16話「力量の再確認」

 腐乱臭が漂う暗い洞窟の中で一人の少年と、一匹の化物が対峙している。



 一人は、頭から血を流して背中に大きな黒のハートマークが着いた灰色の上着を着ている。髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立った少年。輪道新太が相手を睨みつけていた。



 一匹は肌は白く、手足には、所々に黒い線が一本引かれている2mの背丈を超えている人型の魔物。



 その白い魔物は新太に歯を剥き出しにしてカチカチと鳴らして威嚇している。その際に発せられるプレッシャーは凶悪な物で、新太の体は少し震え上がる。



「待ってアラタ!アイツに近づく時気をつけて!」



 新太の後ろから声が聞こえてくる。声を発していた張本人は、薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で手には赤いカチューシャを握りしめている少女リオ。



 そんな彼女の腹部からは赤い血が流れ、中に着ている白いノースリーブのシャツは血によって赤色に染まっている。



「何だ?アイツは変な動きをするのか?」



「まあ、動き全部が変だけど…アイツ、腕を伸ばす事が出来る!多分だけど体のあちこちを伸縮自在に伸ばせると思う」



「どっかの海賊漫画じゃあるまいし…ありがとなリオ。情報提供感謝するっ!!」



 地面が抉る程に足に力を入れて駆け出す。



(体一つ一つ箇所を伸ばせるんなら、距離を取っておくのは不利!)



 新太は全身に魔力を纏わせながら接近していく。暗い視界の中目を凝らし、白い魔物を凝視する。



 しかし白い魔物は体を伸ばす様な動作は一切無く、新太に向かって来るだけ。



 特殊な動きが無いだけで、新太にとってはありがたかった。そして互いの拳が届く距離まで近づくと、新太と魔物は同時に殴りあうとクロスカウンターの形で相討ちになる。



「…っぐぉ!」



 大きくよろけたのは新太の方だった。この時彼が分かった事は、『単純な力では勝つことは出来ない』ということ。



 まず体格差が有りすぎる点。その上普通の人間と魔物の体の作りは違う筈。筋肉質すらも新太の方が劣っているであろう。



「あ、ああああああああああっ!!」



 しかし新太は引かなかった。そのまま左拳を魔物の腹部に打ち込んだ。その際僅かに白い魔物の右腕の力が緩んだ。そのまま新太は押し切り、再び右腕を引き、白い魔物の顔面に拳を打ち込む。



 今度は白い魔物が後ろに大きくよろけた。だが簡単に終わらせるつもりは新太には無かった。



「おおおおおおおおおおおおっ!!」



 よろけた白い魔物の顔を右手で掴み、地面に思い切って叩きつける。



 魔物の顔は地面にめり込んだまま動かなくなる。しかし気は抜けない。こんな一撃で倒れる相手ではないとアラタは理解している。



 だが――。



「なんだっ!?」



 突然白い魔物は足をジタバタと動かし始める。危険と判断した新太はその場を離れようとするが、スポッと頭部が地面から抜けた瞬間――。



「ぁが!?」



 逆立ちの状態で新太に蹴りを喰らわせる。新太はなんとか間に合い片手で防御する事が出来たが、一撃はとても重い。



(折れ…てはない!それにしてもコイツの動きは複雑で読みづらい…!)



 魔物は口角を上げて歯を見せつけると、目にも止まらない速さで新太に近づく。ほんの少し反応が遅れ、連続で出してくる速い攻撃に手を焼いてしまう。



 一撃一撃の重い衝撃が全身に響く。



「だああああああああああっ!!」



 白い魔物の攻撃に合わせ、魔物の片腕を新太の両腕で掴みとる事に成功する。だが新太の体は浮遊感に襲われる。



 白い魔物は掴まれた片腕で新太ごと持ち上げ始めると、その腕を地面に叩きつけ、新太の背中に強い衝撃が入る。



「か……は…」



 肺の中に溜めていた酸素が口から漏れ、外の空気と一緒になって吐き出され、呼吸が一瞬出来なくなる。



 掴んでいた腕を離し、意識さえも手放してしまいそうで新太の視界がぐわんぐわんと回っていた。



 白い魔物は間髪入れずに新太に攻撃をしようとする。右足で蹴り上げようと狙いを定めている。新太は歯を食いしばりその蹴り攻撃を片腕で防御する。



「ぐぁ!!」



 その際に新太は弾き飛ばされ、地面を転がり回る。



(早く体勢を整えねえと…!)



 急いで立ち上がろうと手足に力を入れるが、左足だけ力が入らずいつの間にか伸ばされた白い手が足を掴んでいた。



「なあ!?」



「SYAAAAAAAAAA!!!」



 高い叫び声を上げながら、伸ばした腕を鞭のように新太を振り回し、なす術がないまま、ただ自身の身体を魔力で守ることしか出来なかった。



「なあああああああああああっ!?」



 回す速度がどんどん上がっていき、腕や首が全く動かす事が出来ない。



 だがもう一方で少女が一人、狙いをすましていた――。



「炎よ命令する。我に在りし力を使い、この矢に疾風の如く素早い炎を宿せっ!!」



 クレアが放った魔力の一撃は『豪炎の一矢バーン・マルス



 炎を纏った矢は白い魔物に一直線上に突き進み、胴体に直撃する。



 新太を掴んでいた腕は手放され、突然解放されたアラタは壁に激突し、魔物はきりもみ回転しながら弾き飛ばされる。



「はぁ…はあ…ぁぐ!?」



 立っていたリオは、膝から崩れ落ちる。まだ身体中には痛みが走っており、無理を承知の上で動かしのだ。



 もう一方で吹き飛ばされた新太は顔面から壁に激突して大の字になって張り付いていた。やがてズルズルとズリ落ちて地面に寝転がる。



 ゆっくりと新太に近づいていくリオ。おそらくあの白い魔物は倒せてはいないだろう。リオの一撃は確かな物だが、あの魔物の生命力を侮ってはいけないと、本能が告げている。



「大丈夫なのアラタ…」



「な、なんとか…あと助かりました…」



 鼻から血を流しながら感謝を述べる新太を起こし、一息入れる2人。



「くっそ~普通に厄介だなアイツ」



 鼻血を拭い、焦らない様に落ち着かせる新太だが、内心とても焦っている。強さでいえばあの白い魔物が一番。2人でなんとか相手出来るかどうかの状況。



 かと言ってリオは怪我をしていて真っ当に動ける状態ではない。



(俺が頑張らねえと…!)



「リ…」



「アラタ。私もう動けるからね」



 偶然言葉が重なった。リオが放っていた言葉は強がりだ。まだまともに立てる事が出来ていないリオを見れば一目瞭然。



「いや、でもお前」



「大丈夫!それにもう奴には私の遠距離攻撃が通用しないだろうし、どっちかが倒れたら勝ち目なんか無くなるでしょ」



 顔を朗らかな表情で笑い、新太に自分はまだ戦えると伝える。リオにはまだ接近戦という択が残っている。しかし自分自身の身体がどこまで動けるのかが課題になる。



「だから…信じて」



「っ…」



 リオの表情が一変し真剣な顔つきになり、眼差しから見て取れるリオの思い。新太はそれを無下には出来る筈がないと、少しズルイと思ってしまう。



「分かったよリオ。正直助かる。けど動かす事が出来ない様になったらすぐに引いてくれ」



「それは心得てる。危なくなったらお願いするわ」



 お互いは軽く拳を合わせると、向こう側からズシンズシンと足音が聞こえてくる。もう答えは分かりきっている。



 2人の視界に捉えると、予想通りあの白い魔物。首をコキコキと骨を鳴らしながらこちらに近づいてくる。



((まだ負けていない!))



 まだ2人の闘志は消えてはいない。



 そして数秒間の静寂が訪れると、その空気に痺れを切らし先に動いたのは白い魔物だった。



 魔物は勢いよく両腕を伸ばし、掴み掛かろうと2人に迫り来る。だが新太とリオは単純な攻撃に引っかかる程劣っていない。



 2人は左右バラバラに散り、両腕の攻撃を回避する。そして前に出たのは新太で、右拳に攻撃魔力を集める。



 白い魔物の懐に飛び込めた新太は、溜めた右拳を下顎に狙いを定め突き出す。しかし意外な事にすんなりと攻撃はヒットする。



 体勢を退け反らせる事に成功した新太は、直ぐに第二打の攻撃に移ろうと今度は右足に攻撃魔力を溜め始めるが――。



「っ!?」



 突如白い魔物は凄い速さでクルクルと体を丸め回転し始めた。呆気に取られた新太は行動に移す事が出来なかった。新太が止まっていると魔物の動きに変化が生じ始める。



 ヒュンッ!



 いきなり白い魔物から繰り出されるサマーソルトキック。上半身を引いて避ける新太。足先が掠る程で済んだが、魔物の戦い方が一変した。



「今度は何なの?」



 なんと逆立ちの状態で戦う姿勢を見せたのだ。2人の常識からは外れた立ち振る舞いをし驚愕と不気味さを感じ初める。



 口を開けてケタケタと笑うと、新太に向かって逆立ちの状態で一気に距離を詰める。



「うおっ!?」



 両腕に防御魔力を纏わせ攻撃に備える。足で繰り出される連撃は腕の攻撃より数段重く、軌道が読みづらい。



「な…んだっ!コイツ!うおっ!?」



 足の連続攻撃の最中に白い魔物の片腕で新太を転ばせる。



(やべっ!)



「やあああああああああっ!!」



 白い魔物の背後からリオが割り込み、魔物の背中を炎を纏わせた短刀で斬りつけた。今回は筋肉で止められる事は無く、刃を最後まで通すことが出来た。



 傷口は浅いがしっかりと焼け焦げており、白い魔物はたまらず地面にのたうち回って痛みに悶えていた。それともう一つ、何かに怯えている様子が見られた。



(もう一撃!)



 リオは倒れている白い魔物に短刀を突き刺そうと近づくのだが、上に向かって腕を伸ばし始め、そのまま天井に張り付いて、四足歩行で暗い奥へ逃げていった。



「あ、アイツ逃げやがった!」



「チィッ!このまま追いかけるわ!」



「リオッ!この先アイツに何されるか分かんないんだ!ゆっくり行こう!」



 聞く耳を持たずにリオは突き進んでいく。自身の身体に傷がありながらも動けるのは、おそらくアドレナリンが出ているのだろう。



 置いていかれる訳には行かず新太も走って着いていく。



(何だろ。今私調子が良いかも…しっかりと動きに着いていけてるし、視界だってはっきりと見えてる。回復するために引いたっていうのなら、その時間を与える訳にはいかない)



 先程与えたダメージの威力は明らかに遠距離攻撃よりも近距離の方が与えられている。それがリオの自身に繋がる要因にもなっている。



 そして追いかけた先に敵は居た。



(何やってるのアイツ…)



 おそらく喰い漁った動物の骨だろう沢山の骨塚を手探りで漁っていた。後から合流した新太もその光景を見ていた。



 ぬらりと立ち上がり二人を舐め回す様な視線を送る。そして手には一つの物体を握っていた。



「ヌン…チャク?」



 主に骨で造られたであろうヌンチャク。見れば動物の尖った牙などがあちこちに無理矢理付けられている。



「どう…思うリオさん?」



「まあ当たったら無事では済まなそうね…それに素手で対抗するのもキツそう」



「だよねえ…!」



 武器を扱うことが出来ない新太は思う。やはりこの世界は俺に厳しすぎると。



「でも逃げたって殺されるのが目に見えてる」



「奴の武器は私が出来るだけ止めてみせる。新太は行けるタイミングで攻撃して」



「ああ。頼むわ」



 二つ返事で応え、会話を簡単に済ませる。



 最初に飛び出したのは白い魔物。そして迎え撃ったのはリオ。彼女は有言実行の元しっかりと魔物の攻撃を短刀で受け止めた。



 脇に挟み下から上へ、左から右へとカンフー映画の如く回しに回していくつれに速度が上がっていきリオにその攻撃が向けられる。



 攻撃を受け流していくリオに一つの考えが頭によぎる。



(この動き!相当な手練れじゃないと出来ない!戦った人達から見て覚えたとでも言うの!?)



 恐るべき学習能力。仮に独学で学べたとしてもここまでの練度は中々出来ない芸当だろう。



「尚更こんな奴に負ける訳にはいかないの!!」



 ヌンチャクを切り上げ大きな隙を作ったリオ。そこに飛び込む新太は右拳に攻撃魔力を集めた一撃を放つ。



 体勢を整える白い魔物はまとめて2人を相手する。2人はどちらかが攻撃を受け止めると片方は魔物に向かって攻撃。を繰り返し抜群のコンビネーションで対処する。



「だああああああああああっ!!」



 両手でヌンチャクを新太が掴み取ると、動きが止まる白い魔物。新太の背中を踏み台にしてリオは飛び、魔物に飛び蹴りを喰らわせる。それに続いて新太の攻撃魔力が入った左フックが魔物に当たる。



「「ハア…ハア…ハー…」」



 だが2人は肩で息を繰り返し、呼吸を落ち着かせる。相手の攻撃に関して対処は出来る。だが手数が激しいため体力がかなり消耗してしまう。



「っ…!?」



 リオがふと新太を見ると腕から血を流していた。白い魔物の攻撃を受け止めた時に何度か刺さったのだろう。



「リオ…アイツの武器弾き飛ばせるか?」



「なんか…策でも…あるの?」



 息を吐きながら会話する2人。新太の出す策とは――。



「アイツの武器をぶっ壊す」



 その提案を聞いたリオは、笑みが溢れた。そして一言呟いた――。



「任せて」



 そう言うとリオは、短刀に魔力を込める。そして炎によって周りが灯され、空気が熱くなる。



 ヌンチャクを回しながら、間合いを測る白い魔物は歯を食いしばっている表情になっている。魔物の顔は分厚い唇しか無いため、表情は読みづらいのだが、明らかに怒っているという事は分かった。



 そして歩みを止めた白い魔物は一直線に2人の元へ、武器を掲げながら襲いかかる。



(私が止める私が止める私が止める!!)



 力を極限まで振り絞り、この一撃に力を込める。長い火柱を立てた短刀は白い魔物のヌンチャクを繋げている鎖の部分に当たる。



 火花が散り、地面は割れる。



「ああ、ああああああああああっ!!」



 リオは思い切り叫ぶ。だが力は白い魔物の方が上なのか、鎖が斬られる事は無かった。だが――。



「だああっっ!!」



 下から切り上げた短刀が、白い魔物が持っていたヌンチャクを上へ弾き飛ばした。そしてもうそこには少年の影が映る。



(リオ…やっぱりお前は弱く無いよ…俺よりも全然強い)



 空中で回っている骨製のヌンチャクを持つと、空中で姿勢を変え、狙いを白い魔物の頭部定める。そしてその武器を思い切り――。



「らあああああああああっ!」



 ――振り下ろした。



 バリイィィィィン!!とガラスが砕け散る様な音が洞窟内に響き渡る。



 実際新太はこの世界に来て、戦闘中に武器や防具の類を身に着けて攻撃する又は受ける時一撃は攻撃を護り、一撃は攻撃を与えられる事は出来る。そしてその武器や防具に特殊な力が宿っている場合は、自分が装備したときに限りその能力は一切発動しない。



 着けた状態で戦おうとしたところで、動き回る際それが邪魔しては本末転倒になる。だから彼は着けたがらない。否、着けられない。



「ハア…ハア…フゥ~」



 攻撃を受けた白い魔物はうつ伏せの状態で倒れていた。



「倒せた…のか?」



「油断しちゃ駄目よ。気絶してたら良い方だけど。ア…ゥ!」



 突然リオは膝から崩れ落ち、四つん這いになる。汗が止まらず、両腕両足どちらともプルプルと震えている。



(やば…流石に体に無理をしすぎたかな)



「だ、大丈夫かリオ!?」



 倒れたリオを心配して駆け寄る新太。



「大丈…夫。アラタは速くそいつの脳天かち割って」



 見た目に反してえげつない事を言うリオに少し引いた新太は、白い魔物に急いで近づく。



 右拳に攻撃魔力を込めて、頭に撃ち込めばこの戦いは終わる。だが新太は渋っていた。呼吸は荒くなり、手からは汗が噴き出る。



(大丈夫だ。人を殺すという訳じゃない。あの時のロザリーだって…)



 以前戦ったロザリーという女性は、悪あがきとして魔物化した。その戦いでトドメを刺したのは新太である。だがあの時は、いっぱいいっぱいであったためか、躊躇いなど無く倒す事が出来た。



 新太は今まで意図的に殺そうとはしていない。カランとの戦いでもそうだった。戦う覚悟を持てても殺す覚悟は持っていない。



(殺らなきゃ駄目なんだ!)



 片足を一歩引き、その拳を振り下ろそうとする新太。しかしここで違和感に気づく。



(アレ?コイツの両腕…何処にいった?)



 うつ伏せに倒れている白い魔物の長い両腕が無くなっている。いや、腕の前腕部から地面に潜り込んでいる。



「マジかっ!コイツ!」



 すぐに後ろへ飛び、回避行動をとる。そこへ新太が立っていた場所に地面から白い腕が勢いよく伸びてきていた。



 白い魔物の執念深さに2人は苛立ち、不死身なんじゃないかと最悪な事まで考えてしまう。



 白い腕が自分の手元に戻ってくると同時に、白い魔物は頭から勢いよく新太に突っ込んだ。



 新太より一回り大きな身体で襲いかかる白い魔物と取っ組み合いになる。新太はどんどん壁に押し込まれ、握る力がどんどん弱くなっていく。



「おお、おおおおおおっ…」



 先程の激しい撃ち合いで体力を消耗したため、魔力が込められない。



「このやろっ…」



 白い魔物の顔が目と鼻の先まで近づいてくる。その時吐かれた息は血生臭く、新太に不快感を与えた。そして――。



「あ、があああああああああっっ!?」



 壁に押しつけた白い魔物は突然新太の左肩に噛みついた。新太は痛みで考える事が出来なくなり、ただただ引き離そうともがくだけ。



 その傍らで四つん這いの状態で見ていたリオも、必死に足を懸命に動かそうとしていた。



(動いて…動いてよ!別に痛みが酷くて死ぬ程のものじゃない!休めば治るんだから!)



 しかしリオは体に蓄積した疲労感だけではない。魔力を使用し続けることによる体力の消費も含んでいる。



 生物が魔力を扱う際、疲労感は蓄積されていき、無理をしすぎれば命は削られる。まだリオは自己判断で死にはしないと決断する。



「ああ、ああああああああああ!」



 大声で叫びながら、震える両腕両足を無理やり立たせ、前傾姿勢で新太の元へ急ぐ。握っている短刀を握りしめ、残っている魔力と意識を振り絞り、その最後の一撃と新太に全てを託す。



 短刀に宿った炎は刀と同じぐらいの刀身になり、先程より一層熱く、灯るく洞窟内を照らしている。



「はあああああああああああああっ!!」



 喉が潰れそうになるまで叫び、新太を捕まえている片腕に狙いをつける。そしてその炎の刀身が白い魔物の左腕に斬りかかる。



「やった…斬れた…」



 すると白い魔物の片腕は宙を舞い、新太に噛み付いていた力は一瞬緩んだ。その隙を逃すことなく手から風の魔力を生み出し吹き飛ばす。



 リオは片腕を斬った後、意識を失い、地面を転がって人形の様に動かなくなる。



「あり…がとリオ。大丈夫か…?」



 動かなくなったリオを見た新太はどんどんと血の気が引いていく感覚に襲われる。慌てて近寄って体を揺すっても動かない。



 ドクンドクンと心臓が高鳴って、手が震え始める。新太はこの世界の魔力についての知識をよく知っていない。気を失っているだけなのだが、この状況下で最悪な方向へ考えてしまう。



 自分の不甲斐無さで、一人を危険に晒してしまった事実が自分を責め立てる。



 手首に手を合わせ、リオの脈拍を確かめる。するとゆっくりだが、振動を感じ取ることができた。新太は安堵感に包まれるが、すぐに現実へと引き戻す。



(アイツの腕が斬れたとはいえ、生きてることには変わりはない!)



 リオの側に落ちていた布を拾い、負傷した肩に巻きつけ止血する。そしてリオを背負い上げると、白い魔物の方へと見やる。



 白い魔物は四足歩行の獣の様な姿勢になって、2人の方へ憎悪の念を送る。そんな表情をしているかのように見える。



(どうする…一対一ならなんとかなる状況にはなった。でもリオを放って置いたまま戦えるとは思えない…どうしたら…どうしたら!)



 試行錯誤を繰り返す新太に、白い影が襲いかかる。態勢が悪いと判断する新太は、攻撃を回避しながら、更に奥へ逃げる。



 背後から、ズガン!ドガン!と破壊される物音からわかる様に、明らかに先程より破壊力は増している。



 そして――。



「此処…は?」



 今まで走ってきた道中に比べると、水は綺麗で透き通っている。おそらく此処がアバロ村の命、水源はここから湧き出ていると即座に分かった。



 だが――。



「マジかよ…行き止まりか」



 後ろからは、この先は行き止まりという事を知っていたかのように、ゆっくりと歩いてきた。



「結局戦わないと駄目なのか…」



 残された選択はこれしかなかった。リオを地面に置き、離れすぎない距離を保ちつつ戦う。今の新太にはこれしかなかった。



 リオが戦いの最中に目を覚ましてくれるなんて事は、無いに等しいだろう。体力が無くなった新太に殴り合える力は少ない。



 噛まれた箇所から痛みが走る。左腕を動かすのも辛くなっている。互いの戦況はほぼ同じ、しかし素の能力は白い魔物の方が上。



 不安が残る。相手の方が負傷しているにも関わらず、劣っていると何度も自覚する。



(クソッ!来るなら来やがれ!)



 半ば投げやりになっていると、白い魔物は動き出す。新太は前へ出て庇う形で戦闘をする。



 ガッ!!っと拳同士がぶつかると、新太は簡単に押し負ける。その衝撃は頭の中まで響いてくる。



「あ゛ぁ!!」



 苦悶の表情を浮かべるが、それぞれの拳に魔力を込める。どんどんと距離を詰めてくる白い魔物の対応に苦戦する。



 力では推し負け、不規則な攻撃に翻弄される。手放しそうになる意識を引き留め、残りの力を全て右拳に集める。



 攻撃を一振り掻い潜ると、白い魔物の懐に入り込む。



「おおおおおおおおおおおっ!!」



 だがその拳が白い魔物に直撃することは無かった。拳が当たる寸前に白い魔物の皮膚がまるでゴムの様に伸縮し、新太の攻撃は空を切りダメージを与えることが出来なかった。



「はあ…はあ…畜生。力が、入らねえ…あぁぐ!?」



 ほんの少しの余韻に浸っていると、白い魔物の蹴り攻撃が新太に炸裂する。その衝撃でリオから思い切り離れ、距離が生まれてしまう。



 防御魔力でまともに守らず、受けたため骨が軋んでしまっている。そして白い魔物はもうリオの側に立っていた。



「あ、が…クソ。辞めろぉ…」



 リオの顔目掛けて、白い魔物の足が踏み潰そうと足を置く。



「畜生。ちくしょおぉおおぉぉっ!!」



「流石に、もう見ていられないな」



 その聞いたことがある声が洞窟に響くと、一瞬で白い魔物はどこかへ吹き飛ばされた。



「………は」



 新太の視界からは何が起こったのか理解出来なかった。ただ理解出来たことがあるとすれば、白い魔物が居なくなり、大きな水飛沫が上がっていた。ただそれだけ。



「圧倒的な力に負かされる気分はどうだ?新太」



 声がする方へ顔を向けると長い銀の髪の女性が空中に立っていた。青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという人物がこちらを見下ろしていた。



「先生…な、いや…」



「戦いを見ていてはっきりしたよ。アラタ…お前は弱い」



「…っ」



 何も言い返せない。事実なことを真正面から受け止める言葉は重く、自分にのしかかってくる。



 バシャァァッ!!水面からもう一度水飛沫が上がる。ビショビショに濡れた白い魔物が息を切らしながら、歩いてくる。



「さて、私の弟子がいきなり失礼したな。だが…お前はもう生物としての域を超えている。生かす訳にはいかないからな。すまないが此処で殺させてもらう」



 彼女にそう言われると白い魔物は、体を震えさせていた。それは魔物自体初めて味わう『死』という概念。



 一歩足を引いた瞬間が、始まりの合図となった。銀髪の女性は一瞬にして近づき、白い魔物の腹部に一撃入れ込む。その衝撃で後方へ大きく吹っ飛ぶが、まだ彼女の攻撃は終わらない。魔物の背後に高速で回り、背中を蹴る。



 吹っ飛ばされた白い魔物は、勢いよく地面に激突し、手も足もでない状態になっている。その光景を見ていた新太は、唖然していた。目の前で戦っている彼女の強さにではなく、白い魔物がこんなにも簡単に良い様にされている光景に。



 2人で戦い、ダメージを与えるのに必死になって頑張っていた。だが現実はこうだ。自分達より強い人間が沢山いるこの世界で、さらに自分がいかにちっぽけな者だと分からせられる。



 その後は白い魔物は咆哮を上げるが、銀髪の女性は諸共せず、顔面に拳を当てる。負け時と魔物も腕を振るうが当たる事は無く、カウンターとして彼女の手が魔物の体に突き刺さる。



 刺された箇所に手を置き体勢が前のめりに倒れそうになる。そこに間髪入れずに下顎目掛けて銀髪の女性の蹴り上げが炸裂する。大きく浮かんだ魔物に横蹴りの追い討ちを入れ込む。魔物はゴロゴロと地面を転がり、血反吐を吐き再び立ち上がろうとする。



「アラタ。お前には時間をかけてもいいから、強くなって欲しい。そしていずれお前にも出来る筈の技術をお前に見せる」



 体に突き刺した時に付着した白い魔物の黒い血を払いながら新太に語りかける。



 白い魔物はヤケクソになったのか、野生の獣の如く銀髪の女性に飛びかかる。しかし彼女は静かに白い魔物の胸部にそっと手を置くと、詠唱をし始めた。



「風よ命令する…我に在りし力を使い、神速の如く斬りつけよ」



神風の剣戟ブリージング・エァド



 唱えると少し辺りに静寂が訪れる。その間は一秒か二秒。新太はスッーっと静かに吹く風を感じとると、白い魔物の体に変化が訪れる。



 白い魔物の右腕、左足、右足そして首が切り離された。銀髪の女性の手に持っていたのは魔物の胴体で、黒い血が地面にポタポタと落ちていた。やがて手を離しその胴体を地面に落とす。



 いつの間に座って見ていた新太は、完全に脳が思考停止して目の前の起こっている光景の理解に追いついていなかった。



「ん?こんな状態でも動けるとはな」



 切り飛ばされた頭部が銀髪の女性を睨み続ける。こんな状態になっても殺意を向けるとは、恐るべき生命力。だがそれもここまで。バラバラになった四肢はボロボロと崩れ始めていく。



 そしてその場に残ったのは、白い体毛に覆われた腕や足、胴体、そして猿の様な生き物の頭部が虚ろな眼をしてその場に残った。



「お前はただ真っ当に暮らしていればこんな事にはならなかった。どうして普通に生きようと思わないのか私には分からんな」



 暗い表情を浮かべる銀髪の女性は、新太に近づいていく。



「さて、話をしようかアラタ。お前はどうして此処に居るのか」



「あ…。ただ俺は…」



 いいや…違う。今から話すのは言い訳だ――。



「今まで戦ってきて、俺は生き残ってきました…。勝負にも勝てた。自分の力を過信しすぎていた…なんとでもなるって、諦めず戦っていたらいつか勝てるって勝手に思い込んでた…でも格上にはまともなダメージを与えることさえ出来なかった。ただ…俺は勝ち続けで調子に乗ってて…此処に居る」



 新太の少ない戦いは、結果を見れば勝利を収めている回数が多い。しかし過程はほとんどボロボロで、血を流していていた。それでも彼は嬉しかったのだ。自分の力が証明出来たのだから。



「そうか、厳しく言わなかった私にも落ち度がある。しかしお前達は腕試しとして強い相手に挑んだ。自分の力量を知らず死ぬかもしれないのにな。だからこそ、お前達は自分の弱さを更に自覚しなければならない」



 銀髪の女性はゆっくりと新太に近づき、ボサボサになった髪の上に手を置いた。すると新太の体は一気に『恐怖感』に支配された。



 手の大きさは新太とさほど変わらない筈なのに目の前に立つ女性の手が、まるで巨人の手に頭を抑えられている。強い圧迫感を感じる。



「自惚れるなよ小僧。お前より強い奴はたくさん居る。次勝手な行動すれば、私はお前を助けない」



 頭の芯まで響く言葉の重み。それを受けて新太の体からは汗が噴き出す。そして淡い光が新太を包み込むと、体の傷が塞がっていく。



「後は私がやっておく。リオも治しているからお前達は宿に戻って、今日は休んでいろ」



「………はぃ」



 少年の目から光が消える。言われた通りに倒れているリオを背負い上げ、出口へ向かい歩いていく。



「私は…また間違えたのだろうか。だがどんな形であれ救うと決めたんだ。嫌われても拒絶されても…」



 優しく甘やかして接したとしても、その人は取り返しのつかないことを起こすかもしれない。厳しく当たればその人は、心を閉ざしてしまうかもしれない。人の付き合い方の正解なんて、神様にだって答えがわからない。


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