。1人の少女はそう考える。



(置いて行かれたくない。多分今からする事は迷惑をかける行いだろう。でもそうでもしない限り自分が望む結果には繋がらない)



 意を決して少女は、ベッドから立ち上がり部屋を出る。



「「あ」」



 まるで鏡合わせの様にお互いの姿をリオと新太は同時に姿を見せあっていた。



「「……」」



 そして気まずい空気になる。



「あぁ…リオさんやいかがなされました?」



「え?あ~……ねえアラタ。私は今から迷惑かける事をする」



「ん?」



「私は2人に置いて行かれたくないから、あの場所へ行きたい」



「置いてって…別にお前は弱くなんか――」



「弱いよ――。私は」



 その表情は冷たかった。リオには特別に大きな力は無い。目立った能力は備わっていない。しかし新太はその事に納得していないのだが。



「でも私一人で行ったって、多分手も足も出ないと思う…だからお願い!一緒に着いてきて欲しい!」



 リオは深く頭を下げて、懇願する。新太にも一応自分の強さに関する事に悩まされた事があった。その気持ちに分からなくもない。



「俺はさ…リオが自分で弱いって言ってるのが分からない。それでもお前が悩んでるのなら…俺は力を貸すよ。それに俺も行ってみたかったし!」



 歯を見せて表情を笑顔に変える新太。その笑顔は一切の曇りが無いのは、リオには分かった。



「…うん。ありがとう」



「そうと決まれば、あの人にバレないようにとっとと行こうぜ!」



「あ、そういえばカランは?」



「カラン?アイツはもう寝たぞ。かわいい寝顔は見せてもらったがな!」



 ドヤ顔で新太が言うので寄り道して、リオもカランの寝顔を見て洞窟へ向かい始める。そして今度は忘れずに激臭の対策を忘れずに色んな物を持っていく。



 暗い山道の中を進んでいき新太とリオは問題の洞窟にやってきた。



「いや!やっぱり此処やべえ!腐乱臭がキツイ!」



「しっかりしなさいよ。男はこういうの慣れてるものでしょ?」



「汚れ仕事を何でも男がやるなんていうのはもう古いんだよ」



 新太の口元には借りて来た三角巾がしっかりと鼻の位置まで巻かれていた。しかし耐えられるかどうかと言われたら、「キツい」としか言えない。一方リオの方は、背中に手作り製の弓を背負い、腰には矢筒を巻き付けていた。



「ガスマスクとかが欲しくなる…」



「こんなの大したことないでしょ。ほら行くわよ」



「やっぱりこの人強いよ…あ、そういえば灯り持ってきてないや」



 するとリオは掌から魔力で編み出された炎が出現する。やはりこういう時に魔力は便利だな…と内心思う新太だった。



「んじゃ。先頭よろしく!灯り担当!」



「ねえ?なんか私の存在がそれしかないみたいな表現辞めて?それとも、この腐った水に突き落とされたいの?」



「いや、ごめんて」



 よからぬ事を互いに考えたり、冗談を言い合ったりと、2人の会話は途切れる事は無かった。



 道中で変な虫をリオが見つけては、新太は驚く。そのリアクションを見たら、リオはイタズラ心でわざと虫を捕まえては、新太の服にくっ付けようとする。



「だああああ!止めろおおお!ただでさえ気持ち悪い虫苦手なんだってえええっ!」



「えー?こんなに可愛いのに?」



「何処が!?そんなグソクムシみたいな奴の何処に可愛い要素があるんだよおおぉぉ!?」



 現代っ子かつ自然と触れ合ってこなかった新太には鳥肌の物である。普通に女の子が片手に中型くらいの大きさの虫を平気で掴んで、押し付けようとする。新太の人生の経験上、元の世界でもこんな経験は無かった。



「やっぱ…この世界の女子って…強すぎない?」



「色んな事の仕返し」



「(この悪女め)」



「何か?」



 笑顔で虫を近づけて来るリオに対し、新太はカタコトで「ナニモイッテマセンヨ、リオサマ」と怯えながら、やり過ごす。



「ん?ねえアラタ…アレ」



 指を指す方向に視線を移すと、光る物体を複数発見する。2人の視線が合うと、無言でその方向に歩き出す。リオは静かに虫をその場で逃す。



 段々と光る物体に近づいて行くと、答えはすぐに分かった。



「これは…ただのカンテラだ」



「アバロ村の人達が置いていった物かな?」



「多分そうかもしれないけど…それなら入り口から置いて行く物じゃねえか?もしかしたら…」



「…例の魔物が、灯りとして置いていった物?」



「そうだとしたら、この先に居るんじゃねえか?」



 2人は静かになると、遠くの方で何かが落ちる物音が聞こえた。



「とりあえず姿を見てやばそうだったら、逃げるぞ」



「う、うん」



 なるべく足音を立てず灯りを頼りに進んでいく。その物音は頻度が増し、どんどん聞こえてくる様になってくるが、リオは違和感を覚える。



 カラン。カラン……と。地面に何かが落ちる音が大きくなっていく。



 そして同時にもう一つ…2人の耳に、聞きたくない音が入ってくる。



 グシャリ…グシャリ…と何者かが咀嚼している様な、嫌な音が洞窟内に響く。2人には嫌な汗が垂れてくるが、それでもゆっくりと進むしかなかった。この場の腐った匂いさえ忘れて……。



「アラタ…何か居る…」



 少しだけ開けた場所に出ると、人の形をしたシルエットを見つける。バレない様に近くにあった物陰に身を隠す。2人は物陰から顔だけ出し、おそらく例の魔物を見ようとする。



(何だ…?あの白い人間…なのか)



 2人が見た者とは、その場で四つん這いになって野生動物の様に、生の血肉を貪っている。白い手足には、所々に黒い線が一本引かれている。それに背丈も長い…2mはある。



(顔は…ここからだと見えない…)



「ヴェェェェェップ」



 飢餓を満たしたのか、汚いゲップをした途端に辺り一面に邪悪な魔物を張り巡らせた!



(ッ!?今分かった…入り口に近づいてもこの魔力を感じられなかった理由!こいつ食ってる時は、無警戒だったんだ!)



 リオは静かに立ち上がり、新太の肩に手を置く。



「逃げよう!アラタ!より近くで感じるとあの魔物には2人…いやカランを合わせても勝てない!」



「あ、ああ…一気に空気が重たくなったのを、俺でも感じたよ」



 新太も立ち上がって戻ろうとすると――。



「――は」



 まるでそこに居た様に、新太とリオの間に割って、姿勢を低くして立っていた。



 顔を見ると、そこに目は無く、大きな唇があるだけ。魔物が不気味な歯を見せてニヤリと笑うと――。



「ぁ――」



 新太は追いつけない、反応出来ない速度で蹴られると思いっ切り壁に激突する。



(何が…起きたの?)



 新太に視線を移す事は出来ず、蹴り飛ばした張本人から目が離れなかった。



 その魔物なのか、人なのか分からない者は、その場で体を楽しそうに動かしてゲラゲラと笑っていた。



 それはまるで…子供の様に――。

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