3話「命のやりとり」



「さあ!今度は左腕を攻撃するぞ!」



「だあっ!?」



 銀髪の女性から回し蹴りを喰らい、歪んだ表情を浮かべる。髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っている少年。輪道新太が今日もまた修行に明け暮れていた。



 そんな中新太に修行を付けているのは長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという女性。



 後ろに大きくのけ反ってしまった新太は、手を引かれると同時に一本背負いの様に地面に叩きつけられる。



「ぐっ!?あぁ…はあはあ…ゴホッ!」



「何度も言うが相手はひるんだ瞬間を狙っているんだぞ。たった一回の一撃を受け止められらたとしても、思考を停止してはダメだ」



「そういわれても、息が詰まってしまう感じで直ぐに次の行動を移せなくて…」



「なら次からもっと体力作りの時間を増やそうか。精神的にも鍛えないと簡単にポッキリと心を折られてしまいそうだし」



「うっす!」



 新太の目の前に居る彼女は皮に入った水を渡してくる。それを静かに受け取った新太はすかさず飲み、半分ほど飲み干してしまう。



(はあ~水うんめ~!)



 乾いてしまった喉を潤すには丁度よかった。そして手に持っていた革製の水筒を返却する。



(如何にも冒険者みたいな感じで使っているけど、この世界には保温性が備わった水筒とかないのかな)



「ん?どうしたアラタ悩み事か」



「いや。もし俺が戦って生きていくという選択を取らないで、何かを開発するような事業をするっていう選択もあったのかなって」



「うーん。私はその選択をしても危ない道を進むことになると思うぞ」



「え?それは何故?」



「この世界には奴隷制度があるのは王国を見ているから知っていると思うが、その中で髪が目立つ色や目立たない色。瞳に特別な代物を持つ者。目立たない色を持っている人物は狙われる確率が高いんだ」



「ふーん。暗い色をした人は狙われるのか…ん?」



何かに察した新太は静かに自分に向けて指を指す。すると彼女は静かに頷いた。



「え!?何?それって俺も狙われるってこと!?黒色も?」



「そうだな。狙われる色で言えば、金や黒。そして銀色かな」



「つまり、その色の髪色の人は希少価値が高いと…」



「まあそうなるな。まあまだお前は茶色に近いから狙われる確率は少ないと思うが…異世界から来た人間。となれば色んな奴らがお前が欲しがると思うぞ」



「そんな…それじゃあ俺。開発とかで目立っちゃったら狙われて終わる。あながちこの選択は間違えじゃなかったんだ…あれ?じゃあ先生も!?」



「ま、私もたまに狙われるときもあったが…全部返り討ちにしてやった」



 フンッと胸を張るように威張る彼女を見て、手で口元を抑えながら涙を流す。新太にさらに追い打ちをかける。



「それに、このままだとお前は安心して暮らせないんじゃないのか」



(どうやら俺。輪道新太は静かに暮らせないらしい。激しい喜びとか深い絶望もない、平穏で波の無い植物の心のような生活を送ることは難しそうだ)



 指と指の間から眼を開いて辺りを見渡す。その時目の前の彼女が革製の水筒を飲んでいることに気付いた。



「あの先生。俺が飲んでたやつじゃあ…」



「ん?なんだ。もっと欲しかったのか」



「いえ。そういう訳じゃなくて…大丈夫です」



 少し顔を赤らめる新太に対して銀髪の女性が茶化すように絡み始める。そして2人は目的地に向けて歩き始める。




















「先生。この先に村があるんですか?」



「ああ。そこでしばらくは休息を取ろうと思ってな?宿屋ぐらいならあるだろ」



「えっと、俺お金持ってないんですけど…」



「大丈夫だよ。それぐらいなら私が払ってやるさ」



「ええ?本当ですか。ありがとうござい――。」



「まあ。ツケにしておくがな」



(なんだ。好感度が上がったり下がったりが激しいな。この人と相対すると)



 頭の後ろで手を組みながら彼女を抜いて前に歩き出そうとすると、パーカーに付いてるフードを急に引っ張られる。



「何!先生――。」



「アラタ。少し待て」



「へ?」



 すると横の茂みの方から、ガサガサと何かが近づいてくるのが見えた。



「アァ…ハァ…たっ助けてくれぇ!!」



 草むらから中年の男性が飛び出してくる。そしてこちらに気付くと叫びながらこちらに近づいてくる。



「…何かあったのか?」



 彼女は一切動じる事無く、冷静に対処する。隣に立っている新太は何をしたらいいのか、オドオドとたじろいでいる。



「と、突然村に出たんだ!オ、オークの群れが!急に襲ってきたんだぁ!」



 相手がヒステリックに叫んでいるのを見て、新太は不思議と冷静になることが出来た。 落ち着ていて中年の男を見ると、服は小さく切り裂かれ肌からも小さい傷跡が付いていた。



「なるほど。わかった…アラタ行くぞ」



「え?わかったって。行くんですか!?その村に?」



「行かない訳にはいけないだろ?今この出来事を知っているよそ者は私達しかいないからな。あなたは近くの町に行って助けを呼んできてくれ」



「わ、わかった!村はこの先を真っ直ぐに進めばたどり着けるから!」



 指を刺し返事をして男性は、そそくさと奥の方へ走って行った。



「行くぞ」



 そういって彼女は新太から荷物を奪うように取ると、すぐに森の中へ入っていく。その行動はこれから走る時新太の負担を減らすためだろう。



(あ、あの人滅茶苦茶走るの速い!俺は全力疾走してるのに息一つ乱れてない…いや違う。あの人俺に合わせて走る速さを変えてるんだ)



 そのことに気付いた新太は汗と涎を拭き取り、一歩をさらに強く踏みしめて進んでいく。



 しかし、走り出した時間として15分は経過した。だが一向に村らしい建物は見えてこない。



「先生ぇ!もしかして嘘言われたんじゃ!?結構進んだ気がするんですけど!」



「どうだろうな。だが嘘は…言ってはいなかったな」



「うっ!?」



 思わず鼻に付くような匂いを嗅いだ瞬間新太は足を止める。吐き気を催す臭いで、どこかで嗅いだことがあるような、無いような臭いなのだが…すぐに答えは出た。



「血…血生臭いだ!?しかも、気持ち悪い…!」



「アラタ」



「なんですか、先生」



「これから、こういった事をお前は幾度となく経験するのだろう。あまりこういうことは言いたくないが、慣れてくれ。これから見るであろう光景を… これからも」



 銀髪の女性は真剣な眼差しで新太の両肩を掴んで語ってくる。その間息をすることも忘れ、その言葉が頭の中にスッと入っていく。



「わかっ…りました」



 正直慣れたくないという気持ちしかない。今までこんなことは経験してこなかった者からすれば嫌な思いになるのは必然だろう。



「じゃあ行くぞ」



 そう言って彼女は走り出す。新太も後に続いて走る…しかし何故か足取りが重く、進みたくないと体が訴えかけているようだ。そして、悪臭に耐えながら進んでいくと、目の前の光景は見るに耐えないものだった。



「なんだ…これ…」



 見れば、火災や死体、無残な光景が広がっていた。オーク達はそれが楽しいのか、人を追いかけては殺し、死体すらも弄ぶ。



「うおえっ…」



 新太は奥から込み上げてくるものに耐えられず、その場に吐いてしまう。今まで魔物の討伐を引き受けていたが、それは現在進行形で襲っている現場を見てこなかったのだ。



(これが食うか食われるかの世界ってやつか!?酷い…そしてやばい、また出そうだ…)



「あまりにも数が多いな…」



 恐る恐るもう一度視線を正面に向ける。大きな巨体を持った魔物の数はざっと見て50体は暴れている。



「さあ、気を引き締めろアラタ。今からは自分の事だけを考えて行動しろ」



 そう言って彼女は飛び出していく。新太も動こうとするが、足が震えて動かない。本物を見てしまったのだ。本当に魔物が人を殺す場面に。



「アアアアアアアアアアアアアッッ!?」



「なあっ!?……おお、おおおおおおおおっ!!」



 震える体に無理矢理雄叫びを上げて、恐怖心をかき消すように走り出す。



 右手を握りしめ、歯を噛みしめ襲われそうになっている人を助けようとする。大きな体を持ったオークに向かって渾身の右ストレートを背中に放つ…のだが。



「ウウウ?」



 ただ膝を少し地に着かせただけで、相手に大きなダメージを与えられた様子は無い。簡単に立ち上がってくることに対して新太は冷静になる。



「アンタは速く逃げろ!」



「は、はいぃ!!」



 大きな太刀を新太に向けて攻撃してくる。体を飛び込むように身を投げ出し、オークの一太刀を避ける。



 ズガアァァァァッ!!と大きな音とともに地面に大きな斬れ込みが入る。



(こんな攻撃喰らったりでもしたら、死は確定だ!)



 オークが大きく横振りの攻撃を仕向けてくる。それに合わせて姿勢を低くしながらオークの懐に入り込み、魔力を纏った右脚で相手の脛部分を攻撃する。



 人が喰らってしまったら悶絶する場所に攻撃すれば隙が出来る。と思っていたのだが――。



「痛ってえぇ!!」



 逆にダメージを負ったのは新太の方だった。右脚を抑えながら座り込む新太に大きな手が迫りこむ。



「ぐ、おおおおお……!」



 押しつぶそうとしてくる大きな手を押し返そうと新太も力を入れて踏ん張る。だが相手の方が力は強く、徐々に新太の足場が崩壊していく。



「らあああああああっ!!」



 ドスッ!と何かを突き刺した音が新太の耳に聞こえてくる。少し目線を上げると一人の青年がオークの背中に農具を突き刺していた。その時力が一瞬緩んだため、少し手を押し返して隙が生じたためその場から離れる。



 そして怯んでいるオークの腕を踏み台にして、顔面に力一杯込めた右脚で蹴り飛ばす。



 反撃に遭う事を想定していなかったのか、その攻撃がオークにとって会心の一撃となった。



「お、お前大丈夫か?」



「大丈夫…ありがとう。貴方も速く逃げて」



「な、何言ってるんだ!俺も戦うに決まってるだろ!」



「そっか。なら俺が奴の注意を引き付けるから、アンタはそれで攻撃してくれるか?」



「おう!任せ――。」



 一瞬。一瞬だった。青年が笑って新太の隣に立とうと近づいてくる瞬間。大きな黒い影が新太の前を通過した途端、目の前に立っていた青年は消えていた。



「へ――?」



 視線を横に逸らすと大きな岩が家を巻き込んでおり、その岩の下には左腕が挟まっていて血が地面に溜まっていた。



「あ、はぁ?何で、だよ…畜生ぉぉぉ!!」



 岩を投げてきた方に目を向けると、自分が投げましたと言わんばかりに態勢を野球の投球フォームをし終わったオークが立って居た。



「お前かああぁぁぁぁっ!!」



 新太は怒りのままに駆け出していく。だが新太の体は突然浮遊感に包まれる。



「先生!?」



 銀髪の女性が新太を片腕で抱きかかえる。そして新太が先程立っていた場所には大きな槍が投げ込まれていた。



「落ち着くんだ。アラタ」



「落ち着く?目の前で俺を助けてくれた人が死んだのを見ても、落ち着けってレベルで済ましていい物じゃないだろ!」



 パアァン!と乾いた音と衝撃が新太を襲う。右頬を撫でるように触とそこは熱くジンジンと痛みが走っている。自分はどうやら彼女から平手打ちを喰らったようだ。



「じゃあ。何故助けてくれた人物は死んだ?」



「へ?」



「それはお前が弱いから、起こってしまった事だろ。敵は一体だけだったのか?一体沈めただけで、事件は解決したのか?そして…何故最後に油断した?」



(油断。そうだったかもしれない。俺はあの時完全に周囲が見えていなかった…岩を投げてきたオークだって見晴らしが良い場所に立っていた。俺が…死なせたようなもの…?)



「反省の時間はあとにして、この状況をどう覆す?お前は」



「あ、えーっと…」



 眼が虚ろになりながら考え始める。



(今もここに住んでいた人達はオークに襲われている。それを一度で助ける方法……あれは?見張り台か、そうだ!)



 3m程の高さがある見張り台を見て思いついた策を銀髪の女性に話しかける。その時の新太は多少目に光が戻っていた。



「先生が使える魔法の中に、全体的な攻撃が出来る魔法はありますか」



「一応私は人一倍魔法が使える者として自負しているが」



「俺が全部のオークを惹きつける。そして俺が見張り台の上に登ったとき、先生の魔法でオークを攻撃してくれませんか」



「なるほどな。だがいいのか?その間私はお前をすぐに助けにいけないぞ。詠唱しなければならないからな」



「時間が無いし、俺が出来るのはそれぐらいだし、俺が出来る責任の取り方だと思うし…!」



 彼女の了承も得ずに新太は駆け出していく。その表情には焦りなどの血気迫る感情が見られた。



(見ろ!辺り一面を全て見ろ!敵の位置。優先しなければならない人。それを頭の中に叩き込め!)



「誰かああっ!?」



 誰かの叫び声が聞こえてくると新太は一目散にそこへ向かう。そこには瓦礫の下敷きになっている老人を踏み潰そうと脚を上げているオークが居る。近づいていく道中に小石を拾い上げ、その小石を思い切りオークの後頭部に投げる。



「ほら、来いよ!ノロマ野郎。そんなに人を痛めつけるのが楽しいんだったら、俺がもっと楽しませてやるからよ!」



 新太の言葉が癪に障ったのか、大きな巨体を動かしてこちらに向かってくる。



 どんどんと周りのオーク達を集めていく。体で相手を挑発したり、肥溜めが溜まっている入れ物を相手に掛けたりと相手が怒りそうな行動を繰り返していった。



 そして建物が入り組んでいる区画に入りこむと、先回りでもしていたのかオークが進路を塞ぐように立っている。



 大きな槍を横振りで攻撃し、周囲の建物が半壊していく。だが新太は地面をスライディングをするようにして滑り、オークの股下を潜り抜ける。そしてそのオークの攻撃によって新太を追って来ていたオーク達は巻き添えを喰らっていた。



「はあ…はあ…へいへーい!どうしたんだよ馬鹿野郎ども!こんなちっぽけな人間相手すらにまともな攻撃当てられないのかよおぉ!」



 手で尻を叩いて更に相手を煽る。するとオーク達は直ぐに立ち上がり雄叫びを上げ始める。どうやら怒りのボルテージは最高潮らしい。



(まだ…走れんだろ俺!)



 気付けば新太を追いかけているオークは20体以上集まっている。この騒動を見ていた他のオークもどんどんと集まっている。



 そろそろ例の場所に向かう頃合いだろうと考えた新太は村中心の見張り台へと走っていく。



「おおおおおおおおおおおおおっ!!」



 声を出しながら梯子を上っていくが、下から何かが破壊されていく物音が聞こえてくる。なりふり構わずてっぺんにたどり着くと新太は大きな声を出す。



「先生ぇ!後はお願いします!!」



「ああっ!お前は巻き込まれないようそこから飛び降りろ!」



 倒壊寸前の見張り台から勇気を出して飛び出す。



 銀髪の女性が左手を下から上に上げた瞬間、見張り台の周り居たオーク達が突如として地面から出現した鋭い岩が全てのオークを貫き絶命させる。



「すっげえ…」



 屋根の上に落下していた新太はその光景を見ていて感じたのは、驚愕と恐怖感。痛む横腹を抑えながら起き上がる新太は、命懸けで走っていたためかその場に少し吐いてしまう。



「う゛おえ!!あ゛ぁ。キッツイなあ!」



 ミシミシと建物が軋んだ音がすると、あっという間に屋根の上に居た新太は倒壊に巻き込まれる。



「ぐ…あ…よがった。下敷きにならなくて」



 自力で立ち上がって瓦礫の山から抜け出すと、銀髪の女性と目が合うと新太は親指を立ててポーズを取る。



(よかった。ある程度のオークが死なせたせいか、いつの間にか消えている)



 一件落着だ。と安堵していた新太に突然大きな声で呼びかけられる。



「アラタッッ!!」



「ん――?」



 何故か新太の背後に立っていた。先程までなにも存在していなかったのに、そこに立っていたのだ。



 一回り大きいオークが、巨大な斧を持って――。



(なん――!)



 しかし巨大なオークが持っていた斧は何かがぶつかって弾き飛ばされる。この機を逃すまいと新太は全速力でその場から逃げるように離れる。



 そして彼女の元へ近づいていこうとするときに、銀髪の女性は脚を上げていたため直ぐに気付くことが出来た。やはり彼女が何かを蹴り飛ばし斧に命中させたのだ。



(でも、こいつはどこから湧いたんだ!?)



 後ろを警戒しながら離れていく新太は突如として足首を掴まれると、勢いよく地面に引きずり込まれる。



「うお――」



「何!?」



 引きずり込まれていく新太は、地面に埋め込まれる訳でもなく姿を消してしまう。言い換えれば、まるで水の中に消えてしまったという答えが近いだろう。



「ケケケケ…オマエのヨワイホウナカマは、ベツノトコロにイルゼ」



 地面からズズズッと這い出てくるのは、白い髪が生え、真黒な肌を持った魔物だった。



「何だ?お前は」



「ナニモノデモナイさ…タダオマエラにトッテはマモノトイウソンザイでイイサ。アッチノヨワイホウハオマエにマカセルぞ」



 巨大なオークは斧を拾い上げ、静かに頷く。



「そう易々と貴様らの思い道理にさせんぞ!」



 一瞬で相手との距離を詰める彼女だが、蹴りの攻撃を阻むように泥が大量に出現し敵の姿が見えなくなるが、泥を弾き飛ばし再び姿を捉える。



 しかし、巨大なオークの姿はそこに無かった。



「お前の武器は魔道具でいいのかな。おそらく地面を通して物体問わず目標の場所に移動させる能力だろう?」



 この世界の魔道具とは、物体にある程度の能力を有した物。神代器はそれを上回る能力を有しているため、能力次第で区別されているのだ。



「たッタイッカイで、ノウリョクサエもリかイデキルのカ…アナドレナイナぁ」



「時間を掛けている暇は無い。お前をすぐに殺す!」



(ハヤイ!!)



 髪の生えた魔物にとって、目の前に居た銀髪の女性がすでに自身の背後に回っていた。魔物は即座に腕輪型の魔道具を使用し、設定していた場所に一瞬で移動する。



「アブナいアブナイ。カンイッパツだナ」



 ニタニタと笑う髪の生えた魔物に彼女は質問し始める。



「お前がこの騒動を引き起こした元凶か?」



「アあ。ソウダ」



「私とアラタを引き離すのはただ相手を苦しめるのが目的か?」



「オレはタダ。タニんノシアワセをコワしたいダケだァ!他人がモッテイル幸福をコワスコトガ!幸せダト、生きてイルんだと感ジルんだぁ…」



「そうか。魔物にしては随分と人間らしい感情を持っているじゃあないか…その理屈が通るというのなら、私だってその幸せを奪ってもいいよな?」



 銀髪の女性が片脚を上げて、優しく地面にトンと着けると――。



 ドオオオオオオオオオオオオオッッ!!と地面が大きな爆発を起こし髪の生えた魔物は地面から宙に飛ばされ身動きが取れなくなる。



「ナア、ア゛アアアァァ!?」



「お前の能力は地面を通して発動するのだろう?ならその地面が無くなったらお前はただの動ける魔物だ」



 そして銀髪の女性は髪の生えた魔物の背後に回っており、静かな声で耳打ちする。



「される側の気持ちは一体どうなんだ?生憎私にはそういった感情が分からなくてな?だが奪われそうになる身としては…」



 彼女はその動作すらも静かに、右足を髪の生えた魔物の頭部に近づける。



「例え死んだとしても、目の前で奪われる光景を見たくない。と思うんじゃあないかな?」



「ハア――」



 そして近づけた右脚をそのまま髪の生えた魔物にかかと落としを喰らわせる。勢いよく地面に叩きつけられた魔物は、もう原型を留めていなかった――。






























「だああ!?」



 ポンッ!と下から弾き飛ばされるように出てくる新太は、尻を強くぶつけてために抑えながらゆっくりと立ち上がる。



「ってえ~どこだよここ?」



「ココハ、サッキノムラノチカクダ」



 下からぬうっと出てくるのは巨大なオークで、手にはあの斧を地面に引きずっていた。



(俺の方はこのデカブツが相手かよ!勝てるのか…こいつ相手に)



「オオオオオオオオオオオオッッ!!」



 両手斧を持ち上げながらこちらに向かってくるオークに怯み、新太は再び『逃亡』という選択を取った。



「おあああああっ!?」



 後ろから殺気丸出しで迫ってくるオークは道中の木々をなぎ倒してくる。今の自分には例え防御魔力を纏ったとしても受け止めることは出来ない。



(攻撃をギリギリで避けられているけど、俺の体のあちこちがさっきから痛む!このまま逃げるのは無理そうだし、あの村がある方角も分からない!)



 横腹を時々抑えながら、後方をチラチラと見る。どうにかオークの動きを止めるためには何をすればいいのか。必死に模索する。



(奴は防具は着けていない。あるのは大きな両手斧のみ…武器を仮に使えないようにしたとしても、奴は捨て身で迫ってくるはずだから簡単に追いつかれる!なら俺が出来ることは!)



 大きなオークが丁度武器を大きく振り下ろして来ようとする瞬間、新太は一気にオークとの距離を自分から詰める。



 その間に自身の右脚に全ての攻撃魔力を纏わせる。先程から大振りの攻撃ばかりしていたオークは新太の行動に対応が遅れてしまう。



(足の骨全体を折ることは、今の俺には出来ない。でも小さな部位への攻撃なら不可能じゃないはず!)



 新太は今の状況で動けなくするためにはどうしたらいいのか考えた結果は、相手の脚を使えなくすればいいと考えた。だがオーク相手に自身の力が正面から通用するとは思えなかった。



 ならば足の一部分に攻撃し、損傷させることが出来れば少しでも生存率を上げられるのではないか?そう思い新太は意を決して近づいたのだ。



「人が喰らったら絶対悶絶する!秘儀!悶絶小指強打っっ!!」



 攻撃魔力を纏わせた右脚で、オークの足の小指目掛けて強烈な一撃を加える。



「ンンンッ!!」



 衝撃が加えられた小指を見ると、爪が皮膚に刺さって割れている。だが新太も右脚に痛みを感じる。



(くっそ~!全力で蹴ったのに…それほど奴の体が頑丈ってことか。でも効果はあったぞ!)



 するとどこからか大きな爆発音が聞こえてくる。辺りを見渡していると、空に大きな煙が上がっているのに気付く。



「あそこだ!村はそっちにあるのか」



「……アニキ?」



「兄…!?分かんないけどあの爆発じゃお前の兄貴も無事じゃ済まないだろ!お前らが何を企んでるのか知らねえけど、もう自分達の住処に帰れ!」



「住処…?帰ル場所…?オレノ場所ハ兄貴がトナリにイル所ガ……帰る場所なんだああああああ!!」



「うわ!?」



 突然巻き起こる風圧が新太を襲い吹き飛ばされる。



(な、なんだ急に!?一気に奴が力強くなったような空気を感じる…)



「オオオオオオぉぉぉぉん!!」



 これまでの雰囲気とはガラリと変わり、涙を流しながら攻撃をしてくるようになってきた。



「あ゛ぁ!?」



 異質な光景を目の当たりにしながらその場から離れる。



(急に様子が180度変わったぞ!?これは俺だけじゃどうしようも出来ない!てかアイツ…兄貴って言ってたな。あいつらにも家族が居たのか?止めろ止めろ考えるな!)



 変な雑念を振り払い、今は逃げることに専念にする。すると後ろからドドドドッ!こちらに向かってくる足音が聞こえてくる。



「来る!後ろから奴が!」



 跳び箱の要領で飛び跳ね、木の枝の上に座り込む。そして陰に隠れ様子を伺うが一向に姿を見せない。



(くそ!来るなら来やがれ!)



 ほんの少しだけだが、新太の耳に小さく風を切るような音が聞こえてくる。いや感じ取れたというのが正しいのだが、確実にこっちに向かって来ているのが理解できた。



「いや…待て!さっきまで聞こえていた足音が無くなっているということは、この聞こえてくる物音は!」



 直ぐにここから離れようと身を乗り出そうとした瞬間、自身が登っていた木が丸ごと勢いよく飛ばされる。幸い木の陰に体を隠していたため、ぶつかった衝撃は少し防ぐことは出来たが痛みは尋常ではなかった。



「があぁ…うぐっ!」



 あばら付近を抑えると骨に違和感があった。どうなっているのかは定かではないが一つだけ分かっている事がある。



(うおおっ!?めっちゃ痛え…なんか骨の位置がおかしい気がする。骨折してるのかこれ!?)



「オオオ、オオオオオン!」



 泣きながら巨大なオークは新太に近づいてくる。立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。そして覗き込む様に新太の姿を捉えると、大きな手を握りしめながら雄叫びを上げる。



(動け、ない!殴り殺されるのは必然だ…俺が生き残れる可能性があるとしたら。奴を攻撃を受け止めるしかない!)



 腕を交差して身を固める。新太は魔力を動かす際に攻撃の面は難なくこなせるようになった。だが防御の面は未だ不得意で体の部位に長く留めておくことが出来た試しがない。



 しかしほんの数秒だけだが前よりも長く扱えるようになっていた。



(タイミングを間違えるな!相手の攻撃が当たる直前だけでいい。全身に満遍なく防御魔力を纏わせろ!)



 こちらに向かってくる右フックの拳が目の前まで迫る。左側に腕を交差して、全身に防御魔力を纏わせる。



 そして拳が当たった瞬間新太の意識はそこで途切れた――。
















(……俺。どうなった?なんか、腕の感覚が無いや)



 地に伏せながら目線を自身の両腕に目を向ける。すると新太の腕は大きく晴れ上がり、人間の構造上曲がることが出来ない角度に腕が折れていた。



「ああ、あああああっ!?」



 痛みで意識がハッキリと戻ってくる。それでも体の部位が残っているのは不幸中の幸いか。



 必死で体を動かし、少しでもこの場から逃げようともぞもぞと足や顎を使って地面を這いずっていく。



「おおお、ぅおおお…」



 泣きながら進んでいく新太は完全に戦いに負けた敗北者である。彼の心情は今、死にたくないという思いで必死だった。



 だが、後方からズシンッ!と音が聞こえてくると新太は全てを察した。



「俺の兄貴に詫びながら、ここで死んで行け」



 これまでのカタコトだった喋り方とは全く異なり、まるで別人の様だった。しかし姿は青白い肌をしたオークなのは変わらない。



「くっ…そぉ!!」



 新太の周りが少し薄暗くなる。オークが片脚を上げて新太に狙いを定めていた。



(やばい…嫌だいやだいやだ!!やばい死ぬ殺される…あぁ…死ぬってこんな感じなんだ…)



 どうしようもない現実を変えられないことを悟った時、新太はまた絶望する――。



「ん…あ?」



 眼を瞑っていた新太が恐る恐る瞼を開く。どうやら自分はまだ生きているという事が認識出来た。脳がハッキリしてくると辺りが血生臭く、鼻が曲がりそうな臭いで再び意識が飛びそうになるが同時に痛みが体を包み、意識を保つことが出来た。



(何が起こった…一体?)



 うつ伏せから仰向けになると、今度はうめき声が聞こえてくる。視線を少しずらすと誰かが巨大なオークの前に立っていた。



 その人は男性で、ちょっと暗めの白髪で、服装は暗い赤色のロングコートを着ており、腰辺りには長い剣を携えている。



(オ、オークの腕が無くなっている!?)



 斬られた箇所を抑えて蹲っているオークは、表情を歪めて男性を睨めつけていた。



「コノ!ビチグソヤロウガアアアアッッ!!」



 歯を出して噛みつこうと白髪の男性に襲い掛かる。



「が、ぐ…逃げろ!」



 新太が必死になって声を出す。しかし白髪の男性は動じる事無く、手元に魔力が集まっていくと、剣が出現する。そしてその剣を一振り。たった一振りすると新太を苦しめた巨大なオークは真っ二つになり、絶命した。



「あ、え?」



 こんなにあっさりと強くて大きな生物の命を奪われた光景を目の当たりにした新太は、目を丸くしていた。



「意識はしっかりとあるんだな」



「助け…て、くれた…」



「しーっ。喋るな、喋るな。お前の体を見たら分かる。お前はコイツに襲われていた。それを近くを通っていた俺が助けた。それだけで充分だ」



 なんだか寡黙そうなイメージを抱いていた新太だったが、直ぐに壊され呆気に取られる。



(すっげえな。やっぱり世の中には凄い人間が沢山居るんだな。こうも簡単に倒しちまうんだからな…)



「大きな爆発があったから来てみれば、自然に発生した物ではなく人工的に発生させた物だったらしいな」



 肩を落としなんだかがっかりとしている様子が見られる白髪の男性は、この場から後退る。



「ま、待っでぐれ!何かお礼を…」



「要らないさ。俺より弱い人から何かを貰っても嬉しくはない」



「じゃあ、せめて名前だけでも教えてくれないか?」



「それは何故だい?俺にメリットとかあるのかい」



 何とかして足を引き留めようと言葉を繋いでみるのだが、メリットと言う単語を出されると言葉が詰まる。そして答えが思いついた――。



「メリットかどうかは分からないけど、いつかアンタに借りを作るためだ」



 何故新太はこの恩を返す。のではなく作るためと言ったのか。この男性は強いことが何よりも正しいという価値観を持っているのだとしたら、恩を返すという言葉だけでは飽きられると踏んだのだ。



「…キネムだ。それじゃあな」



 キネムと名乗った白髪の男性は去り際に小瓶を新太の前に投げ捨てる。



「それを飲めば多少痛みは引くだろう。まあその後は君の体力次第だ」



「ありがとう、ございます!俺は新太。輪道新太です!」



 名前を覚えてもらったのかは分からないが、新太が言い終わるの待っていたため興味を示してくれたのだと信じたい。そして暗闇にキネムと名乗った男性は消えていく。



(…薬をくれたのは良いけど両手を使えないこの状況で、どうやって飲めば)



 膝立ちの状態で薬が入った小瓶まで近づくと、足で小瓶を支える。そして先端部分を魔力で強化した歯と顎で噛んで折る。そして口に入った硝子の破片を吐き捨て、中身を胃の中に入れる。



(直ぐに薬の効果が出る訳じゃないのか…キネムさんが言っていた言動からして、痛み止めみたいな物なの…かな。あぁ、くそ眠くなってきた)



 それは薬の効果か、体力の限界か。原因はどちらもあるだろうが、新太は今すぐにでも寝たい気持ちで一杯だった。



 そして顔面から倒れこみ意識を手放す――。











 暗い森の中を走っていくのは長い銀髪の女性。彼女は現在人探しの真っ最中だった。



 謎の魔物に足止めされ、弟子の新太という少年と分断され彼の安否が分からない。



(先程ほんの少しだけだが、高質の魔力を感知した。近くに居て欲しいが…)



 奥へ奥へと進んでいくと、所々が荒れている様子がちらほら見られる。そして誰かがうつ伏せで寝ている姿を発見すると急いで駆け寄る。



「アラタ!」



 体中ボロボロになり、両腕は損傷が激しい状態で寝ていた。早速腕の治療に取り掛かり、彼女の手先から淡い光が発せられる。



 その光が新太の腕を包んでいくと、青黒く晴れ上がっている腕が少しずつ引いていく。



(慣れない。自分の知らない場所で何かが壊されている所を見るのは)



 処置が終わると寝ている新太を背負い、再び村の方へ戻り始める。



(私は弱いから、孤独が嫌いだ。例え小さな繋がりでさえも私には大きく見える…)



 人との繋がりは選択を誤るだけでも切れてしまう。しかし切り捨てるという選択もしなければ、それも誤りとなる。



 だが、それでも生物は何かに寄り添っていないと、生きていくのは困難なのである――。


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