第二章
25話「哀しき門出は王都から」
第2章
「さて皆さん。一端注目をお願いしまーす」
パンッと手を叩いて視線を集めさせている少年が一人。茶髪に近い色で短めのツンツン寄りの髪型をした輪道新太という少年。魔物の凶暴化に対抗するため彼はこの世界に召喚された。
「どうしたのよアラタ。足踏みしてる場合じゃないんでしょ?」
歩いている足を止めて新太の方へ向ける少女は、短いデニムパンツを身につけ、紺色の上着を羽織って黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオという少女だった。
「ああ。足踏みをしてる場合ではない…それは間違いない。だが足踏みをしなければならない状況に陥っていることは確かだ」
「え?なに。もったいぶらずに言ってよ」
「それはカランの口から言ってもらった方が事の重大さがより伝わるはずだ。さあ答えていただけますかね?」
新太は手の平をフード被っている人物に向ける。その人物は「はあぁ」っと溜息を吐いて嫌な顔をしながら2人の方へ視線を向ける。
「当面の間はどうやって資金面の問題を解決していくか。でしょ」
ローブに付いているフードを外すと可愛らしい容姿をしている人物が露わになる。首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた中性的なカランという人物。しかし性別は男である。
「え…お金?なんで」
「冷静に今までの旅を思い返してみろリオ。宿代とか食費とかは誰が出していた?」
「師…匠」
リオが言っている師匠とは長い銀髪が腰まで伸び、黒い上着を羽織った人物。名はレオイダ・クメラと言い、この世界で新太達に生き方を教える存在だった者。
そんな彼女は敵襲に遭い新太達とは離れ離れになってしまっている。
「食料に関してはまだ何とかなるとしても、その他に関してはどうしていくの?私達あの襲撃で荷物の大半はあそこにある状態だよ」
「ああ。お金の『エル』は持っていないし、俺はもう無一文だ」
「早速この旅詰んでるじゃんか。クメラを助けるなんてこのままだと無理だぞ」
「そう。このままだとな…だが俺達が飛ばされた先が『ある場所』に近ければまだ金銭面は何とかなる可能性が高い」
「「ある場所?」」
2人は疑問を浮かべる表情をすると『ある場所』について考えだす。そしてカランが「はっ」と気付くと自然に答えを口に出す。
「王都。イニグランベか…でもそこでなにをするの?お前行きたくないんだろ」
「なあカラン。前に新聞の記事を一緒に読んだだろ。あの記事に王都の何が書いてあった?」
「イニグランベ王国にて大会を開催する…それに出るつもりか?」
「でもアラタ行きたくないんじゃ!?」
「ああ…正直行きたくないよ。扱いは正直冷遇されてたし覚えられてたら絡まれる可能性だってある。でももたもたしてる場合じゃないしな」
そして新太は一枚の古ぼけた紙を2人の前に広げて見せる。そしてその古い紙にはどうやらこの世界の地図が記されていた。
「これは何?アラタ」
「先生と別れる前に渡された物だった。それにこの地図には意図的に印が載ってたんだよ」
新太は地図の3ヵ所に指を伸ばすと、丸に囲まれた島が載っている。新太達が現在居る国はイニグランベという西に位置する国である。残りは南の国。東の国の3ヵ国がこの世界の大きな都市になっている。
そして丸で囲まれている箇所はその各国から離れている島であった。
「先生のことだからこの行った先に何かを隠している。もしくは神代器があるのかなって思ってる」
「でもこれ、見る限り相当古いし地形も変わっている可能性はあるね。それに…ふ、船も借りなきゃ駄目だろうしね」
「そのために国の大会に出てある程度の金は貰う。できれば2人にも出て欲しいんだけどな~って…」
「僕は目立つ行動はしたくない。クメラとの取引で一緒に行動してるということを忘れないように」
そう言ってカランはスタスタと歩いていく。肩を落として落胆する新太に追い打ちを掛ける現実がもう一つ。
「私も手伝いたいけど…武器が全部壊されてるのよ」
「マジかよ。カランに貸してくれるように頼もうか?」
「私が出ても意味はないよ。大会ってことは専用の戦場(フィールド)で戦うんでしょ?私の得意武器は遠距離の弓。特別な魔道具を持っている勇者相手じゃ話にならない」
その意見を聞いて正直新太も納得してしまっていた。接近戦が出来ても決め手が無ければ不利になるのは魔道具、神代器を持っていない側の人間だ。
「くぅ~狙うは3位以内か…」
「無理して勝たなくていいからね?それで旅が出来なくなったら元も子もないから」
「分かってるさ。マジで無理なら自分から降参するよ…それより先に行ったカランを追いかけようぜ」
新太達は先に進んでしまっているカランに追いつくために小走りで追いかける。そして進んだ先にカランが伏せている姿が見えたので、静かに声を掛ける。
「どうした?何かあるのか」
「アレを見て」
カランの指を指した先には一つの馬車が走っている。しかし様子がおかしいことに新太とリオが気付く。
馬車の後方から大きな土煙を巻き上げながら馬車を追いかけていたのだ。
「なんだアレ!?」
「魔物に襲われてるんでしょ!あの馬車助けて、王都まで乗せてもらう算段でいこう」
そう言ってカランは魔力を体に纏わせて襲われている馬車に向かっていく。
「やっぱりアイツ腹黒いぞ」
「ほら速く行こう!」
「それにしても、モグラの魔物とかも居るんだな」
新太達は無事に襲われていた馬車を助け出した。襲っていたのは大きなモグラの魔物であり、特別に対したことは無かった。
「あの手の魔物が脅威なのは地中ですからね。引きずり込まれないよう立ち回りさえすれば対処はしやすいんですよ」
カランの言う通りで、新太が全力を込めた一撃を地面に向けて打ち込み魔物の動きを制限した所で、リオの炎の魔法で縛り上げた所でカランが止めを刺す。
これによって魔物は攻撃する暇もなく倒れていった。
「本当に助かりましたよ~ありがとうございます」
「いやいいっすよ。こうやって馬車に乗せてくれるだけで」
襲われている馬車を魔物の手から助け出した新太達は荷台に乗せてもらうということでお礼の話は着いた。
「そういえばおじさん。ここから王都までどのぐらい距離がある?」
「ここからだと~2時間ぐらいかな」
「2時――」
「ん?どうしたリオ」
「い、いや。なんでもないよ」
「目的地も一緒だなんて、運が良いですよね!アラタさん」
「うん…そうだね…」
営業スマイルで明るく振舞ってくるカランを見て、もはや何も言うまでもなく返事をするだけだった。
こうやって馬車に乗せてもらい、揺られながらゆっくりと王都へ向かっていく。風を浴びながら景色を眺めていき、見たこともない動物などに目を輝かせながら新太は浮かれた気分で進んでいく。
そうしていると進む先に大きな壁が見えてくる。新太は身を乗り出して見ようとするが、視界の端にリオの顔色が悪くなっているのを気付いた。
「どした?リオ」
「いや…その。気持ち悪くて」
「先に言ってよ!遠くの景色をずっと見てるんだぞ。着いたらすぐ宿屋で休むからな」
「ん?宿…」
新太がリオを介抱しているとカランが何かに気付く。そうこうしているうちに城の門前まで距離が近くなると新太達は荷台から降り始める。
「悪いね~。ここから先は検問とかが厳しくなるから兄ちゃん達が乗ってると話がややこしくなっちゃうんだよ」
「いいよいいよ。ここまで送ってくれるだけでありがたかったし。じゃあ、さようなら!」
酔いつぶれているリオの肩を支えながらここまで送ってくれた中年の男性にお礼を言うと、門の先へ進んでいく。
門を潜り抜けた先の光景は、どの村や町より賑わっており人通りも多く様々な亜人種も歩いていた。
「やっぱり多いな…こんなに多いと住もうとは思わないぞ。とにかく宿を探そうぜ~カラン」
「いやそれは無理な話だよ」
「えぇ何で?」
「さっきも言ってただろ?金がないって」
「あぁ…そうだった。つか大会もいつ行われるかも知らないし」
「うぅぅ…じゃあどうするの?外で過ごす?」
「それは危険が高まっちゃうな。こういった王都みたいな人が多く集まる所には表向きではない人間達が存在している。そこから追い剝ぎにでもあったら今度こそ終わる」
「そういやここで住まわせてもらってた時に、ボロボロな人とか結構いた気がする」
「外が危険ならどうするのよ?」
「今思いつく方法は2つ。1つは今からどこかで依頼をこなして金を稼ぐ。そして2つ目は高そうな金品等を売る」
「現実的なのは依頼をこなすことだろうな…でも大会の日程次第じゃ話が変わってくる」
「でも売るって言っても私達には何も無いよ?」
3人は無言で唸っているとカランが小さく「よし」と決意を固めて2人に言い放つ。
「物を売って金を稼ぐ方法に切り替えよう。それなら時間も使わないし出る大会の準備も出来る」
「でも売るってさあ…まさかお前盗む気じゃねえだろうな!?」
「それは考えたけど王国警備隊に追われる可能性が高まって、目的地に向かうことが難しくなる」
(サラッと考えんなそんなこと…)
「じゃあカランの考えは?」
無言でカランは自身が来ているローブの内側に手を突っ込むと一本の剣が出てくる。ローブには特別な能力があり、それはこの世界では『神代器』と呼ばれそれは概念すらも捻じ曲げれるという代物。カランはそれを所持しており、その能力とはローブの内側には様々な武器や道具を収納し自由に取り出せるという代物である。
「自分の集めた武器を売っていく。それなら格安の宿なら5日は凌げるはずだ」
「いいのかよそんなことして!?お前の戦い方が制限されるってことだぞ」
「ああ。だから自分にとって大事な物は残そうと思う。魔道具類とかは高値で売れるし、武器はまた集めていく。その代わりアラタ!お前には少なくとも入賞はしてもらうからな」
カランの意志をくみ取った新太は無言で頷き、目の色が変わっていく。その様子を見たカランは振り向いて歩き出していく。
「じゃあ僕とリオは武器を売って金を稼いでくる」
「アラタは出場登録の方をしてきて。宿の方も私達が済ませておくから」
「ああ。そっちも気を付けろよ~」
リオとカランと別れて別行動をすることになった新太は王国内を走り回っていた。
この王国の周りは高い城壁に囲まれている。その内側はⅩ状に仕切られておりその中心に城が立てられている。
現在新太が居る箇所は王国の北側の門から入ってきたため城目掛けて走っている。王国側が催し物を開催するという事は城の近くで行われる可能性が高いと判断したのだ。
だがしかし――。
(と、遠い!遠すぎる!!一直線で走ってるのに全然近づいている気配が無い…)
空を見上げて風の魔力で屋根の上を走っていこうかと思ったが、警備隊に捕まってしまうのではないか?と考えがよぎりそれは断念した。
「乗り物って言っても結局は金が掛かる訳だしな…どうしたものか」
「あれ?新太君?」
唸っている新太に突然若々しい声が掛けられ恐る恐る振り向いてみると、そこにはこの世界に同じ時期で召喚された男性。大島克己(おおしま かつき)が立っていた。
ウルフカットの様な髪型で金髪に染めていて、以前着ていた服装とはかけ離れており鉄の鎧に赤色と白色の布で飾り付けがされている物を装備していた。
「え、克己さん!?」
「久しぶりだな~!どのぐらい会っていなかったっけ?」
「俺だって覚えてないですよ。でも健康そうでよかったっす」
「まあな。それで?お前は武器とか見つかったのか?それと裕樹は?一緒じゃねえのか」
「武器は諦めて魔法とか素手で戦っていくことに決めました。裕樹とは…まあ別行動で旅をしてる感じですね」
「ほーん。てか王都(ここ)に居るってことはお前も大会目当てか」
「実はここから先の旅のためにはやっぱり必要なんですわ」
「じゃあ手続きはもうしたのか」
「いや。今からしに行くところ…克己さんは?」
「俺もさっき来た所だからまだだな。丁度いいし一緒に行こうぜ」
新太は心の中で喜ぶと無言で頷く。そこからは克己の仲間がここに来るまで自身達に起こった出来事について話をして情報交換などを行った。
「え!?瑠香ちゃんと凛さんの建てたギルドって商業系なの!?」
新太の言う瑠香と凛という人物の名前は、克己や裕樹と同じでこの世界に呼ばれた者であり以前新太が見た掲示板にそういった記事が載っていたのを思い出し聞いてみたのだが、意外な物を設立していたらしい。
「俺も話を聞いたぐらいしかしらないけどな」
「凛さんはともかく瑠香ちゃんも一緒にいたとはなあ…何が起こるか分かんないな」
「全くだな。女性陣はもっと冒険をするべきだと思うけど…お?来た来た」
克己は寄りかかっていた体勢から元に戻ってから手を振り始める。克己の視線の先には3人の人物と一つの馬車が新太の目の前に立つ。
「カツキさん。買い物は無事に終わりましたのでいつでも出発は出来ますよ」
克己に話し掛けてくるのは眼鏡を掛け、かき上げた茶髪の髪。マントで着飾った鎧が特徴な代物を身に付けていた。
「あと一ヵ月ぐらいは王都に居ようよ~」
周りに気怠そうに提案をしている女性は、ヘアゴムでポニーテールの髪型に水色の髪。全体的にブカブカしている布整の装備をしていた。
「ハッハッハッ!そんな長い期間居たら体が鈍ってしまうではないか」
大きな声で笑い声を上げる大きな男は身長は高くゴツゴツとした鎧を着ており、頭部には2本の角が生えたようなデザインの兜が特徴な人物。
(た、多分この人が一番強い…と思うな)
新太はそんなに実戦経験が豊富な訳ではないが、中々に濃い戦いをしてきた。そんな浅い経験の新太でも不思議と感じ取れた。
「カツキ。この少年は?」
「ああ。前に話した輪道新太だよ」
「ほお。この者が…私はドリオンだ。よろしく頼む」
「お、おう。よろしくお願いします」
「別にかしこまらなくてもいいんだよ?ドリオンこんないかつい鎧着てるけど君と変わらない10代だから。あ、私はニーナって言いまーす」
ニーナと名乗った水色の髪をした女性は額に指でVサインを作って笑顔を見せてくる。
「え!?そうなの…そうは見えないんだけど」
「彼は年齢もそうですけど抱えているコンプレックスがまだありまして、それを隠すためにこういった鎧を着ているんですよ。僕はロアンです」
「このメンバーで旅をしてるんだ。よし行こうか大会の受付に」
「ああ!本当にありがとう!」
克己の仲間達と共に新太は馬車に乗せてもらうと会場に向かって走り出していく――。
「ああ~乗り物に乗って進むのって本当に楽だ~」
「新太は移動面に関してはどうしてんだよ?」
「基本徒歩だったよ。まあ馬車とかが通り過ぎる時とかヒッチハイクみたいな感じで乗せてもらってた」
「え~大変でしょそれ?移動面に関しては乗り物は必要不可欠だよ」
「財布の中身がもうカラッカラッなんでね。とりあえずこの大会で入賞して目的地までの路銀を取るつもり」
「ハッハッ簡単に言うとは余程自信があると見えるな」
「まあ…友達に苦労は掛けられないからな。そういや皆はどんな戦い方とかするの?俺あんまり魔物と戦わないからこの世界の常識みたいなの知らなくてさ」
「僕達の戦いですか。珍しいことは特にしてはいないですよ。攻撃するのはカツキさんで注意を惹きつけるのはニーナさん。後衛には僕とドリオン。という戦い方でやっていっていますよ」
(へ~やっぱりゲームでいうタンクみたいなポジションは必要なのか…俺達で言うなら後衛にリオで攻撃はカランで問題は無さそうだ。けど問題は…俺か)
攻撃が出来なくても防御手段でもあれば前に立ち続ける戦い方は思いつくのだが、新太にはその手段は限りがある。
「やっぱ魔力面の成長が必要だなあ」
「どうしたんだよ考え込んじまってさ」
「今後の人生設計を考えてたら鬱になりかけちゃった。それよりさニーナさん。相手の攻撃を惹きつけることに関して色々教えて欲しいんだけど…駄目ですかね?」
「呼び捨てでいいよ~。まあ私に答えられる範囲でお願いね」
「ありがとうニーナさ…ニーナ。早速なんだけど…あれ?ニーナが惹きつけんの?ドリオンじゃなくて?」
「あ、やっぱそこに気になる?」
「気になるよ?だってこんなガチガチな装備してるんだよ?まるで超巨大モンスターを一狩りいこうぜする雰囲気を醸し出してるよ?」
「こいつこう見えて実は、補助魔法とか得意なんだってさ。だから結構勘違いされて色々といざこざが起こっていたそうだ」
「え~だったらその装備外せばいいんじゃねえの?」
「それは私とて難しい。こんな身なりをしているのには訳があってだな――。」
ドリオンが自身の兜に手を近づけて持ち上げようとしていた瞬間。進んでいた馬車が止まり話が遮られる。
「勇者様ー?目的地まで到着致しましたー!」
「着いたみたいですね…それでは降りましょうか」
「ちょっと?俺まだ気になること言われてないんですけど!?」
「すまないが、人目が付く所では出来ないんだ。またその時が来たら」
「え~」っと期待していた物が見れなかったため落胆してしまう。しかし気持ちを入れ替えて馬車の外へ飛び出す。
降りた先に待っていた光景は新太が住んでいた世界のイタリアに存在しているコロッセオのような石で造られていた建造物が目の前に広がっていた。
「ひゃ~すっげえ。この中で戦うの?絶対緊張で死んじゃうって…」
「おーい何止まってるんだ?こっちで参加の登録が出来るみたいだぞ」
克己の呼びかけてくる声で我に返ると受付席に向かっていく。しかしその足取りは少々おぼつかなく、今の自分はプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだと理解する。
「大丈夫か?アラタよ」
「いや…ここで戦うんだって思うと一気に気怠さが襲ってきて」
「なんか分かるな~大学の試験当日とかそういうのが襲って来るものだしな」
「それとこれとはなんか違う気がするなあ」
「ハハッ。それじゃあさっさと受付を済ませてしまいましょうか」
そう言って克己達4人は近くの受付席に話しかけ始める。そして1人になってしまった新太は自身の右手を広げてゆっくりと握りしめる。
これから先は1人で戦っていかなければならないと思うと不安になってしまう。だが約束したのだ――。救い出すと。例えそれが遠回りな道を辿ってしまうとしても1歩1歩を踏みしめていこうと。
「うし。行くか…すみませーん。この大会に参加したいんですけど」
「え?あぁすいません。この大会はこの世界に召喚された勇者様とその仲間しか参加は出来ません」
「ええ。知ってますよ。自分もその召喚に巻き込まれた1人なんで、参加権はあるはずです」
「失礼いたしました。それでは名前と召喚された国を教えていただけませんか?」
「召喚されたのはイニグランベで。名前は輪道新太です」
受付を担当していた女性のペンの動きが突然止まる。
「すいません。もう一度お名前をお願いいたします」
「え?輪道新太です…」
「申し訳ありませんが身分を証明する物はありますか?」
「それってやっぱり必要…なの?」
「い、いえ。お伝え辛いのですが…貴方は死んだ者として扱われております」
「……ん!?」
予想もしていない返答が来たため新太は驚いた猫の表情みたいな顔をしていると、横から様子を見ていた克己が様子を伺いにきた。
「今度はどうした?」
「いやぁ~俺ってこの世に存在しているのかなぁって自問自答を繰り返してるんだよね…」
「は?こいつは一体どうしたの?」
「彼の事…リンドウ・アラタ様は死んでしまっていると報告されている状況でして…自身の身分を証明出来る物を提示してくれれば参加は出来ると思うのですが」
「えーなんだそりゃ。それで何か持ってるのか?」
「持ってないよそんなの。だって保険証とか使える訳じゃないから…それに今から作れたとしても偽造の可能性とかで参加は難しくなると思うし」
「それなら新太の生死に関して誰が報告したのかだ。そいつを見つけて嘘だという事を自分の口から言ってもらうしかないな。心当たりがある人物は?」
「……正直ある。というかそいつらしかいない」
「そいつ。ら?」
「ねえお姉さん。転堂裕樹って奴はこの大会に参加するの?」
「は、はい。先程登録をお済になられました」
「まだ近くに居る可能性もあるのか…なあ新太。裕樹は何人パーティーなんだ?」
「えーと。俺が居た時は5人だったから、今は4人のはず。増えていたら分かんないけど」
「なら探そう。俺達も手伝うから」
「ほんっとう…に助か――」
新太は克己に手を合わせて感謝をしていると闘技場の出入口から見知った人影が出てくる。一目みた瞬間に手から汗が滲み出てくるのが分かった。
「たった今。探す手間が省けたよ…そこに裕樹が居るから」
新太達の姿を見ると歩みを止めて無言でこちらを見続けてくる少年は、短めの黒髪ツーブロック寄りの髪型。着こなす服装も前より豪華になっており、白色を基調をした身動きが取りやすい装備になっていた。そして背中には赤色のマントを取り付けて腰元には細くて長い青白く光る剣を携えた少年。『転堂 裕樹』(てんどう ひろき)がそこに居た。
「お?これはこれは死んだしまっていた筈のアラタさんじゃないか。こんな所で会うとは感動だねえ」
その裕樹の横から出てくるのは大きな体格を持ち、その身体を鎧で固めた褐色肌の男性。その名をブラハードが人を小馬鹿にした表情で新太の前に立つ。
「ちょっと退いててくれねえか。今は裕樹と話をしたいからそこを――。」
「それは出来ませんわ。ヒロキ様はお疲れの体を休めなければならないんですの」
威風堂々とした態度で新太の言葉を遮る女性はどこかの貴族の様な服装で凛とした雰囲気な態度に金髪でロールを巻いた長髪で大人びた女性で名前はルベル。そのルベルが片手を新太の前に出して止めに入る。
「様って…お前そんな裕樹を慕う様な奴じゃなかっただろ」
「心が変わったのよ。誰だってこの人の強さを目の当たりにしたら変わるのは当たり前なのよ」
「そうか。別に否定はしないからいいけどさ、なあ裕樹。お前なのか?俺を死んだって事に事実を捏造したのは」
「……」
しかし裕樹は何も答えない。それどころか目を合わせようとしない姿を見て心に何かが刺さった様な感触を味わう。
「死んだって事にしようって提案したのは俺だよ。ヒロキさんの心に深い傷を負わせたままなんて、そんな事出来ないだろ~」
(裕樹はコイツらにされるがままの状態になっているのか…それとも)
ふぅ~と息を吐いて新太はさらに裕樹に問いをし続ける。
「裕樹。お前は何が望みなんだ…?俺はお前に何かをしてしまったのか?俺があの時から何も出来なかったからか!?」
「別に、お前が謝る事は何もないさ。けど一つ約束をしてくれるなら死の捏造に関しての話は無かった事にする」
「約束?」
「この開催される大会で俺と戦うことになるまで負けない。これを約束してくれ」
「その約束は互いに守れる物ではないだろ。どっちかが負けた時点で破綻するだけだ」
「それならそれでいいさ。そしたら俺達の関係はそこで終わりなんだよ」
裕樹は何を望んでいるのかは分からない。だが『関係』という言葉を聞いた瞬間に絶対まともな答えが返ってくるとは思えない。
「分かった…それで参加が出来るのならそれに越したことはないからな」
そして裕樹たちは物静かな雰囲気でこの場を後にする。しかし最後の去り際に裕樹の目はとても冷たい目と口元が少しニヤけていた。
「いいのかよ新太…こんな何も解決しないまま別れて」
「今どうこうするよりも目的の方を優先しないといけない。アイツが何を求めているのかを知るためには、どこかのタイミングで戦えば分かるから」
「でもアイツは神代器を持っていた筈だ」
「分かってるよ。でも俺は神代器よりもやばい奴に会ってるから大丈夫。さあ受付のお姉さん?俺の参加権限はこれで大丈夫なはずでしょ」
「は、はい…あのヒロキさんの知り合いで彼の言うことなら間違いないはずですので、こちらが申請書になりますぅ!」
受付嬢は慌ただしい様子で一枚の用紙を出してくる。その紙には参加要項に関する文章や条件。責任や報酬についての説明事項が書かれている。
この世界の文字に少し慣れていない新太はほとんどを無視して名前を書く場所に自身の名を書き綴り用紙を提出した。
「おや?参加するのは貴方1人だけなのですか?その他にあと2名参加出来ますけど…」
「ん?でもそれ絶対じゃないんでしょ?いやあ友達が参加したくない。出来ないって言ってるもんでね。俺1人の参加ってことでよろしくお願いしまーす」
「え!?あの!?」
これ以上面倒事に巻き込まれるのは嫌なので新太は逃げるように用紙を渡してその場を離れる。呆気に取られていた克己達も新太を追いかけ闘技場を後にする。
その場に残された受付嬢達は仕事が増えるのは嫌だったためその書類を受理し、元の業務に戻り始める。
「ま、待てアラタ!大会に関しての日時などは聞いたのか?」
「あっ」
ドリオンが大声で呼び止めて詳しい話を聞くために完全に立ち止まる新太。
「すっかり忘れてた。何するのかも聞いてないし」
「い、いや。聞けたのは日時だけで何をするのかまでは分からなかったのよ。でも本当に1人で参加する気なの?」
「あの場でも言ったけど参加してくれないんだよ。1人は目立つのが嫌で1人は実力不足だって出てくれないしさ~そんなことないと思うんだけど…」
「仮にチーム戦だった場合はどうするんですか?」
「でも絶対に3人じゃなきゃいけないなんて参加条件は無かった。人数は多ければ優勝に傾くけどそうじゃない作りになっていると思うんだ」
「う、うーむ。しかし…」
「簡単に負けないように上手く立ち回るつもりさ。それにもし俺と当たったとしても手加減とか要らないから」
「元よりするつもりはねえぞ新太。5日後にあの闘技場で」
「5日後か…本当にありがとう。克己さん」
そして克己は他3人を引き連れて新太と別れる。完全に見送った後新太もリオ達と別れた場所へ走って引き返す。
(5日後。と言っても今日が終われば残り4日か…その間に何とか物にしたいけど間に合うかな?)
「アラタ…帰ってくるの遅いね」
「もしかしたらまた厄介な面倒事に巻き込まれたかな」
新太の帰りを外で待つのは先程別れて行動していたリオとカラン。時間は進んでもう夕刻になっていた。
「そんなに面倒事を引き寄せる訳ないでしょ。確かに結構多かったけど…この王都で仮に事件が起きても警備隊が解決するはず」
「そうだといいけどさぁ。はあ…結構武器がなくなっちゃった」
現在カランは自身の持つ神代器の中に収納していた武器のほとんどを売り捌いた。自身の強みである手数を自ら手放したと言っても過言ではない。
(また言ってる…もう~速く来てよアラタ~)
「…ん?」
カランの耳に走って近づいてくる足音が遠くから聞こえてくる。その音はよく耳にしているため直ぐに判別することが出来たカランは立ち上がり近づいてくる者に向かって歩き出す。
「多分着たよ」
遠くから走り方のフォームが崩れていて息が絶え絶えの新太の姿が見えてくる。その姿を見た2人は内心少し引いていた…。
「あ゛ぁ…やっと、やっと見えた…!」
「す、すごい顔になってる…。それで?受付は済ませてきた?」
「ま、まっでぇ。少し休ませてぇ…」
腰に手を当ててゆっくり呼吸のタイミングを落ち着かせていく。そして話せるようになった瞬間新太は大会についての話を切り出した。
「なるほど。参加は出来た訳か…けど3人までは参加可能という点を聞くと試合形式は結構変わってくる可能性があるね」
「だろ?今からでも間に合うかもしれないから参加を――。」
「言ったろ?目立つのは無理だって」
「えぇ~リ、リオは?」
「でももう出しちゃったんでしょ?今更仲間が見つかりました~ってなったら色々とルールが破綻して纏まり切れなくなるから無理だと思う」
「ぅぐ…」
「しかし困ったな。個人戦ならともかく団体戦になれば勝ち目はかなり低くなる…開催は今日を除けば4日後」
カランは腕を組んで思考を巡らせている。そうなってしまうにも無理もない。いざ戦うにしても人数の多さが勝率に直結する場面は多くある。
「よし。アラタは明日から大会に向けて修行をしよう。1対1の戦いや複数人での戦闘に慣れておく必要がある」
「それは願ったり叶ったりだけど、誰が相手をすんの?魔物か?」
「その相手は僕とリオがする。その際にアラタは戦い方を自分で学んでもらうしかない…もしそれが嫌ならお前の言っていたヒロキに負けるだけだ」
「やるよ。今はこの道を通らないと先生との約束を果たすのが遅れちまうから」
「じゃあ修行は明日からするのよね。今日はちゃんと休んで、4日間頑張ろうアラタ」
「ああ。じゃあ4日間頼む。絶対負けたくない奴もいるから」
大会まで残り5日。3人は夕陽の日差しに当たりながら宿に向かう。苦しい事が起こっても少年は気楽に話す人が近くにいるだけで心が軽くなり、何度でも笑えるのだ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます