21話 「役目」
速くなる鼓動を必死に抑えながら足を進める少年が居た。灰色の上着に黒いハートマークが付けられた上着を着崩し、濃い緑色のズボンを履いて黒い無地のシャツを着ている。髪は茶髪でツンツン寄りの少年輪道新太が灰色の上着の上から胸部を抑える。
(触れたら死が待っているこの敵。俺に出来る事は少ない…でもその少ない事を全力でやる!)
そう心の中で意気込む新太。彼は武器を扱う事を許されず、この世界で苦悩を強いられている。
「準備はいいな?アラタ」
心を落ち着かせている新太に声をかける人物は、長い銀の髪をポニーテールにして髪を纏め、一本アホ毛を生やしている。黒い上着を羽織り、中に白いシャツをヘソが見える程で露出し、着崩しているそんな女性レオイダ・クメラ。
彼女はこの世界で迷っていた新太を助け、生きる術を教える。言わば師匠に当たる存在だ。
「は~…大丈夫、行けます」
そして銀髪の女性が作り出した『
突然動きだす円盤に戸惑いつつもバランスを取り、立ち上がる。
「リオ。お前は遠距離からの援護を、2人が危険になったら接近戦を任せる」
「はい!」
元気に返事を返す少女は、藍色髪で膝が見えるぐらいの短いデニムパンツを身につけ、赤い半袖の上着を羽織り黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオ。その手には自家製の弓を携えていた。
「カラン。最初からお前は奴に近づかせて、隙を見つけたら斬りつけろ。すぐに助けられる様にアラタを近くに置いておく」
「……」
無言で頷くのは一見女の子に見える外見だが性別は男。茶色のフードが付いたローブを着ていて、首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた。中性的な人物。
4人が目指す先には、成長が止まったはずの木を伸ばし、その木に登ろうとする。青い人型の巨人。青い巨人は液体で形作られており、その液体に触れた物は老化してしまう性質を持っている。
光の円盤は動き出しその速度は徐々に加速していく。舌舐めずりをしながら目を見開く新太は、黒姫と戦っていた時と同じぐらい手は震えていた。しかし不安は無かった。それは何故なのか。あの時の状況とは明らかに違っている点があるとするならば、目の前に友人が。後ろには師匠が付いている。たったそれだけ、理由はそれだけで充分だ。
一方で青い人型の巨人は強い気配を感じ取った。近づけさせてはならない者が居ると、本能で悟った。木に登るのを辞め地に足をつけると、自身の体を絞り出す様に体全身から青い尖った管の形をした突起物を出現させる。
そして突起物の先端から放たれるのは、自身の液体。寸前で銀髪の女性の操作により避けることに成功するが、直ぐに次の同じ攻撃が発射される。
「コイツは少々面倒くさそうだ…!」
苦笑いしながら物事を冷静に対処し、連続で放たれる弾幕を身体に掠らせる事なく突き進んで行く。
(久々に精密に魔力を動かすのは、骨が折れるなっ!)
不敵に浮かべる笑みに、ほんの少し恐怖を感じてしまったリオは、違う意味での『恐怖』を垣間見た。
(怖えええっ!?目の前光景が雨が降っているみたいに、無数の攻撃で先が見えづらい!)
3人は四つん這いの形で振り落とされない様に体勢を低く落とし被弾を無くそうとしている。見ている視界は意図していない方向に動き回るため、気分が悪くなり始める。
やがて青い人型の巨人まで10m程まで近づくと各々自身に課せられた事を果たそうと動き出す。
カランは青い人型の巨人の股下を潜り抜け、背後の位置にカランは浮かんで武器を構えている。リオは一歩距離を置き視界に上半身が映る程度の距離感で2人のサポート。
そして新太は常に動き回り青い巨人の弱点、能力の秘密を探る役目を引き受けた。遠距離からの攻撃手段を持っていない新太にとってはこれが、一番出来ることだった。
(さあ。頼んだぞ!いつの時代でも道を作っていくのは若き少年少女だからな!)
先に動かしたのはカランの円盤。戸惑いつつも落ちない様に脚に力を魔力を込める。動き出した円盤の進む先は青い巨人の脚。狙いが自分の意思で決めれる訳ではなく、動かす者の意思を汲み取らなければならない。
そのため――。
「っくそ!傷口が浅い!あの人、僕に厄介な役目押し付けやがって!」
右に避けたいのに、上に避けさせられる自分の意思を尊重させてくれない戦いに戸惑いながら、動かされる。
手元に持つ魔剣とその他の道具。これだけでどれだけ動けるのか考えながら戦いのはカランを苦悩させるには、難しくはなかった。
(矢を撃つだけかなってそんな簡単な役目じゃなさそうね。ダメージが通るわけじゃないから、怯ませて時間を稼ぐという考えは捨てよう…)
リオの今抱える問題は、どのタイミングでどの場所に撃つのか。そして、どう役に立てるか。矢に炎を灯して狙いを定めるが、青い液体で形成された触手がリオに降りかかる。
触手の間を潜り抜ける様に光の円盤は動き出す。そして大きな問題がリオに降りかかる。
(どうやって、弓を引けばいいの…?避けるために激しい動きに耐えながら照準を合わせたって着弾地点に大きな誤差が生まれちゃう!)
それに2人の力を合わせたって大きな攻撃力になれるのかも分からない。更なる不安がリオとカランにのしかかる。
「弱点。あの巨人の弱点は何処だ!?頭部破壊したって意味ないだろうし、どっかの部位をあの2人が切り落としたとしてもトカゲの尻尾みたいに再生するだろうし…まさか、頸とかじゃねえよな?」
変な連想をしてしまった新太だが、しっかりと観察を繰り返す。その度に新太にも触手が伸びて襲ってくるが、お構いなしに身体全身を見回す。
(攻撃してきた時になんか『核』とかが出る訳じゃない。あちこち見たけど出現するって訳じゃないな…)
他2人は悪戦苦闘しながら攻撃を当てているが青い巨人が苦しんでいる様子は無い。それどころか相手にもされなくなっている。その分、攻撃は長い銀の長髪をした女性の方へ向かっている。
(これじゃあ、先生がヤバい!…やってみるしかない!)
光の円盤が攻撃を避けようと動き、青い左腕を擦れ擦れでもう少しで当たってしまいそうな距離。しかし彼は臆する事なく上着の袖を捲り、右腕を前に出す。そして新太の口から、詠唱が始まった。
「風よ命令する。…我に在りし力を使い、数多を断ち切る刃を放て!」
『
師匠から教わった詠唱文と技名。単語を間違えず発すると、新太の手から風の刃が現れる。
「出来たっ!!」
だが威力は無く、生じた傷は青い巨人からしたら擦り傷程度にしかならなかった。
(言われた通りやったはずなんだけどな…畜生。まだ足りないのか俺は!)
だがこの行動は直ぐに後悔する事になる。風の刃で切った液体の飛沫が、形状を変えて針の様になり、雨みたいに降ってきた。
「あ――」
脳内に起こるフラッシュバック。液体を浴びてしまった者は老化して、骨だけが残る。
でも、体は動いていた。直ぐに光の円盤から空中に身を投げていたのだ。おかげで攻撃は避けれたが、空を飛べない、羽が生えている訳ではない少年は、何をしていいか分からなくなっていた。
「おああああああああああ!!」
だが新太の体は地面に落ちるという事は無く、下から掬い上げられる様な浮遊感に包まれる。長い銀髪の女性に抱き抱えられ、お姫様抱っこの状態で助けられる。
(助っ…ん?アレは、茶色の…何だ?)
風で切り裂いた傷口から少しだけ見えた『茶色の何か。』一体それが何なのかを考える時間は無い。
「アラタ。あの液体に触れていないな?」
「先生。大丈夫、助かりました…」
「まだお前には足りていない能力がある」
「能力?」
「まず想像力だ。例えば相手に大雑把なダメージを与えようとするのではなく、明確に自身にできる範囲で技をイメージしながら撃つんだ。そして相手に傷を与えるという『意志』持ってな」
新太が今まで放っていた技は、とりあえず撃ってみた攻撃。相手を傷付ける明確な意志が今の新太には備わっていない。
「そしてあと一つ。溜めが圧倒的に少ないことだ。自身の拳へ攻撃魔力を溜める様に、放つ魔力の一撃も同様に行うんだ。もちろんしっかりとイメージも忘れるな」
光の円盤の上に降ろされ、すぐさま新太は言われた事を小さな声で復唱する。そして隣には先程新太が乗っていた光の円盤が戻ってきていた。
「私は今からあの2人の元へ行ってくる。後は…出来るな?」
迷うこと無く無言で新太は頷くと、目の前の女性は風を巻き起こしながら瞬足で移動していく。1人になった新太は自身が着ていた灰色の上着を脱ぎ捨てる。中に着ていた黒い服が風に靡き、青い巨人の方へ真っ直ぐ向き合う。
彼は今、必死に役に立とうとしているのではない。目の前の敵を自分の手で倒す事だけを考えていた。そして、乗っている光の円盤は動き出す。
(全然矢が撃てない…これじゃあ援護なんて、やっぱりあの人に自分も近接で戦うって言った方がいいんじゃ…)
不規則に動かされる光の円盤に慣れないリオ。そして自身の攻撃力が圧倒的に足りていないこと。魔物相手なら効果は期待出来るが、こんな相手には効果が無い。
「アラタも何か吹っ切れた様に見えるし、私だけ役に立ててない!」
灰色の上着を脱ぎ捨て、表情がいつもより険しくなっており隙を見つければ未完成の風の魔法を放っていた。
(私、何やってんだろ…こうなったら無理矢理にでも!)
全ての魔力を弓と矢に集め、重たくなった身体を動かし血管が浮き出る程、腕に力を込めようと狙いを定めるが、リオの肩に手が置かれる。
「リオ。役に立てられないからって、こんな相手に自暴自棄になるな。それにお前だけがその感情を持っている訳じゃないんだぞ」
少女の顔の側には長い銀髪の女性が、1人の人物を抱えて立っていた。
「師匠!それにカランも!」
「コイツも捨て身で動こうとしていたからな。無理矢理止めた」
茶色のローブを着こなし桃色の髪で獣耳が生えた女の子に見える少年。カラン。彼の手には煌びやかに光る片手剣が握られている。
「っ、僕は2人と違って策があったんだよ」
「と言ってもその剣だけを持って、斬ろうとするだけなんだろう?リフトから飛び降りて。それを策があるとは言えないなあ」
図星を突かれ目を伏せる。彼女の言っていることは事実であり、ただ切り札である武器を手に取り単身で突撃するという行動は、賭けに出る新太の様になっているではないか。と心のどこかで認めたくないと否定しようとしていた。
「よし。アラタァァッーー!!少しお前に任せるぞぉぉーー!」
途端に彼女は頭上の方へ叫ぶ。そうするとすぐに「えーーっっ!!」と驚嘆していた。
「よし。では…2人に教えておこうと思ってな。2人は不規則に動く円盤を体幹だけでバランスを取ろうとしているな」
「それしか、方法がないしな…」
「だがそれは不可能に近い。自身で生み出した物でなければ好きなように動かせないし、ましてや力だけで全てを解決することは出来ない。ならどうするか…それはお前たちが日々当然のように使っている力だ。答えは解るよな?」
「「魔力を使って対処する」」
「ああ。ではどのように使うのかだ。私が創り出したこの『天導の光』は手動で動くと言ったな?私の意思で動かしているということは進む方向に魔力の予備動作が現れる。もうここまで言えば解るだろう?それに、アイツに負けたくないだろう?」
人差し指を上へ向けると青い巨大な腕が落下していた。
少ない教えと目の前で起こっている場面で2人は、ハッと答えを導き出す。その表情を悟った銀髪の女性は光の円盤を動かし移動する。そして徐々にリオとカランも移動させられる。
(答えは意外に難しくなかった。リフトは進む方向を知らせていた)
(そして進む方向を理解するためには、魔力を使って感知するしかない)
「いきなりそんなこと言われましても、未完成な技で気を引けるわけないでしょうが!」
いきなり光の円盤の軌道が青い巨人の顔まで動かされ新太は正面に立たされる。目玉が無い青い巨人と視線が合う様に感じると、新太を敵と認識し青い腕を伸ばし、目の前の少年に迫る。
(技を撃つ時には、明確な意志を持って…より正確なイメージで――相手を…殺す!)
だが、どのように想像すればいいのだろう。確かに目の前の敵は被害をもたらす者であることは間違いない。だが、一つ気持ちの問題点が生じていた。
「規模がデカすぎて、どんなイメージを組み立てればいいのかわからねえ…おわあっ!?」
急に動かされる光の円盤で、伸ばされた腕が当たることは無かった。攻撃をしなければただの的になってしまう。それだけは避けなければならなかった。
そんな中新太は連想ゲームの様に自身が体験した嫌だったことを思い浮かべていた。
(この世界に来て、力が無いから見捨てられた。そして生き抜く力を身に付けるためにステゴロ一つで大変な修行をしてきた。痛い事は御免だ!死んでしまうことも嫌だ!でも俺はそれをもう味わっている!)
目をつぶってその時の記憶を辿る。自身を笑顔で痛めつけてきた黒髪の女性。腕を弾き飛ばされ深い絶望を味わった。
「俺はそいつと嫌でも戦えるようにならなきゃいけない。奴の強さを超えられるようにならなきゃいけない。こんな、こんな変な英雄様に足を止めてる暇はねえんだ!」
倒したい相手を明確に、鮮明にイメージする。それが初めて人を殺めてしまうことになったとしても、新太は冷たく、残酷に気持ちを落ち着かせて、詠唱を唱える。
そして青い巨大な腕が拳を握った状態で新太に迫っていた。そして迫る腕を避け側面に位置取ると腕を剣のように上から下へ振るう。すると新太が放った風は青い巨大な腕を斬り裂いた。
『
下から湧き上がる黒い感情に呑まれながら、放った一撃は遂に有効打を与えることに成功した。
「――ん?アレは切り株?」
腕を斬った断面からは木を切り倒した時に見る切り株が剥き出していた。
「さっき腕の側面を斬った時、茶色い物体が浮き出てきた。そういえば誰も斬った後の断面なんか見てなかった…コイツの体の中は木で出来てる事でいいのか?」
そんな安直な推理でいいのだろうか?もっと裏に何かあるのではないか?しかしこの出来事は大きな収穫になったはずだ。直ぐに知らせるべく彼女を呼ぼうとした時、ふと遠くの人影と煙が目に入った。
「え…建物が、燃えてる?なんで!?そして下に誰か居る…うーん格好的に冒険者か?」
人数はたったの3人。1人が大きめのマシンガン?を立っている場所に置くと、青い人型の巨人に向けて銃を乱射する。
「魔力を込めて撃てぇぇーー!!こんな化け物を外に出してはならーん!他の魔物を呼び寄せているのもコイツの仕業だーー!」
呼び寄せている。という台詞を聞き疑問に思った新太は辺りを隈なく見渡す。すると遠くから小さい魔物から大きい魔物が大きな巨木に集まってくる。
「ホントにコイツが呼び寄せてるのか?それにこれじゃあ市民の人は逃げられない!」
バババババッッッッ!!と銃弾ではなく魔力が形を創り上げ放たれる。3人の内1人の女性はマシンガンを撃っている背中に手を置きサポートし、もう1人は二つの剣を持って突貫していた。
(こっちに気づいてないのかよ!?でもこれで少し何か見つけられるかも…あれ?あの斬った腕は?何処に!?)
地面に落ちている筈の青い腕が見当たらない。そういえば先程似たようなデジャブを感じると、円盤に手を着いてもう一度隈なく見渡す。
「ああああああああああっっ!!」
地面から突如飛び出した青いドリルの形状をした物体が3人に襲うと、さらに形状を変化し複数体の人型になり3人を囲む。
「アイツらがやばい!でも…」
光の円盤を動かしてもらおうと彼女に呼びかけようとしたが、青い巨人が邪魔をする。
「先生っ…!他の人がやばいことになってますぅ!!」
揺さぶられる状態で、出来る限りの声を上げてはいるが、彼女には届いてはいない。
「こ、コイツら一体何なんだ!攻撃が全く効いてないぞ!」
「「ああ、ああああああああああっっ!!」」
離れていても絶叫が嫌でも聞こえてくる。その声は前線で戦っている4人に聞こえた。だがここで振り返った者はただ1人だけ、新太だけだった。
気づいた時には3人中2人は骨の残骸だけが残っていた。
(ほんのちょっと見てなかっただけで、あの時と同じようなことになってる…待てもう1人は!?)
だがもう遅かった。1人の女性に複数の魔物が囲んでおり、手に持っていた石の道具などを振り下ろし身体に攻撃している。
それと同時に青い人型の者は魔物と女性に覆い被さろうと体全身を使って襲っている。その時液体に浸かってしまった女性は全身から毛が溢れ返り、ほんの数十秒間でその場には骨が残ったが、魔物は一瞬浴びるとひと回り大きく成長していた。
(何だ?何が起こってるんだ?女の人はみるみる老いて死んでいった…けど魔物は大きくなって強くなってしまった。魔物には効かないなんてあるのか?)
だが身体への変化は起こっている。青い巨人の効果は受けている事にならなければ辻褄が合わない。そんな時ふと自分の右腕を見る。
(そういやあの時俺も触れてしまった。けどその時はほんの数秒…多分3~5秒ぐらい。触れてる時間か?)
辻褄合わせのために青い巨人の足元を確認する。石で造られている道の隙間から雑草は伸び、花は枯れている。それに液体を常に浴びている状態である。
「この能力は無機物だろうと有機物だろうと浴びた物は老朽化、老化する。でもまだ何か引っ掛かる。全てが老化するって言うんなら、何故花は枯れて、雑草は枯れてないんだ?」
老化させる能力が等しく効力が与えられるというのなら全ては何も残らないはず。
「もし、かして…青い巨人コイツの力は老化ではなく、人や物の成長…『時間を進ませる』ことなのか!?」
そのように考えると無理矢理だが辻褄は合わせられる。進ませるというのなら、その性質を逆に利用することが出来るかもしれない。
「物体の時間が進ませるって事なら、性質の時間も当てはまる筈だ。それなら…先生ぇー!!俺をリオの所まで移動させて下さーい!」
戦って負ける時、1番辛い敗因はどれだろう。相手と戦って死力を尽くしてぶつかり、その末に負けた時か。強すぎる相手に一方的にやられる時か。新太とリオより修羅場を経験してきたカランの持論はこうだった。
舐めた態度を取って負けた時、と。
だから彼はここぞという時の切り札を出す。カランはローブの内側から一刀の剣を引き抜いており、鞘を再びローブの中へと入れ直す。
先程助言貰ったカランは脚に魔力を帯びたたせ光の円盤の動きを読もうとする。
(右の方に魔力が強まった…これは右に曲がる)
体重を左側に乗せ身構える。左手でしっかりと剣を握りしめ目を見開く。四方八方から繰り出される攻撃を避けながら前へ前へと進んでいく。途中でバランスが崩れそうになるが、魔力が強まっていく箇所をカランはほぼ無意識で感じ取れていた。
青い巨人の脚が目前に迫ると、静かに呼吸を繰り返す。意を決して魔力を剣に込めると、銀色に輝き出す。
ザンッーーー!
と一太刀入ると青い巨人の左脚は斬り落とされる。すると同時に落とされた片方の脚は、流れる滝の様に流水となって崩れていき、尻もちを着いてしまう。
彼が持っている剣は普段見られる魔道具ではない。その魔道具の中で希少な代物なの物で、その効果は『複雑な術式をバラバラにする』という物である。その名を銀月『
魔術は様々な段階を踏まえてより強力な魔法を組み立てる。だが、どれか一つが瓦解してしまえば強まっていた力は一気に0になってしまう。そんな代物をカランは持っていたのだ。
では何故それを今出したのか。新太と戦った時に出さなかったのか。
その答えは簡単である。新太は複雑な魔法を扱っていなかったため剣の効果が発動しない。すなわちただの鉄の剣と化すのだ。
(やっぱり神代器並の能力にはこの武器でも有効だとわかった。が、一気に魔力を持っていかれる!連続して攻撃をするには無理だ)
左手を見てみれば疲弊によって震えていた。だがリターンを鑑みればリスクも見合っている。そこは目を瞑って堪えようと落ち着かせる。
(ッ!?攻撃が来る!)
地中から針の様に伸びた青い液体が突き上げ、円盤が大きく揺れる。ほんの一瞬の隙を突かれ円盤から落ちてしまうカラン。
(しまっ――)
「カランーーッッ!!」
落下しているカランの腕を掴んだのはリオであった。リオもカラン同様に動かされる円盤に乗れるようになっていた。
カランを引っ張り上げ隣に乗せるとすぐに顔を近づけて、声をかける。
「カラン。アラタがね奴の能力の正体がわかったらしいの。そのために手伝って欲しいんだって」
「へえ…そりゃあ凄いね。けど僕はさっきみたいな一撃は連続で出せないよ」
「別に何回もしなくていいわ。たった一回だけ、もう一度転ばせれてくれれば大丈夫」
全然パッとしないカランだったが、考え無しに攻撃したら所で意味がない。それなら目的を持って行動した方がいいと悟ったカランは、黙って全てを聞いた。
「なるほどね。無理矢理だけども仮説としては合っている」
新太が見立てた仮説とこれから何をするのかを聞いたカランは、半信半疑ではあったが試してみる価値は感じられた。
「まあ、私は完全に後方から攻撃する係になってるけどね。それじゃあ頼むわよ!」
隣には先程カランが乗っていた円盤が近づいてくると、リオはカランに別れを告げるとお互いは離れていく。
(さて、私もやらないといけない。アラタが頼ってくれたんだ…これまでの一撃じゃあダメだ。もっと大きな…火力が!)
いつでも攻撃出来るよう弓を構える。だが弦を引く力は弱く、視野は広げて。一つの獲物に集中しないで、物事に対処しやすく動くことを意識する。
(まあ、嬉しいのか悲しいのか分からないけど…あまり私を狙ってこないのは救いね。でも待ってなさいよ!機会が訪れた時大きな一撃入れ込んでやるから!)
ただ、今までの技でいいのか?自分の力は通用するのだろうか?リオ自身も不安に押し潰されそうになっている。
(私が使えるのは基本的に速さ重視の技、威力の単語は入ってるけど私自身の攻撃魔力が込める事が出来ていない。いざとなったら、限界まで…)
なりふり構っていられないと意気込もうとしていた時、後ろから銀髪の女性に抱きつかれた。音も気配もなく近づいていたため、リオは「ヒャアァッ!?」っと間抜けた声を上げる。
「あんまり思い詰めるなよ~リオ」
「わっ!先生!やめてくださいよ、びっくりしたじゃないですか!」
「人間、こうなった場面に直面すると何をしでかすかわからないからな。ほら、手が震えている」
「…例え乗りこなせられても、奴に対抗出来る手段にはならない。これじゃあ私何も出来てない!」
リオは彼女に向かって言い放つ。その目は少し涙で潤んでいる。
「役に立てれていないからって、自分の身を犠牲にする選択は間違っていると思う。ではどうするか…考える視点を変える事だよ。威力を底上げするにはどうするか、どのように工夫を加えるかだ」
「工夫…」
「魔法は術士の想像次第。お前がイメージしている強い者を浮かべるんだ」
リオの胸に拳を当てる彼女は笑って見つめる。些細な悩みを打ち明けたことで、震えは止まっていた。
「私が、持っている強いイメージ…」
「どんな形でもいい。失敗してもいい。回避に関しては心配するな?私が守ってやるから。お前を責める奴が居たら私が殴ってやる。だから、自信を持って進み続けて行くんだ」
そう言った彼女は、ボサボサになった髪をもう一度まとめ上げるとリオの頭を撫で、スーッと移動していった。
そして、彼女が持った強いイメージとは…
(よし、準備は整った!緊張するな、不安を考えるな!成功させる事だけを考えろ!)
やがて、銀髪の女性が一つの雷が上から鳴り響かせると、それを合図に光の円盤が動き始める。
「っとと…行くぞ」
よろめく体を起こして突き進む新太は右腕に風を纏わせる。そして敵意に気付いた青い巨人は体全身を鋭い針で身を守る体制に入った。見たこともない姿にギョッとしたが、怯むことなく円盤は進んでいく。
(まずは俺かカラン。どっちからでもいいから、腕と脚を切り落とす!)
針で身を包んだ青い巨人はその場で回転をし始めると、辺り一面に身に纏っていた針を飛ばしてきた。
(まずいっ…!!)
円盤を操作する彼女は3人を傷つけまいと、一気に下へ下降させる。地面スレスレの高さで飛行し飛ばしてくる針を避ける。
全ての針を避けた後、新太とカランは一気に上へ上昇しリオは後方で待機する。青い巨人の体の周りをぐるりと回りながら上っていくと、青い巨人の体から無数の青い手が伸び2人に襲ってくる。
青い無数の手が進行の邪魔をし、思うように上へと進めない。しかしこの液体に触れる訳にもいかず、バランスと避けるのに精一杯なのである。
(高さ的にはまだ膝の中心ぐらいか?時間掛ける訳にも…こうなりゃ!)
「カラン!役割交替だ!お前に腕を任せる!」
「あぁ!?」
いきなり新太はカランの腕を掴み、その場で少し回転すると上へとめいいっぱい力を込めてカランを放り投げた!
「はああぁぁぁぁぁぁっっ!?」
上へ放り投げられたカランは上昇し、青い巨人の股関節辺りまで辿り着く。そこにタイミングよく足元に光の円盤がやってくる。咄嗟に飛び込むように乗り込んだ。
「アイツ…後で殴る!」
そしてそのまま腕の所まで…とはいかず、先程同様に体から大量の腕が生えてくる。
(腕の数が少なくなってる?下でアラタが暴れているからか。それなら)
手に持っている剣。銀月『砕軌』の能力『
(この状態を維持するだけだと1分。一撃は、全部腕に…!)
苦しい表情を浮かべ、激痛とやってくる疲労感に耐える。だが、その光は今にでも消えそうになっている――。
(カランの方は大丈夫かな。多分落ち着いたら殴られるだろうな…)
強行手段でカランを放り投げた新太は当初の予定とは違うが、足を切り落とす役割を果たそうと動く。
「ぁぐ…!」
青い手が重なり合い、光すらも阻み上からは天井が降ってくる様に迫る。円盤が横に移動し回避行動を取らせたが、新太の目の先には青い液体で作られた球体があった。
(しまった!アラタ――。)
円盤を操作する彼女はそろそろ限界が来ている。3つの円盤を常に動かし、身体の一部が痺れて始めてきている。
(……使えるか。あの魔法)
「おお…おおおおおおおおっっ!!」
「ッ!?アラタ?」
力を込める瞬間に前に居る新太の叫び声が聞こえてくる。彼を見ると右手に風の魔力を溜めて放出し、青い球体を躱していた。
円盤から足が離れ宙に浮かんでいる新太は、恰好の的になっている。それを相手は理解しているのか、青い球体が分離しそこから青い針が出現する。
「こん、の!?」
今度は両手で風を放出し直ぐに距離を置こうと直線的に後方へ移動する。だが現実は甘くはない――。
「なぁ!?」
身体へ触れようと更に青い針は伸び勢いよく迫っていく。避けようとするために次は両手を下に向けて上昇する。だが避けた先には別の針が待っていた。
(これじゃあさっきと変わらねえじゃねえか!切断するための魔力だって残しとかなきゃいけないのに…)
弓を構えて放つタイミングを今か今かと狙っているリオは、ここで放とうと気持ちが揺らいでいた。だがそんな気持ちを止めたのは他でもない銀髪の女性だった。
「耐えろリオ。耐えるんだ」
「わかってます…けど。このままじゃ2人が!」
(着地地点が合わせられない!カランの方も丁寧に動かさなければ危うくなってしまう!)
新太の足下に円盤を何度も近づけようと試みるが激しい移動を繰り返しており、合わせることが出来ない。
「まずいな…段々とアラタの移動距離が短くなっている」
「どういうことですか?」
「アイツは今両手からじゃないとまともに空中を移動出来ない。そして移動は直線的でしか行動出来ず、相手もそれを分かってきている」
「せ、先生!アラタを助けてください!」
(それは理解しているが…どうする!?いや、無理矢理アラタに近づけようとするから上手くいかないのなら!)
ビュウッッ!!っと風を繰り返し放出する新太の意識は段々と混濁し始めていた。
(や、やばい。気持ち悪くなってきた…それに、手、手も限界だ)
勢いが弱まっていくと、新太の足に青い液体が迫っており靴が飲み込まれそうになる。触れる訳にはいかず、片足を器用に使って左足に履いている靴を脱ぎ捨ててその危機を脱するが、今度は左右から迫ってくる。
(駄目だ…逃げ、きれない。ん?)
新太の目線の先には自身が乗っていた円盤が物凄い速さで横切る。そして近くもない遠くもない程の距離まで離れると、ピタッと静止した。
「…あ!そうか!頼む持ってくれ俺の体ぁぁ!!」
仰向けの体勢からうつ伏せの体勢に体を回転させると、真下に向かって風を放出すると今度は円盤が停まっている場所まで気力を振り絞って風を放出する。
そして思惑は見事にハマり、新太は円盤の上に寝転ぶように着陸する。
「ハア゛…ゴホッゴホッ!!なん、とか生き延びた…!」
死ぬかもしれない瀬戸際に立たされた新太は手足が痙攣を起こし、鼻から血が滴っていた。
(アラタあんなに魔力使って大丈夫かな?それに先生の判断力は凄かった)
あえて近くに円盤を設置せず、遠ざけることで避難場所を造り上げた。それにより攻撃箇所が手薄になっている場所に新太へ誘導させる。
(避難させれたのはいいが、アラタが魔法を撃てるかどうかだ。恐らく魔力を使いすぎて痙攣を起こしているだろう。)
(落ち着け。まだ、まだ動ける…振り絞ればあと、あと1発!)
ふらふらと立ち上がる新太は気力を振り絞る。
「ほんと嫌になっちまうな…触れたら即人生がゲームオーバーってさ。漫画とかのキャラクターとかも、こんなこと思ってんのかな…」
都合の良い展開は訪れない。もしかしたら簡単に触れてしまって壊れてしまうかもしれない。だが、それでも――。
「英雄様に、可哀想な運命背負わされた俺より歳が離れた子供には、幸せになんなきゃ気が晴れねえんだよぉ!!」
痺れる手で太腿を叩き、気合い入れ直す。滴る血を拭って青い巨人の方へ向き直すと巨人の攻撃は再開した。
(でももう一回空中逃げるのは自殺行為だ。残された力はあと1発分出せるかどうか。身体に回せる魔力は極力0にして、近づけさせてもらうしかない…いや、それじゃあ駄目だ!コイツは戦い方を覚えている。もう触れられず近づくのは無理!)
体勢を変えたり、飛び跳ねたりして攻撃を回避して繰り返す。が、やはり近づくことはより困難になってしまっている。
(あークソォ!カランの方も危なくなってるだろうし!…いや相手に知性があるって言うのなら――。)
まだ新太は緻密な魔力コントロールが苦手である。だが今は好機であった。自身の魔力が少なくなった今、現在の魔力でどこまでの力を出せるのか、そしてその魔力量で扱う感覚を理解できる。
「使い捨てるんじゃなくて、使い続けるイメージで」
その魔力はほとんど脚へ纏わせる。その魔力は相手にとっては脅威となる程度ではなく、動じることもない。そして新太は何もない空中へ飛んだ。
(なっ!何故飛んだんだアラタ!お前はもう風を放出出来ないだろう!?いやあの目は自暴自棄になった奴の目じゃない!
新太の目は勝負に出る者の目つきをしていた。
飛んだ新太に向かって一斉に青い腕が襲ってくる。そしてあっという間に四方八方には青い景色に包まれ、遂に新太は逃げ場を失った。
だがそれは何もしなかった場合によるであろう。
新太の飛ぶ飛距離が落ち、降下し始める場所に突如として現れる土で造られたブロックが出現する。両足が床に着くと更に力を踏み込み上へ飛ぶ。そして今度はブロックが出現すると右へ飛ぶ。そして左へ。
新太が気づくとあたりにはブロックが浮いていた。新太の狙いは飛行して近づくよりも、場所から場所へ飛び、青い巨人へ近づくというのが賭けに出た策だ。
「ここまでやってくれるなんて…やっぱすげえな先生って!いくぞ…風よ命令する。我に在りし力を使い、数多を断ち切る刃を放て!」
新太の奥底からどよめいてくる『莫大な力』。この感覚はどこかで一度味わったことがあった。力を捻り出した弊害か口から血を吐き、集めた力が離れそうになる。
(なんだかなあ。無理矢理引き出そうとすると痛いとか苦しいとかそんな感情に包まれていく。そして、何かが失っていくような…そんな感覚に――。)
『
新太は今まで最も速く移動し、新太の視界には青い巨人の太腿しか映っていない。溜めた魔力は魔法となって風の刃を形成し、両脚を切断した。
新太から投げ飛ばされたあとのカランは、銀色に輝いていた。しかしその輝きはか細く、今にでも消えそうになっている。
(攻撃は大したことはない。ただ一直線に向かってくるだけだが、本当にこれでいいのかと思ってしまう。知性を持ち合わせているなら攻撃方法を変えてくる)
青い腕、針状、小さい青い人型、全身の形状変化。なら次にどんな攻撃が来てもおかしくない筈なのだがそれが一切ない。
「今のうちに何か道具を――」
カランはローブの内側に手を入れると中に収納されている何かを取り出す。そして青い巨人にまたしても変化が現れる。
「ッッ!?」
伸ばしてきた青い腕の他に、剣や槍、斧、盾、砲台など様々な武器を形造っていた。だがそれだけではない、その中には空中へ浮かんでいる物がありそれは無数に糸を張り巡らせている様にカランの周りを埋め尽くしていた。
まず最初にやってきた攻撃は縦方向から来る剣。カランは銀月の能力ちからを発動しながら斬り捨てる。今度は背後から足下目掛けて斧が迫り来る。持っている剣を足下に突き刺して体全身を上へ持ち上げ、棒高跳びの様に攻撃を回避する。
空中へ浮かされた瞬間、槍の形状へと変化した青い物体が切り離されて飛んでくる。上体を反らし剣で軌道をずらし槍の攻撃を躱す。円盤の上に着地した瞬間、真正面に巨大な砲台が浮かんでいた。そして発射され巨大な球体が迫り来る。
流石にまずいと思ったカランは再び銀月の能力を発動させ、一太刀で斬り捨てる。カランは息遣いが荒くなっていき焦りを感じていた。
(連続での使用はなんとか抑えられている。でも、さっさと片腕を斬り落とさないと!)
しかしそう上手くいくこと無いと直ぐに考え直した。今度は複数の方向から攻撃が迫ってきており、同時に処理させないように立ち回らせる。回転しながら迫り来る剣や斧などの武器は、銀月を使わずに弾き、遠距離からの攻撃は姿勢を変え避ける。どうしても対処出来ない場合はを使う。
(体が重くなってきた…もたもたしてたら倒れて役目を果たせなくなる!)
時間との勝負だと判断したカランは、手に持っている3つの球体を円盤を操作している彼女の方へ見せる。常に2つの円盤を操作しているため姿は見ていないといけない。ならば小さな変化も見逃さないようにしなければならない。
そして彼女と視線が合ったのを確認すると、3つのうち2つをポケットに入れ1つの球体のスイッチを入れ浮かんでいる青い腕、青い武器に向かって放り投げる。
カランが投げた球体は、魔力が爆発を引き起こす様に造られた爆弾であった。
投げたその数秒後には爆発が起こり、浮かんでいた青い腕などは見事消え去っていた。そして直ぐに円盤は動かされ上へ上へと上がっていく。途中で下から追いかけるようにやってくる青い腕に向けてもう一つ球体を下に落とし、肩の位置辺りまで辿り着く。
「よし…あとは!」
剣を構え能力を発動させようとするが、攻撃はさらに過激になっていく。青い腕はより細くなって密度は増し先に進むことが出来ない。
(攻撃範囲が広すぎる!連続して斬りつけるのは不可能…それに手元に残ったのはあと一個。他に何か、何か)
ローブの内側を探り解決の糸口を見つけ出そうとする。しかしカランの持つ神代器は取り出す際は中身を選べない。
「終わらせない…終わらせられない!救い出せてないんだよぉっ!!」
カランは青い巨人の左腕に向けて2本のナイフを魔力を込めて投擲する。だが攻撃は外れ投擲した先には今もなお伸びている巨木に突き刺さる。
(後はこの腕達を!)
球体のスイッチを入れ高く放り投げると左手に魔力を込める。
(4、3、2…今!)
左腕に向かってカランは飛び出す瞬間に先程に投げた球体が背面で爆発を起こす。その爆発の衝撃により飛距離が増し、勢いよく左腕へ迫る。しかしそれだけではなかった。
左手を精一杯握りしめ自分の方へ引っ張る様に力を入れる。するとカランの飛ぶ軌道に変化が生じ曲がり始める。
先程カランが投擲した2本のナイフには丈夫な糸が付けられており、その糸を引っ張ることにより変な方向に進んでしまっても大丈夫な様に保険をかけておいたのた。
「よし!斬れる!」
銀月の能力を発動させ左腕に斬りかかる。が、短いこの瞬間斬る箇所に青い人型が手をドリル状に変化させ出現した。
(あぁ…!駄目だ間に合わない!相打ちだとしても待っているのは『死』!)
互いの武器が交差する瞬間大きな異変が青い巨人に起こる。のけ反る形で青い巨人は倒れかかっているのだ。
「っ!?脚が斬られて…まさか」
下を見ると丁度新太が両脚を斬り落としていた。良いタイミングで役目を果たしてくれたおかげで結果的に命を救われた。
(ありがとう。これで斬れるっ!)
「オオオオオオオオオッッ!!」
銀色に光る輝きはより一層増し、その光は曇ることを知らない月の様だった。下から斬り上げる剣の軌道は止まることなく鮮やかにその巨大な腕を斬り飛ばした。
「さあ、遂にあの2人がやり遂げたぞ。やれるな?リオ」
光の円盤の上で弓を構える少女リオは精神を研ぎ澄ませていた。腕に脚に、弓全体に魔力を纏わせ頭を働かせていた。
(恐らく奴は再生を試みる筈だ。リオを直ぐにでも近くに!)
円盤を操作し倒れた青い巨人の元へ急いでリオを向かわせる。だがここで異変に気づく。青い巨人の右腕が無くなっていたことに。
「同じ手は何度も喰らわん!」
リオを乗せた円盤を急旋回させると地中から大蛇の形をしたものが飛び出してくる。その飛び出してきた青い蛇はしつこくリオを追い回す。
「くっ!邪魔しないでよっ!」
円盤の動きは更に加速し狙いが定められない。そこに追いかけ回す青い大蛇は3体に分裂し、挟み撃ちに合い乗っている円盤から振り下ろされそうになるが、持ち前のバランス感覚を使い瓦礫の山の上に着地する。
(距離はまだ少しある…それに片脚が再生し始めている!ここで撃とうしても邪魔されるだけだし。それなら)
瓦礫の山から屋根に飛び移り全速力で駆け出す。ぶつかり合った3体の青い大蛇は形が元通りになるとすぐにリオに襲い掛かる。
青い大蛇が飛びかかってくる攻撃をパルクールみたく段差を駆け上がったり、傾斜している地形にもろともせず駆け回る。
リオには新太やカランみたく体力がある方でもない。だが彼女には2人には絶対に負ける事がない武器を持っている。リオが優れているものは『体幹』であり、自然で培った身体の柔軟性は群を抜いている。
地に足が着いているのなら、彼女自身が反応できる攻撃なら、何でも避けて見せれると豪語した。そしてその能力は今発揮されている。
3方向からくる攻撃に動じることなく彼女は華麗に飛び、光の円盤に乗り移った。着地してすぐに詠唱を言葉に出す。
「火炎よ命令する。我に在りし力を使い、悉くを薙ぎ払う炎鳥を穿て!」
『
弓から弾き放たれた矢は、炎を纏って突き進む。やがてその炎は形を変化させると2つの翼に鋭い脚を形造る。その姿はまるで鷹をイメージさせる様になると、翼をはためかせ斬られた左腕の切り株へ一直線。
その弾道は虹が掛かったかの様に綺麗な、そして鮮やかに星達の光を反射していた――。
仰向けで倒れていた新太は目を覚ます。しかし体は起こすことは出来ず力も入らないが、見た光景は自分達が望んでいたものだった。
「そっか、リオ撃てたんだ…カランも先生も本当にありがとう…」
体勢を変えうつ伏せの状態になる。目に入ってくる光景は青い巨人が炎に包まれており、その姿からは悶え苦しんでいる様に見える。
(もし、あの青い液体には時間を進ませる作用がある、ならば木でできている中身を燃え続ける火で撃てば、短時間で燃え広がる筈だ。ただ青い液体に攻撃をしても治ってしまうのは、着火できず焼失していて攻撃が届かなかったからだ。お前自身にその能力が効かないなんて例外はないよなぁ?)
側に転がっていた角材を杖代わりにして、地面にへたり込んで座る。
「お前の『時間を進ませる能力』を利用させてもらったぜ…」
炎が大きな体を包み込み、火だるま状態になる青い巨人。手足の再生を試みようとしているのは理解することは出来たが、驚くことに燃えながら静かに立ち上がった。
「え…?」
時間が少し経過するとまるで水が蒸発した様に巨人を纏っていた青い液体は消えていて、その中から出てきたのは、木で形成された巨人が立っていた。
「今度は何だよ…まだ終わらないのかよ」
木になった巨人はゆっくりと右拳を上げるとその拳を地面に叩きつけた。木の巨人を中心に衝撃波が生まれ、土煙が巻き起こら襲ってくる。
(ちょっ!?これはマズ――。)
寸前までやってくると一つの影が新太を抱き抱える瞬間が見えると、新太の視界は迫り来る土煙でいっぱいになる。
「ゴホッ!ゴホッ!あり、がとう…助かったカラン」
あの攻撃から寸前で新太を救い出したのはカランであった。新太を抱き上げた時カランは家の壁などに手に持っていた銃型のフックショットを引っかけ、直撃だけは避けられたのだ。
「助けられたからな。これで貸し借りはチャラ」
「どゆこと?なんかやったっけ、俺?」
その言葉に『?』を浮かべる新太。カランから差し出される手を引っ張り立ち上がる。
「お前の言う通り液体の能力を利用出来たのはいいが、こうなるなんてな」
「ああ。これで終わってくれるって思ってたんだけどな…とりあえず急いで戻るか。ぅぐ!?」
走り出そうとしたが新太の脚には廃材や鉄製の物などが刺さっており、意識が痛みの方に向けられる。
(あの場所は建築物などが沢山壊されてたから、吹き飛ばされて刺さったのか…くそ)
「大丈夫か…アラタ!危ない!」
カランにいきなり手を引っ張られ前のめりに倒れる2人。2人が立っていた場所には大きな斧が地面に突き刺さっていた。
「今度は何だ!?」
その大きな斧を持ち上げたのは筋骨隆々のオーガであり、2人を見下ろしていた。
「オーガが何でこんな所に…走れるか?アラタ」
「ハア…カハッ!」
新太の状態は悪くなっていた。目の色は今にでも消えそうになって呼吸も上手く出来なくなっている。
そうこうしているとオーガは斧を大きく横に振りかぶり2人を切り伏せようと斧が迫ってくるが、オーガの体に突然電流が走り出した。
「君達大丈夫?」
声が聞こえてくる方を見ると、屋根の上には薄い紫色の髪に茶色の瞳、丸い眼鏡を掛けた、セミロングの女性が新太達を見下ろしていた。女性の手元には水晶が埋め込まれた杖を持っていた。そして屋根から飛び降り新太達に近づいてくる。どうやらこの女性が魔法で雷を出し2人を救ったのだ。
「あ、ありがとうございますお姉さん」
(うわ!この男。急に声色変えだしたぞ)
「まだ倒せたわけじゃないから気をつけてね。それにしても急に魔物達が一斉に襲ってくるなんてね」
「え?それってどういう事だ?」
「あの大きな青い化け物が現れてから急にこの町に襲い掛かってきたの。おかげ魔物達にこの町は囲まれたわ!」
「じゃあ、色んなところが燃えてるのも?」
「他の冒険者だけが応戦してるけどね。けどそもそも冒険者が少ないから今戦える人があちこち回って倒し回ってるの。まったく、体調が急に良くなったらこんなことになるなんてね」
カランは新太に肩を貸し立ち上がらせ周りの景色を見る。更に黒煙が上がっている箇所は増えており状況は悪化しているようだ。
(そういえばこの町に来ていた商人や冒険者は体調面が優れていなかったはず。やっぱりあの青い巨人が影響させていたのか?)
「…申し訳ないけどさ一つお願いしていいかな。」
「私は回復魔法は使えないよ」
「いや、いいんだ…ただここは任せていいかな。行きたいところがあるんだ」
新太は薄紫色の髪をした女性を静かに見つめていた。その視線を見た女性は目をつぶって「はあ」と溜息を吐くと、それを了承した。
「カラン。この町の教会に行きたいんだ。近くに鐘がある建物は見えるか?」
「うん、幸い近くにある。そこに行きたいの?」
「ああ。ちょっと説得しにいきたいんだ。引きずってくれても構わない…頼む」
一歩一歩ゆっくりと踏み出して進ませるカラン。そんな去り際に薄紫色の髪をした女性の表情は不敵な笑みを浮かべていたのをカランは見た。
建物の倒壊しゆっくり移動している2人に倒れかかってきたり、火で囲まれている道を歩いた。回り道をしながら歩いたため黒い煤に汚れてしまったが、町の人達が避難している教会に辿り着く。
「着いたけどどうするんだ。ここで」
カランから離れると新太は脚に刺さっている廃材などを力づくで引っこ抜き、口を開く。
「え?責任を取らせるんだよ。みんな頑張ってんのにこの町奴らは安全な所に待機して待ってるだけなんだ…正直俺はなんか許せないんだよ。仮に俺達があの巨人を倒せたとしてもさ、その責任の矛先は、『ホーネス』に向けられるんだろ」
「……まあ。あんなに心酔してたら自分達の道標は『青の英雄』様だからな。けど戦えない人はどうするんだ」
足を引きづりながら教会の扉の前に新太は立ち止まる。
「へっ。それはな・・・その時考える!」
新太はバアンッ!!と勢いよく扉を開けると中に居た人達は驚いた表情で新太達を見る。その教会の中はかなり広く長い椅子が多く置かれている。
「…何やってんだお前ら」
新太はそんな中の様子を見て怒りを表す。黄色のマフラーに寝間着を身に付けた10歳ぐらいの青い髪の子供。ホーネスはボロボロになって頭から血も流していた。
「よ、予言の子のお連れ様ではありませんか!?これは我らの英雄様に失礼な事したのですよ。それが御子息ともなると――。」
足の痛みを忘れ新太はこの町で最初に話した白くて長い髭を生やした老人に掴みかかる。
「てめえらふざけんじゃねえよ!!あの子が今までどんな気持ちで過ごしてきたのかも知らねえくせに!」
「貴方こそ英雄様の何が分かると言うのですか!」
「ああ知らねえよ!何…にもっ分かんねえ!この英雄様がどんな凄いことしたとしても、目の前で友達がこんなボロボロになってるの見て、この人は凄いんだなって思えないんだよ!英雄様の予言を何でもかんでも鵜呑みにして犠牲にして、その結果コレなんじゃないのか!?」
力が上手く入らなかった腕や脚に突然奥底から溢れ出てくるようにどんどん力は増していく。
「ホーネスはなあ寂しかったんだよ!裕福な暮らしは与えられてもあの子が望む自由は与えられず窮屈な暮らしをしてたんだ!そんな生活に嫌気が刺してこの行動を取ったんだ…アンタらが進んで予言の通りにしてたからなあ!そんなの…そんなのお前らが招いたことじゃねえか!」
息が苦しい…
「数少ない人達で戦ってるのにお前らは、ただ責任をあの子1人に押し付けるだけだ!違うだろ…何でだよ…動かなきゃいけない場面はそんな所じゃないだろ」
胸が苦しい…
「何で…何で誰1人戦おうって考えないんだよ。他の人は役目を果たそうとしてるのに…」
教会の中で涙を浮かべ、叫ぶ少年はこの世界に来る前の嫌な記憶を思い出していた。肩が上がり息が続かない。掴んだ手は力が徐々に緩んでいき衣服から手を離す。
「そんなお前らは英雄様の願いは聞けても、たった1人の子供の願いは聞けなかったんだな…」
そんな葛藤の中新太は倒れたホーネスの元へ近づく。彼の心は今、疲弊していた。
(あぁ…気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――。別に崇拝される人は悪くない。ただ周りが取り巻くこの環境が嫌だ。一刻も早くこの場所から離れたい)
「アアアアアアアッッ!!」
そんな中1人が新太に向かって棒を叩きつけた。背中に鈍い痛みが走り咄嗟にホーネスの前で屈んでしまう。
「ひっ!何――。」
殴ってきた人の方へ視線を向ける新太。だが目線は怒りを著した物ではなった。それは死人の様な暗い瞳で何を表しているかは分からなかった。だがそれに近しい答えは『失望』か『絶望』。
「立てるか?」
「う、あぁ…兄、ん」
無言でボロボロになったホーネスを背中に乗せる。そして教会の出口へ歩き出すが不思議と足取りは落ち着いており、そんな自分に嫌気が刺した。
「あとは、自分達に出来る仕事を見つけて動け」
そう呟いてカランと一緒に外に出ると教会の壁に立て掛けてあった梯子を使い、上へ登る。
「カラン。包帯とか持ってるか?」
「ある。もう取り出しておいた。塗り薬とかも」
無言で受け取りおぼつかない手で怪我している箇所に包帯や薬を使う。そして余った部分は自分に使い、無言で立ち去ろうとするとその手を引き止める。
ホーネスだった。弱りきった手を動かし覇気がない視線を向けていた。それは何を伝えようとしているかは新太には分からなかった。
それでも新太は倒れているホーネスの頭に右手を置いて、2人はその場を後にする。
そして数分後ホーネスの側には一枚の灰色の上着が降ってくる。その上着はボロボロで煤だらけになっていた。この持ち主は誰だったのかはすぐに分かった。自分の頭に手を置いた人物。
小さくもない。大きくもない。そんな少年の置いた右手は不思議と大人の人に手を置かれた様な感触が、微かに残っていた――。
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