22話 「英雄のチカラ」

 くしゃくしゃになった髪が熱風で揺れ、目の前で蠢いている巨大な木を見つめている少年が居る。彼は輪道新太と言いこの世界に呼ばれた少年。武器を扱う事を許されず、この世界で苦悩を強いられている。



 先程まで着ていた灰色の上着は自身で脱ぎ捨て、今は黒と白の模様で編まれたシャツが煤を被っていた。



「あれは果たして『蒼の英雄』様なのかね」



 背後から近づいてくる一見女の子に見える外見だが性別は男のカランという人物。茶色のフードが付いたローブを着ていて、首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えておりフードを脱ぎながら手に持っている剣の切れ味を見る。



「さあな。アイツの狙いは分からないけど、もう見境なしに攻撃し始めてるのを見るとただの殺戮者にしか見えないよ俺は」



 新太は身体を伸ばしストレッチを行っている。しかし攻撃を回避するため魔力を消費しすぎたために新太の体は気怠くなっていた。



 それに気づいていたカランは気兼ねて一言声をかけようとするが、先に新太の声が遮った。



「大丈夫だって。これは俺が決めた事だから。無茶を承知で切り抜けていくしかないからな。さぁ行こうぜ」



 そう言い放つと新太は急斜面になっている坂を滑り落ちて進んでいく。それに続いてカランも着いていく。



(アラタがやっている事は自己犠牲とか偽善者だ。って言われる行いなんだろうけど、多分そんな気持ちでやっていないだろうな。それは多分アラタでも言葉に出来ないのかもしれないな)



 滑り切ると倒壊している建物を渡り歩き一直線で突き進もうと走っている2人だが、カランは何かの気配を感じ取り新太の足を止める。



 新太が先に進もうとしていた地中から勢いよく飛び出してきたのはゴリラに似た魔物だった。体毛は緑色に近く筋肉は浮かび上がっている。



「くっ!多分コイツも青い液体に触れた奴だ。気をつけろ!」



 目の前に立つ魔物はドラミングを行うと2人に迫ってくる。新太とカランはそれぞれ別の方向へ攻撃を避ける。叩きつけられた拳から衝撃が走り新太は弾き飛ばされる。



 そこへ追い討ちを仕掛けようと魔物は左腕で新太を吹き飛ばす。咄嗟に新太は自身の腕でガードするが、流石に疲労が溜まっているため完全には勢いは殺せなかった。



「うあっ!!」



 瓦礫の山に突っ込んで、上半身が埋もれて動かなくなってしまう。



「おい!アラタァ!」



「く…あ。くそう完全に力は回復してないか。やっぱり純粋な力勝負は負けちまうな」



 積み重なった石を掻き分けて体を起こすと目の前には、魔物が走ってきており避けられるは不可能に近いのだが横から一つの影が入る。



「らあっ!!後は頼む」



 魔物の横からカランが飛び出すように剣を構え、魔物の右脚を斬り落とした。完全にバランスを崩したしまった魔物は転び、歩みを止めてしまった。



「ありがとうカラン!おっしゃ!あとは任せろ」



 右拳に魔力を集めるとその溜めた力で、思い切り右フックを魔物の顔面に叩き込む。殴られた魔物は数メートル程吹っ飛ばされたが、殴った当の本人は不完全燃焼みたいに勝ったという感情にはならなかった。



(あれ?俺こんなに魔力を扱えたっけ…俺じゃまだ倒せる筈がないのに)



「何やってんの!ほら早く」



「え?あ、ああうん」



 ふと感じた不安を抱えた新太だったがカランの声で我に帰る。魔物を倒した2人は街の中心で蠢いている木の巨人の元へ駆けだす。













 2人はしばらく走り続け木の巨人の元へ近づいていく。だが近づくにつれカランは木の巨人からの視線を感じ不信感を抱く。やがてそれは直ぐに分かることになる。



「アラタ!」



「ぅお!?」



 新太の腕を引っ張り無理矢理自身の方へ引き寄せる。すると新太が走っていた位置からは木の針が地面から飛び出してくる。「またか!」と2人は同時に発言する。だがそれは事実であり、彼達はその攻撃に苦しんできた。



「ありがとう。また助けられた…」



「次から自分で避けてよ。多分ここから先攻撃頻度は多くなる」



 カランがそう言い終わると次々に地中から木の針が生えてくる。大きい物から小さな物まで、湾曲し追尾してくる物もあり、その全ては囲むように攻撃してくる。



(これまでの攻撃の速度と頻度は段違いだ。アラタの言っていた能力は恐らく消えたはず…触れられる事に関しての恐怖は無くなった)



 カランは自身が持っている武器で攻撃の軌道をずらせるが、新太は肌を掠めて避けるぐらいが精一杯だった。



「クソ…さっきと全然速さが違う!体に当たって避けてちゃ何も意味ない。何か方法はないか?簡単に攻撃の方向が分かる手段とか…あん?」



 奥を見ると葉が生えた樹木が数十本生えていた。今までは2人の元へ向かっていた攻撃がいきなり止む訳がないと分かっている。そして突然に葉が生えた樹木が回転し始めると枝についている葉が無数に飛んでくる。



 勢いよく飛んでくる葉がカランの顔に掠れると血が垂れてくる。明らかに自然に生えている物とは別物だと理解した。手に持っていた剣を鞘に納めると両手をローブの内側に手を出し入れし、その両手には2つの短剣が握られている。



 カランのローブには特別な能力があり、それはこの世界では『神代器』と呼ばれそれは概念すらも捻じ曲げれるという代物。カランはそれを所持しており、その能力とはローブの内側には様々な武器や道具を収納し自由に取り出せるという代物である。だが取り出せる物はこちらで指定は出来ない。



(よかった。偶々対処しやすい武器が手元に来て…)



 次々にやってくる刃物に等しい葉を短剣に魔力を込めて斬り伏せていく。カランの動体視力は新太より上であるということは自身で自覚しており、何故あの時負けてしまったのか。それは今になっても分からない。



(動かせ、動かせ!いつ終わるのかなんて考えを切り捨てろ!)



 斬って、斬って、斬り伏せる。一枚一枚に魔力が込められているならばそれをこちらで探知することも可能。身体の何処かに当たる攻撃の物なら防ぎ、そうでないのなら無視する。それに加え風を切って進んでくる音さえもカランは拾いきる。獣人、それもいろんな修羅場を潜ってきている彼だから出来る技術。



 一方の新太はやってくる一枚一枚の葉に対応出来ておらず、手や足。肩などに突き刺さる。



「があぁ!?…こんの!」



 地面に落ちている瓦礫の岩を持ち向こうに投げつける。だが投げた岩は葉が突き刺さると同時に簡単に跡形も無く崩壊する。



「チッ!やっぱ駄目か」



 新太はこの世界ではどんな物でも武器として扱うことは出来ない。数枚葉が突き刺さっただけなのに、投げつけた岩は塵も残らず消えた。



 そんな事しても攻撃の手は止む事は無く、たまらず新太は積み重なった岩に身を隠し被弾を浴びない様に飛び込んでやり過ごそうとする。



「攻撃は全然終わらないのか?」



 身を隠しつつ葉を飛ばしてくる樹木を見るのだが、葉が無くなっていく様子は見られそうにはない。



(普通におかしいだろ!?これだけいろんな場所にばら撒いてるのに無くなっていく様子が見られない。まさか青い液体が無くなっても『時間を進ませる』能力は備わってるのか?)



 もしそうなのであれば樹木はずっと成長をし続けているという事になる。



(時間を進ませるのならばいつかは枯れる筈だ。でもここに隠れててもいつかは壊れちまう!)



 だが飛び出して何が出来る?飛び出してこの事態を解決は出来るのか?しかし新太は考える視点を変える。そんな考えが頭を遮った。



 時は前に遡る――。














 それはまだ他2人と一緒に旅をする前。新太に組み手を施し、前に立っている女性がいた。



 その女性は腰まで伸びた長い銀髪に一本アホ毛を生やしている。黒い上着を羽織り、中に白いシャツをヘソが見える程で露出し、着崩しているそんな女性レオイダ・クメラ。



 彼女はこの世界で迷っていた新太を助け、生きる術を教える。言わば師匠に当たる存在だ。



 そんな彼女に殴られ蹴られを繰り返され、ボロボロになった状態で地面に転がされていた。頭に大きな腫れを作って涙を浮かべながら立ち上がる少年は彼女に尋ねる。



「せ、先生。どうですか…俺前より魔力の扱い上手になってますかねえ?」



「いーや?全然。あまり上達はしてないな」



(キッパリと言いやがったぞこの人…まあそれは変わらないか)



 このままだといつか訪れるかもしれない『大切な時』に動けないかもしれない。そんな出来ない事だらけに埋め尽くされて暗い気持ちになる。しかしそこに一つの鉄鎚が下される。



「痛っっったあぁ!?またいきなりチョップしてくるの辞めて!?しかも腫れてる所に!」



「いや。お前がまた『この先の自分に未来は無い』みたいな顔をしていたからな?」



「そこまでは思っては…なくもないとも言い切れない自分がいる」



「はあ…いいかアラタ。戦いの場に居て何も出来ないから、自分に今出来る事をやる。それは正しい事だと私は思う。でもな、『出来ない事をやる』というのも正解だと私は思うんだよ」



「出来ない事って…失敗したらそれじゃあ!」



「それが良いんじゃないか。確かに一度犯してしまった失敗は簡単には拭えない。だがそれは大きなチャンスを掴める場合だってある。まあ大雑把に言ってしまったら『分岐点』だな」



「分岐点――。」



 新太の前に立つ彼女は人差し指を額に当てられ、言葉を発した。



「そこで何をするのかはお前次第だ。何も出来ないのなら周りの物を全て利用しろ?経験も知識も得られる物はどちらにしろ――。一つだ」



 その時の新太はいまいちピンと来なかった。いつか訪れたとしてもそんな瞬間はあるのだろうかと。



 だが今はそれが、その瞬間が目の前に広がっている。



(出来ない事をやろうとして逃げるのか。出来る事をやって闘うのかじゃない)



 片膝を立たせて姿勢を低く座る様に体勢を変える。



「出来る事をやって勝負から逃げるのか。出来ない事をやって勝負に挑むのかだ!」



 気合いを入れ瞳を閉じる。身を奮い立たせる様に風属性の魔力を使い始める。ここで普通の魔力を起用しなかったのは少しばかり理由がある。ただ魔力を扱い、攻撃や防御に回しても打開策なんて生まれそうにもなかったからだ。



(この世界の魔法には意味を含んだ単語を使って使用する物が幾つもある筈だ。その中には自分の口から唱えずに使用する魔法だってある筈。精度は下がるらしいけど今必要なのは一度経験すること)



 自身の周囲に風が巻き起こる。だがその強さはそよ風程度レベルで、服がヒラヒラと舞い上がるだけ。しかしそうこうしていると盾にしていた岩が崩壊を始めていた。



(俺はこの世界に来てから日も浅い方。強い奴から見たら赤子同然の筈。俺が生き抜いていくためには体一つでのし上がっていくしかないんだ!)



 とうとう攻撃に耐えられず破壊されてしまい、たまらず隠れている場所から飛び出してしまう。微弱な魔力を出し続けながら走り出し、攻撃から逃れようとするのだが――。



「ぅぐ!?駄目…だ。集中を乱すな…」



 小さな抵抗も虚しく今度も葉が身体に突き刺さる。今回はさらに複数いろんな箇所に、流石に目は掌で護ったが、耳や頬…横腹などにも刺さりそこから出血も酷くなる。



 たまらず新太は後ろへ吹っ飛ばされて倒れ込んでしまう。それと同時に攻撃は一旦止まり安堵感に包まれる。



「よかった…とりあえず何とか――。」



 起き上がり歩き出そうとした時突如新太に痛覚が背中に走り出す――様な感覚に見舞われる。だがそれは物体によるダメージではない。そして新太は見るより先に身体を動かしていた。



 ズンッッ!と重い振動音と共に新太の背後から、細く尖った角材が飛び出していた。尻餅を着く形でその光景を見た新太は攻撃を避けれた喜びよりも、当たってもいない攻撃の痛みを感じ取れたことに驚いている。



「何だ……今の感覚。痛みはまだ残ってるのに、外傷は無…い?」



 胸元にそっと手を置いてみる。しかし貫かれた感覚はあるが身体には穴も無ければ血も垂れていない。頭に疑問を浮かべていると上方向から4、5本の大きな角材が新太を押し潰そうとやってくる。



「やっ――。」



 押し潰されそうになる目前新太の視界は、紅色や黄色などの閃光に包まれ爆発に巻き込まれる。煙が晴れ目を開けると、火は次々に燃え広がり目の前にあった角材は焼焦げており黒く炭と化していた。



「体はボロボロだが、生きているか?アラタ」



「せ、先生…助かった〜」



 後ろを見ると1人の女の子脇に抱えていた女性が立っていた。



 長い銀の髪をポニーテールにして髪を纏め、一本アホ毛を生やしている。黒い上着を羽織り、中に白いシャツをヘソが見える程で露出し、着崩している女性レオイダ・クメラが魔法を放ち新太を救出したのだ。



 新太の視界の先に立っていた女性は高い所から滑る様に近づいてくる。



「あちこちに葉っぱなんて着けて、イメチェン?というやつか?」



「あちこちに血流してるイメチェンなんて失敗しかないでしょ」



 所々に刺さった葉を一枚一枚痛みに耐えながら引っこ抜いていくと同時に、脇に抱えた藍色の髪をした女の子を見る。



「先生リオは大丈夫ですか!?」



「……残念だが」



「え…嘘だ、ろ」



 変わらない表情で向けてくる眼差しに気圧されながら、抱えられてるリオという女の子を見る。



 藍色髪で膝が見えるぐらいの短いデニムパンツを身につけ、赤い半袖の上着を羽織っているが所々衣服が焼け焦げている。黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオ。



 そしてだらりぶら下がった腕と流れて固まった血を見ると、言われた通り此処にあるのは亡骸となったリオなのかと認識してしまったのだが――。



「いや、私ちゃんと息はあるから。変な嘘言わないで下さい!」



「は?」



「大丈夫だよアラタ。無理して大きな魔法撃っちゃったから、動かなくなっちゃってね」



「なんだよ…心臓に悪いわ…つかなんで嘘ついたの!?」



「嘘は言っていないぞ?お前が解釈を早とちりしたのが悪い」



「うん!それはこっちが悪いけどせめて大丈夫かどうか早く言ってくれませんかねえ!?その部分だけは怒る権利はあるからね!こっち」



「分かったよ…もう二度としない。そうか、そうだったよな――。」



「ん?」



 表情を一つも変えない女性に怪しさを再認識した新太は、この後のことをどうするのか尋ねる。



「そうだな。こうなってしまった以上はもう一度奴の弱点を探るべきだろう。だがここだと立地が悪いから一度移動するぞ」



 無言で脇に抱えていたリオを新太の方へ受け渡す。両手で抱えようとしたが、いざという時に両手が塞がっていたらリオを護れない。それを見越して新太は背中を向け背負う形となった。



「ごめんねアラタ…」



「気にすんなって。こうなったらお互い様だし、お前の一撃でアイツを倒す道が繋がったかもしれないんだぜ?」



「よし。カラン大丈夫か?戻ってこーい」



 銀髪の女性の声が響くと土煙からカランが出てくる。彼は息遣いが荒く足下がおぼつかなくなっていた。



「カ、ラン」



「ヒューヒュー…カハッ!」



 カランは大きく肩を動かし、激しく呼吸を繰り返している。おそらく重度の疲労で呼吸困難に陥っているのだと新太は理解した。



「これは流石に笑えないな…」



 倒れそうになったカランの元へ瞬時に彼女は移動し支える。カランの体に触れた同時に今度は新太の目の前に現れる。



「悪いが、カランも頼めるか」



「了解っす。リオ片脚だけ支えられなくなるけどいいか?」



 リオは無言で頷くと右腕でカランを抱き抱える。持っていた短剣はボロボロになって朽ち果てていた。だが新太はそんなカランを見て心配をするよりも、凄いといった賞賛に近い感情を持っていた。



 なにせ自分は隠れるしかなかったのに彼は正面に立って対処していた。目立った外傷は無くただ疲労で倒れた過呼吸を起こしかけていた。



「先生!移動といっても奴がそうそう逃してくれるとは思えないですよ。何か策は?」



「私が隙を作った時、私がお前達を魔法で移動させる。詠唱分は言わないから代償としてバラバラになってしまったら元も子もない。私が触れやすいようにアラタはここからなるべく動かないで居てくれ」



 この世界の魔法は使用する際適応する単語と詠唱分を付けて口に出して発動する仕組みになっている。上達すれば口に出して言わなくても発動出来るが、精度と出力は落ちてしまう。



 彼女が心配しているのは移動させる時、魔法で一人一人がバラバラになってしまうのを恐れたためだ。



 燃え広がる火が鎮火していくと動かなくなっていた木の巨人は、ゆっくりと腕を動かし大きな掌が新太達に襲ってくる。



「おいおいおいコレは流石にヤバいってぇ!?」



 身の危険を察し、その場を離れようと走り出そうと行動する。ふと周りを見ると彼女の姿が消えていた。



(あれ?先生がいない!何処に――。)



 一つ。天高い所に黒い人影が大きな木の巨人に向かって行くのが見えた。その人影は新太には捉えられない速度で移動し、いつの間にか木の巨人の胴体を半壊させていた。



 ズドオオオッッ!!という崩壊音が遅れて聞こえてくる。



 やった人物は一体誰が?決まっている。今この場にいる中でそれが出来そうな人物はただ一人だ。



「先生ってどんだけ力あるんだよ…」



 木の破片が上から降ってくる中新太が見た光景は、長い銀髪が揺れ動き、足を木の巨人にめり込ませるように蹴りを放っていた。



 たった一つ。蹴りを打ち込むだけで数十メートルある巨体を半壊させ、仰け反らせてしまったのだ。



「まだ動けるんだな。流石にアイツが…む?」



 半壊している胴体に違和感を感じたと同時に動きの変化に気づいた。



 ズズズ…と少しずつ機械が再稼働し始める様に腕から足までもが動き始める。



 動かせる隙を与えないよう空中を蹴って木の巨人の右腕を今度は拳一つで破壊する。近くに居た新太は危険と判断したため再び走り出す。だがあまりにも大きすぎる腕なため、勢いよく落下してくる腕から逃れるため、右腕から風の魔力を出し下敷きになるのは免れた。



「あああああっ!」



 落ちてきた木の腕の衝撃で前のめりで倒れてしまう新太。その際左腕に抱えていたカランを空中に放り出してしまう形となってしまった。



 新太は急いで起き上がり、思い切って飛び込み両手でカランを護る形で受け止めたため、肘と鼻を地面に擦って出血してしまう。



「よがっだ…2人とも無事だ」



 痛みに堪えて直ぐに立ちあがり、リオとカランをもう一度抱え直す。すると新太が立っている背後からガサガサと音が聞こえる。だがその聞こえる方には先程の大きな木の腕が落ちている筈。



「…っ!!」



 もう一度新太は走り始める。切り離された部位が攻撃してくるのはもう察知していた。背後からドッドッドッっと地響きを鳴らしながら迫ってくる。



 だが直ぐにその地響き音は聞こえなくなり、振り向くと同時に目に映った光景は銀髪の女性が片手で押し潰していた。



「せ、先生…」



「蟲みたいに動き回るな…ただの木偶が」



 潰した木の腕に亀裂が入り、その亀裂から小さな芽が次々と生えてくる。次の瞬間無数の小さく丸い物体が飛び掛かって避けようとしたが間に合わず左肩に突き刺さる。



「ん…これは」



「先生!」



「心配するなアラタ。そろそろ移動するから近寄れ!」



 そう言われると新太は近寄ろうと疲労困憊だが、歩こうと進んでいく。



「アラタ!すぐに移動しろ!」



「へ…?」



 砕かれた木が形状を変化させ一つの人形となり、手には剣と盾を持っておりその数は一つまた一つと増えて新太の周りを囲み、いきなり木剣を振り下ろしてくる。



 新太は後方へステップし攻撃を避ける。しかし囲まれているためすぐに別の人形が攻撃してくるが、右脚で相手の膝を蹴り姿勢を崩させる。



(流石に急いだ方が良さそうだな…)



 木の腕から降りた彼女は新太を取り囲む木の人形を次々に破壊していく。



 数が減っていったのを確認した新太は破壊をしていく彼女に近づいて集団から抜け出す。



「先生!」



 新太は咄嗟にリオを支えていた右手を離し、その手を前に差し出す。そしてその手は直ぐに握られて目の前には銀髪の女性の顔がある。



 新太は彼女に引き寄せられると体の周りが紫色に光り出す。



(今から魔法で移動するのか…うん?)



 新太は違和感を目の端で捉えた。暗い景色の中で一瞬キラリと光ったのを見た新太は嫌な予感がしたため直ぐに伝えようとしたが――。



「っぐ!?」



 彼女は避けることなく右肩を弾丸で撃たれた様に出血してしまう。半ば強行で魔法を発動させ新太達は彼女によってこの場から消える。












 目を開くと周りに居たはずの木の巨人の姿は見えず、まだ破壊の手が行き届いていない場所に新太達は移動させられていた。



「ぐえぇぇ…お、重い」



 新太の上にはリオとカランが乗っかっている。体をくねらせなんとか抜け出す。



「ハア…ひとまずよかった。先生大丈…夫」



 3人を救った彼女は両肩から植物のツルが生え、体に巻き付いていた。



「こ、れは」



「落ち着け大丈夫だアラタ…さっき喰らった攻撃によるものだ。まあ状況は悪くなったがな」



 木の腕を押し潰した時に右肩に、新太達を守るために左肩に当てられた時に喰らった物は恐らく、人の体内で成長する種を植え付けられたのだと新太は理解した。



「それ今すぐに抜いた方がいいんじゃ!?」



「いや、どうやらコレは私の神経と繋がっているみたいだ。私の血を使って成長をしていく、寄生植物に近い類だな。それに魔力も吸われ続ける代物ときた」



 体の内側から蝕まれているため、痛みは相当な物となっている筈だ。動かなくても植物の成長は止まることはない。



 新太達は今大きな武器を失ってしまったのも同然であり、状況下は最悪と言っていた意味が良く理解できた。



「どうすりゃ…」



「…お前が倒すんだアラタ」



「えっ!?いや俺一人じゃ無理っすよ!」



「そうだ。今のお前では不可能だ…だから私が手を貸してやる。ちょっとこっちへ来い」



 小さく手招きしてくる方へ近づいていく新太は側でしゃがみ彼女の手が頭に触れられる。



「光よ命令する。我に在りし力を使い、この者に立ち向かう力を授けよ」



勇者の決意ブレイヴ・ゾンネ



「……ん?何したんです?」



「私の魔力を与えたんだよ。魔法でな。あぁぐ!?」



 黄金色に光る魔力が新太の周りをまとわりつき少し感心していると、彼女に生えている数センチ程しか伸びていなかった植物のツルが、魔法が発動した後は数十センチ程まで伸び腕全体にまで生い茂っている。



「説明を続けるぞ…それはお前の筋力を上げる物ではない。魔力を底上げする代物なのだと頭に入れておけ」



「じゃあコレは素の力が上がるんじゃなく、あくまで魔力を使っての攻撃力が上がる魔法ってことで良いんですか?」



「ああ、その認識でいい。攻撃、防御の時は必ず魔力を使えよ。そしてその効果は約10分間だ…それ以上はお前も、私も身体が持たない。狙うなら奴の胸部だ…そこに核が動いていたからな」



 胸部を半壊させた時水色の球体が意味ありげに存在していた。剥き出しになった途端にその球体を守るように木が生成されていたのを見ると、傷付けられると都合が悪いのだろうと考えていたのだ。そして新太は「持たない。」その告げ口を聞かされると嫌な気持ちになるが、その考えを押し殺す。



「わかりました。けどずっとここに居たら魔物に!?」



「安心しろ。この程度の魔物なら遅れはとらんさ…動けるようになったら2人を向かわせ――。」



 コオオオオオオオオオオッッ――。



 それは大きな音なのか、それとも声なのか。どちらが正解なのかは分からない。ただただ発せられる神々しい物音がする方へ2人は見ると、立ち上がった木の巨人は右腕を再生させると両腕で抱き抱える様な体勢なるとその背中から木で造られた翼が出現する。



 さらに胴体の構造がガラリと変化し人間の肋骨が浮き彫りになり、全体的に細くなりより人間らしい構造へと変化した。



「行けっ!アラタ!逃してしまったら厄介なことになる!頼んだぞ」



「っ!?オオオオオオッッ!!」



 そして新太は勢いよく駆け出す。脚に魔力を込めて走り出した時、今までとは違う勢いで進んだため綺麗に着地出来ずつまづいて転倒してしまう。



「~ぐぅ…痛ってえ~でもちょっと跳んだだけなのにめちゃくちゃ進むな…こりゃ魔力のコントロール考えて調整しないと自爆しちゃうな」



 服に付いた土埃をはたき落とすと再び走り始めると新太は自身の体の異変に気づく。



(あれ?あれだけ体に傷付けられたなのに、動くのに支障がない?)



 アドレナリンが大量に分泌して痛みが引いているのか、魔法を付与された時に怪我も治すという効果もあったというのかは新太にはわからなかった。



(でも今は目の前に集中しないと…?)



 瓦礫を破壊して横から飛び出して来たのは四足歩行で歩き、大きさは約10メートル程。赤い鱗を持った大きなワニの魔物だった。コレも青い液体で巨大化した弊害なのだろう。



「うおわっ!?」



 赤いワニは驚いている新太を視界に捉えると口を開けて一直線に突き進んでくる。避けようと体を動かそうとしたが、頭に言葉がよぎる。



(今俺の魔力は先生のおかげで強化されている。どうせコイツを撒かないと先には進めないなら…真正面から押し通るしかない!)



 右拳に魔力を込めながら勢いよく踏み込んでワニの突進を避け、ワニの横に立つ。左足を踏み込んで貯めた魔力を放出するかの如く。



「ふうぅぅぅんっ!!」



 大きなワニの横腹を殴り飛ばした。



 大きなワニの巨大は衝撃で浮かび上がると殴った方向に吹っ飛び、その先にあった建物に叩きつけれていた。拳が当たった箇所を確認するとしっかりと跡がハッキリと浮かび上がっている。



「すげえ…この状態の俺こんなに力を出せるのか。こりゃ急がないと間に合わない!」



 魔法を掛けられてから約1分。戦えるのは9分程。何を起こしてくるか分からない。そう思うとバタバタと動き始める。



 建物から建物へ飛び移り燃えている炎を掻き分け全体的に細くなった木の巨人の足下へ再び辿り着く。



「背後から来たからなんとかバレずに来れたけど、どうやって胸元まで登って行くか。だな…でもここまで来たら…!」



 魔力を脚に込めて飛び出し、一瞬で木の巨人を足に近づく新太は渾身の蹴りを左脚の膝裏に打ち込んだ。



「おおおりぃやあああっっ!!」



 ズドオォォッッ!と鈍い音が響くと、木の巨人はガクッと膝を地に着いて倒れ込む。



(痛っっってえぇ~!先生こんな頑丈な奴殴ってたりしてたのかよ…)



 脛の部分を抑えていると木の巨人体勢を崩し座り込んだ。今のうちに新太は木の巨人の左腕に登り始める。



「おおおおおおっっ!!」



 気合いの雄叫びを上げながら左腕を駆け抜けていく。すると急に急斜面が無くなり平面へと変わった途端、腕の表面から先程見た木の人形が次々と出現する。



「くそっ!邪魔をするんじゃねえよっ!」



 新太はまず一体を飛び膝蹴りで頭部を破壊し、背後から来たもう一体の腕を掴み右肘で頭部に打ち込んでよろけさせ、最後に蹴りで突き落とす。



(先生の魔法があるから壊せている…でも足止めを喰らってる場合じゃない。素早くかつ確実に破壊するためには…)



 前から木振りかざしてきた木剣を左腕で受け止め、右拳で腹部にアッパーを喰らわせ仰け反らせると同時に、両手で木の人形の手首を掴むと新太は勢いよくぶん回し隣に居た木の人形に当てる。



 バリィィィンッッ!!とガラスが割れる様な音を発しながら振り回している木の人形は別の個体に当たった途端粉々に砕け散る。



「これだ!」



 新太はこの世界では戦闘に扱う武器や道具は使用した際簡単に砕け散る。ならばその不思議な性質を利用すれば良い。今この場面だとこの能力は一番輝くのだ。



 そして先程攻撃しヨロけさせた人形の足首を掴み、今度は密集している所に投げ飛ばす。不意を突かれた人形達は後退る。そこに新太は付け入り勢いよく跳ぶと足下に立っている人形を踏み台にし、この場を切り抜ける。



「まだ肩まで辿り着いてないのに!時間かけ過ぎたか?」



 進んでいく新太を捕まえようと木の巨人の右腕が襲ってくる。このままだと捕まってしまうと思った新太は両手に魔力を集約させ、わざと走っている腕から飛び降りる。



 飛び降りた新太は木の巨人の肘辺りに魔力を込めた右手を突っ込み落下を防ぐと同時に、右腕からの攻撃を回避する。



 ズンッッ!っと揺れると同時に木に突き刺していた右手を引き抜いて上へ登り走り出す。



「ん?あれは…」



 木の巨人の肩付近まで接近すると木の表面から数本程何かが伸びていることに気づいた新太は立ち止まる。



「ぐぁっ!?」



 一瞬で何かに左肩を掠められる。何が起こったのか頭では理解は出来なかったが、そんな中でも新太は無意識で体を動かし、攻撃してきた物体を避けれていた。そしてすぐに前を向き何が襲ってきたのか確かめる。



「そういうことか…」



 目の前にあった物は下でも襲ってきた角材であったが、一つ一つ何かが変わっていた。しかし今の新太に具体的な変化をしているという判別は出来てはいない。だが目の前にある無数の物体は危険な物だと確信している。



 では何故目の前にある伸びた木が危険な物だと理解できたのか。



 それは木の巨人の頭部。視線がこちらに向いていたからである。今まで新太やカランが攻撃してきても一度たりとも視線を向けたことは無かったのだ。



 だが、それが今起こっている。その向いてくる素顔が何処か女性の顔を彷彿とさせ、少し不気味さを際立たせている。



(やっぱり今までのとは、違う!)



 木の巨人の目が大きく見開くと、真っ直ぐ新太の元へ向かってくる。



 両手に魔力を込め、向かってくる攻撃を迎撃しようと試みる。しかし――。



「あがっ!?硬い…」



 手の甲で弾いて軌道を逸らすが当たった箇所には擦り傷と青い腫れが出来ていた。



(まともにやりあうとダメージを負うのはこっちだな…あの攻撃を掻い潜って行くしかねえ!)



 相手しても時間を無駄に消費し続けるだけだと考えた新太は、無数の攻撃を回避して先に進んでいく。



 体を捻ったり薙ぎ払うように拳を当てて直撃だけは避ける。だが中には直線でやってくる物だけではなく、湾曲してくる物もあり全ては防ぎきれず背後から左肩を貫かれる。



 思わず片膝をついてしまい歩みを止めてしまった新太。貫かれた角材を折ると直ぐに刺さったままの破片を引き抜く。



(落ち着け…どんなにヤバい状況でも魔力を上手くコントロールすれば――。)



 刹那。自身の喉元に一本の棒な何かが突き刺さる。そんな感触を味わった。数歩だけ後ろに下がると木の表面から木の杭が出現する。



(また…だ。痛みの感触は今も残っている。けどそれだけだ…喉に風穴が開けられてはいない)



 未来予知?それとも別の魔法が突然開花したのか?それは分からない。でも今は分からないままで良かった。



 何故ならば、今それを究明しようとすると大事な何かを失ってしまうと思ったからであり、新太は無心で先に進む。



 足下にくる攻撃を飛んで回避しそこに追撃してくる攻撃を踵を使って直撃は避ける。木に足が着いた時一気に距離を詰め攻撃の準備として風属性の魔力を出現させようと動く。



「ぁ…が?」



 体のあちこちから無数に襲ってくる激痛。いやそれは感覚であり、外傷は無い。それでも新太は思わず体を手で抑えてしまい、隙を作ってしまった。



(――また!?やばい!)



 突然新太の周りは煙に包まれ、木の攻撃は目前で止まった。煙を吸いこんでしまい思わず咳を混み視界がクリアになる。



「ゴホッ!ケホッ!今の攻撃は?」



 視点を木の巨人の顔に戻すと目元近くには3本の矢が突き刺さっており表面には焦げ目が出来ていた。



 攻撃してきた方向を見ると見知った姿が建物の屋上に立っていた。



「リオ…動けるようになったのか」



 藍色の髪をした少女が弓を突き出し、周りに炎を出していた。



「まだ…俺には、居るんだ。一緒に頑張ってくれる友達が…痛みがなんだ。身体が動くなら戦えるじゃねえか」



 目の前で浮いている木材を手で払い退けると、止まっていた時間が動き出すように攻撃が再開する。新太の体目掛けて襲ってくる角材を真正面から拳で粉砕する。



 粉砕した後すぐに横から数本の矢が火を纏って降ってくる。木の巨人に当たると着火し燃え広がると再び首元まで走り、辿り着く。



「うおおおおおああぁぁぁっ!!」



 片足を踏み込んで大きく跳躍し、限界まで貯めた黄金色が混ざった魔力を右拳へ。そしてその拳を木の巨人の左頬を殴る。



(忘れちゃいない。コイツの弱点は胸にある核…)



 下を向くと意を決して飛び降りる。そして目に入った物は胸部にあった丸く埋め込まれた絵の入った紋章。アレが核だと思い、手を後ろに回して風の魔力を出現させ一気に前へと距離を詰める。



 肋骨に護られているのをみると、絵の入った紋章はまるで木の巨人の心臓を表しているかの様だった。そしてその埋め込まれている物体を破壊しようと黄金色の魔力を出して殴ろうとすると、木の巨人が護ろうと、木の皮が現れ新太の攻撃は阻まれる。



「防がれ、いや再生してる!?」



 骨組みになってしまっていた上半身がやがて腰から徐々に木が積み重なっていく。弾かれた新太は空中を真っ逆さまに落ちていると木の巨人の右腕が新太に迫る。



(やべっ――。)



 ガンッッ!!大きな右腕が新太を叩き勢いよく地面に叩きつけられる。



「ア、アァ…ガハ…」



 体のあちこちが痛むのと左目から見る視界は赤く染まり、頭部から出血していると理解した。



 少し動かすとピキピキと骨が軋んだ音を出す。手足はあり得ない角度に曲がってしまっているということは無いが、ヒビが入ってしまっていると新太でも分かった。



(痛ってえ…ヤバい時間無いのに!)



 ここまでの時間としては約7分程。魔法を掛けられ動けるまでの時間は残り3分。新太にはもう1分しか残っていないのではないか?と焦って無理に動こうとする。



 だが動かせない。寧ろ激痛が走り移動するという選択が頭に浮かばない。そして新太の周りが薄暗くなると辺りを見渡す。すると今度は大きな左腕が上から新太を潰そうと迫って来ていた。



「お、おお!おおおおおおおお!!」



 叫んでも体が満足に動く気配はない。迫ってくる大きな気配に怯えながら衝撃波に包まれる。



「……ぅん?」



 目をゆっくり開くと左腕を引っ張られ移動していた。手を引く者は茶色のローブを着たピンク色の髪と獣耳が生えたカランだった。



 カランの足下に水が出現しており、それは水上スキーの様に移動し難を逃れると新太を軽く放り投げカラン自身も転び落ちる。



「おま…カラン。もう、ちょっと優しくだな」



「うる、さい…僕はあの人からお前を、援護しろって言われただけだよ」



 お互い肩を大きく動かして呼吸を繰り返しているのを見ると、2人は黙って立ち上がる。



「カラン、頼みがある。奴の背骨部分を斬って上半身と下半身を分離させて欲しい」



「それしか、ないんだな」



「ああ。弱点は胸部。そこにある…俺が動ける時間も多分3分も無い」



 カランは腰に携えていた銀色に輝く剣。銀月『砕軌くだき』彼が持っている剣はこの世界で一般的に売られている魔道具ではなくその能力も強大で『複雑な術式をバラバラにする』という物である。



 今にも目から光が消えそうになっている新太だが、意識は飛ばしてはならないと心を強く保つ。カランにお願いした命令はこなしてくれると信じ歩き出す。だがそれだけでは力は足りないと踏んだカランはもう一つ頼み事をしに行く。



「………リオッ!!さっきの大技を心臓辺りに撃ち込んでくれーー!」



 息が途切れながらゆっくりと歩きながら、新太が大きな声を上げ辺りに響き渡る。リオに聴こえてくれていることを信じて木の巨人に近づいて行く。



「…攻撃が、くる」



 空気感が変わったのを『何か』で感じとった新太は身構える。すると予測していた通りに無数の木の杭が飛んでくる。



 平な場所に立っているため隠れる場所もない。新太は右手一つでその場を凌ごうとするが、突然見上げた方向に大きな岩が目の前に現れ視界を遮られる。背後に人の気配を感じた新太はすぐさま振り向くと修道服を着た人物が5人立っていた。



(コイツらは…確か!)



 この街で知り合ったホーネスという子供に乱暴なことをしていた集団、『蒼の英雄』を崇拝していた者達であった。



「…何しに来たんだ。アンタ達は」



「……貴方に言われて少し考えたんです。崇拝している英雄様は本当に正しいものなのかと。絶対に従わなければならないのかと。私の様にこの考えを持つ人が増え始めて…それで…」



 1人の中年の女性が前に出て自分達の気持ちを代弁する。



「俺達に協力すると?そりゃあありがたいな…」



「!では私達に何か出来る事――。」



「でも。お前達がホーネスにやった行為は許さない。自分の意志で止めることなく思い通りにならない人物を消そうとしたアンタらが俺は嫌いだ。だけど助けて欲しい…アイツを本当の意味で自由にさせてやりたいから!」












(まだ体の怠さは残ってる。目も痛い。葉を斬り落とす時に限界まで酷使し続けたからだろうな)



 カランは瓦礫後ろに隠れて着ているローブからいろんな武器を取り出す。やがて準備が整うと銀月『砕軌』を鞘から抜く。



「面倒な役を押し付けやがって…」



 そう身構えて左手に3本の短剣を指の間に挟む形で持つと、足下に水を出現させ移動する。そして無数の木の杭が飛んでくる攻撃に対して、銀月に魔力込めて斬撃を放ち直撃を防ぐ。



 そのどさくさに紛れて、左手に持っていた短剣を一本木の巨人の右脚首に突き刺す。そしてもう一本を右膝辺りに突き刺す。



(アレ…は。こっちを見てる!?)



 不自然に感じた視線。下からだとよく見えないが木の巨人の目線が自身に向けられていたのがわかった。そして一瞬キラッと光ると立っていた足元が爆発する。



 それだけではない。木の巨人の指の先、体のあちこちから先程と同じ光線を乱射し辺りが更にめちゃくちゃになる。



「なんだよアレ…破壊光線も携えているのか?」



 しかしカランは先程足首に突き刺した短剣の元に移動していた。カランが持っている短剣には実は所持者を対象にして一瞬で移動する事が出来る『瞬間移動』の能力を持っていた。



 発動条件としては同じ短剣を所持していなければワープする事が出来ない。刺した箇所を自由に行き来出来る訳ではなく、刺した順番の元へ移動しか出来ないという代物であり、条件は緩そうに思われるが、知性が低い魔物や障害物が沢山あるこの状況下でしか恩恵は少ない。



「掠ったりしたら熱で皮膚は焼け落ちるな…」



 呟きながらカランは足首に刺した短剣をもう一度引き抜くと今度は右膝辺りに刺した短剣の元へ移動し短剣を握りしめぶら下がる。



 木を蹴って勢いを付け空中で向き直すと今度は股関節付近に投げ、すぐさま移動する。壁となっている木を蹴りカランは腰骨に到達する。



「再生がみるみると始まっている。速く背骨を斬り離したいけど…そうはいかないか」



 切り株から染み出し青色の液体が盛り上がっていくとその形は甲冑を着けた騎士がカランの前に現れた。



(相手にする暇ない。目的は奴の背後にある背骨だ)



 手っ取り早く簡単に目的を達成しなければならない。そのために取った行動はまず一本甲冑に投げつける。しかし青い甲冑は避ける動作せず短剣は左胸辺りの方へと入り込んでいく。



 体内に入り込んでいくのを確認したカランは銀月『砕軌』に魔力を込めると、体の周りが銀色に輝くとその光は剣に収束していくと、下から上振り上げ銀色の斬撃を飛ばす。



 斬撃を喰らった青い甲冑は左肩から胴体の半分まで抉られ消滅する。青い甲冑は仰け反るとカランは既に甲冑の頭部横に移動していた。



 先程投擲した一本の短剣は液体の中へ入っていった。だが短剣は体内に入ったままでありカランは体内に入り込んだ左半身へ攻撃し、空中に短剣が放り出される。そしてすぐさま短剣の能力を発動させ瞬間移動したという訳である。



「もう一押し!」



 最初に投げた短剣をもう一度手に取ると一本を背骨に投げつけ、もう一本を後ろへ投げる。しかし青い甲冑は浮いているカランに回し蹴りを喰らわせる。



「ガハッ!?」



 意外にも俊敏な動きで攻撃してきたことに驚愕を隠しきれない。それに柔軟性に優れており意外な攻撃を仕掛けてくるかもしれない。



 体勢を立て直し剣を構え直す。勝負は一瞬で片付かなければ負けるのはカランだと瞬時に理解する。迫ってくる青い甲冑は鋭い右ストレートを放ってくる。



 カランは目を瞑って持っている銀月を腰辺りに近づけ、残りの短剣を口に加えて居合いの体勢を取る。近づいてくる青い右手を当たってしまう寸前で左足を踏み込むと――。



 カランはその場から消えると木の巨人の背骨を両断していた。



「ぷはっ。まあアンタとは最初から戦う気はないんでね。後はこの事件を終わらせるヒーローに任せるさ」



 上から降ってくる短剣をキャッチすると彼は青い甲冑を尻目にスッとこの場から消え去ると、上半身が落下を始める――。













「――くれぇ!」



 聞いたことがある少年の声が藍色の髪をした少女の耳にやってくる。全ての内容を完璧に聞き取れたとは言えないが、それでも自信の名前と『撃つ』という単語が聞こえた。



 彼女はそれだけで分かった。



「アラタがそれを望んでいるなら…」



 意を決してリオは移動する。建物から建物へと転々と移動を繰り返し、狙いが定まりやすい角度を見つける。



「なっ!?」



 リオが驚いた感情を表に出す。木の巨人は体から無数の光線を出し始めたのだ。リオはいきなりの事でどうすることも出来ず倒れ込んでしまう。



 だが彼女はすぐに立ち上がる。一度でも触れてしまったら『死』は免れない破壊光線を避けながら移動していくと、目の前に大きな翼を持った魔物が止まっており口元には目を開けたままの男性が血を流して動かなくなっていた。



(最悪すぎるでしょ!?背後には光線…生き残るためには魔物の向こう側に行かなければいけない)



 矢筒から一本の矢を取り出し炎の魔力を込めると詠唱を始める。



「炎よ命令する。我に在りし力を使い、炎の軌道を生成せよ!」



炎熱の光線アクティニック・マルス



 弓で炎が込められた矢を放つと進行していく軌道の後ろに、炎で生成された紐が実体となって怪鳥に突き進む。死体から出た血肉を食しながら大きな怪鳥は矢がこちらに飛んできているのを察知すると、リオに向かって甲高い奇声を上げる。



「はっ!ぐううううっ!?」



 リオは突然炎の紐を素手で手に取ると矢の軌道を無理矢理変え、器用に怪鳥の首に紐で輪を作り首を炎の紐で締め上げる。



「ギャ、オオオオオオッッ!?」



 喉元が焼かれながら呼吸が出来なくなる怪鳥は苦しみ出す。その大きな口から死体が落下しベチャと気色の悪い音を立てる。



(ごめんね…貴方をこんな形で見る相手が私で…)



 リオは別に目の前で白目になった、動かない人の形をした物の一部を知ってる訳ではない。おそらく彼の死体は残らず消えるだろう。



 そんな慈愛に満ちた眼差しから決意をした眼差しへと変貌すると、彼女は大きく飛び上がると一つの炎が怪鳥の頭を貫いた。倒れる魔物を踏み台にして更に前へと突き進むと――。



「なっ!?…凄い事するよねカランは」



 木の巨人の上半身が今にも落下を始めていたのだ――。



 これには好機だと思ったリオは空中で詠唱を始める。



「火炎よ命令する。我に在りし力を使い、悉くを薙ぎ払う炎鳥を穿て!」



炎鳥の牙突ダイヴァーン・マルス



 それは巨人がまだ青い液体を纏って行動していた時に放ったリオが今持てる最強の切り札。



 炎を纏った矢は突き進み、やがてその炎は形を変化させると2つの翼に鋭い脚を形造り紅色の鷹が出来上がる。



 だがリオにも他の人にも予想外な事が起こる。



 倒れそうになる巨人の上半身が片腕を動かしリオの攻撃を止めていたのだ。しかし完全に防ぎきれてはおらず、握り潰そうと力を込めているのが分かる。



 そうはさせまいとリオはもう一度『炎鳥の牙突』を放とうとするが――。



「いっ…!?」



 弦を弾く右手が黒く焼け焦げていた。魔力を自身の限界まで行使し続けた結果その弊害が今現れたのだと理解する。




 だが彼女は――。



「火炎よ命令…する。我に在りし力を使い、悉くを薙ぎ…払う炎鳥を穿てぇぇ!!」



炎鳥の牙突ダイヴァーン・マルス!!』



 激痛に耐えながらリオはその燃え盛る手を弾いた。彼女の痛みを代償にした放った炎鳥は今までのよりも大きく翼をはためかせ巨人を襲い、もう片方の手で受け止めている。



「あああ、ああぁぁぁ!!」



 黒くなっていた筈の右手は亀裂が入り、その亀裂から赤い光が発光していた。この手がずっと燃え盛っている火にずっと手を突っ込んでいるかの様な地獄。



(わた、しだけ辛い思いをして、ないのは公平じゃない、から…後はお願いよ。アラ、タ…)



 焼かれながら藍色の髪の少女は想いを託し、意識を手放す――。











「リオ…カラン。2人が頑張って作ってくれたこの状況、後は俺が終わらせてやる!」



 無数の破壊光線から街の住人の協力もあり生き延びることが出来た新太は左目を擦りながら立ち上がる。



「ア、アラタさん!準備出来ました!」



 修道服を着た男性が新太の元へ駆け寄る。その男性の背後には5m程の大きさを持った岩が、魔法で他2人によって生成されていた。



 更に大きな岩の後ろに2人が片膝を地につき手を合わせ口を動かし詠唱していた。



「よっこらせい!」



 新太が岩の上に乗ってしがみつくと新太は声を上げる。



「おっしゃ!やれーい!」



「お気をつけてえぇぇ!!」



 新太がしがみついている岩は風の魔法によって更に速度を増し木の巨人へ向かっていく。



「おおおおおおおおっっ!?」



 風圧で頬が揺れ、目を頑張って開く。狙う場所は少しズレているが、この際関係ない。ゆっくり立ち上がるとリオが放った炎鳥による熱気が近づいてくる。



 岩の勢いが無くなっていくと新太はすかさず飛び出し、やっとの思いで核まで辿り着く。



(なあ。英雄様よ…アンタがどんな事をして皆からそう呼ばれているか知らねえけどよ。そんなお前の偉大さで苦しんでいる子が居るんだよ!)



 新太は決意を固め自分が今持っている全ての魔力を右手に集める。黄金色に輝くその拳はついに模様が入った核に届いた。



「アイツを自由にするために!英雄譚はここで終わらせてやる!」



 少しずつ丸い核はピキピキと割れ始める。木の巨人は今両腕を炎鳥によって塞がれている。つまり今の新太に邪魔をする物は無い。



 そう思っていた矢先――。



「な、があああぁぁ!!」



 木で造られた茨が右手にどんどん絡みついていく。痛みで集中力が削がれ攻撃していた魔力が一瞬途切れてしまう。



 その一瞬が命取りとなってしまった。



 ゴンッ!ゴンッ!と心臓の鼓動音に近い衝撃が発せられると新太の右拳はどんどん押し返される。



(や…!ぐっっぞおおお!ここで終わったら何も…何も残らない!)



「ああ、ああああああぁぁぁ!!」



 喉が枯れ始めて声がか細くなっていき、段々と新太の気持ちが剥がれ落ちていく。



 そんな時だった。新太の背中がどんどん熱くなっていくのを感じ、目を後ろへと向ける。



(こ、これは!?リオが放った魔法だ!いつの間にか両手から抜け出して俺の所まで来たんだ!)



 恐らく新太が今攻撃している物はやはり破壊されては困る代物である事は間違いない。新太に意識を向けたせいで両手の力が疎かになったのだ。



(で、でも防がれていたせいで威力が激減している!全然勢いが無い!)



 このまま自分が避けてリオの技に頼っても核は破壊出来ないであろう。だが避けないと新太自身にダメージを喰らい、大火傷じゃ済まされないだろう。



「は!?先生がくれた魔法が!」



 黄金色の魔力がチカチカと点滅しており、それは時間が切れる合図なのだと察してしまう。



(どうしよう…魔法の効力が消えるし後ろにはリオの魔法。目の前にはあともうちょっとで壊せる敵の弱点があるのに!)



『そこで何をするのかはお前次第だ。何も出来ないのなら周りの物を全て利用しろ?経験も知識も得られる物はどちらにしろ――。一つだ』



 ふとギリギリの状況の中もう一度彼女から言われた言葉が脳裏によぎった。



「っ!!ああああぁぁぁぁぁぁ!!」



 茨の棘が更に皮膚を傷つける。新太は通常の魔力から急に属性を変化させ風の魔力へと切り替えさせる。



 すると新太の右腕から大きな風が巻き起こるとそれは暴風並みの風力となり、新太の背後にあったリオの炎鳥の残滓が新太の右腕辺りへと吸い込まれる。



 新太の風が炎を纏い、右拳の先から木の巨人へと燃え広がる。



 そう。新太は魔力を込めた通常の攻撃から、属性を加えることによりリオの炎を利用し更に攻撃力を高めたのである。



「こん、どこそ…!終わりだあああああぁぁぁ!!」



 そして『強大な力』と共に核を貫いた――。



 勢いが付いたまま巨人の上半身を貫いた新太は向こう側に聳え立つ巨木に身体を打ち付ける。



「熱っつ!あちちちち!そんでもって痛い…でも勝ったぞ!」



 右腕をブンブンと振りながら木から降りていく。さっきまで猛威を奮っていた木の巨人だった者は原型を留めることが出来ずバラバラになって崩れる。



「それにしても…この木だけは無事だったな」



 見ればこの街のシンボルとして挙げられている巨大な木。燃えてもいない。目立った外傷もない。そして素朴な疑問が頭に浮かんだ。



「もしかしてコイツは、この木を護ってたのかな?今となっちゃ分かんないけど。ん?」



 新太が破壊した核を見る。その核には紋章が浮かんでいた筈だと、バラバラになった紋章をパズルみたく組み合わせていく。



 カチャ。カチャ。と木片を置いていくと絵は戻っていく。どうやら核は球体らしく直径として1m以上ある。



「なんだ?この絵」



 その絵は新太が元居た世界だと古代的な壁画を思わせている。新太の見解では、簡略化された人が正座して中央に聳え立つ縦に長い楕円形の建造物?に手を合わせている。そして上部分には丸い形があり、それに集中線で際立たせていた。



「ま、俺に古代知識なんてものはないんだけどね…は?」



 手のひらで木片をクルクルと回して遊んでいたら、その裏面に文字が浮かんでいた。しかし驚いたのはその内容。



 その文字はこの世界で綴られた文字で『アラタ』と書かれていた。だがそれだけではなく、最初と最後の部分にまだ文字が途中まで綴られている。しかし偶然の一致?いやその可能性は低い。新太は急いで他の木片を見る。



 探している間に言葉の中に『平和』やら『争い』だのとそんな文字があった。そしてそれらしき文章を当てはめていき、そして単語から文章へと変わっていく。



『私はアラタをずっと愛し続けます』



「な、んだよ…これ。訳わかんねえよ…何で俺の名前?」



 驚愕。恐怖。不気味。そんないろんな感情が湧き上がると、一気にやってきたダメージと疲労が新太を襲い、少年は気を失った――。












「ようやく。終わったんだな…」



 腕に生えた植物は枯れてようやく落ち着きを取り戻した銀髪の女性。



「お前何がしたかったんだ……?」



 小声で呟くと一粒の雫が落ちた。




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