2話「生き抜くために」前編
朝陽に照らされ重い瞼をこすりながら立ち上がる。髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っている少年。輪道新太が険しい表情で銀髪の女性を見る。
「おはようございます…先生」
「お、おう。朝からご機嫌斜めだな」
長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラが少し新太から離れて声を掛ける。
「あ~俺寝起きが悪くて勘違いされやすいんですよ。全然元気です。それとずっと見張ってもらってすみません」
「そうなのか…見張りの事は気にするな。昨日までのお前は怪我していたからゆっくり休むべきだ」
「先生…」
「まあ、次からは交代交代でやってもらうぞ」
「わかってますよ」
「さて、次の村か町を目指すか」
銀髪の女性はカバンから紐で巻かれた古ぼけた紙を取り出し見つめ始めた。それは見たところ地図のようで次の目的地を決めている。
「それって地図ですよね?」
「ああ。このイニグランベ国が載っているものだ。そういえばアラタはこの国から出たことはあるのか?」
「いや。出たことはないですね。長く居ても王都ぐらいしかなくて、そのほかの地域は全然しらないです。知ってるのはこの国が西に位置しているぐらいですかね」
この世界は主に3つの大陸が存在しており、新太がいるのは西の方角にある国。イニグランベに呼ばれたのである。
「そうなのか。ならいつかは別の国に行ってみるのもアリだな」
「おお!それは楽しみだな」
例え魔物が入り浸る世界でも、ここは新太がよく知る世界ではない。別の世界ならではの景色があるのなら見て回りたい。
「そうか…なら目的地は決まった。そこで道中で魔力の使い方を教えていくからな」
「押忍!お願いします!」
そういって銀髪の女性に続いて歩き出す新太に疑問に抱いた質問をする。
「て言っても具体的になにをするんすか?」
「アラタ。魔法と魔力の違いはわかるか?」
「え?お、同じじゃあないんですか?」
「まあ、違いは少ししかないが…簡単に言えば、魔力は自分に備わっている力という物。そして魔法は自分の魔力を使って、別の物に変換した物。まあ手から炎とか水を出したものが魔法。わかったか?」
「お、おう。なんかなんとなくわかった気がする」
新太はこの世界に来るまでは友人達とよく二次創作物を読み、集まってよく話をしていた。そのためか、脳が勝手にイメージを植え付けていく。
「そして、今日教えるのは魔力の方。理由は、魔力の感覚を覚えないといけない『体』にしないといけない。何か意見はあるか?」
「いえ、それが必要なことならやります…でもそれは具体的にどんな修行するんすか?」
「この世界の魔力は、各生物の体の周りを覆っている。しかし覆っているとはいえ、その流れ方は一人一人違っている。そこでお前には自身に流れている魔力感じ取ってもらう」
「なる、ほど?」
「そしてもう一つ。アラタ一回蹴ってもいいか?」
「え?何言ってるの!?俺殴られて喜ぶ変態じゃないよ?」
「じゃあ行くぞ~」
「聞いてよ話を!おわあっ!?」
しかし飛んでくるのは足先ではなく目の前にやってくるのは拳であり、新太は目を瞑って後ろに倒れこんで避ける。
「分かるか?」
「何が!?」
「相手からの攻撃を避けるために、お前はいちいちそんな大袈裟に回避するのか?相手は馬鹿正直に言った通りに行動してくれるのか?」
「ん……」
「もうこの世界はお前が暮らしていたところじゃない。生きるか死ぬかの世界なんだ。そこで一番に実戦経験。その次に魔力の習得。これを出来るだけ早くやってもらう」
目の前に立つ銀髪の女性は、手を開きその上に小石を生成する。目の前に起こっている現象に目を輝かせて見る新太は、見惚れていた。
「この、魔法で生み出した小石を魔力で壊してもらう」
「ん?どゆこと…」
「この小石は多分のお前の握力じゃあ壊せない。なら壊すためには?」
「魔力を使う…!」
「ああそうだ。実際に今握ってみろ」
ぽーんと投げられ両手でキャッチする。その小石は意外にもズッシリと重たく触った感触はそこら辺にある石と遜色ない手触りだった。
「ふぅ~フンッッ!!うぐぐぐぐぐ!」
両手いっぱいに力を籠める。がヒビが入る様子は一切なく、息を切らしながら諦めてしまう。
「か、硬い…!」
「そりゃあそうだろうさ。絶対に今のお前じゃ壊せないぐらいに造っているからな。だが、魔力扱えれば…」
新太から取り上げると、親指と人差し指だけで簡単に小石は砕け散った。
「うお!?」
「いいか。この指2本だけでお前は簡単に死ぬんだ。それが嫌ならば死に物狂いで身に付けろ」
生唾を呑み込み鋭くなった眼光に耐えながら、自身も目で返事する。意図が伝わったのか再び手の上に小石が生成され、それを静かに受け取った――。
――――――――――――――――――――――――――――
実戦訓練と魔力習得を始めて、早5日が経過しようとしていた。
しかし結果は上手くいかない時間が続くばかりである。人との殴り合いなんてしたことない新太は顔は殴られ蹴られの日々。進む道中は早く移動する彼女に追いつくために全力疾走。岩山や木を登って傷が増える日々。
流石に倒れこんで気絶するまで、肉体的にも精神的にも追い詰められた。
「はあ…はあ…ダメだ。全然割れる気配がない。先生なんかコツとかないの?」
「何度でも言うが私とお前の魔力の動きは全く違う。私の感覚を教えたとしても、後悔するのはお前自身だ」
「あれ、先生どこへ?」
「飯の確保をしに行く。お前は適度に休んでおけ」
銀髪の女性はスタスタと林の奥へ入っていき、この場に新太は一人取り残される。
(うっ…あの人の手料理不味いんだよな)
精神的に追い詰められている要因の一つとして彼女の作る料理は新太にとって非常に不味く、食べれたものじゃないと毎度嘆いている。
「休んでおけって言われても、早く出来るようにならないと…!」
新太は右手に握りしめている小石に目を見やると、力一杯さらに握りしめる。だが変化はない。
そうしていくうちにどんどんと時間が流れていくと同時に不安感が新太を包み込む。
(やばい。どんどん自分がダメになっていきそうだ…このまま何も成長しなかったら?また俺は見捨て、られる!?いやだ…!また一人になるのは!」
すると腹の奥底から何かがなだれ込むように迫ってくるのを感じる。腹部から腕へ、脚へと包み込んでいくのがなんとなくで分かる。
そして両手で握っている小石を見ると――。
ヒビが入っていた。
「はあ!やった…出来た!痛っ!?」
小石を地面に落とし、自身の手を見るとパックリと皮膚が割れ血が流れていた。これも魔力が弱いからなのだろうか。と深く考える。
「多分この石を割るために使った魔力が足りなかったから、俺にダメージが返ってきた…みたいな感じかな」
ノーダメージで壊すためには魔力の出力を上げ、自身の力を底上げしなければならない。だが、それでも――。
「確実に、強くなれるってことが分かった…!!もう一回、今度は別の石で」
新太はそこら中に落ちている石ころを拾い上げては、壊す。その行動を繰り返し帰ってくるまで、魔力の感覚を覚える訓練をしていた。
そして約20分が経ったころ新太の元へ彼女が帰ってくる。しかし銀髪の女性は目の前に起こっている光景を見て別の意味で恐怖を抱いた。
「アラタ!?」
手から大量に出血し、汗びっしょりになって気絶していたのだ。
気絶まではいい。しかし問題なのは血が止まらなくなるまで石を壊す行動をし続けていたことなのである。
「しっかりしろアラタ!」
「ん、あぁ。先生…出来ましたよ。へへ」
「こんな目に遭うまで何故こんなこと…」
「嫌、だったから。また見捨てられるんじゃないかって思っちゃったから…俺は人一倍頑張らなきゃ生きて、いけないから」
「そうか。そうだな。お前は誰よりも頑張らないと駄目だからな。だから今はゆっくり休め」
新太が寝静まった後に彼の両手に薬を塗り、包帯を巻き付ける。回復魔法を使えば傷は完治するが、この傷は新太が努力の末に付けた物。この痛みを辛さを覚えさせておいたほうが、この先彼の為だと思い。治すのを躊躇った。
「……っは!?もう朝?」
「お?起きたかアラタ。もう少しで朝飯が出来上がるぞ」
ボサボサになった髪を触りながら、昨日自分自身に何が起こったのかを思い出す。
「あ、そっか。俺寝ちゃったというか気絶したのか」
「ああ。魔力を限界まで使いすぎた弊害だ。魔力は自分の生命いのちと同等の物だからな…使えば疲労は蓄積するし、奪われれば命が危なくなる」
そう言われる新太は血が滲んだ包帯を見る。一歩間違えれば死に直結する魔力。ゲームの様に魔法で生き返ることは出来るのか。それを聞いてみようかと思ったが、自分が本当に死にかけていたことを思い出すと口が動かなくなる。
「ほら」
なにかを察したのか銀髪の女性は器を新太の前に差し出す。
「今は食べて次の自分を作り上げていこう」
「はい!はむっ………ぶはあぁぁぁ!?」
そして新太は思い出す。彼女が作る料理は食べられる物ではないということを。
「勿体ないだろ。しっかり食べないと本当に死ぬぞ?」
(どうしてこの人味付けは滅茶苦茶なんだ…胃が受け付けてくれないよぉ)
「そうだアラタ。今私の前で小石を割って見せてくれ。それが出来たら次の段階に進む」
「はい!よし…落ち着いて――フンッッ!」
ピシッと亀裂が入っており、数日前より結果を出せるようになっていた。
「出来た!見た!見た!?俺出来るようになってるよ!」
「ああ。ちなみにお前の魔力はどんな流れ方をしているんだ?」
「ん?えーと…腹の底から湧き上がってくる感じですかね」
「そうか。ともあれよく頑張ったな!」
力強く新太の頭をワシャワシャとなで回す。しかし新太の表情は浮かない顔を浮かべていた。
「どうしたんだ?」
「いや、湧き上がってこさせようとする時…必ず嫌な感情というか辛い事を思い出さないと使えないんですよね」
「……!」
気づいたら新太を抱きしめていた。とりあえずそうしていないと気が済まなかったから。
銀髪の女性は耳元で話しかける。
「せ、せせ先生!?」
「いつかそんな事を思い出せないように、楽しい思い出を幾つでも作っていけよ?」
「は、はい…?」
「さて、次の段階に進もう。今お前が行ったのは魔力といっても『攻撃』側の方だ」
「攻撃?」
「生物に備わっている魔力には二つの性質がある。一つはお前が小石にヒビを入れたように、相手にダメージを与える『攻撃魔力』。そしてもう一つは相手からの攻撃から身を守る『防御魔力』だ」
「二つあるの!?嘘っ!?」
「残念だが事実だ。これを覚えないとお前は身を守る手段が無くなって一撃で御陀仏だし、このままだとお前は相手を攻撃するとき常にダメージが自分に跳ね返ってきてしまうぞ?」
「跳ね返ってくる?」
「そうだな…数値で例えてみようか。お前は60の攻撃魔力だけで破壊しようとするが、対象物は攻撃魔力50で防御魔力20としよう。数値の差で10のダメージを与えられても防御の方の数値分が自分に跳ね返ってきてしまう。ならば、どうするか」
「攻撃する際、自分も多少防御魔力を纏っていないといけない。だから小石を割るとき手の皮が破けたんだ」
「そうだ。そして攻撃魔力、防御魔力はそれぞれ100%ずつ扱う事が出来る。おそらく今後のお前は強敵と戦っていくだろうからな」
「それはやっぱり、神代器とか特別な魔道具とかに対して。ですよね」
「察しが良いな。そうお前は厄介極まりない能力のせいで武器、防具すらもガラス細工の様に壊される。気合を入れていけよ?」
新太はこの世界に来て、ある特殊な能力を身に付けていた。それは戦闘に扱う武器・防具は一度衝撃が入れば簡単に破壊されてしまうという、厄介極まりない能力を有していた。
「分かってますよ。それで?俺は何をすればいいんすか?」
「模擬戦闘をやっているだろう?その中に私が指定した部位を攻撃するから、お前は私の攻撃を『防御魔力』で身を守れ」
「でも先生~体に纏う魔力だけで戦っとしても俺は圧倒的に不利だし、どうやったら防御魔力を使用できるのでしょうか」
「少しだけだが、メリットはある。武器や防具を扱う者は使用し続ければ自身の魔力は失っていく。だが体に纏わせて戦う者は、消費は少なく長く戦うことが出来る」
「それだと完全に体力勝負になるってことか。いや相手もそれを理解している筈だから、武器を使う側は短期決戦にしたい筈なんだ」
「そういう人間も居るし、魔法にも攻撃、防御魔力は必要なんだ。技の強度や形成に防御を…威力や速さには攻撃を…どうだ増々必須だと理解出来たか?じゃあ早速実践してみようか。外側に出ている魔力を体の内側に集める感じに近い」
(魔力を内側に……く、うぅ!)
体の外側に溢れている魔力を圧縮する様に一点に集中する。だがコレはかなり難しく集まっていく気配が無い。
(これ…すげえ難しい!外側にある魔力はほぼ自然体で出ているけど、それを閉じ込める様に動かそうとすると筋肉が痙攣を起こしているのか、凄く痛い!)
震えている右手首を抑えながら蹲る新太。その様子を見ていた彼女は早速行動に移す。
「アラタ。今から右腕を殴るからな」
「はい!?…おっしゃこい!」
いきなり新太の右腕に左フックが飛び込んでくる。しかし新太はなすすべなく吹っ飛んでいき、倒れこむ。
「あがっ!?」
「さあ。早く立ち上がれ。実戦経験も積みながらじゃないとお前は身に着かない」
「う゛ぁぁぁ…あ゛ぁい!」
痛みに耐えながら立ち上がる新太。再び身構え彼女に向き直すと、新太は防御することが出来ず殴られる。
その行為が何度も繰り返され立ち上がるのだが、成果は出ない。そして日が暮れ始め体力の方に限界が来ていた。
「はあ…はあ…クソッ!」
「アラタ。いきなり防御魔力を全体に纏わせようとしなくていい。ある一か所の部分に集める感じだ」
(アラタは今悔しがってはいるが、実際はそうではない。これはあくまで訓練なんだと心の中のどこかで余裕を持っている…それを壊さなければ会得は出来ないだろうな)
指を顎に置きながら新太の甘い考えをどうしたら剥がせるのか。深く考え付いた先の答えは思いついたが実行してもよいのかと思うのだが、彼女には時間が無い。
「やるしかないか。アラタ今晩歩き回ることにするから、今は少しでも多く休んでおけ」
「えぇ……?わかり、ました」
ここから先に待っているものとは一体なんなのか、新太は先行きが不安になりながらひたすら休み続ける――。
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