ソヴァール・ハンド 〜装備が出来ない俺の異世界生活がハードモードな件〜

オオモリユウスケ

第一章

1話「失われた証」

 ある洞窟の中で少年が魔物に追われていた。その魔物は大きなオオサンショウウオみたいな恰好をしており、大きな足音を立てて洞窟を揺らしている。



 そんな中、髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っている少年。『輪道 新太りんどう あらた』が大きな荷物を背負いながら、その魔物に追われているのだ。



「おい!いつまで俺はこうしていればいいんだよ!お前らなら倒せるはずなんだろ!」



 少年は暗い洞窟の中を叫び続ける。一緒に来ている筈の仲間に向かって。



 すると――。



 ゴオオオォォォォッ!!と少年の背後が爆発し魔物と一緒に吹き飛ばされる。



「うぉわ!?」



 視界が逆転し中途半端な姿勢になり、仰向けの状態で倒れている魔物と人が煙の中から現れる。



「いや~悪いなぁ、ちょっ~と魔力使いすぎて、回復してたんだわ」



 大きな体格を持ち、その身体を鎧で固めた褐色肌の男性。その名をブラハードという。



「嘘つくなよ!ちょくちょく笑い声みたいな奴聞こえたんだからなぁ!」



「まぁどっちにしてもいいだろ?お前こういうことしかできないんだからな」



「ん…!そりゃあそうだけど…」



 そしてブラハードの後ろから声が聞こえてくる。



「お~い、早くこのモンスターから素材とって金にしましょう」



「おう!今いくわ!アラタはヒロキさんに感謝しておけよ。親友だからお前をこの場に居させて貰ってるだけなんだからな」



 目の前の男に放たれた言葉は新太の心に染み渡る。洞窟の中一人残される新太は、「大丈夫」「慣れているから」と言い聞かせているが、心が痛い。



「新太。大丈夫?」



「あぁ…裕樹か」



 短めの黒髪ツーブロック寄りの髪型に灰色のローブを着て、背中に細くて長い青白く光る剣を携えた少年。『転堂 裕樹てんどう ひろき』が立っていた。



「もう慣れたもんだよ。こういうことでしか俺の存在価値はないから。お前は?裕樹さんよ」



「問題ないさ。俺がまとめないと多分あの人達はあちこちに被害を出す恐れがあるからな…以前みたいに」



「あぁ、そういえばあったな…」



 この少年2人はこの世界で生まれ育った住人ではない。2人はこの世界とは別の世界から呼ばれた所謂『召喚者』なのである。



「それにしてもお前の剣。何度見てもカッケ~よな!俺もそういった武器をつかってみてえな~」



「でもお前は使えないんだろ?戦闘で扱った武器は簡単に壊れてしまうから」



「うん…だから頑張って魔法を覚えようとしてるけど、やっぱり現代人を生きてた学生には無理なんだろうな~でも!いつかは使えるようになって速く役に立てれるようになるからさ!」



「あぁ…期待して待ってるよ。それじゃあ帰ろうか」



「……何でこうなったのかな」



 地面に蹲る形で座り込む。そしてこの世界にきた当時の記憶を振り返る――。




















 人が少なくなった教室で一枚の用紙をみながらため息をつく少年。学生服の中に紺色のパーカー着ている輪道新太が座って、指でシャーペンを回している。



「進路、ねえ…」



 自分がこの先歩んでいく人生の選択を今を決めたとしても、確実にその夢で生きていけるなんて保証はない。だから人は言う「勉強しなさい」と。



 言い訳並べて、しない理由を作り上げ、逃げ続けてきた人間が今更何になれるのだと考えても新太には答えを出せなかった。いや、その答えも考えないようにしているだと無意識にしてしまっている自分が嫌で仕方がない。



 そして刻一刻と時間が進み、もう日が沈みかけている。



「とりあえず、自分がいける大学に進学でいいかな…」



 提出期限が本日までになっているため、簡単な答えを書いて教師達がいる職員室に向かう。



 階段をゆっくり降りていく道中に新太の見知った人物が視界に写る。同じ制服を着た黒髪で短めのツーブロック寄りの髪型をした人物。転堂裕樹が一枚の用紙を手に持ったまま、新太の方を見る。



「裕樹。お前も進路の件か?」



「新太か。うんそうだよ。親と話し合ってたら提出が遅れたんだ」



「なるほど。成績がいいお前はやっぱり進学か?」



「ああ。でも専門学校だけどな」



「夢があるだけマシだろ。それが生きがいになるかもしれないし、人生も楽しく過ごせるかもしれない」



「お前だって今から勉強すればいい成績はとれるだろ」



「たった一回のテストですごい点数取ったって、取り続けなきゃ結果に繋がらないからな~あ!?」



「ん?どうした」



「携帯引き出しの中に置きっぱなしだ。ちょっと取ってくるわ」



 階段を一段飛ばしで駆け上がっていき、先程まで黄昏ていた教室に戻ると早速自分の机の中を見ると、四角い電子機器が置き去りになっていた。直ぐに取り出し自身の懐に入れる。



「あったのか?」



「裕樹。ごめんな。無事見つかりましたよ」



「速くしないと先生達に怒られるぞ」



「はあ。庭とかから石油とか出たら、楽なんだけどな~」



「おいコラ」



 新太が入ってきた入り口から出た途端、突然裕樹の足下が光りだした。



「は――」



「ちょ!?裕樹!」



 床にはアニメに出てくる様な魔法陣が黄色く描かれ光っている。人生の中でこんな摩訶不思議な展開が目の前に今起こっている。



「おぉ?うわあぁぁ!?」



 魔法陣に包まれた裕樹は不思議な事が起こり、宙に浮かび始める。訳も分からないまま新太は手を伸ばして叫ぶ。



「裕樹ぃぃっ!!」



「うわあぁぁぁぁっ!?新太ぁ――」



 だが、新太の伸ばした手は目の前の友人には届かなかった。



(なんだ…これ。一体何が起こって…警察に相談?いやこんな事通報しても相手にするわけない!)



 新太は急いで階段を駆け下りて、職員室へ向かう。とりあえず何もしないよりはマシだと思ったからだ。相手にされなくてもいい。ただこのまま見つかることが無かったら、裕樹の家族はどう思うのだろうか。



 とにかく今は何かしないといけないような気がした。



「先生!大変なんです裕樹が――」



 目の前に広がっている光景は、教師たちが動かないままずっとそこに居るのだ。まるで時が止まっているかのように。



「どういう、ことだよ…」



 目の前で手を振っても、肩を押しても相手からの反応は無い。あまりにも理解しがたいことばかり起こり、新太の頭は恐怖心でいっぱいだった。



「あ、ああああぁぁぁ!?」



 職員室から飛び出す。とにかく一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。スニーカーに履き替え昇降口に手を伸ばす。



 すると新太の前方の床が崩れ始める。それに驚き尻餅を着いて後ろへ後ろへと下がり始めるが、間に合わずに暗闇の中に落ちていく。



「わああああああぁぁ――」
















「んっ…うん?」



 暗闇の底に落ちてしまったのだろうか。だが身体に痛みは無い。とりあえず辺りを見渡してみても先は暗く殺風景な空間だった。



「だ、誰か~いませんか~?」



 恐る恐る声を上げてみるがただ自分自身の声が響くだけであった。もしかしたら裕樹もここに居るのでは?と探してみるが一向にその様子はない。



「まさか、このまま一人ぼっちのままなのか?」



 なにがなんだか分からないままこんな事に巻き込まれるなんて、人生というのは分からないものなんだなと、内心諦め状態になっていた。



「ん。人影…か?でも何か違う様な」



 突然新太の前に黒いシルエットが浮かんでいる。でもそこには立体感を感じるため、そこに何かが居ることは確かなのである。



「………」



 何か言葉を発しているように聞こえる。ただ声が小さく何を言っているのかわからない。耳を近づけようと前に進んでみようと、一歩踏み出した瞬間――。



「なああっ!?」



 物凄い勢いで後ろに引っ張られる。



 すると目の前の黒いシルエットは無数の手を伸ばして追いかけてくるが、届くことはなくそのまま光に照らされ目を開けられなくなる。



「くぅ!」



 新太もなんとなく腕を伸ばしてみるが、検討むなしくどんどん眩しくなっていく光に耐えきれず目を閉じてしまった。



「こ………あ…………ん」



 最後にその言葉だけが聞こえた――。
























 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――












「……ろよ!起きろよ!新太!」



「あぁ…?」



「大丈夫か。どこか痛むか?」



「俺は、なんとも……というか!お前の方こそ大丈夫なのかよ!?」



「俺は、なんともないけどさ」



「そっか。よかった」



「それより、周りを見てみろよ新太」



「え?」



 裕樹に言われた通り辺りを見渡す。すると周囲は西洋風の城の中に居て、甲冑を着けた兵士も立っている。



「どこだ…ここ?」



「それだけじゃないんだ。俺達以外にもあと3人、多分俺達同じ境遇の奴が居るんだ」



 裕樹が指をさした先には、ジャケットを着たウルフカットの様な髪型で金髪に染めていて、大学生が一人。



 学生服を着た黒髪ストレートヘアの女性。背丈が新太や裕樹よりも少し小さいため恐らく中学生のはず。



 スーツを着こなし茶髪でセミロングの髪型をした女性。こちらは明らかに年齢は上だと理解できた。



 どの3人もこの状況を呑み込めておらず、オドオドとたじろいでいる。



「え、何だコレ。まさかアレなのか?いやでも、そんな二次元的な展開が起こっていいものなのか…」



「どうした。ブツブツと呟いて」



「いや~これアレなのか?異世界召喚的なモノなのかと思ってるんだけど…」



「まさ、か。いやでも…」



 見つめあう2人は苦笑いをしていると、奥の大きな扉から小さな眼鏡に白い髭を伸ばしいる老人が出てくる。出てきた瞬間甲冑を身に付けた兵士が、武器を構えシャキッとした姿勢を取った。



(この人が、王様?)



 手を軽く上げて、重くなっている空気の中ついに口を開く。



「¥#&$*%+@?」



「は?」



「☆$%¥〒=€〆¥☆〒=%#」



(何を言ってるんだ?この人。聞きなれない言葉ばっかで、頭が痛い!)



 歯を食いしばりながら片耳を抑える。そんな中何食わぬ顔で話を聞き取れている隣に立っている裕樹。



(な、何故まじまじと聞いていらっしゃるんです!?それに周り人も話を聞けている様子だし…)



 居ても立っても居られなくなった新太は隣に立つ裕樹を肘でつつき、小声で話しかける。



「なぁ裕樹さん。俺何言ってるか全然わからないのですが…」



「へ?なんで?」



「いや、それこっちのセリフだから。なんでお前わかるんだよ。とにかくさ?俺だけ言語がわかんないということをあの人に伝えてくれ頼むよ」



 手を合わせて合掌する新太を見て、ため息をつくと手を上げて老人に尋ねた。



(ん…?博樹が言ってることはわかるな?向こうが言ってることはわからない…)



「とりあえず、前に出てくれってさ」



 顎に指を置きこの現象について思考を巡らせているうちに話は終わっていたらしく、新太は渋々前にでる。



 新太が前に出ると老人の後ろから大人びた女性が出てくる。教会のシスターが身に付けている服装で黄色の髪。そしてその手にはメイスなのか、杖なのかは分からないが長い棒状の物を持っていた。



「な、なんだ!?」



 新太の周りが突然光始め魔法陣が展開される。思わず目を瞑り身構え警戒したが、特に痛みは無く体に異常は感じられない。



「オホン。私の言葉が理解できるかね?」



「……!は、はい。分かります」



 周りから「おおぉっ!」と驚いた声が響き目を丸くしていた。



(さっきまで何を言ってるか分からなかった人の言葉がわかる様になった…コレがいわゆる魔法というものなのか!)



「それは良かった。どうやら一人一人にちゃんとかかっていなかった様だ。他にいるものは?」



 他に呼ばれた者は手を上げることは無く、この事態に遭っていたのは新太だけのようだ。



「ではすまないが、もう一度話をさせてもらおう。私の名前はドゥング・ツィオーネ。この世界、世界の名前は今危機的状況に遭っている。そしてこの世界には三つの国があり、その世界各国で別世界の者達を召喚し、助けを求めている状況ということだ」



(え?マジの異世界召喚なの!?)




「そしてこの国、イニグランベ王国召喚魔法代表として君達をここに召喚したという訳だ」



「なあ新太。それじゃあこの人が王様ってことじゃないよな?」



「多分な。召喚魔法代表ってことはそれを決めた上の人物が居るはずだし」



「あの~。一つ質問があります。先程申していた危機的状況とは具体的にはどんな状況なのでしょうか?」



 その発言をしたのは、スーツを着こなしたセミロングの女性だった。



「簡単に言えば…この世界には魔物が生息しており、その魔物達が急激に強くなったのだ。それもただ力が上がった訳ではない…『知性』を持ち始めたのだ」



「はあ?知性?」



「例えば、今まで何事もなく小さな小動物が人間並みの知性を持ち始め、この世界で過ごす者達を襲い始めたら?そんな魔物達が溢れかえったらどうなると思う?」



「だからといって、戦いを経験していない私達がやったとしても、犠牲になれと言っているものですよ!?」



「わかっている。わかってはいるのだ…だがこうするしか手は無いのだ!どうか…頼む…この異変を解決し、助けてくれ…救ってくれた者達には必ず報酬が与えられる」



 老人はゆっくりと頭を下げ、懇願してくる。



「協力をしてくれるのなら、我々も手は尽くす。どうか、お願い申す…!」



 空気がどんよりとしてくる。体も口も動かない。4人はただ視線を動かすだけだった。だがそんな中一人声を出した。



「協力してあげてもいいんじゃないでしょうか?」



「え?裕樹?」



「頑張ったけど、結果はいい方向には向かわない。もう国民を救うには、これしかない。しかもちゃんと、負い目も感じていますし…それに…自分も同じ立場だったらそうします」



「だけどよアンタ。俺たちは武器なんて持ってないんだぜ?魔法なんて使えるわけじゃねえし、無謀だろ」



「そこは、心配しないでくれ。最大限援助はすると約束しよう」



 ガララッ!と音を立てて横の扉から、剣やら槍、弓、銃、魔法の杖ましてや扇やよくわかんない道具みたいなものが運び出されてきたので5人はすぐに後ろに下がった。



「この武器は国が集めた最高傑作の代物達だ。そしてその中に――。」



 一人の兵士が上品な布に包まれた透明なガラス玉を見せてくる。



「これは『神代器』と呼ばれる代物だ。この神代器には概念すらも操れる力を有している。選ばれた者は最初にどんな形の武器を扱うか決めることが出来るし、破壊は通常の武器では決して破壊出来ない、所有者が健在な限り敵に使われる事はない」



「概…念?」



「どういうことだ?」



「先ほどあの少年に使った魔法。あれも神代器によるものであり、『認識』という能力を駆使し、言語を分かるようにしたのだ。それでは一人一人前に出てきてくれ。そしてこの玉を持ってみるのだ」



 いつの間にか全員がやる流れになっており、金髪の男から社会人の女性。女子学生が持ってみるのだが、変化はない。



「次は俺か」



 今度は新太が持ってみる。しかし変化は起こらず、異常もない。



(俺も変化なしか。武器が人を選ぶのか、なんか我が儘だな)



 少し残念な気持ちになりながら、続いて裕樹に渡す。裕樹はふぅーっと息を吐くと、ガラス玉を手に取る。



「おぉ!?」



 すると裕樹が手に持った途端ガラス玉が発光し始めると、細くて長い青白く光る剣に変わった。周りからも声が大きく上がり、老人も喜ぶ。



「現れたか!」



「裕樹!お前すごいな!」



「あぁ…ホントに凄いよ。コレは」



「他の者も自分が気になった武器を手に取るのだ!試し斬りなどの人形も側に置いてある」



 周りに並ぶ多種多様な武器。いきなり選べと言われても何にするかは直ぐには決めらない。新太は悩んでいると横からバコーン!!っと人形が破壊されている。



「それじゃあ俺はコレにするぜ」



 槍の刀身が黄色く光、バチバチと稲妻がまき散らしている長槍を手に持っていた。



「なら、私は弓を選らばさてもらうわ」



 弦を弾きながら狙いを定めるのは、スーツを着ている女性だった。



(みんな、どんどん決めていっている。俺も早く決めなきゃ…お?)



 一つの大きな剣を見つけるとしばらくその大剣に見惚れ、操られる様にスゥーっと手を伸ばして柄を握りしめていた。それも持てるかどうかは考えずに。



「あれ…?重くない。こんなの俺の力じゃ持てるはずないのに」



 片手で振り回しても、木の棒を握っているかのように軽く、明らかに自身に何らかの異常をきたしているのが分かった。



「ちょっと、試し斬りしても!?」



 人形の前に立ち両手で大剣を構える。そして真上に高くかざし上げるとそのまま振り下ろす。



 ガシャーンッッ!!と人形は壊れる。しかし新太が持っていた大剣もガラス細工の様に簡単に砕け散った。



「うぇ!?」



 周りの視線が一気に新太に集まる。この空気感に耐えきれなくなった新太はもう一つ武器を手に取って、もう一度人形に振りかざす。しかし結果は先程と同じで残ったのは粉々になったガラクタ同然の物だけ。



「どういうことだ?武器に不備はなかったはずだ…簡単に壊れるはず」



 ただ新太は棒立ちしながら自身の両手を見つめるだけ。手には何かが在るわけでもない。変化は感じられない。何故こうなったのかわからない――。



「とりあえず他の者は決まったようだな。一度客室を案内させるから、兵士に着いて行ってくれ。それと神代器に適応した少年は私と一緒に来てくれ。話があるのでな」



「は、はい!新太お前はあの人達に着いて、いきなよ?」



「あぁ…」



 よろめきながら兵士に着いていく4人は、各個人の部屋と大きくて丸い机が置いてある会議室の様な部屋に案内された。



「それでは、ドゥング・ツィオーネ様がお戻りになるまでしばしお待ちください」



 残された4人は互いを知らない。そんな人たちが残されれば、当然空気は重くなる。



「はあ。とりあえず自己紹介をしませんか?」



 会話を切り出したのはスーツを着ている女性だった。流石に名前も年齢も知らないままでは、この先の関係に支障をきたす恐れがある。全員その案には賛成で会話を進めていく。



「じゃあ俺から。大学生で名前は大島 克己おおしま かつきな!よろしく」



 次は学生服を着た黒髪ストレートヘアの女性が立ち上がる。



「わ、私は上田 瑠香うえだ るかです…15歳です。よろしくお願いします…」



 段々声と気持ちが小さくなっていく瑠香という少女は、杖を握りしめて椅子に座りなおす。



「じゃあ次は私が。江口 凛えぐち りんと申します。まだ状況が分かりきってはいないですが、わかったことがあれば是非教えてほしいです」



 茶髪でセミロングをした女性。凛は冷静に言葉を走らせながら、淡々と自己紹介を終える。



「……あ。俺か。えと、輪道新太です。ただの高校生のはずなんですけど、よくわからない事が起きすぎて整理が出来ていません」



「お前あの武器を壊す奴なんなんだよ?もしかして異世界召喚の特典がそれなのか?」



「もしそれだとしたら、俺嫌ですよ~。武器を使用したら壊れるなんて特典。これじゃあ俺何にも出来ないじゃないすか…そういえば皆さんはなんでその武器にしたんです?」



「私は以前弓道部を経験していたので、選ぶなら自身の得意な物を選択しました」



「わ、私は体力に自信が無いから…多分魔法を使える杖を選びました…」



「俺はあるゲームのキャラクターに槍を使うやつが居るからかな。ま、ノリで選んだけど」



「で、でも私達に何か出来るんでしょうか?実際に動物を殺したりするんでしょ…」



「それに魔物が強くなった原因さえも教えてくれませんでした。褒美は与えられるといっても、私達には価値が分からない物だった場合はやるせない気分になるでしょう」



「とりあえずは各々はどうやって生き残るかが大事ってことか。それこそ裕樹が持っている『神代器』が必要になるのか」



「概念すらも操れるって具体的にはどういう感じなんだろな?」



「うーん。勝手な解釈になっちゃうけど。さっき俺が言語が分からなくて、あの女性に言葉が理解出来るようにさせてもらった。それでその人は『認識』を操れるとしたら俺達の認識を書き換えたりなんなりして、本来分かるはずのない言語が俺達にとって都合のいい言語を聞き取れるようになったみたいな…」



 紙とペンを使って自分なりに伝える新太。相手に自分の考えを100%言葉で伝えるのは難しい。それもあって難しい問題を前に出て答えるのは苦手な新太は少し手が汗ばむ。



「操れるとしたら、人の存在すら認識させない事も出来る。という風に抽象的なものを自在に扱えるという感じでしょうか」



「すげえ江口さん。こういったプレゼンとかやっぱり慣れっこなんですか?」



「社会を生き抜くために必要だったから学んだだけですよ新太君」



 一通りの会話が丁度終わると4人が入ってきた扉が開くと、その先に立っていたのは裕樹だった。



「裕樹!」



 全員の視線が裕樹に集まる。背中には神代器の剣を身に付け不思議と気合が入り込んでいるように見えた。



「変なこととかされてないのか?」



「それは大丈夫だ。それよりもこれからの事を皆さんに伝えたい」



「これからの事、ですか?」



「しばらくの間ここの兵士の人達に武器の扱い方などを教えてもらって、全員で行動していって欲しいとのことなんだ」



(え、それじゃあ俺ってどうすれば?)



「まあ召喚して、速世界救ってこいみたいな事にはならなくてよかったぜ」



「それにこの世界の文化などについても教えてもらわないと生きづらくなりますしね」



「っ……!」



 凛と克己は意外にもそのプランに乗り気で新太と瑠香は下にうつ向いていた。その2人は「役に立てなかったらどうしよう」とマイナスな思考になっていた。



「それにそろそろ日が沈む頃らしいので、用意されている食事を頂いて自分の部屋に戻って休みましょう」



 裕樹の問いに返事をすると、新太は重い足取りで着いていく。自分がこの先何が出来るのだろうか。生きていけるだろうか。などの不安に押しつぶされそうになっているが、目の前に立つ友人の姿を見て、役に立てれる様になろうと決心したのだった――。




















 しかしこの世界に来て3ヵ月。新太は結局自分自身の手で戦う手段は持てなかった。もしかしたら魔力を持った武器や防具は壊れてしまうのではないか。と普通の剣を試しに振り下ろしたが、結果は同じだった。防具も同様に簡単に砕け散った。



 新太はこんな自分でも出来ることを探した。他の4人よりも早くこの世界の文字を読み書きをこなしてその知識を教えたり、多少の文化なども聞いて回った。



 魔法も教えてもらおうと様々な冒険者達に聞いて回ったが、新太にそんな才は無かった。



「はぁ~。俺何のためにこの世界に居るんだろ……ステータスオープン!」



 なんとなくそんな言葉を発してみるが、何かが開かれることは無かった。ただ少年が木の下で青く光る月に照らされているだけ。



「帰るか…」



 新太は時間があれば一人で体を鍛えている。それは生き抜くためであり、魔物達に無残に殺されるのは絶対に嫌だという意志で体力作りは怠らなかった。



「克己さん達は上手くやっていけてるのかな?」



 ある出来事がきっかけで克己、凛、瑠香は別行動をとるようになってしまった。決して喧嘩別れをした訳ではなく、ただやり方が合わなかった。ただそれだけなのであり、着いていく人物が居なくなるのは流石にまずいと考えた新太は結局裕樹と一緒に行動する様になったのだ。



 そして行動するメンバーは集まっていき、ルベルという金髪でロールを巻いた長髪で大人びた女性。英国紳士の様な男性でアルベールという人物。そしてブラハードを合わせて5人で行動していた。



(ん?宿が騒がしいな。まだ酒盛りとか楽しんでるのか)



 今回の依頼先の近くに泊っている宿の扉に手を近づけてみる。そしてふと思ったことが脳裏をよぎった。アイツらは俺の事をどんな風に思っているのだろうかと。開いている窓に静かに近づいて聞き耳を立てる。



「なあなあ。そろそろ昇格依頼に挑戦してみないか?ヒロキなら余裕で銀級に受かると思うんだが」



「そうね~ヒロキさんなら一番上の階級まで行けると思うの」



「そうなると2つ問題点が起こりますね」



「というと?」



「一つはヒロキさんに着いていくために強くなっていくことと、あのアラタを今後どうするかです」



 今後に関しての会話の中で、自分の名前が出てくると心臓の鼓動が速くなる。



「置いていく一択だろ。囮なんてただの余興にしかならないし、役には立たないからな」



「そうですわね。居てもいなくても変わらないですし」



「彼は一体どうしますか?ヒロキさん」



(裕樹…どう思ってるんだろ)



「なら置いて行こう。いざという時に死んでしまったら後味が悪くなるからね」



 それを聞いて新太は悲しい気持ちと安堵した気持ちの両方の感情が湧いた。こんな自分でも命を心配してくれているんだと、まだ友達で居てくれるんだとそう思ったからだ。



「明日自分から抜けるって言うか…」



 皆が寝静まった時に部屋に戻って夜を明けようと思い、座り込んで一人で今後について考えていた最中聞き捨てならない会話が聞こえてくる。



「なら、アイツをまた囮にして魔物に追われている途中で俺達はアラタを置いていくってのはどうだ?」



(は?何言ってアイツ!?馬鹿なのか?)



「ハハッ。それはおもしろそうだね…新太が生きるか死ぬかのどちらに賭けるかだね?」



(え――。裕樹なんで否定してくれないんだ?止めてくれないんだ?なんで…笑顔で笑っていられるんだよ)



 新太はお腹の底からなにか、湧き上がる様な感覚に包まれる。そして新太は居ても立っても居られなくなり、その場から逃げ出した。



 新太はどんどん人気の無い森の奥へ走っていく。その時裕樹が言っていたことを思い出しては目頭が熱くなっていく。



(泣くな。泣くなよ俺!そりゃあそうだろ?何にも役に立たない人間が居たら、周りから陰口とか言われるだろ)



 ある程度走った新太はへたり込んで木の下に座り、顔を隠すように座り込む。



「せめて、せめてアイツ。裕樹だけは見方で居て欲しかった…本当にこれからどうしよう」



 この世界で生きていくのが辛い。最初の頃はまだ良かったのだ。だがこれでは死んだ方がマシなんじゃないかって思えてくる。正直この世界なんてどうでもいいと思ってしまう。自分自身とって絶望感しかないこの世界なんてもうどうにでもなればいい。フラフラとよろめきながら立ち上がる。自然と涙は止まっており、おそらく涙は枯れ果てたのだろう。



「夜は危ない魔物が出るって露店のおじさんが言ってたっけ…」



 行き場もなくただただ歩き続ける。草木を搔き分け進みにくい獣道を進んでいく。やがて時間が過ぎていくと、周囲からガサッガササッと草木が揺れる音が聞こえてくる。



「は?」



 新太はとっさに音の方向へ見る。おそらくモンスターだろう、こんな森の中で夜だ。そしてヌルゥと出てきたのは短剣を持ったファンタジー物でよく登場する小さなゴブリンだった。それも複数体。



「まじかよ…どうすりゃいいんだよこの状況」



 見れば弓や農具を持ったゴブリンが俺を囲んでいる。ざっと見て15体ぐらい。何も出来ない自分に自嘲気味に笑う新太。内心諦めてこのままされるがままになろうかとも考えた。だが体は動き新太は逃げ出していた。



 どんな身分であっても無残にも殺されるのは嫌だった。簡単に死ぬのは嫌だった。だから新太は走り続けた。囮でもなんでもなく命懸けで逃げ続ける。



 顔には蜘蛛の巣がかかり、枝で腕に切傷が出来てしまう。挟み撃ちにされそうになれば進路を変えて走る。



(こいつら多分俺を仕留めやすい場所に誘導する気だ!知能が人間並みなっているのなら、無暗に追いかけてくることは無い筈だ。だったら!)



 新太は急斜面になっている下り坂に滑るようにゴブリンから逃げる。しかし後ろからビュン!!と風を切る音がすると、新太の右脚に2本の矢が突き刺さり転げ回りながら下へ落ちていく。



「わあああああああああ!!」



 勢いが落ちていき立ち上がろうと脚を動かそうとすると体中に電流が走って、痛みが襲ってくる。腕は皮膚が傷だらけになり、右脚には矢が刺さっている。



(速く逃げなきゃ!また奴らが…!?)



 落ちた周りの先を見渡すと、4足歩行の獣が群がっていることに気付く。



「ははは…結局はこうなるのか。輪道新太ここで散るってやつか…何にも出来なかった人生だったなあ」



 目をゆっくり閉じて、最後に映った景色は目の前に長い銀の髪が見えた――。












「…………い」



「…んぁ?あれ?俺生きてるのか」



「お?なんだ。しっかり生きているじゃないか」



「おわあっ!?」



 整った顔立ちが目の前にあり、思わず新太は後ろに身を引いた。



「なんだ!いきなり驚いて失礼な奴だな」



「え?いや!あのすいません…」



 流れるように謝ってしまい、未だに状況が整理出来ていない新太は目の前に立っている女性を見る。



 長い銀の髪、青い透き通った瞳。新太より年上でスタイルはとても良い。服装に関しては黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ。



「こんな夜に武器も持たずに何をしていたんだお前は?」



 その言葉に新太は、ハッと気付く。そういえば魔物達に襲われそうになって気づいたら魔物が一体も見当たらない。



「あの…俺を助けてくれたのは、えーと…?」



「私はレオイダ・クメラだ」



「そのクメラさんが助けてくれたってことでいいんですかね?」



「まぁそうなるな。さて今度はこっちからの質問だ。なぜこんな時間に出歩いていた?そして名前は?」



「名前は輪道新太です。じつは仲間に殺されるかもしれなかったから、それで逃げ出して…」



 新太は洗いざらい全部話した。自分がどのように過ごしたのかも、武器が装備できないということも全て。



「武器が装備できない…?なんなんだその面白そうな能力は?」



「いや、面白くねえよ!こんな能力!異世界に呼ばれたら、戦闘に使うことができないし!仲間からは見捨てられ馬鹿にされるし!こんな力なんか俺は望んでない!!」



 これはただの八つ当たりだ。分かっているのだ。でも止められなかった。この想いは今すぐにでも吐き出さないと壊れてしまいそうだったから。



「もう、分かんないだよ。これからどうすればいいのか…死ぬしかないんじゃないのかなって、はは…」



「話を聞いて思ったことがあるが…いいか?」



「お前は見るポイントを間違えている」



「は?」



「武器が使えないというのは謎だが、決して無能なんかではない。ただ単純に『不利』ということだ。使えないなら別の道を探すしか他はないだろう?」



 目の前に立つ銀髪の女性が言っていることに対して怒りの感情がこみあげてくる。



「探した…探したさ!!使えないならこの世界には魔法がある!使えたら少しは変われたと思う…でもできない、わからないんだよ!他の冒険者達に聞いてもできなかった…俺にはそんな才能は無いんだ…!」



「…なら私が教えてやろう」



「え?」



 意味が、意図が分からなかった。ただ普通に、何もできない人間を救おうとしていることに。



「この世界の事、力の使い方やそして生き方をな?」



「どうせ見捨てるでしょ…何も出来ない人間なんかに教えたところで変わることは無いんだから」



「なら、互いに利用しあう関係になろう」



「え。言ってる意味が?」



「私はそんな能力を持っているお前を育てて、成果を出したい。そしてお前は私を利用してどんな形でもいいから強くなる」



「いや、でも…」



「信じられないのか?なら言い方を変えようか、私に付いて来い。私はお前を助けた…ならお前は私に恩を返すのが筋じゃないか?」



 それを言われてしまうと何も言い返せなくなる。互いを利用しあう関係とはどんな感じなんだろと思うが、答えはもう決まっていた。



「行くよ…着いて行くよ!例えこの先が地獄でも絶望ならもう経験した。なら、底から這い上がってこの世界を生き抜いてやるよ!」



「良く言ったな!それでこそ男って奴だ」



 新太は背中を思い切り叩かれると体中に痛みが駆け巡り、涙が溢れ出る。しかしその涙は痛みによるものと、もう一つ別の涙を流していた。それは「安堵感」から出るものであり、すべてを吐き出してありのままの自分を受け入れてくれる人に出会えたから来るものだった。



「それじゃあ行こうか」



 銀髪の女性は右手を差し出して座り込んでいる新太を立たせる。でもその手は冷たく若々しい肌の感触は何故か感じられなかったが、そんなことは今の新太にはどうでもよかった。



「そういえば、これからクメラさんのことを師匠とかで呼んだ方がいい…ですかね?」



「んー別になんでもいいが…何だ?お母さんと呼びたいのか?」



「違うよ!?何でそうなるんすか!個人的に師匠って呼ぶのはなんか違うなって思って…先生って呼びたいんですけどダメですか?」



「ま、好きに呼んだらいいさ」



「じゃあ、先生。これからよろしくお願いします!」



 久々に笑ったような気がする。そんな気持ちになりながら新太は手を引かれながら先へ進んでいく――。

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