23話 「縁」

 プロフェヴァルという街で大きな事件に巻き込まれた茶髪に近い色で短めのツンツン寄りの髪型をした輪道新太という少年はずっと救護テントの天井を見ていた。



 以前の大きな戦いでボロボロになってしまった服は、修繕不可能であったため捨てられた。そのため街の人からもらった黒いサンダルに脛が見える長さの青いズボン。そして黒い無地のシャツを着ている。



 突如出現した青い巨人。そして更にその姿を変化させ木の巨人となり、苦しみながらも倒すことができた。



 そんな事件からもう5日ほど経過していた。



「知らない天井だ…なーんてありきたりな台詞言ってみるけどもう3回目なんだよな~」



 5日といっても新太は2日間は寝ており3日目から意識は戻り、まともに身動きできず同じことを呟いていただけであった。



 あの後木の巨人を倒した途端周りに群がっていた魔物は逃げるように消えてしまったそうだ。



(あの時感じた…変な感覚。)



 寝転んでいる新太は天井に向かって手を伸ばし木の巨人と戦っていた場面を思い出していた。木で貫かれたはずなのに体には風穴は無く、ただその痛みしか残らなかった。



 そして見えない場所から相手への攻撃さえもあの戦いで発動した。簡単に言えば一種の未来予知に近い別の『何か』。



「うん。いや、やはり考えられるのはあれだよな…とうとう俺にも特殊能力が身についたってことだよなあっ!」



 思い切って飛び上がり歓喜のダンスを踊った後、再び簡易ベッドに潜り込む。



「この能力を極めれば相手からの攻撃を全て避けられる可能性だって出てくる!うっひょ~~!!なんかマジで嬉しい!うへへえぇ…」



 新太はベッドの上で体をくねらせ気持ち悪い動きを繰り返していた。



「気持ち悪い動きをするんじゃないよ」



「はっ!?カラン」



 救護テントの入り口から入ってくる一見女の子に見える外見だが性別は男。茶色のフードが付いたローブを着ていて、首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた。中性的なカランという人物。



 そんな彼は新太を軽蔑した目で見降ろして立っていたのだ。



「なっちが!これはアレだ…た、ただ欲情してるだけだ!」



「余計気持ち悪くなった…」



 フードを脱ぎ新太の隣のベッドに腰掛ける。するとカランは以前新太に聞いた話題を持ち上げた。



「なあ、アラタが前言っていた『愛してる』についてだけどさ、思い当たることは本当にないのか?」



 その『愛してる』に関しては、新太達に倒された木の巨人の木皮に書かれていた文字に『私はアラタをずっと愛し続けます。』と自信にも身に覚えのないことが書かれていた。



「…うーん。やっぱり思い当たることは一つもないなあ」



「そんな訳あるか!?特に名前なんてこの世界じゃ聞かないぞ。それこそお前が住んでいた世界じゃないと辻褄が合わない」



「そうとも限らないんじゃないのか?俺がこの世界に召喚される前の人達に偶然俺と同じ名前が居た。他にも色んな可能性はあるけどさ、俺は大層な人間じゃないから。偶然名前が一緒なだけだって!難しいことはもう考えない。さあ終わった終わった!」



 そういって新太は微笑んだ表情をカランを見せるとベッドから降りて立ち上がって出口へ近づく。



「ちょっくら散歩行ってきまーす」



 動けるようになった体を動かして新太は外へ赴く。その振り向く際にみた表情はぎこちなさを感じ心の底から笑っているようにカランには見えなかった。



「うーん。朝陽がまぶしいなあ…あ、太陽が真上にあるからもう昼じゃん」



 何一つキザな台詞が決まらず恥ずかしい思い出が積み重なっていく少年が似合うのはこの場で新太が適任だろう。



 街のいたるところは木の巨人によって破壊され建造物はほぼ瓦礫となっていた。



「どうなっていくのかな…この街は」



 奇麗だった街の風景を元通りにするまで半年以上は掛かってしまうのだろう。全てを守り通すことは出来なくても人々は、友人は守れたのだと、思っていなければ精神こころは立ち直れなかった。



(大丈夫だ。できることは全部やったんだ…)



 溜息を吐いてプロフェヴァルのシンボルとして立っている巨大な木を目指して歩き出すと新太の名を呼びかける声が聞こえてくる。



「おーい!そこの旅人のあなたー!」



 声が聞こえてくるほうへ振り向くと、中年の太った男性がこちらに向かって走ってきていた。特に急ぎの要件があるわけではなかったので、新太は足を止めて話を聞く。



「えーと俺になんか用ですか?」



 突然男は頭を下げ、完全にお辞儀の姿勢を新太に取っていた。



「いや、あの大きな化物を倒したのは貴方だと聞きましたのでぜひお礼を言おうと」



 お礼と言われても新太はピンとこなかった。自分がやったことは最後のとどめぐらいでその他は大きな役目を果たしたとも言えなかったのだ。



「いや、俺はとどめを刺しただけで大きなことは何一つもやってない。お礼を言うならほかの俺の友達や先生に言っておいてよ」



「いえ。貴方にはその感謝を言われる程の価値がある。なぜなら貴方が起こした行動で多くの人が救われたのです」



 言い終わると男は姿勢を戻し、もう一度視線を新太に向き直す。



「それに貴方のご友人にお礼を言っても、全員は『アラタに言って』と言っておられました。誇っていいのですよ。人を助け出す行動にも勇気がいるのですからね」



「……あ。そ、うなのかな」



 包帯でグルグル巻きにされた右腕に視線を落とし彼は思う。



(助けることは出来ても、助け出された人はやっぱりどう思ってるのかな)



 頭の中で一瞬よぎった嫌な記憶。本当の意味で助け出せなかった友人の姿が脳裏に浮かんだ。



「あ、そうでした。もう一つ要件が」



「ん?」



 男は懐から小さな布袋を出すと中身をガサゴソと漁り始め、一つの手のひらサイズの透明な結晶を新太に見せる。



「その結晶は?」



「これは『記録結晶』と言いましてですね。魔力を与えると結晶に写った背景を残せるといった代物ですよ」



「要はカメラみたいなものか。それって1個だけで使いまわせれるのか?」



「使いまわすことは出来ますが、この結晶は今も生きていて結晶自体に記憶させる様なものなのですよ。だから使いまわすには結晶自体が忘れてくれるのを待つしかないんです」



(え……コスパ悪!)



「しかし結晶が忘れてくれないということは、自分の存在はしっかりこの世界に在るという証明でもあります」



(の、割には意外と大事な事だったらしい)



 2回目の撮影をするためには、忘れてもらわなければ撮影することが出来ない。それに加え失敗してしまったら撮り直しなんて事も気軽に出来ないのだろう。



「で、その結晶を俺に見せて何の得が?」



「そんなしかめっ面で言わないでくださいよ。これ、以外にも高値で取引されてるんですからね。大きい物になればなるほど、こんな手のひらサイズの10倍近く値が跳ね上がるのですよ」



 そしてそっと男は新太の手を引き寄せ、記録結晶を渡す。



「…何故に渡すの?」



「だって貴方達はこれからも旅をしていくのでしょう?思い出は残していかないとですからね。もしこの代物が欲しかったらこの私、『カンテ』を頼ってください。他にも安く品物をお渡ししますよ」



「狙いは顧客の獲得かよ。それだったらまた後でこの街の大きな木の所に来てくれないか?皆集まって撮ってもらいんでね」



「そうですか。私も商人の端くれ、お客様のためです。わかりましたではまた後で」



 カンテと名乗る男は手を小さく振って新太と別れる。そして手に持った記録結晶に写った自分の顔を眺める。



(別に代わり映えのない顔。でも心なしか…)



「生き生きしてるって感じちゃうな」













「相変わらずおっきいなあ…」



 新太が見上げると自分の何百倍もある大きな木が目の前にそびえたっている。そして足元には青い石板の破片が散らばっていた。



「ここから現れたんだよなあ」



 あの大きな生命体が何をしようとしていたのかなんて、考えてみたが見当もつかない。でもこれでいいのだと、考えたって答えなんて出せないからとその疑問を切り捨てる。



「もう体は大丈夫なのか?アラタ」



 新太の横には大人びた女性が立っている。その女性は、腰まで伸びた銀の髪に一本アホ毛を生やしている。黒い上着を羽織り、中に白いシャツをヘソが見える程で露出し、着崩しているそんな女性レオイダ・クメラ。この世界で新太達に生き方を教える師に当たる存在である。



「なんかこのセリフこの前聞いた気がしますね」



「そうだな。お前はよく大怪我をするからこのセリフはずっと言っていきそうだ」



 冗談を言い合って2人はクスリと笑いあう。そんな中ポンっと新太の頭に手を置かれる。



「え?急になんすか…」



「いやな?お前がどこか曇った表情をしていたような気がしてな」



 いきなり本心を突かれ心臓が掴まれるような感覚に陥る。この人物には隠し事は通用しないと確信した。そして新太は渋々自分の気持ちを伝えた。



 自分がお礼を言われる程の人間なのか。そしてこれから先自分は助けることが出来ても、『嬉しい』という感情が湧いてくるのか。と。



 そんな感情が欠落してしまってる自分が恐いことも。



「んーそれは難しいことだな…だがこれだけ言えることは一つある。自身が元々持っていた物ならば取り戻すことは出来るはずだ。だから今は受け止めるんだ…人から受けた『感謝』と言うものをな」



 他人から恩を受ける時人はどんな感情を持つのだろうか。と新太は思い始めた。以前の自分は確か『嬉しい』という感情だったはず。



(いつからだったかな…こんな自分になってしまったのは)



 曇った表情のまま優しく彼女の手を払いのける。



「…さて。私たちはそろそろこの街を出ようと思う。心苦しいがこの街の問題はここの住人達で解決していくべきだと思うんだ。これからの英雄の扱いやホーネスの事も」



 ホーネス。その名前の人物は『蒼の英雄』というこの世界で偉大な成果を挙げた人物の子孫。この街で、プロフェヴァルで祀り上げられ、狂わされたまだ幼い子供。



 新太達は関係がないとは言い切れないが、部外者であることは間違いない。



「そっか…これ以上関わったら、ホーネスのためにもならないのかもな。わかりました、出発しましょう」



 静かに出ていこうと決めた。これ以上この街に居ては何か嫌な予感がしてよくない事が起きそうで。



「ま、待ってよ!もう出ていくの!?」



 息を切らしながら新太達に近づいてくるのは青いサラサラした髪に黄色いマフラーを巻き付け手には新太が以前着ていた、ボロボロな灰色の上着を持っていた幼い子供ホーネスであった。



「あーやっぱりここにいたんだね…」



 そしてホーネスの後ろに、藍色髪で膝が見えるぐらいの短いデニムパンツを身につけ、紺色の上着を羽織って黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオ。



「ホ、ホーネスどうしたんだよ?」



「ありがとうってまだ言ってなかったし、それにまだ何にもお礼してないのに出ていくって言ってたし…」



 そう言ってボロボロのパーカーを力強く握りしめる。



「大変な思いをさせてしまったのは僕の責任なのに、どうやって許してもらえるかまだ答えが出せてないのに…!」



「…先生。テントからカランを呼んできてもらっていいですか?」



「ああ。わかった」



 何かを察して新太が寝ていたテントに向かう銀髪の女性。その場にいなくなったのを確認すると、新太は口を動かす。



「別にお礼なんかいらない。ただ俺は許せなかっただけだからな」



「でも――。」



「じゃあ!これは俺が勝手にやった行動だ。この行動が偶然偶々お前を助けた。それでいいじゃねえか」



 ホーネスの言葉を遮り会話を自分のペースに持っていこうと画策する新太。自分はこれでいい。これでいいのだと、拒否し続ける。



 だが、そんな重い会話の中に一つの横やりが入る。



「――ねえアラタ。それはこの子のためにもならないんじゃない?」



「――え?」



「貴方が相手からの感謝を拒否し続けるのは勝手だよ。けど私から見るとさ、アラタが起こした行動はただの『自己満足』になる…いやなっていくんじゃないかな?」



 なんで?何故?理解ができない。別に誇示している訳でもない。助けたから全財産を奪おうしている訳でもない。



 だが、自分にしか分からない観点が感想が今目の前に立っている少女にはその考えがあるのだと、少し受け入れ難いが嚙み殺して少し考えを改める。



「なあ、ホーネス。俺になにか返したいのか?」



「う、うん!」



「それじゃあ、俺がもし困ってたらさどっかで助けてくれないかな。その時に全部返してくれればいい。それで全部チャラにしようぜ」



 新太の出した条件を聞いた途端ホーネスは自分が巻いている黄色のマフラーを外すと新太の目の前に出す。



「――へ?」



「渡す!この約束を忘れないために!そしてこのパーカーは俺がも、もらう!」



 バアッ!!っと所々が破けた灰色の上着を勢いを付けて羽織る。



(い、いきなり口調が変わった!成長ってすごいわね~)



「でも、これは大切な物なんじゃないのか?」



「大切な物だからこそだよ。自分も強くなってもう一度胸を張って会うために、大切な物を託すんだ!」



 ホーネスの目つきが明らかに変わっていた。最初にオドオドや暗い表情をしていたイメージとは真逆で、決意が漲っている。そんな顔つきになっていた。



 そんな目の前の真っすぐな子供に立っている新太は、もう何も言うことはなく両手で差し出されるマフラーを受け取った。



(すごいなあアラタは。たった数日で人を変えられるんだ…それがアラタの強みなんだろうな)



「よし、ホーネスこの後時間あるか?」



「あるけどどうしたの?」



「この後記録結晶で撮影してくれるんだよ。それにお前も混ざって一緒に撮ろうぜ」



「え、それ私聞いてないんだけど?」



「うん。だって初めて言ったし」



「え~!そういうのは早く言ってよ!映りとか悪かったら勿体ないじゃん」



(あ、そっかこの世界じゃ撮影することって貴重なことなんだ)



 顎に指を添えて何かフォローが出来る言葉を考えるが…。



「と、とりあえず恥ずかしくない格好ならいいんじゃない?」



「アラタは恰好よく映りたいと思わないの?」



「ん~時と場合によるかな?」



「なにその贅沢そうな言葉の響き…」



「なんか随分とにぎやかそうな会話だな」



 聞き覚えのある声が聞こえてくると、リオの背後からカランを抱えて立っている長い銀の髪の女性がそこにいた。



「ええ!?速すぎでしょいくらなんでも」



「こいつがダダをコネたんだよ。おもちゃを買ってくれない子供みたいに」



「捏造すんな!めんどくさいから勝手にやっとけって言っただけだろうが!」



「なんか、アラタさんの仲間って面白い人達だらけなんですね」



「ああ。面白いし、本当に何度も助けられてる。命の恩人だよ」



 ホーネスが笑って話しかけると新太も笑って自慢する。本当にこの人物達が傍にいなかったら、自分は生きていなかったはずだと改めて自覚する。



「おーい。皆さーん!お待たせしました!」



「ん?アラタ知り合いか?」



「なんかこの街で知り合った商人ですよ。カンテさんて言ってたっけな?」



「カンテ…?」



 名前を聞いた途端カランはフードを更に深く被った。そしてこちらに近づいてくるカンテは何か細い小道具を持って走って向かってきている。



「それでは、撮りましょうかアラタさん!」



 記録結晶を取り出すと手に持っていた小道具を三脚の様に地面に立てて、その上には四角い機会が取り付けられている。



「そういえばアラタ。撮影した結晶はどうするんだ?」



「ホーネスに上げる予定です。俺が持ってるより、ホーネスが持ってたほうが色々と得でしょ。それに…」



「ん?」



「俺たちはいつでも撮れるじゃないですか」



「…ああ。そうだな。でも…なあカンテと言ったか。一つ同じサイズの結晶を売ってくれないか?」



「代金を出してくれるなら問題はありませんよ」



「先生…」



「別に一つぐらい問題ないさ。この思い出はいつまでも忘れてはいけない物だし、思い出をつくるのは金だけではない」



 彼女ははにかんで笑い、懐から一つの銀の硬貨をカンテに投げ渡すとカンテはもう一つ記録結晶を小道具セットする。



「さて、2人だけで思い出とやらを作ってこい」



「えっ!?」



 ドン!っと背中を押されホーネスの前に立つ。いきなりの事で2人はあわあわしていたが、新太が少し考える。



「先生。2人だけの撮影にするんですか?」



「その方が良いと思ってな。私達以外が写ったってあの子は萎縮するだろ?」



 何かを思いつくと新太はホーネスから受け取った黄色のマフラーを首に巻き付けて、ホーネスをいきなり肩車し始めた。



「おし!これならいい画が撮れるだろ。いいよ~カンテさん」



 まるでカメラのフラッシュみたいに結晶から一瞬淡い光が発光する。撮り終えるとカンテは2人に手渡す。



 その結晶は肩車で写っている2人の顔をアップに撮られており、少し慌てふためくホーネスとバランスが崩れそうになって焦っている新太が写っている代物だった。



「師匠。カラン。ちょっといい?」



「なーんか変な感じになっちゃったな」



「ううん。これがあれば僕の心の支えになるよ!それじゃあ、僕…俺はこれで」



「あ、ホーネス」



 走り去っていこうとする子供を呼び止める少年は、何か言おうとするがー-。



「またな!」



 絞りだした言葉は短く小さく手を振って別れの言葉を言っただけであった。それを聞いたホーネスは少し間をおいて再び走り出す。



(まあ、これなら大人の雰囲気を保ちつつ別れることが出来る。またどっかで会うのかな…)



「ありがとうございます。ではもう一度撮りますよ~」



「え?」



 向き直すとリオがカンテに硬貨を渡して、3人横に並んでいた。



「何やってんの?俺が哀愁漂う感じで別れたのに、ジャケット撮影の立ち位置に並んでんの?」



「いや私達ってさ、そういえばその思い出を記録してないよね~って思ったからさ、先生にお願いしてもう一度お金出してもらっちゃった」



(何この子…考え方が周りを巻き込む陽キャの思考をしているんだけど)



「ほらアラタ。さっさと並びな」



 手招きしてくる長い銀髪の女性の言うことを素直に聞き、挟まれる形で並ばされる。



「そうだアラタ。ポーズ考えてよ。大きな功績を立てたのはそっちだからね。なんかないの?決めポーズみたいなの」



「ええ!?いきなり言われても…カラン様なにかございませんか?」



「知らない。変な奴じゃなければ、僕はそれでいい」



(その言い方だと撮影する気満々ということになりませんかねえ!?)



 前に過ごしていた世界だと、新太は外に出ては撮影する人間ではなかった。その弊害がまさかここに来るとは思ってもいなかった。



(なんかないかなんかないか!?頑張れ俺の頭の引き出し!うー―んと……)



「あ!じゃあさ。自分の片腕をどっちか前に出して顔に近づけてガッツポーズみたいにして…いいぞカンテさん」



 そして再び結晶から一瞬淡い光が発光する。



「…それだけ?なんか寂しくない?」



「バカいえ。このポーズは俺の世界じゃ有名なんだぞ」



「これで私の役目は終わりです。それではまたどこでお会いしましょう」



 新太とホーネスに先ほど記録させた結晶を手渡した後、彼は歩いて向こうへと行ってしまう。



「へへっ。ここに『異世界に来た』とか文字を入れたら面白そうだな」



「本当にこのポーズが有名なの?」



「ああ有名だよ。これだけで全員仲良しというレッテルが貼られるといっても過言ではない。つかカランの目つき怖いぞ…」



「よっぽどこのポーズ嫌だったんじゃない?」



「えー別に恥ずかしい恰好じゃないと思うんだけどな。てかこれ被災地で写真を撮る馬鹿な人みたいだな…」



 2人が撮った結晶に関してワイワイと騒いでいる一方でカランは少し離れた場所で座っていた。



「お前は見てこないでいいのかカラン」



「別にいいよ。思い出はあっても自分にとっては、それに……邪魔になるだけだから」



 そんなカランを心配する女性は、暗くなっていく表情をみて何も言えなかった。



(いろいろあったけど、この思い出はずっと残していきたい。これからも先生やリオとカランに色んなこと教わりながら、歩いていこう」



 手のひらにある結晶を空に掲げると太陽の光を反射してより一層輝きを増し、爛々と不思議に光っていた――。













 ホーネスと別れプロフェヴァルから離れた新太達は準備を整えた後、森の中を歩き回っていた。



 渡されたマフラーは流石にまだ着けるには早く、これからは暑い季節がやってくるとのこと。背負っている革袋の中に丁寧に入れ、失くさないように心がける。



「そういえば先生。次はどこに行くんすか?」



「次はいよいよイニグランベの王国に入る。王国は国の中心に広く建てられていて、私達が今居るのは北の方。南に向かって一直線だ」



「じゃあしばらく野宿生活ということでいいんですかね」



「ああ。移動しながら修行していくつもりだぞ」



「なあリオ。王国までどれぐらい距離があるんだ?」



「そうねえ。ここからだとまだ20キロはあるかなあ」



「20…!いくつか村とか町はありますよねえ!?」



 あまりにも離れすぎている距離で思わず立ち止まる新太。流石に寝泊りする環境が安定しないのは不安にあおられる。



「進む道は普段使われない所を行く予定だから、その希望は捨てておけよ?」



(そっかあ…でもこれはチャンスなんじゃないか?王国に着くまでにあの不思議な能力ちからを身につけられるかもしれない!)



「なあカラン。後で俺と戦ってくれないか?試したいことがあるんだ」



「は?嫌だけど」



「えー頼むよお。カラえもーん」



「変な悪い呼び方するな!それに怪我が完全に回復したわけじゃないし、銀月を使った疲労で体が重たいんだよ」



『銀月』というのはカランが隠し持っていた銀色に輝く片手剣であり、今持っているカランの切り札。この世界には能力を持った武器や防具があり、銀月もカランが着ているローブも能力が備わっている。



「そんなこと言っちゃって~俺に負けるのが嫌なんじゃな~い」



「上等だよ。強さの上下関係をはっきりさせておこうか」



 ピリピリとした空気を感じ取った新太は思わず後ろに身を引く。冗談で少しふざけてみたが、カランの琴線に触れてしまったらしい。



(でもあの能力ちからは死ぬ間際で発動したもの…これぐらいじゃないとあの感覚は味わえない)



 新太は意を決する――。



「よっしゃこいやカラン!俺いろいろと試したいことがあるから、出来れば6割ぐらいの力でかかってこい!」



「あれ…止めなくていいんですか」



「競争心が芽生えていいことじゃないか?」











「あ、う…ぐぇぇ」



 勝負を挑んだ新太の顔は大きく腫れ、ボロボロな状態になっていた。



 カランとの勝負は最初あの能力ちからを感じ取るために試行錯誤をしたが、なにも得られる物は無く、途中から真剣に戦ったが呆気なく負けた。



 しかし簡単に終わらせるにはダメだと思った新太は、リオに戦いを挑んだ。遠距離攻撃に対応することが出来ず、敗北した。



 そしてダメもとで自分の師に勝負を挑んだが、2秒で負けた。



(あ、今日あれだ…何も食べてないから。決して負けてないんだから!)



「だ、大丈夫?アラタ」



「これが大丈夫に見えるかい?リオ…」



「しかし急にどうしたんだ?戦いの最中…しかも時々目を瞑るという行動を取って」



「いや~あの時の巨人戦で確かに感じたんですよね。身体に突き刺さる様な感覚…未来予知みたいな。攻撃がくるかもしれないような予感という『何か』を」



「ただのまぐれでしょ。お前みたいな奴に特殊能力が身に着く訳ない」



「あ゛ぁ?お前舐めんなよ。もしこの能力が覚醒したらヤベー技になるんだからな!」



「どう思います?師匠」



 銀髪の女性は目を瞑って唸るように考え込む。腕を組みなおして結論を見出す。



「もしかしたら無意識の内に発動条件を設定してしまったか?」



「ん?設定?」



「ああ。どんな魔法にでも発動条件を課すことが出来るんだよ。それが自分にとって厳しいルールになればなるほど、技の威力や精度は上がる。もしかするとアラタは無意識の内に条件を設定し、その『何か』を発現させた…という可能性も有りうる」



(無意識…なのか?あの時の感覚は?)



「少し例を出そうか。リオが放っている技『豪炎の一矢バーン・マルス』をアラタが放とうとする。その時に発動条件を設定しているものとする…そうだな。敵に向かって放つ距離は3m以内でしか扱えない条件にしようか」



「遠距離技なのに3m以内。正直自殺行為だわ…」



 リオが俯いて考え込む。自分が放っている技は使い手によっては溜める時間は左右されるのだが、それでも相手に攻める時間を作らせていることには変わらない。



「その条件で放てればアラタの魔力でもリオが放つ『豪炎の一矢』にも引けを取らない代物になるだろう」



「クメラ。その条件を設定するためには必要なことはあるの?」



「お、珍しいなカラン。強くなれるということを聞いて質問してきたな?」



「うるさいよ。いいから早く本題に入って」



「はいはい。必要なことは、まず光と闇の属性の会得が必須条件となる。闇属性で行動自体に制限をし、光属性でその行動を起こせば自分の望む恩恵が得られるという仕組みだ」



「直ぐには会得することは出来なさそうだな~」



 技を強化するための必須条件を伝えられても直ぐに行動には移せないことを知った新太は空を見上げる。そして向き直してリオとカランを見てみると2人は真剣な表情で考え込んでいた。



(あ、そっか2人は俺と違って魔法の技を持っているんだ…これから先も魔法は切っても切れない物になる。なんとかして会得していかないと!)



「……よしさっき勝負に負けたアラタは皆ために飯の確保をしてこい」



「ええ!そんなの聞いてないぞ理不尽だ!」



「もうそろそろ夕刻だからな。運試しで負けるより勝敗が分かりやすいもので決めたほうがいいだろう?」



「畜生!覚えてろよぉ!」



 何か言い訳することなく真っすぐ走り去っていく新太。その後ろに振り向く際に少し涙が見えた。



「私去り際にあんなセリフいう人初めて見た…」



「さて。アラタは前に戦った時新しい『何か』をどうしていくのかな?」



「そういうのはクメラが何とかしてあげるもんじゃないの?一応師でしょ」



「そうは言われてもな。私が得た経験とアラタが得た経験じゃあ違いがありすぎる。こういう事に関しては自分自身で解決するしかない。これはお前たちにも言えることだぞ」



 3人が見つめる先にはもう新太の姿はそこにはなく、リオは少し心配していた。



 その一方新太は、ただただ山道を真っすぐ走り抜けていた。



「くそう!なんで出来なくなったんだろ…いや完全に使えたことないけど」



 顎に手を置いて木の側で座り込む。巨人と戦った時はちゃんと感じ取れたはずなのに、あれ以来何も進展がない。



「こういうの前にもあったなあ…属性魔力を取得するときだったっけ」



 属性を扱おうとするときは自らの意思で感覚をつかめるのに対し今回に関しては全くの未知。



「まあ。これから先頑張って身に付けるしかないか…あん?」



 突然ズンッ!ズンッ!と大きな地響きが辺りに走る。その頻度は多いため野生の獣である可能性は高い。



 すぐに新太は茂みから離れ、見渡しやすい一直線の道に出て距離を取る。



(ここなら何が来ても対処はしやすい。魔物であったとしても油断は出来ない!)



 やがて足音が大きくなり茂みから黒い影が出てくる。その生物は牙が大きく生えた猪に近い生物だった。しかしその大きさに新太は驚き、簡単に推測すると大きさにして5mはある。



「これは、ちょっとやばい?」



 新太の姿が視界に捉えると足を何度も地面に擦り付け、いかにも突進する態勢に入っていた。息を吸い込み新太は腰を落として魔力を体に纏う。



 突然猪は前足を高く上げ、思い切り地面に叩きつけると前足の先から新太に向かって一直線に地面が勢いよく盛り上がる。



「なっ!?魔法っ…突進じゃあねえのかよ!」



 ドゴゴゴゴゴッッ!尖った岩山が形成されていき目前まで迫ってくる。体を前に出し前転で攻撃を避ける。すかさず脇道から走って巨大な猪の真横に位置取り、魔力を右手に込める。



(とりあえず飯の確保は、完了!!)



 ズゴン!と猪の横腹に一発の拳が入る。だが――。



「あれ…効いてない?」



 威力としては申し分なかった筈。ほんの少し足を地面から浮かせる程の威力なのに――。



 目の前にいる獣はただ身震いを繰り返し、そこに立っている。



(なんで、なんで効いてないんだ。あの巨人と戦った時はもっと…あ!)



 ここで少年は一つの現実を知る。



(そっか。俺、あの人先生に支えられてたんだ)



 あの戦いの途中で、横から入ってきた鰐の魔物を新太は一度殴り飛ばした。大きさは今目の前の猪と変わらない。



 つまりその現実は――。



「圧倒的、力量不足ッ!」



 勢いつけ猪は大きな鼻先で新太に一つの衝撃を与える。新太は大きく吹っ飛ばされ後方へ。木々を分けて進まされ下り坂の急斜面に体が着地する。



「があ゛っ!」



 まともな受け身がとれず衝撃が体全身に走りそのままズルズルと下に落ちていく。その時見降ろしている獣の姿を見て恐怖を覚えた。



「おおおおおおおおっっ!?」



 自分の意思で進んでいくのではなく、慣性によって動かされる人間は自力で止めることは難しい。新太は叫びながらどんどん下に落ちていく。



「嫌ああああああああああっ!あん?」



 坂の下に一人座り込んでいる人間が新太の視界の先に見えた。このままではぶつかってしまうと判断した新太は急いで大声を上げる。



「ちょちょちょ!どいてくれええええ!!」



「うん?」



 いきなり後ろから呼びかけられてもすぐにその場から動ける人間はいないであろう。



 だが目の前に立っている人物は何かを拾い上げるとスウっと、歩いて新太の突進をきれいに避け、一方の新太は前方にある岩にぶつかる。



「う、あ…」



「だ、大丈夫かい?君」



「すいません。これは新手のドッキリではなく、ただの事故です…」



 仰向けで鼻から血を流し、目の焦点が定まらない新太。目の前に屈んで様子を見てくる男性は、目は細くシュッとした顔立ち。髪は白髪だが少し緑がかっており、後ろに結んで短めのポニーテールを作り、医者の白衣の様なコートを着ている。



 見知らぬ男は新太に片手を伸ばし起き上がらせる。男の身長はかなり高く180㎝以上はある体格の持ち主であり、まだフラフラとしている新太に肩を貸し落ち着くまで支えている。



「驚いたよお。いきなり滑り落ちて来るんだからね~何かのアトラクション?」



「いやホント迷惑かけてすいません。生きててすいません…」



「あれ?大丈夫かい」



 すると立っている新太の脚にコツンと小さな衝撃が与えられると、意識がハッキリと分かるようになるとよろめきながら男から離れる。



「ああ。もう大丈夫…自分で立てます」



 頭を手で抑えて瞼をゆっくりパチパチと動かし、もう一度男性の方へと視線を向ける。



(当たり屋みたいなことしちゃったからこの後変な要求とかしてこないよな?)



「ここで会うのも何かの縁だあ。僕は――。レイル。レイル・ギリーグだ。よろしくねえ」



「お、俺は輪道新太です…」



 ことごとく会話の最後を上げてふわっとした会話をしてくる相手に少し戸惑う。そしてレイルと名乗った男性は左手を差し出し握手を求めてくる。悪人かどうかは定かではないが、そうは見えない新太は恐る恐る左手を前に出し手を取る。



(なんだろう。はっきりとは言えないけどこの人は何かやばい気がする。そんな空気を感じてしまった…それになんかアレだし、目が細いイケメンだし!なんか闇を抱えてそうだし!)



 感じた気持ちは『嫌悪感』や『殺気』なんていう名前は持たない少し他とは違う別の感情。だがそんなことを考える時間は与えられなかった。先ほどから新太の脚にコツンコツンと何かがぶつかってくる。



 流石に無視することができなかったため下に視線を落とすと、小さな毛玉がうごめいている。



「ウリ坊?」



 新太の知る世界で猪の子供がそれに該当される。しかしその小さな生物は毛むくじゃらで一見別の生物にも見えたが「フゴフゴ」と鳴いていたため咄嗟に判断してしまった。



「何この小さなウリ坊は?」



「ウリ坊が何なのかはわからないけど、これはアースボアという魔物の子供だよお。野生で見るのは初めてだから拾ってゆっくりと観察してたんだあ」



 まだ小さな魔物は警戒心を持っていないためか、レイルの匂いを嗅いでいる。だが今はこんなことをしている場合ではなかった。



「なあレイルさん。俺他の人が上で待ってるからさ、どっかに道とか知りませんかね?」



「ここの山道は整備されてるわけじゃないから簡単には帰れないねえ。それに丁寧な言葉じゃなくて構わないさ…好きじゃないからね」



 笑う成年は小さな魔物を抱きかかえると、どこかに向かって歩き出す。



「どこに行くつもりですか?」



「君の目的の為にと、僕の目的の為に行動するのさ」



 コートを翻して新太の先を進んでいくレイルは抱きかかえた魔物を顔に近づけて笑顔を見せる。













「そういえばアラタ君はさ、旅をしている人なのかい?」



「ん?ああそうだよ。て言っても連れていってもらってるぐらいだけど」



 いつの間にか自分たちについての会話をしており、新太の警戒心は完全に無くなっていた。しかし心の中では胸騒ぎの様な感覚が先程から全身を覆っている。



「うん。それでも旅は良い物だよお。必ずと言っていい程の経験を味わえる。まあそれが良い事、悪い事はそれぞれだけれど」



「レイルさ・・・レイルはこういった旅をよくしてるのか?」



「まあ始めたのはつい最近だねえ。大切にしていた『物』が突然消えちゃって、それを探しているのさあ」



「なる、ほど」



 手伝おうかと発言しようとしたが、軽々しく言っては逆に自分達に足枷を付けてしまう様な感じがして思いとどまってしまった。



「あと気になった事が一つ。君の名前なんだけどお…君はアレかい?別の世界から呼ばれた勇者って奴なのかい?」



 流石にこの質問を投げかけられた瞬間、心臓が跳ね上がる。あまりいい経験をしてこなかった事もあり、思わず足が止まる。



「まあそうだな。でも俺は武器を扱えないから即戦力にはなれない。力が無い。だから俺には世界を救えない。でも俺はこれでいい」



「…それはなぜだい?」



「だってそんな事している道中に、自分の大切にしていた『何か』がいつの間にか消えていそうだしな。だから一人だと情けないままの俺でいいや」



「いいね。君は少し違う雰囲気がある」



 レイルは指を顎に置き、ジロジロと舐めまわす様に新太を見ていた。



(この人が思う『違う』の意味が、なんか違う気がする…)



 すると突然レイルは後ろに振り向き、視線の先をずっと見据え始めた。その光景に気になった新太も体を反らして先を見ようとしたが、レイルに止められる。



「アラタ君走るよ!」



「えぇ!?」



 子供の魔物を拾い上げ駆け出していく姿を見て、訳も分からずいきなり走らされる新太はすぐにその意味が分かるようになる。2人の周りを囲む草むらが揺れ動いている。それも一つではなく、複数の場所が速い移動で転々と移動していた。



(なんだ!?魔物か!)



「恐らくアースボアの群れだ。今は春の候で子育ての時期の中だから、僕達はその縄張りに入り込んでいるみたいだ」



「知らず知らずのうちにとんでもない所に入っていたのかよ俺達!……ん?」



 魔物の縄張り。子育ての時期。親の立場からしたら守らなければならない。そして目の前の男性の腕にアースボアという名の魔物。これによって導き出される答えは――。



「なあレイルさんや…今この現状を引き起こしてるのってさ、その子が原因なんじゃ?」



「うん。それしか考えられないねえ。相手側からすれば僕らは子供をさらった犯人だ」



 彼は満面の笑みの表情を見せた。



「ふざけんじゃねえよ!これじゃあ俺まで巻き添えじゃんか!俺が上で襲われた理由がようやく分かったわ!」



「アッハハ!これで話が繋がったよお」



「笑ってんじゃねえ今すぐ土下座して返納してこい!」



「それは多分無駄だよお。返しても彼らは僕達を攻撃してくるのは必然だからねえ。ところで新太君は戦える人物かい?」



「えっ?一応魔力は使えるけどさあ!」



「僕はこれでも戦うことは苦手なんだ。だからその時は頼むね!」



(はっ!?こいつ他力本願だとぉぉぉぉ!)



 そして無我夢中で走り出している2人は森の中から体を出すと、数々の岩山が連なっている場所に出る。



「よし!多少見やすい場所に出た。ここなら…」



 だが新太はすぐに絶句することになる。岩山の山頂に数十体のアースボアが2人を見下ろし、一番高い岩山の上にどっしりと新太を襲った猪がそこにいた。



「奴だ…この集団の親玉が一番上にいる奴なんだ。この事態を切り抜けるにはアイツを倒さなくちゃいけない!」



「なるほど、群れのリーダーが殺されればその群れは崩壊する」



 2人が改めて敵を認識した途端巨大なアースボアが飛び降りて数十m先に山みたく聳え立つ様に前方に降り立つ。



(でもどうする!?俺の力ではあのデカブツに対したダメージは与えられない…それに俺がやろうとしている事は相手にダメージを与える物じゃない。自分の身を守るための行動!)



 新太がやりたい行動とは、プロフェヴァルで戦った木の巨人の時無意識で発言した能力。だがそれは新太の切り札になる物ではないことは確か。



 だが戦うしかない。この状況下で見つけるしかないと、再び新しい別の『何か』を感じ取るしかないと理解する。



「よっしゃこい!」



 身構えた途端に小型のアースボア達が魔力を出すと頭上に1~2m程の岩が形成される。それも四方八方に。



 そして考えたくもない。して欲しくもない行動をされ始め、新太はギョッとする。周りのアースボア達はほぼ同時に岩石を飛ばしてくる



(なっ!それだけじゃない…岩を飛ばしてこない奴はこっちに向かって突進してきている。リーダーの方は動いている様子はないのなら!)



 両拳に魔力を纏ってレイルの前に立ち、向かってくる岩石に直接攻撃を当てて破壊する。5個6個破壊すると手の甲の皮膚が割れるように裂ける。



「があっ…」



「アラタ君!」



「大丈夫だ!お前は前に出てくるなよ!」



 皮膚がパックリ割れ、血がダラダラ流れ出る。岩の強度は術者の能力次第によって変わるというのを新太はたった今理解した。自分とさほど変わらない自然に生成された岩なら難なく破壊出来る。だが創られた物の感触はバラバラで脆い物もあれば、強い物もあった。



(なるほどな。そりゃあこの世界のお偉いさん方は勇者に助けを求める訳だ。魔物が強くなるということは統率力はもちろん。個の力だって強くなる。そういえば俺、集団の魔物に襲われたときまともに戦ったことないや)



「アラタ君まずいよ。あの大きなアースボアがとうとう動き始めた!」



 後ろ2本脚で身体全体を支え、高く上げた前の2本脚を地面に叩きつけると立っている地面が割れ、振動し始める。



「まさ、か。地震を引き起こしたのか!足が地面から離れ…んぐぅ!」



 ドゴオッッ!と銃弾に撃ちぬかれる様に突進をしてきていた小型のアースボアが新太に突き刺さる。ミシミシと骨が軋む音が嫌でも感じ取れた。



「ぉぉおらあああ!!」



 気合だけで左脚を動かし、膝蹴りを突進してきた小型のアースボアに当てる。ブヒィと鳴き声を上げて倒れる。



(そうか。奴らの狙いはアラタ君の攻撃手段を減らさせ、地響き起こし油断させたところ突貫の役割を担った小型のアースボアが有効打を与える。なんていう統率力だ!)



 レイルは苦笑いをしながら物事を冷静に分析をしていると、レイルは静かな声を聞いた。



「よかったよ…吹っ飛ばされる方向が、親玉のお前のいる方向で!」



 右腕を抑えながら立て直し一直線に巨大なアースボアに向かって走り出す。



「無茶だ!逃げろ」



(無茶かもしれない。全然アイデアなんか湧いてこない。右腕は青く腫れあがって動かすのも辛い!けど、攻撃を当てるチャンスは今しかない!)



 甲から流れ出る血がどんどん増えていくが、そんなことお構いなしに右拳に魔力を込め始める。



 だが走り出している新太の足元から尖った岩が行く先々に形成される。バランスを崩さないよう体を乗り上げ、不安定な道を進んでいく。



(くそっ!思うように先へ進めない!それに…変な音が?)



 ヒョオオオオオッッ!!っと上空から岩が降り注いできていた。それも1つだけではない。数として数十個はあり、小さなアースボアがリーダーを守るための行動なのだと理解した。



 奥歯を噛みしめながら頭上から降ってくる岩を避けたり、自身が巻き起こす風で軌道をずらしたりを繰り返し攻撃を掻い潜り、大きなアースボアに近づく。



(俺の魔力が風属性に適しているのが分かった時、先生は確か言っていた。風は最も傷をつけすい属性なのだと…それは単に相手を吹き飛ばすだけなのか?それは使い方によるだろうけど、俺にはその使い方が全く出来ていない)



 大きなアースボアは新太を踏みつけようとしたり、巨大な牙を器用に使い攻撃を仕掛けてくる。巨体な体の割にはかなり俊敏で避けるのに苦労を強いられる。



 大きな牙が横方向に大振りで新太に迫ってくる。これしかない!と判断した新太はその牙に乗り移る。



(凄い行動力だなあアラタ君。それにしても君は『風』を操れるんだねえ…)



 新太が起こす行動の数々を見てレイルは思わずニヤついてしまう。レイルが笑みをこぼした途端近づいていた他のアースボアは思わず後ずさる。それはなぜそのような行動をとってしまったのかは分からない。



 大きなアースボアが振り終えるとタイミングを見計らって手を放すと、空高く舞い上がりアースボアの額付近に降り立ち、右手に魔力纏わせるとその額に拳を振り下ろす。



「おおおおおおおおおおおおっっ!!」



 コオオオオオッッ!と音を発しながら拳は皮膚を傷つけていく。



 しかしその間新太は自分が攻撃している時、疑問を抱いた。



(あれ…?俺風属性の魔力なんて出そうって思ってないのに…それに魔力かぜが一点に集中しない!?前はこんなことなかったのに!)



 複雑に操作している訳でもないのに真っ直ぐ、一直線に進んでくれない。言葉で表現するならば『逃げている』や『操られている』に近い感覚に襲われている。



 アースボアの額から血飛沫が上がると大きな雄叫びを上げる大きな体を揺れ動かし、新太を振り落とされ、地面に激突する。



「ぐあぁ!?…なんでだ?魔力が上手く扱えなかった。どうして?はっ!?」



 ドドドドドッッ!!と大きな物音を立ててすごい勢いで大きなアースボアが新太に向かって突進してくる。



(やべえ…目の前に、もう来てる!)



 左手で右脇腹を抑えながら、右手を前に出し風を起こしてその場から逃げようとしたが、先程と同じ様に魔力が上手く集まらない。



 覚悟を決めて体全身に魔力を纏わせ防御を固めて、受け止めようと中腰の姿勢で立ち上がる。だが新太の体は手を引かれる様に後ろにゆっくり倒れこむ。



「え…?」



「大丈夫だよ。君は少し休んでいて」



 優しく手を引いた者は先程まで新太に守られていたレイルが前に乗り出していた。



「危ねえっ!お前戦えないんだろ!?速くどけ…」



 サアアアアアアッッ。と静かな音だった。音の大きさは後ろに倒れこんでいた新太と勢いよく迫ってくる大きなアースボアしか聞こえない程小さかった。



 だが新太の目の前に近づいていた大きな猪は、いつの間にか後方へ吹き飛ばされていた。その光景が認識出来た途端、バアアアアアアアアンンッッ!!と大きな轟音と迫力が遅れて襲ってくる。



「うあ!?」



 物凄い勢いで土煙が舞い上がり、慌てて腕で顔を守る。飛び散る小石が肌に突き刺さり痛みが全身に走るのだが、そんな事はどうでもよかった。



(あれは、何だったんだ?ただ単に魔力で相手を吹き飛ばしたのか?でもそんな感じはしなかった…)



 視界がクリアになると吹き飛ばされた大きなアースボアは牙は砕かれ口から血を流し、ほとんどが原型をとどめていなかった。それを見ていた他のアースボアは駆け出し逃げようとしていた。が――。



「戦いから逃げる者は、関心しないなあ」



 パンッ!と手のひらで音を鳴らすとザシュッ!と何かが切れる嫌な音が聞こえてくる。恐る恐るその方向へ視線を向けると、新太は小さな声で「あぁ」と驚愕の声を上げる。



 周りに居座って居た筈の小さな猪は、身体が真っ二つになって全滅していた。



「立てれるかい?アラタ君」



 上から覗き込む様に見てくるレイルは、何事もなかったかのように接してくる。静かに立ち上がると、ひとまず疑問を投げかける。



「お前。戦えないって嘘じゃねえか…」



「ん?違うよ。戦えないじゃなくて、『苦手』なだけだから。『出来ない』と『苦手』は似てるようで違うでしょお?」



 おちゃらけた様子で自分で引き起こしたこの惨状をなかったようにしている様に見えた新太はすかさずレイルの腕を掴む。



「とぼけた事言ってんじゃねえよ!なんだよお前の強さ!一瞬で周りの命を奪える強さ…明らかに俺以上に強いじゃねえか…」



 落胆している様子を見たレイルは、指を顎に添えて少し考えると新太の肩に手を置いて話しかける。



「力を隠していたのは謝るよお。でも本当に僕は戦うということは苦手なんだあ。ただ君がここで死んでしまうというのが勿体ないって思っただけなのさ」



「……」



 この時新太はなんて答えたらいいのかわからないでいた。彼の言う「勿体ない」という意味が分からない。ただ目の前に立っている人物は圧倒的な強者だということしか理解できていない。



「んー。アラタ君、君は強くなりたいと思うのかい?」



「ん?まあ、生き抜いて行くためにはそれしかないからな…」



「なら、君より強い僕からのアドバイスだ。君は『風』の属性を極めていくことだよお」



「え?まあ俺は風属性が一番適しているらしいから伸ばしていこうって思ってるけど…」



「さあ僕から言えること以上!あのアースボアの子供は僕が責任を持って育てよう!」



「はあ!?それだけってないだろお!?なんか覚えたほうが良い魔法とかさあ?」



 死体に寄り添っていた子供のアースボアを拾い上げるとレイルは、少し新太に不敵な笑みを見せる。



「生憎だけど風…いや全ての魔法はね、覚えておけばいい。そんな魔法なんてないんだよ。誰かが苦しむだけだからねえ」



「……っ」



「それじゃあこれ以上、僕の目的の為に君の時間を奪うのは辞めておくよ。食べ物だって見つかったしねえ」



「な、待っ――。いや…アンタが言っていたこと肝に銘じておくよ」



 引き留めようとしたのだが、何故か頭がそれを拒んでしまった。それに互いの為にこれ以上時間を割くのは良くないと判断したのだと、自分に言い聞かせ新太はレイルの反対方向へと足を進ませる――。












「師匠!一瞬だけ感じた大きな魔力って?」



「さあな。私にも分からん。ただ、あちこちの木々が荒らされている所を見ると、ただ事ではなさそうだ」



 あまりにも新太の帰宅が遅かったため、3人は新太を探しに走り回っていた。そして一瞬だけ感じ取れた魔力を追って、その方向へ向かっていた。



「にしてもアイツ、色んな所に巻き込まれすぎなんじゃない?」



「まだ分からないでしょカラン。でも別れて時間も経ってないから可能性は大きいか…」



「ん?血の臭い…近いな。身構えておけよ二人とも」



 夕陽が辺り一面に照らされているひらけた場所に出る。見るとそこは沢山の猪の形をしていたであろう肉塊があちこちに散らばっていた。



「この猪は、アースボアか?まさかアイツがこれ全部を?」



「いやそれはあり得ないな。アラタにはあんな大きな魔力を感じさせるのは無理だ。アイツには大きな力は無いからな」



「さらっと酷いこと言ったなこの人…じゃあアラタどこに……あ、居た」



 茶髪色で少しツンツンした髪型をした少年が、猪の死体を引っ張って一番大きな猪の方へ近づけていた。



 状況が呑み込めていない3人は新太の方へ近づき声を掛ける。



「アラタ、何があったの?」



「あ…皆。えーーっと…死体の後片付け?」



「それは見たら分かるの!さっきこの場で何が起こったのか聞きたいの」



「あ~。うーんと…俺も全てを理解している訳じゃないから、説明不足になっちゃうけど分かる範囲で話すよ」



 新太は身に起きた出来事を話す。



 大きな猪に子を攫った者と判断され襲われた事。レイルという青年に出会い助けられた事。レイルという青年が異次元の強さを兼ね備えている事。



「これがほんの数十分前に起こった出来事かな…そしてあちこちにあるアースボアの死体をそのままって訳にもいかないなーって思ったから、とりあえず群れのリーダーの側に運んでまとめて燃やそうかなって」



「つくづくアラタって災難が続くよね…」



「おい言うなよ!俺だってなんとなくそう思ってるんだから!」



「それでそのレイルという者は?」



「子供のアースボアを抱きかかえて、また森の中に入っていきましたよ」



「そうか。お礼と一目見ておきたかったな…それに死体を放置したままだとここら一帯の生態系に影響を及ぼす可能性がある。よし食べる分は残して、他の物は皆で片づけるか」



 新太とリオは「おー!」と掛け声を上げる中、カランだけは怠そうに肩をガックリと落としていた。



 そうやってせかせかと行動し4人は岩壁に倒れている大きなアースボアの側に次々と死体を置いていき、全てを片付けるとリオが炎を手に出現させ死体に近づけ、火はメラメラと次々に燃え広がり火柱は高くなっていく。



「先生。強い人と弱い人の差って何が違うんですかね」



「……やはり自分にしか持ってない武器だろうな」



「それってやっぱり神代器?」



「それもあるだろうが、自分にしか使えない『魔法』とかな。そうやって技術を極めた者が高みに上っていけるんだ。まあお前はこのままだと十年以上掛かるがな?」



「十年もこの世界には居られないっすよ。俺はこの世界で生き残る力を付けていきたい…勝ちたい相手に勝ちたい。そして友達とこの旅をしていきたい!」



「言ってる事はかなり欲深いぞ?それならもっと自分に足りない物を補っていかないとな」



「そうっすね!」



 辺りはやがて暗くなっていき、星々達が光始める。天を遮る物は無い場所、風は透き通り夜風が涼しい。その景色をみながら食べるご飯は美味しく、この先の未来の事を考えながら床に就いた――。

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