17話 「心から思うこと」

 ある村に、少年が一人草原で寝そべっている。その少年はただただ無気力で、ぐで~っと猫のように体を伸ばしている。



 その少年は灰色の上着を枕代わりにして、少しぶかぶかの濃い緑色のズボンを履き、黒い無地のシャツを着ている。髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立った輪道新太が何も考えずに居た。



 彼は前回『死』という経験をした。というのもアバロ村の水源に魔物が住み着き、水が汚染された。その原因を取り除くため新太はリオという少女と共に戦ったのだが、勝負には負けた。最終的には新太達の師匠でもある女性が倒してくれた。



 その時新太は魔物からではなく、その師匠から『死』を受けた。その後から新太はやる気が上がらなくなった。



「んー…」



 太陽がてっぺんに登った昼時。目を瞑っていても鋭い日差しが邪魔をして昼寝が出来なくなる。



「あ、居た」



 一つの声が少年に呼びかかる。新太は目を細めながら声の方へ振り返る。



 声の主は、茶色のフード付きローブを着ていて、首までかかったピンク色の髪をし、頭部から獣耳が生えた少女にみえる少年カラン。



「なんだカランか。どした?」



「サボり魔を見つけてこいって言われたから」



「あーそゆことね…てことはリオはもう大丈夫なんだな~」



「お前は大丈夫じゃないんだな」



 事実新太の覇気は戻らない。カランとの会話を聞くに、どうやら藍色髪の少女リオはあの戦いから見事吹っ切れたようだ。



「あの時のアラタは勝ち続きで調子に乗ってた。自分は物語の主人公の様に死なないって思ってたんだろ」



「……」



「何も言い返さない。何も行動しない。その時点でお前は僕にもリオよりも断然弱いよ」



 新太はそれを聞いてゆっくりと口を動かす。



「違うんだよな。なんか…あの時久しぶりに死にそうな体験をしたからやる気が出ないとかじゃないんだ」



「つまり?」



「命懸けで頑張った誰かが、それを簡単に誰かがこなしてしまう。それがこの世には沢山いること。俺はその人物になれるのかどうかってことだよ」



 少年が内に秘めていた思いを告げる。カランは深くため息をつくと、新太の胸ぐらを掴む。



「そこまでお前が腑抜けになってるとは思わなかったよ。そしてお前は一つ勘違いをしている」



「何が?」



「その人達は少なからず努力の道を辿っているということ。この世界には神代器っていうズルい物があるけども、その力を扱う時はどうする」



 カランは掴んでいた手を離すと、指を二本立てる。



「力を持つ者は知っている限り、多くて二種類の人間がいる。その力を人のために使う者もう一つは自分のために力を使う者。どれも生き残るため力をつけるのは当たり前のことだろ?それにアラタは戦いに身を投じ始めてまだ時間が浅いし、そう簡単に強くなれるもんじゃないことぐらい理解しているだろ」



 長々と語るカランは明らかに苛立っていた。それはカランからすれば一度負かされた人物がこのように落ちぶれていたからである。



「それに…アラタは好きなんだろ?レベル上げ」



「あ…」



 以前カランと会ったばかりの時、新太は『強くなっていく』という事が好きと伝えたことがある。言った張本人がこんな形で裏切ってしまうのはどうなのだろう。



 まだ戦いは始まったばかりというのにもう終わってしまうのは早すぎないか?どうしても勝てない相手と遭遇したら助けて貰えばいいじゃないか。リオと一緒に戦った時と同じように。



「なあカラン。俺がこうして渋ってたら…助けてくれるか?」



「…それは分からない。けど見るに堪えなくなってたら殴ってでも助ける」



「酷え…。けど俺がそうなったらな」



 少年の心には再び火がついた。これから幾度となく困難はやってくるだろう。自身の道の先は暗くても自らの手で切り開いていくしかないと、心の中で決めた。



 しかし…。



(あの人とどうやって面と向かって話せばいいんだ…!)



 開始早々巨大な壁にぶつかった。












 場所は変わって、イニグランべ国城内。国内の建造物では最大の面積を誇っている。



 そして王宮の一室に一人の女性が大きな椅子に座り、一人の男性が跪いて話していた。



「女王よ。族の討伐お疲れ様でございました」



 白銀の鎧を着こなす、オレンジ色の髪をした男性。クロイアという男。



 頬杖をついて何かの書類に目を通しながら作業を進める腰まで靡かせた長い金の髪をした女性。その長い髪で左目は隠されており、退屈そうにしている。



「問題はない。たまたま依頼先に襲われたから返り討ちにしただけだ。人が創り出す害は騎士達が対処する。ただ…この世界に召喚した者達はどうなっている?」



「どう…とは?」



「我が国が所有している神代器や魔道具を明け渡し、魔物に対し対策はとったつもりだ。だがどの人物もまともな成果を上げているとは思えない」



「なるほど…女王がおっしゃっている事は重々承知しております。目に叶うかはわかりませんが、テンドウ・ヒロキという者は最近成果は出しているとのことです」



「まあ…直接会ってみない事には正確な強さはわからないな。他の人物も…やはりアレを決行しよう」



 金色の髪の女性は立ち上がり、窓の外を見る。



「クロイアよ。近いうちに準備を進めておいて欲しい。頼めるか?」



「承知致しました。しかしよいのでしょうか…これを行えば少し損害は多くなりますが」



「構わないさ。責任はこの私、ルミノジータ・カーポ・イニグランべがしっかりと取る。速やかにこの異変を終わらせるために…」













「……」



 少年は陰から一人の女性を見続ける。関係が悪化してしまった女性で、その人物は長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという人物が座ってくつろいでいる。



(どうしたもんかなぁ。カランは一人でなんとかしろって言って宿に戻ったし)



 今の新太はまるで告白しようとする学生のように、どう話しかけるか考えている。そして考えついた答えは。



 1、何事もなかったかのように話しかける。



 2、初手でスライディング土下座を披露し、会話を試みる。



 3、何かきっかけを作り、話題を広げていく。



 4、やはり無理だ。諦める。現実は非常なり。



(4は流石に駄目だろ。せっかく吹っ切れたのにやらなかったら逆戻りになる!やはりここは……2しかないな!)



 許してくれなくとも誠意は認めてくれるはず。そう信じた新太は走り込む体勢になる。その際心臓の鼓動が速くなっていくのを感じると、落ち着くために一度目を瞑った。



「ちゃんと謝ってこれからもっと強くなっていきますって言う。簡単な事だ」



 新太は静かに呟いてクラウチングスタートの体勢になって、フゥーと息を吐く。そして意を決してレティアに近づこうとする。



「輪道新太行っきまーす!」



 しかし――。



「何やってるんだアラタ?」



「ああああああああああああああっ!?」



 新太の背後から、いつのまにか近づいてきていた銀髪の女性が立っていた。それに驚いた新太は異性に裸を見られた人の様に高い声で叫んだ。



「えーなんで此処にいる!?」



「いや…お前が隠れてるのが見えたから」



 銀髪の女性の視界からは木に手を置き、くの字になっている新太の下半身が目に映り、考え込んでいる間に正面から近づいていた。



「で?何でお前は此処にいる?」



「あっ…」



 完全に出鼻を挫かれたため、頭の中に浮かんでいた作戦(笑)は一気に瓦解し、真っ白になる。それと同時に新太の体が震え上がる。



 それは完全な恐怖による支配だった。新太は拳をギュッと握り締め、息を呑むと口を開く。



「いや~最近は調子が上がらなくてずっとサボってたもんで、どう先生に話しかければいいのかわかんなくて~アハハ…」



 下手くそな作り笑いで平静を装い、ちゃんと謝るということを忘れてしまう。その後も関係ない話題を出しては会話を進めていく。心臓の鼓動が速くなっていき手からは汗が吹き出し始める。



 そんな中、銀髪の女性は新太の頭に手を置いた。一瞬新太は何をされたのか分からなくなり、脳内が真っ白になる。



「こんな事言うのもなんだが、よく私の前に立ってくれた。ありがとう…」



「は…?」



「私は知っているんだよ。死の淵に立たされた者が心を閉ざして諦めることを。だがお前はこうして私の前に立ってくれたんだ」



「…俺は強くなれますかね。誰にも迷惑をかけないように…」



 すると銀髪の女性は少年を抱き寄せる。新太は身を任せ、力を入れることなくただただ体を預けていた。



「それはお前の努力次第だ。でもな、迷惑かけない人間は居ると思うか?」



「……」



「迷惑なんかいくらでもかけてもいい。どうしても辛いなら、仲間に頼れ。一人で何でも抱え込もうとしないでくれ…頼む」



 女性の表情を見ると、その顔は深刻で哀しそうな顔になっていた。その表情は一体何を経験すればなるのか。新太にはわからなかった。



「最後にわがままを言わせて欲しい。ただ生きて欲しい…お前には」



「……先生の言いたい事はわかった。多分リオとかカランにこれからも助けてもらおうって、あの戦いで学んだ。でも、最後のは出来ないです」



 ゆっくりと腕を引き剥がすと、新太は女性の顔をじっくりと見る。新太の眼は静かに闘志が漲っていた。



「俺だけ生き残ったとしても、多分俺は後悔ばかりで、また腐った人間のようになるだけです。それならリオとカラン…そして先生も一緒にこの旅を続けていきたい」



「やっぱりお前は…」



 小声で呟く。その声は新太に届いたのかわからない。ただ銀髪の女性は感銘を受けたように目の前にいる少年を見るしかなかった。



「それなら、これからもっと厳しくしないといけないな」



「いや、出来ればちょっとソフトにしてくれませんかね…?」



「皆。リオとカランに生きていたいんだろう?なら頑張らないといけない筈だ」



「ひぃ~せめてお慈悲を…」



「大丈夫だ安心しろ。死にはしないから!」



「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 新太が叫び声を上げると、女性は笑っていた――。












 叫び声を上げた後銀髪の女性と別れた新太は、宿に戻ることにした。



(まあ。普通に話せるようになった…のか?特段仲が悪くなったっていうのはないし、大丈夫な筈)



 泊っている宿に辿り着くと宿のホールへと足を運ぶ。中は使用人達がドタバタと移動しており、最初の活気に満ち溢れていなかった村は何処へいったのか?を疑問に思わさせる程。



「水資源が復活した途端凄いな…」



 村の命である水が使えるようになり、稼げなかった分取り返そうと奮闘しているのだろう。おかげで外の様子も騒がしかった。



「その顔見るに迷いは吹っ切れたんだな」



 階段上から新太を見下ろしてくるのは、ピンク髪の獣耳を生やした中性的な少年カランだった。



「ん?ああ…完璧に立ち直ったとは言えないけど、マシな方にはなったろ?」



「ま、ウジ虫から昇格した程度って感じだな」



「おいおい。誰がウジ虫だったって?俺は前まで人並みに努力してた真っ当な人間ぞよ?」



「いやお前は性格とか含めてその程度の人間だろ」



「んだと!?この野郎!テメーだって人の事言えるんですかー!?」



 騒いでいるとカランは頭部に生えた獣耳を手で抑えて聞こえないように塞いで、澄ました顔で立っていた。



「よーしそこを動くなカラン。今からお前の化けの皮を剥がしてやるからっ!」



 勢いよく飛び出してカランを捕まえようとするが、ヒラリヒラリと躱し新太は壁にぶつかったりして、捕まえられなかった。



「くそっ!ほんとすばしっこいなほんと!」



「捕まんないよ~だ」



(ん?一直線の廊下…仕掛けるなら。ここだな!)



 何かを思いつくと、直ぐに立ち上がり手を後ろへ突き出す。そこから風の魔力を放出しジェットの様に速いスピードでカランを捉える。



「あがっ!?」



 カランに手を伸ばし、足を掴むことに成功した新太。体勢が崩され床に転ばされる。



 うつ伏せになったカランの腿の外側から自身の足で挟み、その状態で自身の両手で相手の両手を持ち、そのまま後方へと倒れ込み、寝るようにして相手の体を天井に向けてピン!と張る。



「ダアァァァァァッ!?」



「ハッハー!どうだ!これぞ現代知識の技の一つ、『ロメロスペシャル』だ!」



 もちろんこの技は新太が考えた技ではない。どこかのバラエティー番組か何かにプロレスの技が使われていたのを覚えていただけである。



「どうするのかね?カラン君!ちゃんと謝るなら許してやらん事もないぞ?」



「わ、わかった…謝る…ごめ…ん!」



 拘束を解きカランは自由になる。両肩を抑えて痛みに悶えるカランは涙を浮かべていた。



「うぅ…酷いよアラタさん…」



「嘘泣きしながら可愛い声出すのやめろよ!俺が全部悪いみたいになるじゃねえか」



「ハッ!」



(やっぱわからせる必要があるかもな…)



(どうやって仕返しするか…)



 お互い考えていることは力や知恵でわからせる事しか頭にない。そんな中少し離れた所から声が聞こえてくる。



「ひゃ~王様もとんでもねえ事考えんなぁ」



「だがまあ、少しでも穏便に暮らせるためってなると…これも一つの手なのかもしれねえな」



 2人は声のする方へいくと、椅子に座って新聞を読んで話している男性の2人組を見つけた。



「なんだ?王様がなんかやったのか?」



「さあ?しばらく情報なんか見てないから知らない」



 2人組は休憩を終えたのか、新聞を折り畳み足早に移動した。おそらく仕事するために向かったのだろう。どうしても気になった新太は折り畳まれた新聞を手にとり広げる。



「ぅげ!?」



 気になったのはいいが、当然文字はこの世界のもので書かれている。一応新太は読めなくもないが、解読するのに時間がかかってしまう。はあ~っと溜息すると横からカランが奪う様に新太から取るとその文面に目を通す。



「多分この記事だね。『イニグランベ王国にて大会を開催する』って」



「はあ?大会?何で」



「どうやら異界の者、そのお仲間限定の大会らしい。勝てば賞金。お眼鏡に叶った者は王国の騎士になれるって書いてある。まあアラタみたいなこの世界の住人じゃない人しか出れない大会ってこと」



「へえ~多分戦力強化ってところか?まあ出る気ないからいいや」



「おそらく凶暴化した魔物の対処するためだろうね。異世界から召喚したって言う記事はあった訳だし。それにまともな成果上げてるかって言われたら、あんまり聞かない」



「ほーん。神代器っていう武器与えられていても、何もしない人が沢山いたらそりゃ結果なんか変わんないか。異世界ねえ…」



 嫌な記憶がフラッシュバックする。囮役で仲間に遊ばれ、此処にいたら死んでしまう。挙げ句の果てには親友にも見放されるという悲しい現実。



「…あ?なあ?聞いてる?アラタ」



「んあ?ああごめん。聞いてなかった」



「謝る気のない顔がさらに腹立つ。出てみたらいいんじゃないって言ったの。出る人の神代器によるけど、アラタなら3位ぐらいはに入れ――」



「いや、出ない」



 即答だった。今日の件みたいにズルズルと引きずってしまって、立ち直るのに時間がかかってしまうのは、まだ許せる。だがあの人達に会うのだけは嫌だった。



「何か…あった?」



「まあ…あった」



「じゃあ聞かない」



「そうしてくれると助かる」



 新聞を折り畳み机の上に置く。新太は凝り固まった体を伸ばす。



「ん~…もう夕方時だし俺は風呂に入ってくるわ」



「もう陽が沈みかけてるのか…なら行くか〜」



 窓の外の陽はオレンジ色になっており、1、2時間も経てば暗くなる。そんな時間になっていた。



「……その外見だからって女風呂に入ろうとすんなよ?」



 ニヤけながら冗談を言う新太の背中に、カラン渾身のドロップキックが炸裂する。














「えっ?男風呂使えないんですか?」



「ごめんね!まだたまに汚染された水が流れる時があんのよ。悪いんだけど混浴の方で我慢してくれないかな!」



 そう言う男は先程椅子に座って新聞を読んでいた人物。新太とカランは目を合わせると――。



「まあ別いいですけど」



「ありがとねー!アラタ君。カランちゃんこんな優しい彼氏、大切しなよ?」



「ん?はっ!?」



「辞めてくださいよお~おじさん達も仕事頑張ってくださいね!」



 男は礼を述べると扉の先に向かって行った。そして新太はカランの肩に強く手を置く。



「遺言はあるかな?カラン君」



「いや、違くて。この村でも皮被ってたら気に入られたっていうか…」



「お前この村でも何か奪うつもりなのか!?させないぞ!そんな野望俺が止めてやるからな!」



「しないわ!するとしたら気に入らない奴にしかしないわ!」



 そう弁明しても新太の眼は疑いの目と軽蔑の目をしながら、混浴場へ歩いた。



「あぁ~気持ちいい~」



 頭にタオルを乗せて湯に入る。外は丁度陽が沈みかかるタイミングで、綺麗な景色が出来上がっていた。



「このまま嫌な思い出とかも流れていかねえかな」



「それはただの現実逃避になるだろ」



「モノの例えだよ。ていうかお前いい加減にあのキャラ作り辞めろよな」



「辞める気はないよ。お前もいい加減諦めろよ…」



「そんな訳にはいかないだろ?そんな事繰り返してたらお前本当一人ぼっちになっちまうぞ」



「女の一人。心を射止めた事がない奴に言われてもねえ…」



「ああ゛ん!?」



 今この場に居るのは新太とカランだけ。その後は互いに罵声を飛ばし合うのだが、他の人には迷惑はかかってはいないことが何よりも幸いなのである…。















「や、やっぱり一緒に入るのはちょっと…」



「別に女同士問題はないだろう?」



 タオルを体に巻き付け堂々と立っている銀髪の女性と、もう一人は藍色の髪をした少女リオ。自身の前にタオルで隠し、オドオドしている。



 リオは視線をやや下に落とし、目の前に立つ女性の胸部に照準を合わせる。



(ここにきて己の無力さを更に痛感したくない…)



 ここに悩める少女が一人、立っていた――。



 銀髪の女性はそんな事はわかっておらず、湯に浸かり酒瓶を浮かべている。それに続いて恐る恐る入ろうとするリオ。



「…こうやっていつまでもゆっくり出来たらいいのにな。しかし…隣の風呂場は何か騒がしいな」



「そ、そうですね」



「何でお前はそんな離れた所にいるんだ」



「え、いや…」



(言えない…そんなグラマラスな体をしている貴方の近くにいたくないと!)



「うーむそんなに嫌か?身体を見せることが…」



「あ、いや。そんなんじゃなくて。言いづらいなぁ…」



「なら、私も見せればいいだけだな」



 その場に立ち、体に巻き付けていたタオルを取ると自身の体をリオに見せつける。女性の体を見たリオは思わず絶句する。



「な、ん…」



 女性の上半身には、ヒビが入ったかの様な傷痕。浮き出た骨。それは魔法でも治す事は難しい無数の傷、痣がそこにある。



「それは、いつからあるモノなんですか?」



「そうだなぁ。強いて言えば最近ぐらいか?」



「さ、最近って!何が?貴方が何をすればこんな傷が!?」



「たった一人の少年を守るためさ」



 少年。それは誰なのか?だがリオの結論は出ている。新太だ。やはり何か、新太には何かがある。だがそれはなんだ?あの少年には何があるというのだ?ロザリーと戦った際に新太が作り上げた大きなクレーターの様に強大な力を隠し持っているためなのか。



 わからない。リオにはわからない。それに自分はとんでもない事に足を踏み入れている。それしかわからなかった。



「さ、私の事は見せ終わったぞ。近くに寄っていいか?」



「あー…。わかりまし…た」



 小声になりながらも彼女を自身の近寄らせることを許す。タオルを巻き直すと再び湯に浸かる。



「ところで何でダメだったんだ?」



「…貴方の近くにいると、自分の成長を呪ってしまうからブクブクブク…」



 恥ずかしくなったのか口元を湯に浸からせ、泡を立たせるリオ。



「そ、そうか…すまん。だがお前はまだこれからだろう?」



(その言葉は同世代の女子から何度も聞いたぁ…)



 リオがまだ集落にいた頃に、同じ経験を何度もしていたようだ。



「これで体を見せるのは2人目か~」



「は?ま、まさかアラタも…?」



「ん?ああ以前一緒に入ったことがあってだな。アイツの反応は面白かったぞ」



「いや、それ以前の問題が…もういいや」



「ふと気になったんだがリオ。お前の首元にある痣…いや紋章か?」



「これですか?これは…私にもよく分からなくて。」



 リオは自分の首にそっと手を近づける。その紋章は目立つ色は無く、大きくもない。ただ一本線で引かれている変哲もない一見すればただの痣がリオの首に刻まれていた。



「でも…なんとなくですけど分かるんです。私が強くなれないのは――。」



「なあああああああああああああっっ!?」



 ボガアアアァァァァァッ!



 突然隣の木の柵が破壊され、その中から飛び出してきたのは茶髪色ツンツン寄りの髪をした少年新太。



「痛って~…おいカラン!いくら魔法ぶっ放す事ないだろ!」



「知るか!人が嫌だって言ってるのに踏み込んでくるお前が悪い!」



「くっそ~」



「なあ。アラタ」



「なんすか先生。今アイツに盗みを辞めるように――は?」



 新太が気づくと、そこは女風呂に足を踏み入れていた。そう彼は人生で初めて、思春期を過ぎてから踏み入れてはいけない場所に立っているのだ。



「私はな?一緒に入ることは許す。だがこうして覗こうとする行為は許そうとは思わないぞ☆」



「あー先生?湯の中にタオルとか着けて入るのはマナー違反って言う俺の世界のしきたりがですね?」



 しかし銀髪の女性の表情は変わらず笑顔で、新太に向けられている敵意も変わることなく、少年の頭には重い鉄鎚が降ろされる。



「ばーか」



「お前もな?カラン」



 中性的な少年は急いでこの場を去ろうとしたが一瞬で周りこまれる。そして彼にも重い鉄鎚が下される。



 2人の少年を混浴場の床へ降ろすと、女風呂へ戻る。壊れた木の柵の前で座り手をかざす。すると破壊されてしまった壁には土で出来た壁が出現し、再び混浴場と女風呂との間に仕切りが出来た。



「大丈夫ですか?先生」



「……フゥ。ああ大丈夫だよリオ。まったくどうしたんだアイツらは」



「さあ?旅の疲れで頭がおかしくなったんじゃないんですか?私もゆっくりしよーっと」



 2人の女性は体を洗い流し、2人の男性は死人の様に寝かせられていた。














「あー痛ってえ…まだ頭がガンガンするよお」



 風呂場から目覚めた茶髪色のツンツン寄りの少年新太は、壁に手を置いて部屋へ戻ろうとしていた。



「カランはいつの間にか消えてたし…あの人に強く殴られるし、最終日はゆっくり出来なかったなあ」



 このアバロ村の問題は解決した。ならここに長居は無用なのであり、白い魔物との抗争から3日も経ってしまっている。ならもう充分だろう。



「もう今日は寝よう。疲れた」



 丁度曲がり角に差し掛かったタイミングで、見知った顔の女性に出会う。



「出たな変態バカ丸出しスケベ弟子」



「その名前で呼ぶにはいくつかの疑いを晴らす必要がある!」



 白いシャツを部屋着の様に着て、新太に話し掛けてくるのは銀髪の女性であった。



「先生はここで何をしになっておられるのですかい?」



「んー。ただ酔いを覚ますため外に出ようとしただけさ。なあ…ちょっと付き合ってくれよ」



「えー」



「どうせお前は寝るだけだろ?別にいいじゃないか」



 そう言った銀髪の女性は宿の入り口へ振り返り外へ出る。それに続いて新太もついていく。



 外へ出ると辺りはすっかりと暗くなっており、人気は少なくなっており家からは灯りがついており、その光を頼りに二人は話しながら歩いていく。



(あ~。楽しいなぁ…こうやってお前とゆっくり話すのはいつぶりだろうか)



 夜風が吹くと、チリンチリンと鐘の音が鳴り響き二人の目線はそちらに向いた。



 視線の先には――黒いローブを着た人物が立っていた。



「誰――?」



 何の要件か聞こうとする新太の声は、遮られる。次の瞬間銀髪の女性の姿が世界から消える様に、ローブを着た人物の前に移動していた。



 新太が見れた光景は、その銀の髪をなびかせた女性がローブを着た人物の頭を掴んで、地に叩きつける。



 その表情は険しいモノだったその瞬間だけだった――。














「なぜ…お前がここにいる!?」



 誰にも反応出来ない速度で銀髪の女性は謎の黒いローブを着た人物の頭部を掴み、そのまま引きずる様に林の中へ連れ込み、地面に力強く押し倒していた。



「なぜって、そりゃあ…『見守るため』ですよお…」



「っ!?アイツは自由なんだ!お前らクズ共のために居る人物じゃない!」



「ですがぁ…認められない限り!彼はずっとこのままだ!今のうちに言っておいた方が彼のためなんじゃあないんですかあ?」



「何でだ……もういい!お前は消えろ」



 黒いローブを着た人物は塵となって消える。しかし自らの手で消え去ったとはいえなかった。自らの手で消えたというのが正しい。



「チッ逃げたか…」



(大丈夫だ。まだ時間はある。それまでには…)



「ちょっ!先生!何かあった…」



 青い月に照らされた女性は、敵意を捨てて笑顔で声のする方向へ振り返る。



「何も無かったよ。ただ危険な人物だったから私が倒しただけさ」



「そ、そっか。それならいいけど」



「そうだ。突然迷惑をかけたんだ。アイス奢ってやろうアラタ」



 動物を愛でる様に新太の頭を撫でる。その際抵抗する新太だったが笑顔を見せる彼女に流され、子供扱いするみたいにイジる。



 そのまま新太の手を引いて、氷菓子を買いに村へ戻る。その後無事にまだ開いていた店に入り、氷菓子を二つ購入する。



「まさか買ってくれるとは…」



「なんだ?私がまるで慈悲がない人みたいな言い草だな」



「そこまでは言ってないでしょ?」



「フフッ。ならこれからお前が頑張った時、お前にだけご褒美をやろうか?」



「それだとあの2人に色々言われて、被害に遭うのが目に見えてるからいいです」



「あはは!そうか。なら…こうして2人で食べてる事は秘密だな」



 そう言って片目を閉じてウインクする銀髪の女性。その笑顔に思わずドキッとしてしまう新太。



 こうやって2人が幸せな気分に包まれて、楽しい時間を過ごせるのはいつまでなのか。それはわからない。



(今…私は笑っているのだろうか――。この笑顔は本心なのか作り笑いなのか…どっちなのだろうか――。)

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