24話 「日は沈むが、また昇る」

 森の中を逆立ちの状態で歩きながら進む少年が一人。茶髪に近い色で短めのツンツン寄りの髪型をした輪道新太という少年であり、この世界に召喚された者。



「っぐ…ふっ!」



 顔から垂れてくる汗が地面に落ち、支える両手がプルプルと震えだす。そんな状況の彼に声を掛ける女の子が一人。



 短いデニムパンツを身につけ、紺色の上着を羽織って黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオという少女だった。



「良く出来るね。逆立ち歩き」



「これ、この世界に来てから出来る様になった…それにこれ魔力を維持し続ける練習に丁度良いんだよ」



「維持?師匠そうなんですか?」



「いや、決してそういう訳では無いんだがな。やり始めたのも勝手にだからな」



 師匠と呼ばれたその女性は、長い銀髪が腰まで伸び、黒い上着を羽織った人物。名はレオイダ・クメラと言い、この世界で新太達に生き方を教える存在である。



「魔力の感じ方は人それぞれだからな。アラタが得意な方法で強くなってくれるなら、万々歳だろう」



「へえー。でもアラタ、なんで急に?」



「前に大きな魔物と戦った時に力不足を痛感したんだよ。物理的にも魔力量的にも」



 逆立ちの姿勢から普通の二本足で立つ姿勢に戻る新太。額に溜まった汗を腕で拭い軽いストレッチで身体をほぐす。



「それにこの方法攻撃と防御の2種類の魔力を同時に使うから、個人的には良いと思うんだよ」



 この方法はこの世界に来て新太が効率よく魔力を操作する練習を考えた結果がこの方法なのである。



 両腕全体に攻撃の魔力を纏わせ、残りの魔力を全て防御に回し身体を支える。この状態を維持し続け最初は1分、3分、5分と記録を伸ばしていった。



「それに筋トレにもなると思うし」



 黒い無地のシャツの袖を捲り上げ、衿の部分をパタパタと仰ぎ始める。



「力量も足りていないし、魔力量だってまだまだ問題点だらけだ。実戦経験も何もかも…。全部完璧じゃなくても出来る様になっておきたいし」



「なら、お前はリオとカランと戦って安定した勝率を叩き出せ」



 新太の背後から長い銀髪の女性が片手で頭を鷲掴み、左右に頭を揺らす。



「なあああっ!いつかはやってみせますよお!」



 頭を揺さぶられている最中、木の上から一人降りて来るものが現れる。



 茶色のフードが付いたローブを着ていて、首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた中性的なカランという人物。しかし性別は男である。



「とりあえずこの先に少し拓けた場所があった。落ち着けるのはそこしかない」



「おお、すまないな。この森を抜けれるかどうかは微妙なところだな…」



「そんなに広いんですか?この森」



「うん。かなり広い。この森は行方不明の冒険者も沢山居るらしいし、探し来た他の奴らが言うには、行方不明になった奴は亡霊になって彷徨っている。そういった目撃情報から『亡霊の森』なんて呼ばれているらしいぞ」



「ええ?亡霊って。すげえ所だな」



「それにイニグランベ大陸の1割近く広がっている。その分良い資源や強い魔物と豊富だ」



(この森にも前会ったアースボアみたいに強い魔物が沢山住んでいる。俺は今圧倒的弱者なのか…)



 目で辺りをキョロキョロと見渡しているとリオの背中にぶつかってしまい、すかさず謝罪する。リオ達が立ち止まっている場所は先程カランが言っていた拓けた場所に立っていた。



「さて、どうしたものか。太陽の位置的に昼時…むやみやたらに王都へ向かっても、危ない場所で寝泊まりすることになりそうだな。よし!今日はここで鍛えるとするか」



 長い銀髪の女性がパンッ!と手で音を鳴らすと、新太とリオは「おおー!」と声を上げる。



 2人は荷物を地面に置くとリオは弓を取り出し、新太は右腕をグルグルと回している。



「お前はやらないのか?カラン」



「疲れたんだよ。この場所を見つけるのにも苦労したし、休みたい」



「そうか。なら2人だけに特別な技術を教えちゃっおっかな~」



「わ~やった~!」とはしゃいで2人は銀髪の女性に無邪気に近づいていく姿を見たカランは舌打ちを鳴らすと虫を嚙み潰した様な表情で後ろを付いていく。



「それで今から何をするんだ?クメラさんよ」



「今から個人的な修行をしても中途半端な時間帯になりそうだから、お前達3人で私を倒しに来い」



「実戦訓練ってことすか…」



 予想外の内容で体に緊張が走る。



「ん?怖いのか~アラタ」



「全然!痛いのは嫌だけど負けっぱなしは嫌っすからね」



 半笑いで見てくる女性を尻目にしながら、腕を動かしストレッチを繰り返して準備しており、他の者も身構えていた。



(準備万端か。最初に比べて笑うようになったな)



「いつでもいいぞ。かかってこい」



 腕を組んで立っていた長い銀髪の女性が仁王立ちで構えると、新太とカランが勢いよく飛び出すと新太は拳で、カランはローブから取り出した普通の片手剣で攻撃を仕掛ける。



 銀髪の女性は、まず新太の右手首を掴むと自身の方へと引っ張って体勢を少し崩させると新太の顎下に一発裏拳を叩きこまれるが、左手で受け止める。



 そこに間に割って入るようにカランが横から剣を縦に振って攻撃しようとしていたため、まずは新太を蹴り飛ばしカランからの攻撃を回避する。



 その後適格な角度で攻撃を入れてくるカランの攻撃を、大きな動きをすることなく当たるか当たらないかのギリギリの距離で攻撃を躱す。



 下半身から上半身まで次々と攻撃を仕掛けるが、当たる気配が微塵も感じられない。



「らあっ!」



 カランが剣に魔力を込めた横振りの一撃を片腕で簡単に受け止めると、カランを素早く足払いで転ばせ浮かんでいる脚を片手で掴み、こちらに向かっている新太に目掛けてカランの体を投げる。



「「ぐあっ!?」」



 ガンッ!とカランが落とした剣を拾い上げ背後から向かってきている3本の矢を剣で弾き飛ばす。矢を放った人物は藍色髪の少女リオであった。



 2人が攻め込んでいる間死角からの狙撃を試みたのだが、リオの目の前にいる人物には簡単にはいかない。



 頭上に弾き飛ばした筈の矢が、銀髪の女性の左手にキャッチされるとその矢をダーツの様にリオに目掛けて放つ。



 前に転がって避けるリオが座っていた場所は激しい一撃を受け土埃が舞っていた。受け止めようとしていれば容易に防御魔力を貫通し、ダメージを喰らっていただろう。



 ザッ!と地面を蹴り上げてくる音が耳に入ると横から走ってくる新太の存在に気付く。そして新太はスライディングみたく脚部分を攻撃するが、動作を読まれ軽いジャンプで躱される。



 そこに合わせる様に飛んで背後から現れるカラン。左手にはナイフを持っており、それを一突き刺そうと上半身を動かす。



 だがカランの左腕を掴むと同時に手首を締め上げナイフを落とさせる。そして追撃を加えるため右肘でカランの腹部を攻撃する。



「あ゛っ!?」



 反撃に遭い驚いた声がカランの口から発せられる。しかし負け時と背後から女性に組み付き動きを制限させる。そこにすかさず新太が右拳で攻撃を仕掛ける。



 冷静に物事を見る女性は地面に足が着くと勢いよく後ろに倒れ、カランを地面に激突させて拘束を解く。そして素早い動きで立て直し新太に向き直す。



 新太は苦しい表情をしながら正面から向かってくる。



 今ここで倒れているカランを人質に取られてしまったらこちら側が不利になるのは確実になってしまうからである。つまり新太が今やらなければならないことは、カランと敵との距離を引き離し立て直す時間を作らせることなのである。



「はあああああっ!」



 新太は右手に魔力を込めて殴りかかるが手に握られている剣で受け止められる。ガアンッ!と新太は力で押し負け、後ろにのけ反ると剣を振って攻撃してくる。



 銀髪の女性の剣筋は隙が少なく避けることと直撃だけを防ぐために防御魔力で剣による軌道を少しずらすことで手一杯なのである。



(攻め込むタイミングが見つからない!)



 自身の皮膚に切傷が次々と作られていくと、突然横から熱気を肌で感じ取る。目線を横に動かすとそれはリオが放った魔法技『豪炎の一矢バーン・マルス』がこちらに向かってきていた。だが当の本人の姿は見えない。



 銀髪の女性は喰らう訳にはいかず、剣を胸の位置まで上げると受け止めるために身構える。その時に見た動作に少し違和感を覚えた。



(俺に斬りかかってくる一定のタイミングであの位置まで剣を持っていく動作があった…)



 新太の目の前で剣と炎の矢がぶつかり合い、火花が発生する。その間僅か3秒ほどだが時間を稼ぐという事では大きな功績を挙げたと言っても過言ではないはずだ。



 リオが放った技を切り伏せると陰から現れる様に、銀髪の女性の懐にリオが魔力短刀を握りしめ、急接近していた。



 しかしその行動を読まれていたのか、脚による攻撃で短刀を叩き落とされるとリオの腕を引っ張ってリオの腹部に肘鉄を喰らわせ新太とは反対方向へと投げられる。



 そして剣を構える動作をしようとした瞬間を見計らって攻撃を仕掛ける。



(剣術は知らないけれど、その位置まで剣を上げてから攻撃してくるってことは、その動作に隙が生まれるという事!叩くなら今――。)



 攻撃の姿勢に入っていた新太はもう避けることは出来ない。そして身をもって痛感する。「戦い方」という物を。



 銀髪の女性は右腕で剣を胸の位置まで上げ構えている。しかしもう片方の腕は?新太が襲いかかっていた時剣に意識が向けられていた。だが今この時は完全に自由フリーの状態であり、新太はもう目の前に居る。



 女性の左腕はスゥーッと流れる様に新太の腹部に押し当てられ掌底を喰らい、身体が浮かび上がる。



「がはっ!?」



 大きく息を吐きださされ意識が飛びそうになるが、そこに追撃の蹴り攻撃を横腹に加えられ倒れる。



 しかし女性の背後から向かってくる者が一人居る。飛び蹴りを当てようと勢いよく飛び出すが、ヒラリと躱しカランの攻撃は当たらない。



 カランは負け時と女性に右脚のハイキックで蹴りを喰らわせようとするが、左腕で受け止められる。次に体勢を少し立て直すと左拳で殴りにかかるが、カランよりも速く手を伸ばし首を掴む。



「が、あああっ!」



 相手の強さに動じることなく左脚を思い切り振り上げ自身が履いていたブーツを脱ぎ捨てる。するとブーツの先端が女性の顎下を掠める。



 そしてカランは人差し指と中指の先から魔力で編み出された水を女性の顔に目掛け噴射するが、突然の浮遊感にカランは包まれる。



「なっ!?」



 女性はその先の行動を読んでいた様に、掴んでいた左手を放しカランの拘束を解いた。姿勢が乱れ水は真っすぐ飛ぶことは無く、無防備に落下していくカランに回し蹴りを放ち後方へ吹っ飛ばされる。



 そして立ち上がる者は現れず、この戦いは終わった。



「ふぅーー。今回の戦いも私の勝ちだな」



「遠慮ねえな…ホントに。リオ?大丈夫か」



「ゴホッゴホッ。私は、大丈夫。それよりもカランは?」



 倒れながら互いの安否を確認しあう。この戦いでは一番カランが長く生き残っていたおり、2人よりもダメージが大きいだろう。



 新太は仰向けの態勢に寝転びなおし、自分の両手を見つめる。



(んー。やっぱりこういった戦いは俺が前に出て体張らなきゃいけないな…リオは遠距離攻撃、カランは手数で勝負。なら俺は正面から堂々と立ち塞がる役目を――。)



 何度強く握ったであろう震える両手を握りしめる。



「俺が、やらなきゃ…」



「しかしカラン。さっきのブーツを使った攻撃は驚いたぞ?少しだけ本気を出しちゃった」



(この人僕が必至の攻撃しても冷静だった。でもそれだけか?ほかに別の『何か』があった気がする)



 指し伸ばされる手を取り起き上がるカラン。痛む箇所を抑えながら感じた違和感の正体について考える。だが感じ取っただけではあまりにも情報が少ない。



(考えてもさっぱりだな。気のせいっていう事は、無いと思いたいけど…)



「師匠?魔法の発動条件を設定するには光と闇属性が扱えるようにならなきゃダメなんですよね。どうすれば修得出来ますか?」



 魔法の発動条件。従来の魔法に自分で決めたルールを設ける事で精度や威力が上がる技術。それが自分に厳しければ厳しい程効果は上がるという大博打な様なもの。



「いや光、闇属性の魔力はどんな生物に備わっているんだよ。簡単に言えばアラタでも使えることは出来るが、『その属性を形にすることが出来ない状態なんだよ』」



「なんで事あるごとに俺を比較対象にするの…?」



「じゃあ今の私でも条件を設定出来るんですか!?」



「だがその両方の属性の感覚を引き出せれば…だがな。さて私は食料を調達してこようか。お前達はしっかり休んでおけよ」



 銀髪の女性は茂みの中に入って行き姿が見えなくなるとそこからは互いに休息の時間を取り、2時間程が経過する。



「ねえアラタ」



「ん~なんだ?リオ」



「思ったんだけどさ、今私達のしている旅って終わりはあるのかな?」



「え…リオお前辛い思いをしていたのか!?」



 思わずリオの両肩を掴んで険しい表情で迫る。驚いたリオは手に持っている木の器を地面に落とす。



「ちが、違う。辛いとかそういう気持ちじゃなくて、なんて言えばいいかな…このまま続いて行けたらいいな。って言う私の『願い』かな」



「ああ、なるほど?それならいいんだけど。けどそうだなぁ…俺も続いて欲しいって思ってる。でも俺は帰る方法を見つけたい」



「……」



「まあこの世界は俺にとっちゃ暮らしにくいしな!」



 腕を組んで胸を張り笑顔を見せる。それを見ていたリオは目の前の少年に手を伸ばそうとしたが、何故か動かせなかった。



「さ、早く行こうぜ!あの人がそろそろ飯を取ってきてくれるだろうし」



 落とした器を拾うと、リオに向かって左手を差し出す。リオがその手を掴むとリオが引っ張って誘導する。



 休憩場所にはカランが座って可愛らしい寝顔をして寝ている。そして少しでも先に進んで歩いている新太。



 そして自分達に進む道を示してくれる人物。



 たったそれだけの事で笑ってしまうリオ。これからもこの旅をしていく限り楽しい事が待っている筈なんだと信じ今日も一日が過ぎていく――。



「ん?」



 いきなり立ち止まってしまうリオに釣られ新太も躓きそうになってしまう。



「どしたのリオ?急に止まっちゃって…」



「な、なにか聞こえない?」



 リオに言われ新太も耳を澄ませ自然に耳を傾ける。すると、ドッドッドッ。と何か集団が突き進む様な足音が、微かな振動と共に感じ取れる。



「なんだろう…この足音」



 そして草木を掻き分け突然飛び出し影の集団が3人の前に現れる。それらは4足歩行の獣達。鹿や熊などの様々な動物に空を飛ぶ鳥類に小動物。それらは3人を無視し横切ってしまう。



「なんだ今の!?動物達が俺らを無視して走り去って行ったけど」



「分からない…僕は何も感じられなかった。2人供速くこっちへ来て」



 カランの言う通り新太とリオは走り出し、何が起きても対処しやすいよう集まって行動しようとする。



 だが次の瞬間――。



 ドオオオオオオオオオオッッ!!



 3人から少し離れた地点に何かが落下し、凄まじい衝撃が全員を襲い吹き飛ばされた。



「うおわあああああああっ!!」



「きゃあっ!な、なに!?」



 辺り一帯が土煙で覆われ視界が悪くなっている3人に声が掛けられる。



「おっほほ~!やっぱり位置ズレてるじゃんかよ~賭けは俺様の勝ちだな!」



「はあ~うっざ。ホント細かすぎる男はないわーちょっと間違っただけで調子乗る奴嫌いなんでけどー」



 土煙が晴れていき景色が見渡せるようになると、前方に2人の人物が口論して立っていた。



 一人は男性で、髪色は少し黄色寄りで、髪型がオールバックで修道士が着ていそうな青色の服を身に付け、30代行っているかいないかの顔立ちの男。



 もう一人は女性で長いロングヘアーのツインテール。桃色の髪に薄い緑色のインナーカラー。シルバー色の上着を羽織っており下には短いホットパンツ。こちらは20代ぐらいの雰囲気を出していた。



(誰だこいつら…冒険者には見えないが、明らかに目的があってここに来たと見ていい筈。少なくとも僕やリオではないと思うけど、怪しいのはアラタかクメラかのどちらかだ)



「アンタ達は何しにここに来たんだ?」



 重い空気の中意を決して新太が口を動かし問いかける。カランは止めようか迷ったが相手が敵対しているのか分からない上は手を出せないし、出せそうには無い。



 カランとリオは目の前2人から溢れ出ている強い魔力を感じ取り、戦えば負けると分かっている。だが新太は相手の力量を知ったうえで会話をしているのか2人には分からない。



(流石にアラタも分かっていると思う。下手に相手を刺激して戦う事にでもなったら、私達は無事では済まない!)



「何をしに来たかねえ…簡単に言っちまうとぉ…あの銀髪のゴミ野郎を殺しに来た」



「「っ!?」」



「ぎ、銀髪?誰の事言ってるのか俺には分からねえな?生憎だけど俺らはこの3人で旅してるだけだから、そんな人ここには居ないっすよ」



「そんな訳無いっしょー。ここに居るのは確定だし…それにもうアンタらの背後からもう来てるの分かってっしー」



「へ?――」



 新太達は後ろを振り向く動作すらも与えられず、目の前には異才を放つ2人に向かっている銀髪の女性が居た。



 銀髪の女性が一回拳を振るうとそれを受け止めるオールバックの男性。肌がぶつかり合った瞬間衝撃波が生まれ2人が立っている地面にヒビが入り始める。



「せ、先生!?」



「お前達は速く逃げろっ!!」



「簡単には逃がさせないっしょー」



 ツインテールの女性は片腕を空にかざすと、木々の奥から土や岩などが積み重ねられていき形が造られていく。



「なにが、起こるの?」



 動物の形に造られていく岩石は、狼や竜に鳥。そして猿の形を模していた。そしてその数は数千体に及ぶであろう。



「悪趣味だなっ!!」



 オールバックの男を回し蹴りで吹き飛ばすと、すかさずツインテールの女は襲ってきて取っ組み合いになる。



 スムーズな動きでツインテールの女を投げ飛ばすと相手は笑いながら左手を地面に着けると、そこから尖った岩が出現し襲い掛かる。



 銀髪の女性は手のひらから魔力を放出させその反動で直撃だけは回避するが、傷口は浅くそこから血が流れ出る。



「きゃあああああっっ!?」



 少女の甲高い悲鳴が響き渡るとその方向へ振り向く。リオは猿型の岩に近距離で襲い、鳥型の岩の物体が翼を使って岩石を飛ばして攻撃される。狼と竜は群れを成して新太とカランに向かって爪と牙を立てて襲い掛かってくる。



「くそおぉぉぉぉぉっ!!」



 やけくそになった新太は全力の一撃を一体の竜に向かって右拳を放つ。



「な――」



 だが、新太の攻撃は全く届くことは無く、岩で出来た竜の表面に小さな亀裂が入るだけだった。



 竜は雄叫びを上げると新太に嚙みついて襲ってくるが、腕を使ってしっかりと防御する。しかし相手の力は凄まじく、簡単にアラタの防御魔力を貫通して肌に牙が突き刺さる。



「が、ああああああああっ!?」



 赤い鮮血が滝の様に溢れ出る。ミシミシと軋む音がする。痛みに耐えきれずに後ろに倒れて完全にマウントポジションを取られ、脚を使っても押し返すことは出来ない。



(めっちゃ痛え!!押し、戻すことも出来ない…もう腕が)



「大丈夫だ。私が絶対に助けてやる」



 銀髪の女性が片脚を少し上げると、地面が大きく盛り上がり炎でコーティングされた岩が新太達を襲っていた動物達全てが串刺しされて倒される。新太の目の前に居た岩の動物も同様に攻撃され動かなくなる。



「かはっ!はぁー!ひゅー!」



 荒くなった呼吸を無理矢理落ち着かせ、周囲を見る。形成された岩の柱は赤黒く溶岩の様に熱せられていた。



「熱っつ!これを先生が?」



 目の前で静止している動物から急いで離れる。触れていないのに皮膚が火傷してしまいしそうな温度だったため、身体のあちこちをまさぐる。



(まるで溶岩みたいだ…そうだ先生は?)



 煙の中から人影がうっすらと浮かび上がってくる。



「先生――」



 だが煙の中に見えた影は1つだけではなく、目の前には2人立っていた。そしてすこし歪な形として――。



 やがて煙が消えていくと、新太達は思わず絶句することになる。



「は…ぁ?」



 煙が晴れてはっきりと見えるようになり、銀髪の女性の右腕が斬り落とされていた。



「色んな人間は何か行動し終わった後に、油断が発生するものなんだよ。といっても君は油断はしていなかったけど、避けることが出来なかったんだけどね」



 そう口を動かした爽やかそうな青年は握っていた他人の片腕を地面に落とす。その少年はハネで上がった黒髪で、身長は新太と変わらない程で白い軍服に似た服を着た人物だった。



「やあ。久しぶりだねアラタ君。多分君の頑張りで戦うことになるだろうからよろしくね!」



 気さくに話しかけてくる目の前の少年は新太に近づいてこようと両手を広げて歩いてくる。



「俺はお前のことは知らない。ていうかお前何やってるんだ…!」



「ん?そこに跪いてる奴の片腕をもぎ取っただけだし、僕らはカパルアで。君が服を買ったあの店でね」



 新太がまだリオに出会っていなかった時、負傷しカパルアという町で休息を取っているついでに灰色の上着を購入したあの店の事だと推測する。



「まさか、あの妙にテンション高くて馴れ馴れしかった奴なのか!?」



 新太の目の前に立っている少年は笑顔でVサインポーズをとる。



「お前らなんなんだよ…訳わかんねえよ…!いきなり現れて襲ってきて、挙句には先生の腕を落としやがって」



 今自分達が置かれているこの状況は未だに理解できない。それでも新太の気持ちは定まった。



「絶対にお前らを殴り飛ばしてやる!!」



(ああ。そうだな…この時のお前はいつだって――。)



「意気込みはすごいけど、それは無理だよ。アラタ君弱いからさ~」



 そう言い終えると黒髪の少年の顔に足が置かれ、大きく後ろにのけ反っていた。どうやら蹲っていた銀髪の女性が飛び蹴りを当てていたのだ。



「ハッハハー!!殴り飛ばすって言ってたよなぁお前!」



 声を上げながら近づいてくるのは、金髪オールバックの男。迫りくる圧迫感に耐えながら身構える新太。金髪オールバックの男の拳が目の前まで来ると更に別の角度からカランが現れ、取り出した大剣で攻撃をガードするが簡単に砕かれる。



 太腿に常備していたナイフを取り出し突き刺そうと左手を動かす。だが金髪オールバックの男の方が速く動き、カランの頭を片手で掴む。そしてニヤリと笑うと毒々しい色の魔力を出す。



「がああああああああ!!」



「なっ!?」



 カランが必死にもがいて振りほどこうとジタバタしている。このままではいけない!と思った新太は突き進む。



「おおおおおおおおっ!!」



 金髪オールバックの男に向かって魔力を帯びた右拳を打ち込む。だが、新太の攻撃は片手で簡単に受け止められる。そしてカランを投げ飛ばすと、腕を引っ張られてボディーブローを喰らわせられる。



「がっ!?うぅあ…かはっ」



「おいおい。ただのボディーブローだぜ?こんぐらいでヘバるなよ」



 カランは自身の目元を抑えて倒れている。ただ直ぐには立ち上がれそうには無い。



 腹部に喰らったパンチが新太に鋭く、重く突き刺さる。脚がプルプル震えながら立ち上がるが、行動を取れる体力は残っていなかった。



「そうこなくちゃな~!!」



 金髪オールバックの男はハイキックで新太を弾き飛ばす。しかし新太は攻撃を喰らう前に自身の両腕で防御をすることに成功した。



(ぐっ!?たった一蹴りで腕が痺れる!)



 左フックから右ストレート。それが顔から左脇腹にかけて攻撃が入る。口から少量の血を吐き出し、体勢が崩れそうになるが気合で踏ん張ると反撃するために金髪オールバックの男の胸ぐらを掴み、思い切りの頭突きを喰らわせる。



「あがっ!?痛っ…たくねえなあ!」



 しかし新太の攻撃は相手に全く効いていない。おまけに舌を出して舐められた態度を取られる始末。



「お前の動き、俺には遅く視えてるんだよ。これじゃあ何百年たっても俺を殴り飛ばせねえぜ?」



「くっそ…!」



 逆に攻撃をした新太の額が傷つき血が流れる。そしていよいよ意識が朦朧し始め膝が地面についてしまう。



「なんか今回のは弱くな~い?まだ他の奴の方が強かった気がするんだけど」



 桃色の髪のツインテールの女性がいつの間にか新太の背後を陣取っていた。体の奥底から湧き出そうになっている胃液を抑えながら、ゆっくりと振り返る。そして新太の視線が桃色の髪のツインテールの女性に向いたのを理解すると、何故かニコッと笑った。



「はあっ!!」



 割り込む様にリオが魔力短刀を桃色の髪のツインテール女に振りかざす。だがリオの攻撃はヒラリヒラリと躱され当たる気配が微塵もない。



「ほらほら~しっかり見て攻撃しないと。当たらないよ?」



 少し頭にきたリオはミドルキックを放つが、受け止められ片脚が持ち上げられる。脚を引っ張って弄ぶと、ハンマー投げの様にリオは振り回され投げられる。



 地面を転がりながら受け身を取ると弓を取り出し構えると詠唱をし始める。



「火炎よ命令する。我に在りし力を使い……悉くを薙ぎ払う炎鳥を穿て!」



炎鳥の牙突ダイヴァーン・マルス!!』



 その技はプロフェヴァルという街で放ったリオが放てる最大の技。



 炎を纏った矢は突き進み、やがてその炎は形を変化させ鋭い脚を形造り紅色の鷹が出来上がる。



 新太はリオが詠唱し始めた途端にツインテールの女の側から離れており、リオは技のタイミングをわざと遅らせ遠慮なく放てた。



 そしてリオの技がツインテールの女に直撃し、爆炎が巻き起こる。



「はあ…はあ…弓が壊れちゃった」



 リオの手に持っていた弓は自身で作った代物であり、武器職人が造る魔道具ではない。放つ魔法によって掛かる負荷が違ってくるため、普通の代物では簡単に破損してしまうのだ。



(少しは効いたでしょ…え――。)



 新太とリオの視界の先には信じたくない光景が映る。巻き上がっている爆炎が一か所に吸い込まれている。黒煙が消えていくとくっきりと中に立っていたツインテールの女が、笑顔で立っていた。



「な、あ…あ」



「んー威力はすごいけど、なんか味が物足りない感じ~強い魔法はこうやって撃つんだよ」



 ツインテールの女は片脚を軽く上げ地面にドンッ!と突き立てると、大きく土が盛り上がるとそこから、土と岩で造られた大きな鷹が現れる。その大きさはリオが放った魔法より、二回りも巨大だった。



「きゃああああぁぁぁぁっ!!」



 放たれた技に呑み込まれリオの体は傷つき血が流し倒れている。



(なんだよ…コレ。俺達の全部が全く通用してない。どうすれば…いいんだ!?)



 ズガアアァァァン!!



 新太が絶望感に打ちひしがれている時、何かが吹っ飛ばされて次々と木々がなぎ倒されていく。吹き飛ばされていた者は、白い軍服に似た服を着た少年だった。



「いや~やっぱり強いね!」



 倒れかかっている木を簡単に暖簾を上げる様に持ち上げて楽しそうに笑っている。その少年の視線の先には片腕を失った銀髪の女性が息を切らして立っている。



「先生…」



(こうなってしまったのは私のせいだ。私の我が儘が招いた結果だ。だから――。)



 そうやって自分を責め立てて自分を奮い立たせる。



「私一人が負わなければならないんだ!!」



「おぐぅ!?」



 魔力を放出した後新太の後ろに立っていた金髪オールバックの男が蹴り飛ばされていた。



(先生がいつの間に俺の真後ろに!?移動した感じじゃない…瞬間移動に近い感じだった)



「おっ。あんたその能力を使っていいの?反動すごいんじゃないっ!」



 ツインテールの女が勢いよく銀髪の女性に迫る。左手に岩がどんどん集まりだしいくつもの刃が重ね合わせた大きな斧が組みあがり、銀髪の女性に向かって振り下ろす。



 その攻撃の対抗するために左手を握りしめて、腕一つだけで逃げずに立ち向かう。そして拳と斧が衝突した瞬間、岩の斧が粉々に砕け散った。



「っ!?」



 拳の勢いは止まらずそのまま突き抜けてツインテールの女の腹部に直撃し、地面を転がって弾き飛ばされていく。



「すげえ…すげえよ先生…?」



 左腕を庇うように銀髪の女性が項垂れている。異変が起こったのだと新太はすぐに近づいて様子を伺う。



「先生、その腕――。」



 そこにあったのは年齢に合っていない程、左腕がよぼよぼになった年を重ねた肌になっていた。



 あの若々しい腕はどこに行ってしまったのか。何故そうなったのか。相手の攻撃を正面から受けたからなのか。答えは分からない。でも次はどう行動すればいいのかの答えが出た。



「先生逃げよう!先生が作ったこの状況なら攻撃が手薄になっている!」



「そうだなあ。いまなら逃げられるかもしれないな…」



「そうだよ!体は俺が支えて走るから。2人を起こしてきます!」



 カランの元へ全力疾走で近づこうとすると、聞きなれない少年の声が背後から聞こえてくる。



「全員で逃げるなんて、そんな楽しくなさそうな提案は受け入れられないな」



「あ゛ぁ!?」



 白い軍服に似た服を着た少年が新太に手を伸ばそうとしたが、物凄い風圧が巻き起こり少年は吹き飛ばされる。視線を移すと左手を伸ばして立っている銀髪の女性が、少年を吹き飛ばしたのだ。



「ありがとうございます。先生!」



 カランとリオを両肩に抱きかかえて急いで、銀髪の女性の元へ戻ってくる。2人の意識はまだ戻っておらず、全員を支えて走るのは難しいと考えてしまった。だがやらなければ全員が助かる道は無い。



 リオを背負い、左脇腹にカランを抱きかかえる。



「先生。左腕をリオの肩に回して!それで小走りでもいいから進んでいこう!王都まで行けば助かるから」



「王都…そうだ。そこならお前達はひとまず助かる」



 新太の手を振りほどき自身でしっかり立つと片膝を地面に付く。左手を地面に置くと新太達を魔法陣が囲み始める。



「この感じ…まさか!」



 新太が感じた正体は、プロフェヴァルで態勢を立て直す時に使われた瞬間移動の魔法だった。



「先生なんで!?俺達だけで逃げても意味ないよ!先生も一緒じゃなきゃ…」



「奴らは私を追ってここまで来てるんだ。私がお前達と一緒に行動していたら迷惑がかかる」



「迷惑なんて誰が決めたんだ!先生が勝手に決めつけてるだけじゃねえか!それにアイツらに今勝てないなら俺が強くなればいいだけだ!それをアンタが俺にいろいろ教えていってくれよっ!」



「私だってもっとお前と一緒に居たかった。色んなこと教えたかった…でももう無理なんだ」



「なんでそんな簡単に諦めてるんだ!いつもなら立ち向かってる筈でしょ」



「少し無理をしすぎたからな。この腕が治ることはもう無いんだ」



「えっ。もう治せない…?」



「ああ。だから今逃げても再び襲われる。私は以前の様には戦えないし、またすぐに襲撃してくる。後は分かるな?」



「ッ!クソッ…チクショウ!!俺まだアンタに何もしてあげられてないんだぞ!」



 右拳を地面に叩きつけて悔しがる新太を見て、銀髪の女性は懐から古ぼけた紙を取り出すと一緒にそっと新太の頭に手を乗せる。



「なら私をいつか救いに来てくれないか?」



「へ――?必ず…すぐに助げにぎまず!」



 泣きながら、表情がぐちゃぐちゃになりながら、目の前の女性の願いを聞き入れる。



「そんなに急がなくていい。この地図を見ながらゆっくりとこれから出会う友達と一緒に回り道をしながら、最後に来て欲しい」



 そっと小指を差し出して互いの指を絡ませる。



 そしてこの場から3人の少年少女は姿を消した――。



「でもやっぱり…もっとお前達と笑っていたかったなあ」



 そして銀色の髪が揺れ、黒い影がゆっくりと彼女に迫っていく――。













「う…ん?あれ、ここは?」



「大丈夫?まだ痛い所は?」



 包帯に巻かれた少女リオは木を背もたれ替わりにして座っているカランに尋ねる。



「ありがとうカラン。ところで先生は?」



「んーなんて言えばいいんだろう」



「先生は俺達を逃がすためにあの森に残ったよ」



 リオが見上げると木の枝に座っている新太を見つける。そして新太が言っている事が分からなかった。



「なんで!?なんであの人が犠牲になったの?」



「俺らが弱いからだよ。何もできない弱い人間は奪われ続けるのが戦いなんだからな。でも俺はあの人を助ける!強くなって今度こそアイツらに勝って救い出す!」



 沈みかけている日に手をかざして、少年は目標を掲げ今日の出来事を一生忘れないと心に決め、強く在ろうと志す――。

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