15話「険しき道のり」

 落ち着こう。落ち着いて状況を整理しよう。そう思った藍色髪をした少女が暗い洞窟の中で立って居た。



 薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着け、布で口元を隠した少女リオは慌てる事なく現実で起きている事を受けとめる。



(壁に叩きつけられたアラタは多分大丈夫…様子を見に行くのは止めて、目の前の敵に集中する!)



 素早く弓を構え、矢に指を置き、弦を引く。今は目の前の標的に狙いを定める。



 その標的は2mを超え、肌は白く、手足には、所々に黒い線が一本引かれている化け物。



 分厚い唇から白い歯を見せて笑うと、ゆっくりとリオの方向に体を向ける。



(視線を向けられただけでこのプレッシャー…!)



 今なら蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がする。矢に魔力を込めるタイミングを見失い、相手に意表を突かれた。



「やばっ――」



 大きな拳がリオの目の前に迫る――事は無かった。リオに迫る寸前、髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、背中に大きな黒のハートマークが着いた灰色の上着を着た輪道新太という少年が魔物に向かって殴り飛ばしていた。



 しかし白い魔物はただよろけるだけで、上半身をゆらりと元の体勢に戻すだけ。



(あれー?普通に痛がる素振りすら見せないの…?)



 これには思わず苦笑い。新太は自身の腹部をさすり、目立った外傷がないか確かめる。その間リオは少しずつ新太が居る方向に向かっていた。



 目の前の魔物は、ただただ自身の下顎を触ってコキコキと首の骨を鳴らしている。



「大丈夫?アラタ」



「ん、ああ。少し腫れただけだよ」



 魔物に蹴られた直前に、無意識に体の魔力が防御に変換されたのだ。人間の脊髄反射に感謝が絶えない。



「てか臭い大丈夫なの?三角巾無くなってるよ」



「飛ばされた時にどっかに行ったんだよ。これでも頑張って耐えてんだよ?俺」



 この洞窟内は腐乱臭で満ち溢れており、対策が無ければ入るのが嫌になるほどである。



 ドシャアッ!!



 何かを踏み潰した音と共に魔物は今にも動く体勢になっていた。



「とりあえず俺が接近戦。リオは遠くから援護頼む!」



「わかった。危なくなったら、直ぐに駆け寄るから」



 新太が前に出て、リオは狙いやすい位置を探しに走り出そうとするのだが――。



「は?」



 白い魔物はリオの方を向くと、追いかけ始める。



(嘘…でしょ!コイツ知性…それとも野生の本能で?)



「させっかあぁぁぁぁぁっ!!」



 新太が魔物に飛び込み、首元に腕を伸ばしてロックした。直ぐに振り解こうと暴れ、新太の腕へ手を伸ばそうとする。



 危険を察した新太は拘束を解除し、真横から頭に向けて回転しながら飛び蹴りを喰らわせた。



 白い魔物は少しふらつき、体勢が崩れる。



「…………」



 魔物の動きがピタリと止まると、視線が今度は新太に向けられる。



「GAAAAAA!!」



 甲高い声が洞窟内に響き渡り、動きが活発になる。新太は耳を塞いで蹲っていると、目の前の視界には白い物体が遮っていた。



「な゛」



 新太の顔面に強烈な一撃が入った――。



「か…ぁ」



 衝撃で意識が飛び、水面と地面をバウンドしながら壁に勢いよく激突する。



「GIIIIIIIIII!!」



 飛んでいった新太の方へ、陸上選手のフォームの様に迫っていく。



「アラタァァァァァァッ!」



 リオの呼びかけに応じる事は無く黙ったまま。気を失っている事に気づいた。



(追いかけても間に合わない!なら…あれをやってみるしか――。)



「炎よ命令する!我に在りし力を使い、この矢に猛き炎で一点を貫く力を与えよ!」



猛炎の一撃フォーカス・オブ・マルス…!』



 ギュンッッッ!!



 リオの弓から放たれる2本の矢は炎を纏い、白い魔物に近づく。だが魔物は魔力で気づいたのか、迫る矢に気づく。



 白い魔物は長い腕を鞭のようにしならせ、2本の矢を撃ち落とす――筈だったのだが、矢はカクンと直角に曲がり魔物の太腿に突き刺さる。



「………!?」



 突き刺さった矢は傷口から燃える音を放ち、白い皮膚が少し焦げている。白い魔物は何故か棒立ちで立っていて、まるで理解が追いついていないかの様だった。



(速くアラタを起こさないと…!けどアラタの元へ行くのにアイツがいる。どうやって掻い潜るか…)



 遠距離からチクチク攻撃していれば、相手からすれば注意は取れるだろう。だが接近戦となれば武が悪くなるのはリオになる。



 しかしモタモタしていれば、新太に危害が加わる可能性も高い。



(いや…ここは注意を引かせる!)



 次の矢を取り出し魔力を込め、攻撃に備える。魔物はその場に止まったまま動かない。



(動かない!?あれじゃ撃ってくださいって言ってる様な物!)



 だが手は緩めない。頭部に狙いを定め、弦から指を離し矢が一直線上に突き進む。しかし魔物は一向に動く気配は無い。このまま行けば致命傷…までとはいかないが、大きなダメージは与えられるはず。



(駄目押しにもう一本!!)



 チャンスを逃す訳にはいかないと思い、リオは炎を纏わせた矢をもう一度放つ。



 だが、ついに白い魔物は動きを見せた!そこからはほんの数秒で起こった。数十センチまで迫った矢を手で掴むとその場で少し回転し、流れる様に掴んだ矢を投げ返した。駄目押しに放った矢は、投げ返された矢に粉砕されそのまま直進し、リオの頬を掠る。



「ひっ…はあ…はあ…」



 情け無い声を出すと、リオはその場に座り込んでしまう。



(やばい…今ので腰抜けた…)



 自分の攻撃を意図も簡単に返される。投げられる位置が悪かったら、致命傷を負ったのは自分だった筈だ。



「だからって、おめおめと逃げる訳にはいかないのよ…!」



 膝に手を置き、脚に力を入れ立ち上がる。気合いを入れ直すためか、マスク代わりにしていた布を外す。



「弱いままの自分にはなりたくない…皆に追いついて行くために!」



 腰に身につけていた短刀を抜き、炎を纏わせる。リオの闘志に火が着いた!














「なあカラン。私が聞きたいのはあの二人は何処に行ったのかを聞きたいんだが」



 女性は、長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという人物は今怒りという名の感情に流されていた。



「いや、僕は知らないですよ。そしてそのイライラを僕にぶつけるのやめてくれません?」



 縄で宙吊りにされているのは、ローブを着ていて、頭部には獣耳が生えた桃色髪をした美少年カラン。



「まあ、あの二人が行きそうな場所は大体検討着くが…」



 問題は何故そこに向かったかだ。銀髪の女性にでも人の心情が常に分かる訳ではないし、考えだって読める訳でもない。



「一人は多分分かるけど、もう一人は知らないね」



「ほお?その理由を教えてもらってもいいか?」



 別に言いたくないという事は無いが、カランはとりあえず目線で縄を見て、解いてくれたら教える。と言った態度を見せた。



 直ぐに彼女は手刀で縄を切ると、カランは綺麗に着地する。拘束されてた事もあり、首をゆっくり回して凝りをほぐす。



「ま、簡潔に言うと、『調子に乗ってる』かな」



「調子に?」



「そいつは今頑張って戦えば何とかなる。自分には状況を変えられる力があるって思ってる。自分の力を過信し過ぎた馬鹿って事。もう一人は…流石にわからない」



「正直起こって欲しくなかったんだが、やはりそうなってしまうのか…」



 銀髪の女性の表情は険しくなり、その表情は悲しさや悔しさなどを感じさせていた。



「これからどうするんだ?あなたは」



「……そう…だな。私は…見に行くだけさ」



「あの2人が危なくなったら?」



「その時は…助けるさ」



 ドアノブに手を掛け、一息吐くと扉を開けてその洞窟に向かう。もう奪われる訳にはいかないのだから――。












 藍色髪の少女リオは、2m程の白い魔物と対峙している。先程遠距離では有効打を与える事が出来なかったために、得意とは言えない接近戦に切り替えた。



 リオには新太の様な大きな力で殴る事はしない。というより、殴るといった行動はこの世界では効率が悪いのだ。



(まともに戦えるのかな…アラタが目を覚ますまでの時間は稼いでみせる!)



 メラメラとリオの短刀には炎が宿り、魔力によって攻撃力と切れ味を増加させる。



 幸い白い魔物はリオに意識が向いている。



 リオははスッーっと息を吸い込み集中力を高め、目を見開く。武器を前に構えると白い魔物に一気に近づく。



 白い魔物は屈んだ姿勢になり、腕を引く。リオはこれまで魔物の動きは複雑だった事もあり、警戒して足を止めた。



 バシャバシャと水面を走る音が聞こえなくなると、魔物はピクッと反応を示す。やがて動きを見せた途端、白い両腕が伸び始めるとリオ目掛け勢いよく動き出す。



「なあっ!?」



 しかし足を止めておいたお陰もあり、直ぐに反応する事が出来た。ただ一直線に進み、自身の技より遅い。



「フッ!!」



 上へ飛び伸びた片腕に乗り、綱渡りの要領で走り抜ける。リオの様に身軽でバランス感覚が良い者でないと、この様に上手く走れないだろう。



 あっという間に近づく事に成功するリオは、炎の短刀を前に突き出す用意をする。



(獲れるっ!!)



 だが次の瞬間、リオの後頭部に鈍い痛みが走る。



「あ…が…何が?」



 伸びたもう片方の腕には、大きめの骨を手に取っていた。腕が戻ってくる時にクレアの後頭部に当たったのだ。



(避けた先から拾ってきたって事?)



 意識が飛ばされない様に唇を噛み締め、意識を保つ。それと同時に映った視界の先には、壁に寄りかかった状態の新太が居る。



「ッ……!!」



 追撃されないよう受け身をしっかり取り、ハンドスプリングの要領で魔物の股の下を潜り抜ける。



 この際腐った水を全身浴びようが関係ない。今大事なのはこの強敵に勝つこと。



 すぐにリオは振り返り、魔物の方を見ると同時に飛び出す。背中はがら空きになっており、魔物は首を捩じ曲げてこちらを見ているだけ。



 さっきのように、変な攻撃をしてくるかもしれない。



(これじゃあ遠距離に頼ってばっかの私になっちゃう!)



「ヤアアアァァァァァァッッ!!」



 ガガガガガガッッ!!



 炎を纏った短刀は背中を下から切り上げる。……が。



「なっ…」



 皮膚に突き刺さった短刀は、背中の中間辺りまで行くと、ピタッと動かなくなった。ジュージューと焼け焦げる音は聞こえるのだが、相手にダメージを与えられている様子はない。



「そ…んな」



 突如リオの脳内に、同じような光景が思い出される。力及ばず、怪物となったロザリーに仲間が殺されていく光景。



 リオはゆっくり顔を上げ、魔物の顔を見る。魔物の表情は歯を剥き出してニヤリと嫌な顔で笑っていた。



「お゛っ!?」



 白い魔物は裏拳の要領でリオの横腹に重たい一撃が入れる。吹っ飛ばされたリオは壁に激突し、一瞬息が出来なくなる。



「がはっ!はあー…はあ…」



(重たい…痛い…苦しい…怖い…アラタだったら耐えられたのかな。カランだったらどんな戦いをするのかな。師匠だったら今の私をどう思うのかな)



 自分よりも相手の事を考える辺り、それがリオの良い所なのだろう。



「あ…武器は?」



 自身の手元には何も無かった。先程の攻撃で落としたのだろう。リオが目で探していると水の上を歩いて、こちらに近づいてくる。



 その足音が大きくなっていくと、自分の身に『死』という物が近づいてくるのがわかる。



「ぅぐ…こんな所で…終わらせない!」



 壁に手を置き、少しでも離れようと逃げる。



「AAAAAAAAAAAA!!」



 耳に響く叫び声に追われる様に小走りで移動する。



 度々長い腕を奮って逃げるリオに襲いかかる。拳が地面に当たる度、砕けた小石が顔に当たる。



 ケタケタと笑い声を上げる魔物は、明らかにリオを弄んでいた。それはまるで狩りをする時に獲物をじわじわと追い詰める者の様に。



 それでもリオは奥へ奥へと逃げる――。












「っが!?」



 洞窟内で目を覚ましたのは、ツンツン寄りの茶髪をし、頭から血を流し、服がボロボロになっている少年新太。



「クソ…気を失ってた…!」



 頭を抑えてまだグラグラする意識を正常に戻そうと一定の間隔で呼吸を繰り返す。



「そういや俺、生きてんのか?普通だったらあの白い魔物に……」



 普通であれば気絶した標的を逃す理由は無い。ならどうして自身が生きているのか…。



「はっ。リオ…!リオは?」



 周りを見渡しても薄暗い空間しかなく、腐乱臭が鼻につくだけ。



「アイツなら絶対、自分の身を犠牲にする筈だ…ん?」



 ほんの少し何かが光を反射し、新太はその物体の元へ近づく。



「こんな所にナイフ?まさかこれはアイツの…?」



 嫌な汗が頬を伝う。この先に居たとして、もしリオが?などと最悪の事態のことを考えてしまう。リオに渡すため落ちていたナイフを拾い上げる。そしてその『最悪』になっていない様に願いつつ、闇雲に奥深くへ進む。



「リオォッー!!どこだーっ!!」



 叫んでも新太の声が反射して返ってくるだけで、反応はない。



「アイツは一体どこまで逃げたんだよ!…ん?これは…」



 腐った水の中から見つけたのは、見たことがある『赤いカチューシャ』が沈んでいた。新太はそれを拾い上げると、荒くなった息を整えてまた走り出す。



(この道の先に居る!頼む無事でいてくれよ!)



 全力疾走で走っていると、ズシン、ズシンと何かが破壊されていく大きな物音が聞こえてくる。



「リオオオオオオッ!!」



 その音に惹かれる様に追いかけると、やっと会いたかった人物の姿を見る事が出来た。



「り…お?」



 藍色髪をした少女は端の方で血を流して横たわっていた。



 そこへゆっくりと近づく白い魔物。新太は考えるよりも先に体が動いていた。




「あああああああああああああああっっっ!!」



 判断が遅れたのか飛び出してきた新太に不意をつかれ、魔物の顔面に強烈な右ストレートが入った――。



 殴られた魔物は勢いよく吹き飛ばされ、壁に激突する。手足がピクピクと震え、倒れ込む。



「はあ…はあ…リオッ!!」



 横たわるリオに近づき、大声で呼びかける。体を抱き抱えてリオの体を見る。お腹には破片などで斬られたのか血が流れている。



「ア、アラタ…?」



 疲れ切った声で自身の名前を呼ぶリオに安堵する。何か傷口を抑える布を探す新太だが、思い当たる物はここには無い。とりあえず出血を抑えるため片手を傷口に手を置く。



「大丈夫だよな?リオ。死ぬとかじゃないよな!?」



「縁起悪い事…言わないでよ…大丈夫。傷は思ったより浅いから…」



 ドクドクと流れる血が新太の手をどんどん紅く染め上げている。



「あと…ごめんね…」



「は?」



 何に対して謝っているのか新太は理解出来なかった。



「私何も役に立てなかった…有効打とかも全然だった…」



「……」



「私…こんなにも弱いんだね」



 リオの目元には涙が出始めていた。新太は見たくはなかった。友達が辛い思いしてまで泣く姿を。



 そして伝えたかった――。



 リオは決して弱くない。役に立っていたということを。



「本当にそう思ってんなら、それは間違いだ」



「え?」



 リオの近くに赤いカチューシャとナイフを置き、口を動かす。



「お前が命懸けで時間稼ぎしてくれなかったら、俺はアイツに殺されてた。そしてお前がちゃんと強いから逃げずに戦えていた。リオはちゃんと持っているよ…心の強さを」



 横たわるリオをゆっくり寝かせ、新太は立ち上がって振り返る。



「リオ。俺一人じゃ多分こいつを倒すことは出来ない。だから今度は俺の番だ!お前の体力が戻るまで、俺が守る!!」



 紅く染まった右手を握りしめ魔物の方へ構える。白い魔物は瓦礫の山から這い上がって新太に向かって歯をむき出しにして威嚇する。



 藍色の髪をした少女は、自分のカチューシャを拾い上げ、ギュッと握りしめる――。






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