2話「生き抜くために」後編
完全に日が暮れ辺りが暗闇に包まれる。そんな夜で尚且つ森の中を歩いていた一人の少年と一人の大人びた女性。
一人は髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っている少年。輪道新太が辺りをキョロキョロと見わたしながら歩いている。
一人は長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラ。
「先生。こんな状況で森の中歩いていたら魔物に遭遇するんじゃ?」
「ああ。分かっているさ…それが狙いだからな」
「え?どゆこと」
「アラタ。お前は今から死を覚悟して今からの修行を乗り越えてもらう」
長い銀髪の女性手に持っていた布袋を前に放り投げる。ベチャッと気味の悪い音を立てて地面に落ちる。
(あれ一体何が入ってるんだ…?あれ――。)
新太が気付くと銀髪の女性の姿がいつの間にか消えていたのだ。慌てて周りを見渡すがそれらしい姿どころか、人影すら見当たらない。
「置いてかれた…!?嘘だろ」
バキッと木の枝が折られる物音が聞こえてくる。もう新太の周りには魔物が囲んでいる。
「まさか、死を覚悟するってこういう事?」
魔物の姿が明るみに包まれ形が明らかになると、目の前にはゴブリンが立っていた。あの時の記憶がフラッシュバックの様に蘇り手足が震える。
(数は、あの時より少ないけど…奥にこいつらのリーダーみたいなやつが居やがる)
魔女が被っていそうな尖がっている帽子を被っており、杖を持っているゴブリンが目立っている。
そして一匹のゴブリンが先程放り投げた布袋を拾い上げ匂いを嗅ぐ動作をみせると、新太に向かって咆哮を上げる。そうすると周りが一斉に新太に向かって走ってくる。
「ちょちょちょおおおぉぉぉっ!?」
もちろん新太は逃げの一手。しかしあの時と違う点は少なくとも二つだろうか。一つはゴブリン達の中に4足歩行の狼がいることと、もう一つは今の新太は多少戦える手札を持っているということ。
狼に乗ったゴブリン達がジグザグ走行で新太に迫る。そこから斧やら棍棒やらを振り回してくる。
しゃがんで避けたり、振り下ろしてくる武器を掴んで狼の上に乗っているゴブリンを落としたりしてその場を凌ぐ。
すると突然新太の体に激痛が走る。左肩辺りの矢が一本突き刺さっていたが、深くは刺さっていなかったため新太は直ぐに引き抜いた。すると今度は足下が突然爆発を起こした。攻撃が飛んできた方向をみると赤みがかった石を手に持ち、それをこちらに向かって投げてきていた。
(やばい!あの石爆発するのか。それに俺の周り囲もうとしてやがる!)
それに加え前方には武器を持って向かってくるゴブリン達。後方には遠距離攻撃が可能なゴブリン達が狙っている。
(駄目だ圧倒的に不利だ!)
新太は飛び跳ねる様に逃げ始める。後ろから矢が飛んでくるが体を木に隠しながら移動する。
「畜生っ!!先生は何考えているんだよおお!!」
そんな逃げ続ける新太を木陰から見守る様にみている銀髪の女性は新太の動きに関して思うことがあった。
「アラタから聞いた通りずっと囮役として使われていた。そのためか体力面と体のバランス力は備わっている。そして死にたくない一心で体を鍛え続けていた…やはり圧倒的に足りないのは場数を踏んだ実戦経験」
新太はこの世界に来るまでは戦いとは無縁の生活を送っていた。コレに関してはどうしようもない事実なのだ。
「想定外の事が起こるとアラタは極端に弱くなり、私との修行では『手を抜いてくれる』と思ってしまっている。本当に死を覚悟しなければ先へは進めない…さあどうするかな」
銀髪の女性が深く新太の動きを見て思考を巡らしているそんな中新太は、走り続けて廃屋と化した建物の中に入り、ボロボロになっている家具を扉や窓の側に置いてバリケード代わりにする。
(クソ!こんな所に隠れてても直ぐに壊される…いや籠城しようと思ったけど奴らに準備の時間を与えることになる!)
気付くのが遅かった。だが本当に危なくなったらあの人が助けてくれるはず――。いや、本当にしてくれるのだろうか?
「死を覚悟してもらう」と彼女が言ったいた。彼女はこの異世界で過ごしてきた身。ならば自身が持つ価値観は違うため、遠慮なく見捨てる可能性も捨てきれない。
「どうやって逃げ出すか――。いや違うずっと逃げ続ければ俺は生き残ることは出来ない!正面から戦わなきゃダメなんだ…」
すると頭上からバゴォと壊される物音が聞こえてくる。おそらく外に居るゴブリン達が廃屋を壊しにかかっているのだろう。
「変わらなきゃいけないのは今なんだ…」
ボロボロな椅子を力強く握りしめて破壊すると、扉の前に位置取る。右腕に魔力を纏っていると、屋根が破壊されると同時にバリケード代わりに設置していた家具を倒すと外に飛び出した。
建物が倒壊したことにより、屋根に上っていたゴブリンは下敷きになり、さらに土煙が巻き起こり新太の姿はゴブリン達からは見えづらく逆に奇襲することに成功した。
新太は開幕早々前にいた1体のゴブリンを殴り飛ばす。攻撃魔力を纏っていたためゴブリンの大きな鼻が曲がり血を流しして倒れこむ。
背中から掴みにかかろうとしてくるゴブリンを避けて、カウンターで回し蹴りを喰らわせる。
(行ける!常に多くのゴブリンを視界に入れ続けて1体1で戦う状況を作りながら戦う)
新太はまだ体全身に魔力を纏わせる技術はまだ身に付けれていない。出来たとしても腕や脚などの一つの部位のみ。
現状新太が戦える手段は腕や脚に魔力を纏わせ、攻撃する。そんな単調な手段のみであるが、防御手段は皆無である。
(ぶっつけ本番で防御魔力を使えるようにならなきゃ、生存確率は大きく変動する!)
短刀や棍棒を持ったゴブリンが襲いかかってくる。焦らず武器の軌道を見切り相手の腕を掴んで遠距離武器を持っているゴブリンに向かって投げ飛ばす。
「ギィィハアァァ!!」
新太の死角から1体のゴブリンが棍棒を持って襲い掛かってくる。完全に不意を突かれたため反撃は取れない。
「あぁぐ!?」
左腕を前に出し相手からの攻撃を防ぐ。その間しっかりと防御魔力を纏っていたが、ミシミシと嫌な音が腕から聞こえてくる。
相手の力が強いのか、自身がまだ上手く纏えていなかったのか。新太はそれすらも分かっていない。
「ぉおおらあぁぁっっ!!」
返しに右ストレートで殴って相手から意識を手放させる。外側に纏う攻撃魔力は感覚で徐々に動かせれるようになってきている。
「痛っってえぇ…!」
青く腫れ上がっており、動かそうとすると痛みが走る。握る動作は多少できるため骨は折れてはいないと思っている新太は左腕を抑えながら立ち上がる。
(なにが、なにが足りない?動かし方は多分合っている。でもそれを維持することが出来ない!)
腕全体に集めようとすると離れていき、無理矢理閉じ込めようとすると筋肉が痙攣を起こして内側に集められない。
「ん?なんか焦げ臭い……なっ!?」
目の前にはあのとんがり帽子を被ったゴブリンが頭上に炎を出現させ立っていた。これは防げない、避けなければならないとその場から離れようとするのだが――。
「なぁ!?」
殴り飛ばしていた筈のゴブリン達が新太の足元にしがみつき、身動きを封じていたのだ。
「クソッ!?こいつら道連れにするつもりかよ!」
「ギャハハハアァ!!」
背中にしがみついているゴブリンをなんとか自身の前に叩きつけるのだが、新太の目の前にはもう直径3m程の火炎球が迫っており、新太の足下が突如爆発し巻き込まれる。
そして黒煙が舞い上がり静寂が訪れる。周りには魔法を放ったゴブリンの笑い声が響き渡るだけ。涎を垂らして不敵な笑みを浮かべながらこの場を去ろうとする。
「おい…なに勝った気でいやがるんだ…!」
所々に焦げ目が付いており紺色のパーカーがボロボロになっている新太が立ち上がる。
「へへへ…勝利の女神様は見放してくれなかったらしいな。お前達が俺のところに集まってくれたから助かったんだぜ」
あの瞬間、新太は背中にしがみついているゴブリンを地面に叩きつけた。その時にゴブリンの周りに赤みがかった石が2~3個ほど地面に転がり、相手の火炎球が近づいた瞬間その石は爆発を起こしその爆風で新太は直撃を避けることが出来たのだ。
(とはいえ、相手は魔法を撃ってくる…またあんな大きな炎が飛んで来たら厄介だ!)
溜め時間を与えては不利になると踏んだ新太は勢いよく走り出す。しかしこれは誤算だったことに気付く。杖を持っているゴブリンは小さな炎を連射して放ってくる。
新太は飛び込む様に回避を繰り返してくが、右脚に炎が掠ると避けるスピードは落ち被弾が増えてしまう。
「こんのっ!!」
撃ち落とそうと右腕に魔力を纏わせて攻撃しようとするが――。
「熱っ!!」
撃ち落とす事は出来たが、逆にダメージを受けたのは新太だった。威力は相殺することは出来たとしても、魔力で出来上がった熱は打ち消す事は出来なかったようだ。
(駄目だ…正面から戦ってもハチの巣にされるだけだ!なんだ、何が足りないんだ俺には!)
杖を空の上に向けると無数の小さな赤い塊がどんどんと、時間を掛けて大きくなっていく。完全に止めを刺すつもりなのだろう。
(あ、脚が…!まともに走れそうにない。終わりなのか――?)
何をどうすればよかったのだろう。どう行動すればよかったのだろうと、後悔の念が脳裏をよぎる。どんなに実戦経験を積んだとしても自分は強くなれないんだと思ってしまい、右腕ダラリと垂れ下がる。
「無数の炎が、どんどん集まっていきやがる」
少しづつ大きくなっていく球体同士が一か所に集まって3個のバスケットボール並みの大きさに出来上がる。
(一つに纏めて俺を燃やす気かよ…ん?一か所に集まっている?)
もう一度自身の右腕を見下ろし、そして今までの行動を振り返ってみる。
(俺は今まで右腕全体に防御魔力を集めようとしていた。でも今の俺には出来なかった…理由は主に魔力を集める負荷に耐えきれないから、だと思う。それに先生が言っていた。全体じゃなくて、ある一か所に集めろって)
先程火炎球を叩き落とすことが出来たのなら、攻撃魔力の方は問題は無い。なら防御魔力を纏わせる箇所を更に絞って負荷を最小限に抑えることが出来れば、先に進めるのではないか。
「グギャアアアアアアッッ!!」
杖を持ったゴブリンが雄叫びを上げると一つの火炎球が新太に迫る。
(集める箇所を右手だけに…!)
腰を多少低く落として身構える。そして新太も声を出しながらその右拳を火炎球に向けて前に突き出す。
「うおおおおおおおおっ!!」
拳と炎がぶつかり合う。新太は歯を食いしばりながら、後退っていく足を前に、前に向かって歩いていく。
「だあああああああああああっっ!!」
新太の拳が空を切るように前に突き出す。すると火炎球はかき消され、新太の拳が勝った結果が残る。
(熱い…痛い…!でも全然マシだ。これなら勝てる!!)
もう怖いものは無い。痛みだってこれなら我慢できる。今の新太は何をしてきても越えられるんじゃないかと思い込んで、一歩一歩を踏み出していく。
一方ゴブリンは完全に驚愕しており、やけくそ気味に残りの火炎球を放つ。
しかしそれをしたとしても今の新太は止まらない。二つ目三つ目も攻撃、防御魔力を乗せた右拳を止めることは出来ない。
そしてゴブリンの距離が近くなると、飛び跳ねる形で跳躍し力一杯握りしめる。
「うおおおおおらあああぁぁっっ!!」
そしてゴブリンの顔面を殴りつけ、吹っ飛ばすことが出来た。杖を手放し動かなくなったのを見ると意識は完全に失った。
「ぅあ…足がふらつく…」
新太も同様に前のめりに倒れそうになっていると、肩を貸す様に銀髪の女性が隣に立っていた。
「お疲れ様。お前は本当に頑張ったよ」
「はは…そりゃあどうも」
「さてゴブリン達はどうするかな」
「このまま何もしないってのはダメなんすかね?」
「こいつらがさらに人を襲うようになったとしてもか?」
「でも呼び寄せてしまったのは俺達だし。こいつらが人を襲っているのは生きるためなんでしょ。俺だって腹がすいたら動物を襲うと思うし、似たような生活を送ってるんだ。仮にこいつらがこの先、暴れてい被害を出すようだったら…その時は俺が責任持ってこいつらを止めます」
「その甘さに付け込まれないようになりな。利用されて切り捨てられる人間になってしまえば、お前は本当に終わってしまう」
「心に留めて、おきます…」
ガクッと体が垂れ下がってしまう新太は、迫りくる疲労感に耐えきれず寝てしまう。そして背中に背負い、そのまま闇夜に紛れて夜の森に消えていく――。
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