19話 「決められた自由」

 道の真ん中で右腕をぐるぐると回して動かすのに支障がないか確かめる少年が一人いた。灰色のパーカーに黒いハートマークが付けられた上着を腰に結び着け、前の戦いで駄目になった代わりに少しぶかぶかの濃い緑色のズボンを履き、黒い無地のシャツを着ている。髪は茶髪でツンツン寄りの少年、輪道新太がそこに居る。



 その表情は真剣な顔に満ち溢れていて、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。



「まとも動かせれるようにはなったんだな」



「ん?ああ。昨日はずーっと痺れた感覚ばっかで参ってたけどな。利き手を使えない生活って結構辛いって思い知ったわ。そういやカラン、今回は食材集めはしないんだな」



 新太に話しかけてきた人物は一見少女に見える外見をしているが、立派な男。茶色のフードが付いたローブを着ていて、首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えたカランという人物。いわゆる男の娘というジャンルに当てはめれる。



「お前は僕のことなんだと思ってんだ」



「え?食料集め係てきな奴かな」



「蹴るぞ?強めに」



「やめてよ!笑顔で言うなよ怖いだろ!」



「…怖い、か。アラタ聞きたい事がある」



「どしたの?そんな改まっちゃって」



「黒姫と戦った時、どう思った?」



 カランの口から『黒姫』という新太にとって聞きたくもない名前が話題に出される。ここで言う黒姫というのは、新太に絶対的な強さを分からせた人物であり、初めて人でトラウマを植え付けられた者である。



 口からため息を出すと新太は答え始める。



「正直、戦うべき相手ではないって思った。今までなんとか通用してた技も簡単に防がれて、オマケに俺達が知らない様な事を、相手は平然と使ってくるんだもんな。ホントえげつねえよ…二度と戦いたくない」



(アラタも気づいてたんだな。次元が違う魔法、魔力の持ち主であることを)



「けど、アイツはまた俺の前に現れる。前より戦える様にならなきゃって思うと命が何個あっても足りないわ」



 ジト目になりながら空を見上げ、もう一度深いため息を吐いてしまう。



「てか今日もあの2人は探してんのか。正直あの人が一緒でリオの短刀見つからなかったら、お終いじゃねえかな」



「リオにとっては大事な物なんだろうな。思い入れのある物なら尚更探し出したくなるのがちゃんとした人だし」



(短刀、武器かあ…黒姫も神代器を持ってるって話になると、いよいよ勝ち目なくなるんじゃないか?俺)



「あーー!」と髪をクシャクシャにして目の前の壁が大きすぎる事に焦り始める新太。そうこうしている内に、背後からガサガサと草をかき分け歩いてくる何者かの気配を感じた2人は、立ち上がり警戒する。



「あー待って待って!私!リオだから!警戒させたのは謝るから!」



 出てきた少女は服に張り付いた葉っぱを振り落とした後笑顔を見せる。その少女は藍色髪をしていて膝が見えるぐらいの短いデニムパンツを身につけ、赤い半袖の上着を羽織り黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオ。



「なんだリオか。脅かすなよ~。どうだ?見つかったか?」



「見つかったのは、見つかったんだけど…」



 そう言って差し出してくる手の中には、刃が欠けた短刀がそこにあった。それはリオが今まで愛用していた物であり、この中で一番ショックを受けているのはリオだろう。



「大丈夫大丈夫!元はと言えば私が全部悪いから!…大切な物さえ守れない私が…悪いから」



「本当に大切な物だったんだな」



「うん。親もいない私を大切にしてくれたあの人達と一緒に作った物だったから、ちょっとね」



 無理して笑う少女を見て心が痛む。



(こういう時魔法なら直せるかもしれないけど、俺はそんな事出来ないし…)



「刃が欠けたんならクメラに頼めば直してくれるでしょ」



「うん。師匠もこの場所に戻ってきたら頼んでみる」



「あれ?あの人と一緒じゃないのか」



「別行動で探してもらってたんだけど、師匠は見つからなくて…こっちに戻って来てるかなと思ってたけど居ないみたいね」



「でもそろそろ戻ってくるとは思うけどな。現にリオがここに居る訳だし」



 他2人は頷くとそれぞれ自分の座っていた場所へ歩き出そうとした途端、またしても草むらが動き出した。



「タイミング完璧すぎるな…先生ー!リオはもう戻ってきてますよ~」



 なんの警戒も無く不用心に近づく新太。しかし、人が出てくる気配どころかずっとガサガサと動かしている。あまりにも不可解な事だったのをリオ、カランは怪しんだが新太は構わず近づく。



「ちょっと待てアラタ!」



「んえ?」



 カランに呼ばれ振り向くと同時に、新太の背後から勢いよく飛び出してきたのは、熊のような体格でありながら虎の様な外見をした生物が新太に噛みつこうとしていた。 



「なああああああああああああああっっ!!」



 気づいて逃げようとしたが間に合わず、新太の頭は大きな口に飲み込まれた。



 今日も1日が始まる――。














「なにか叫び声が聞こえたと思ったが…どうしたアラタ?頭から大量出血しているぞ」



 新太に呼びかける人物は腰まで伸びた銀の髪に、腰まで伸びた銀の髪に一本アホ毛を生やしている。黒い上着を羽織り、中に白いシャツをヘソが見える程で露出し、着崩しているそんな女性レオイダ・クメラ。



「いえ…これはただの名誉の負傷です…」



「いや、不名誉でしょうが…」



 ダラダラと頭部から血を流す新太の隣には先程襲ってきた生物が、大きなたんこぶを作って倒れていた。



「あの、先生…とりあえず見つけれたんですけど、刃が欠けちゃってて。直せますか?」



「大丈夫、直せるよリオ。ただちょっと思うことがな?」



「え?」



 銀髪の女性は顎に手を置き、少し考え込む。



「この先のことを踏まえると、やはり魔力の強化だけでは事足りなくなってくると思う。前に黒姫という奴と対峙しただろう?アラタだけでは勝ち目がないとなると、やはり2人にも一緒に戦っていって欲しいと思ってな」



「と、言うと?」



「武器の強化。だよ」



「それって神代器の入手…?」



 リオがそう発言すると、カランの獣耳がピクッと少し動いた。



「まあ、それもあるが。一つ見つけても二人が扱う事が出来るとは限らないからその線は無い」



 神代器。それはこの世界での特別な武器の総称。それは概念すらも捻じ曲げる事が可能とすらされる危険な力を持った武器。その力に上限は無く持ち主の力によって強さの優劣が決まる。



 しかしその武器は誰でも扱えるわけではない。人が物を選ぶ様に、神代器そのものは人を選ぶのだ。そのため扱える人物は神代器に認められた少数に限定される。



「そしてアラタ。お前にはやってもらう事がある。私と最初にやっていた修行を覚えているか?」



(最初…?)



 思い当たる事を探してみるが、新太は小首を傾げる。



「私がお前に何度も攻撃を撃ち込んでいただろう?アレを再び再開するぞ」



「うええええええええっ…アレ凄く痛かった記憶あるのですが…?」



「あの時はまだ魔力のコントロールが上手くなかったが、今のお前は違う。実戦を経験して、守りたい箇所にしっかり集められる力量はついた筈だ。あと一つ、魔法で使われる詠唱文を覚えてもらう」



 さらに新太の首が傾き、表情が曇っていく。魔法、詠唱と聞いてとりあえず頭に浮かんだのは、詠唱の事なのだろうかと思いつく。



「武器が使えない以上、必然的にお前の戦いは接近戦になる。だが相手は武器を持ち、各種魔法の技術を持ち合わせているとしたら、対処が追いつかず負けてしまうだろう」



「要は、リオやカランが使っている魔法の詠唱文を覚えろって事ですか?」



「そういうことになるな。例えばリオが使う『豪炎の一矢バーン・マルス』これには物体に魔法で威力を付与する。そして『マルス』という言葉は炎を表している」



 改めて聞かされるこの世界の魔法のルール。聞いたことがない単語も含まれており耳が痛くなってくる新太。



「意味を含ませた詠唱文と単語。この2つを掛け合わせる事で、魔法の安定化、そして魔力の消費が抑えられる。もちろん無詠唱でも可能だが、消費は激しくなり、制御が難しくなる。それに、相手が魔法を主体に扱う者と戦う時、詠唱文の意味を理解できたら対応しやすくなるだろう?」



(…つまりは、相手が魔法を放つ時の技名でどう動けばいいかを判断できるようになるって事になるのか…)



「それって、相手を間接的に殺せる事も可能って事でしょ。例えば、相手を『殺す』意味を含めた単語を使うとか」



「リオ。お前は他人から、直接的、間接的に相手を殺せる魔法を教えてくれたか?」



「いえ。そんな物騒な魔法は教えてくれませんでした」



「カラン。お前は?」



 カランは口を動かす事なく静かに首を横に振る。



「そういう事だ。一般的に人に教えるのは、身を守るため、生きていくため魔法だ。そのため、直接的に人を死に至らしめるような魔法は存在しない。ただ、魔法にもいくつかルールが存在する」



 そして銀髪の女性による魔法のおおまかな解説が始まる。



「たとえば、相手の体に異常を与える…毒とかだな。このような相手に干渉する魔法には、互いの魔力総量や魔法抵抗性によって効果も変わる」



(魔力総量?魔法抵抗性?魔力総量は前に先生が言ってた魔力の質の話で何となく分かるけど、魔法抵抗性ってなんだ?)



「魔力総量が1の者と10の者がいるとしよう。1が10に魔法をかけても、10ほどに影響を及ぼせるような魔力総量が無いため効果は薄い。逆に、10が1に魔法をかけると、魔力総量に比例した効果を1の者に及ぼすことができる。ここまでが魔力総量の話だ」



 新太はサラッとリオとカランを見つめてみると2人に睨み返される。コホンと咳払いし話を続ける。



「しかし、魔法抵抗性は違い、その人が持つ資質だ。同じ魔力総量を持つ者同士が、互いに魔法を掛けあうとする。魔力総量は同じなので、同等の効果を及ぼすはずだが、魔法抵抗性がある方が自身に対する影響が弱まるという性質だ」



 説明を終えた銀髪の女性が、手招きで新太に向けて手首を動かしていた。



「さてアラタ私の前に立ってくれ」



 言われる通りに彼女の前に立つ新太。新太の視線の先には腕を伸ばした彼女の姿が目に映る。



「えーと?何をしていらっしゃるので?」



「今伸ばしている右腕を目の当たりにして、まずどう思う?」



「どう…って。何も感じないっていうか、まあ、はい…」



「そうだな。別にこの腕には魔力を纏わせていない、ただの右腕だ。では、徐々に力を加えていこう」



 最初のうちは何ともなかった。ただ肌でピリピリと感じるだけであったが、しばらく待っていると、徐々に状況が一変する。



(あの時と同じだ…!この体全身を締め付けられる圧迫感)



 脳内によぎる黒髪ロングの『黒姫』と名乗る謎の女性。姿はまったく違うがあの時の状況に近しい力を感じてしまう。



「さて、どう思う?アラタ」



「俺が全力で行っても、この右腕には絶対勝てない。俺はそれを身を持って知っている」



「ああそうだ。お前はこの力量を持つ物には勝てなかった。だがこういった力には必ず弱点が存在している…わかるだろう?」



「他の体の部位の守りは薄くなる。でしょ?」



 自身に今後求められるは魔法面の戦闘は詠唱文と単語を覚える。接近戦では相手の魔力の動きを感知しながら戦う術。やはりこの世界で魔力を使った戦闘は避けられない。



 腕を組んで悩んでいた新太は顔を見上げると、銀髪の女性に向かって言い放つ。



「その戦い方をしなきゃ更に強くなれないし、生き残れないって言うなら尚更覚えなきゃならないな。やるよ…先生」



「ああ。それを聞いて安心した。あとこの戦い方をリオ、お前にもやってもらうからな~」



「ええぇぇぇぇぇぇっ!!カランは!?あっちはいいの?」



「アイツは戦い方を知っているからな。まだ経験してないお前ら2人は絶対に学ばなければならない。さて長話もそろそろ終わりにして、そこに転がっている魔物を使って、ご飯にしよう」



 とりあえず新太とカランはリオ達の手を動かす訳には行かず、颯爽と準備に取り掛かった。















「炎…『マルス』。水…『メルクーア』。土…『ザトゥルン』。風…『エァド』。雷…『ユーピター』。光…『ゾンネ』。闇…『モーント』。マジで聞いた事ないぞこんな単語…!」



 1人で多くの荷物を持ちながら片手に本を開き、この世界の魔法に関しての知識をつけようとする少年新太。しかし聞いたこともない、発音もしたことない単語に悪戦苦闘する。



「そこから更にいろんな単語が加わるんだろ?ぐちゃぐちゃに混ざった技名来たらどうしよう」



「そうでもないぞアラタ。一つ一つの単語には、適切な位置でないと効果は発揮されなくなるんだ」



「へ~。なんか英語の文法みたいだな…」



 どの世界でも学ばなければならない知識はある物なのだ。



「そういえば先生。次はどこに行くんです?」



「目的地は王都だよ。この先のための武器を手に入れに行くんだが…少し前の街に行かないと野宿するハメになる」



「お、王都…だと」



 目的地を聞いた新太は持っていた書物を思わず落としてしまう。



「どうしたんだよアラ…ああ。そういうことか」



「カラン。知ってるのか?」



「前にアバロ村に居た時、新聞を僕とアラタで見たんだ。その記事に王都で『異世界の勇者募集』みたいなのが載ってた。いろいろあったアラタにとっては行きたくないんだろ」



 頭を抱える新太の隣で、思い当たる節を答えるカラン。聞いていたリオはしゃがんで新太の背中をさすっていた。



(そういえばアラタは共に過ごしていた人達から逃げる様に後を去ったからな。まあ…私がそうさせたようなものだが。だがどうするか…街にも武器は有るがまともな物は無い)



「無理はしなくていいぞアラタ。武器はまた次の機会に手に入れればいい」



 頭を抱えたままゆっくり立ち上がる新太は、震えた声を出す。



「いや、大丈夫。行けます…それにまだこの世界来たばっかの時、王都で住んでた事があったんです。まあ、やっぱ?広いわけですし?その大会とやらに近づかなきゃ、遭遇するリスクは少なくなります。だから…大丈夫」



 合わない目の焦点を無理矢理銀髪の女性に向ける。遭遇してしまったら何を言われるかわからないのが、さらに恐怖を倍増させる。



(特に裕樹には会いたくねえな…)



「お前がそう言うなら目的地に変更は無い。ならさっさと目的の物を手に入れ、出ていくとしよう」



「それなら…確かこの先にある街って…」



「え?クレア。なんか問題があんのか?」



「街の名前は「プロフェヴァル」。『蒼穹に集いし星達』とも呼ばれている。そこは確か『蒼の英雄』という者を崇拝している人でいっぱいでな」



 今度はリオ、カランが頭を抱えしゃがみ込んでしまった。街の名前を言われただけなのに何も知らない新太は、「え、え?」と状況が掴めずにいた。すると顔を見上げたリオが新太に説明しようと口を動かす。



「そこに住んでる人がね…驚くほどその英雄様の伝説を推してくるの。話をしてくるのは大体その英雄の事ばっかりでそこに行った人達の感想は、『耳が痛すぎて、真っ青になる」って話してたらしいよ」



「そ、そっか。じゃあ崇拝されてるって事はその人、すごい事した人物なのか?」



「一説によれば『海を創り出した者。』が有力視されてるな。後は、『月を創り出した者』と呼ばれていた時代があったらしい」



「へー。それは初めて聞きました。確かに月って青色に光ってますから、関係があるかもしれないですね」



「あ、ああ。そうだなリオ」



(俺の世界だと月って色の見方が変わって、バラバラなんだよな確か。でもこっちだと青色固定…これも魔法の力なのかな)



(そうか…この逸話は若者にはもう伝わっていないのか…)



 少し肩を落とし、悲しみと寂しさを同時に味わった。



「クメラ。行って見せないと分からないと思う」



「ん?ああ、そうだなカラン。実際に見て感想を聞いてみよう」



 新太の頬に嫌な汗が流れる。












「なん……だ?これ…は!?」



 建造物を見渡せば、青、青、青。全てが青色によって染め上げられていた。



「英雄様を崇拝するために、まずは色からみたいな形だろ多分」



「いや。カランさんや…それでもこれはちょっと。ドン引きですよ俺」



「まあ。今日はここで一日過ごす訳だが異論は…あるだろうな。3人共言っていいぞ」



「怖い」



「キモい」



「ヤバい」



「よし。とりあえず宿を探すぞ~。明日のために疲れはしっかり取っておくこと」



「「「はーい」」」



 だが此処で休む事は正解なのかもしれない。黒姫と名乗る女性に散々な目に遭わされ、疲弊している。この状態で先に進んでも身体は壊れてしまうだろう。



 目に映る青い建造物ばかりに囲まれながら、宿泊出来る施設を探す。しかし変わり映えしない建造物で探すのが困難で中々見つけることが出来ない。



 そして街のあちこちには『蒼の英雄』の人物画や人物像が飾ってあり、すれ違う人からはその英雄譚を話しかけられそうになる。急いで人混みから退け出した一行は広場に出た。



「なんか目と耳が痛くなってきたな…」



「大丈夫?アラタ」



 巨大な木が生えている広場で目を擦りながら、ベンチに座る新太。他の3人も同様に座り、身体を伸ばしていた。



「初めてきたけど、評価低い理由がわかった気がしたわ…」



「クメラはこの街に来たことないの?」



「私は随分前に来ただけだよ…だが、新しい建物が出来ていて更にわからなくなってしまったよ」



「はぁ…それにしても少し暑くなって来たな。お?」



 背もたれに寄っかかっていると、1人誰かが近づいてくるのを見えた。



「失礼。貴方がたは旅をしてる者でしょうか?」



 話しかけて来たのは、白くて長い髭を生やした老人。その服装はどこかの教会の牧師の様で、片手には分厚そうな本を持っている。



「ああ。その通りだが…何か問題があるのか?」



「いえいえ。問題なんて滅相もない。ただ旅をしてる者なら少し付き合って頂きたいと思い、馳せ参じたまでです」



 目の前で指を十字の様に動かして頼み込む老人。特段異変がある訳でもなく旅をしてる者に何かを探して欲しい、などの頼み事をするはずもない。



「別に構わないが、少しこちらからも頼みがあるんだが」



「ええ。構いませんよ。ただただある場所に寄って欲しいだけですので。そちらの要望は?」



「こちらからは宿の場所を教えて頂きたい。貴方にその例の場所までついて行けばいいのか?」



「はい。と言ってもすぐ近くですよ」



 老人は新太達と話をしていた逆の方向へ向き、指を巨大な木の方へ向けた。



「あの木の下には、我々が崇拝している『蒼の英雄』様が残した石版があるのです。その石版に書かれた言葉には、『我の魂、ここに眠る。先の予言、知れたければ、旅人、我の前にて、待つ』と…」



「……は?魂?予言?そんな事が出来んの?英雄様は」



「それが可能なのです。そうやってこの街は栄えてきたのです。そしてその旅人に幾度も前に立って貰ったのですが、変化は無かったのです」



「なるほど。我々はただ前に立てばいいんだな」



「その通りでございます。是非ご協力を」



 新太はコッソリとカランの隣に移動し、小さな声で話しかける。



「なあ、どう思う?」



「さあね。嘘は言ってないと思う。でも死んでる人間が予言を現在進行形で残しているのは信じれるかは別だ」



「なら、考えれるのはやっぱり魔法関連ってことだよな」



「おそらくな…」



「ねー!2人ともなに話してるのー!もう行ってるよー!」



「あ、やべ。はいはーい今行きまーす」



 先に向かっていたリオ達に走って追いついた新太とカラン。例の巨大な木の下に着いた全員は、上を見上げ圧巻していた。



「でけ~。普通に5~8m近くはあるよな?そんでもってこれがその石版か」



「これも青色なんですね~」



 カランがアバロ村同様、猫を被った演技をして老人に話しかけていた。それを見ていた新太とリオの目の色は変わっていた。



「ささ。時間は取らせません。どうぞ前に」



「随分諦めが良さそうな物言いだな」



「正直我々もこの予言以降、先に進めてはいないのです。旅をしてる人なんてこの世に沢山いる訳でありますから」



「そうだな。っと」



 銀髪の女性は事を済ませる為に速やかに石版の前に立った。少し待ってもその石版に変化は無い。続いてカランも前に立つのだが、結果は同じだった。



「ホントに魂なんて眠ってんのかね。よっと」



 ジャンプする様に石版の前に立った新太。変化があるかしゃがみ込んでじっくりと観察する。だが、変わらなかった。



「駄目でしたわ~。ま、こんな一般人じゃお気に召さないでしょうし」



「けどアラタが一番可能性あったと思うけどね」



「はあ?何で?」



「だってアラタはこの世界出身じゃないから、私としては一番怪しんでたの」



「リオさんや。その理屈だとこの世界に来てる勇者様も怪しいって事になりますよ」



「じゃあアラタはその資格は無かったって事だね~」



 リオは移動しながら石版の前に立とうとする。嫌な顔しながら新太は渋々その場所から離れる。



 リオもその場所に立ったのだが…やはり変化は無かった。



「ま、私達も一緒って事ですよ。すいません。お爺さん」



「むぅ。この予言は一体誰を示しているのか…」



「さあ約束だ。宿の場所を教えてくれ。もうクタクタなんだ」



「ああそうでしたな。宿なら、ここから10時の方向に宿がありますよ」



「やっとこれで、休めるのか…」



「そうだなアラタ。それじゃあ私達はこれで失礼するよ」



 4人は老人から言われた通り10時の方向へ歩き出し、体の疲れを取ろうとすべく宿へ向かい始める。



 のだが――。



「ん!?すいません待って下さい!そこの藍色の女性!」



「え?私!?」



 リオは自分自身に指をさして、驚きの表情を見せる。老人は速足でリオの元へ駆け寄っていく。



「出たのです!新たな予言が!貴方のおかげで!」




「いや!?それ絶対私じゃないですって!」



「誰か!誰か来てください!『蒼の英雄』様の予言の子が出ましたーー!」



 老人が叫ぶと、周りに居た人々がガヤガヤと集まり始めた。



「誰だ?誰なんだ?」「あの藍色髪の女の子じゃない?」「え?もしかして何か繋がりがあるのか!?」



 リオの存在が認識されると、ドドドドッ!と藍色髪の少女リオ目掛け大勢の人数から迫られる。



「ああああああああああああああっっ!!」



 迫ってくる人に押しのけられ、リオ以外の3人は集団の外に弾き飛ばされる。



「リオ…ああっ!?」



 飛ばされた新太が見た光景はリオが胴上げの形で持ち上げられ運ばれていた。その様子はまるで、お祭りみたいにワッショイワッショイと盛り上がって進んでいく。



「なんか…シュール…」



「くっそー!カランこの荷物頼んだ!先生は宿の場所探してて下さい!」



「ひ、1人で大丈夫か?」



「あんなにヨイショされてたら、危害は加えない筈なんで!」



 カランに無理矢理荷物を押しつけて、あのおかしい集団を追いかけていく新太。



「大丈夫か…アレ」



「まあ、アラタの言う通り危害は加えられることはないだろう。なら大勢で行くより先に宿の場所を把握していた方があの2人のためにもなるはずだ」



 ここで新太達一行は予想もしていないタイミングで別れた。














 新太がリオを連れ去った集団を追いかけていったのを見届けた銀髪の女性とカランは、老人に教えられた宿を探していた。



「さっきの広場から10時の方向…この建造物かな?」



 歩みを止める2人の視線の先には、異世界の文字で『ソウ』と書かれた看板を見つけた。迷いもなくその中へ入っていく。



「さて、サッサと手続きを済ませてしまおうか。それにしても…」



 その施設の中に居る他の人達は、疲れ切っていた。その人物達は旅をしてる者であったり、行商人であったりと様々な人が座り込んでいた。



「ど、どうされたんですか~?すごくお疲れの様ですけど~」



 営業スマイルの如くカランは笑顔で、疲れ切っている人物達に近づく。



「あ、ああ?なんだよ急に」



 尋ねた人の格好はいわゆる『冒険者』と言える服装をしており、長い槍に、白をベースとした戦闘服を着た者であった。



「いやあ。表情からわかるほど疲れていて、何があったのかな~って」



「はぁ~単純にここの人に疲れてんだよ。どっかに寄れば英雄様のお膳立てだ!やっぱり別の道から行くべきだったな…」



(いや…それだけじゃない。確かにこの街の連中の思考は全くわからなくて、話がしつこい。でも…痩せ細るまでのストレスを感じさせられるのか?)



 行商人を見れば、目の下は隈が出来上がっていた。この街の様子から察するに旅をしてる者が長い間滞在するとは考えられない。



「何か…ある」



「カラン。手続きは終わったぞ」



「あっ。じゃあ部屋に行くよ。荷物を置きたいし」



「これが部屋の鍵だ。それじゃあ私は少し外に出てくる」



「ん?アラタ達を探しに?」



「それもあるが、お前との約束を果たしにな」












「ちょっ、下ろして!!下ろしてってばあ!!」



「いえ!下ろしません!」



「これは必要な事なんです!」



「会って欲しい人が居るのです!」



(くっ!ガッチリ掴まれて身動きが取れない!)



「さあ!もうすぐだぞ皆頑張れ!」



 リオは頑張って振り解こうとするが、体勢も悪く力が上手く入らない。



「待てやコラアッッーーー!」



「アラタ!」



 集団の後ろから先程押し飛ばされた少年新太が必死の表情で追いかけていた。



(畜生なんかアイツら妙に速い!ならばっ!)



 脚に攻撃魔力を込めると建造物の壁から壁を蹴り、一気に集団の前に飛び出し手を広げ進行を止める様に促す。



「いい加減にしろよお前ら!探し求めた人が見つかったからっていきなり連れ出していい訳ねえだろうが!」



 肩で息をする状態になりながら、目の前の集団に向かって叫ぶ。目の前に立っている少年の表情を見て一同は少し足がすくむ。



「…突然ですいません。ただある人に会って欲しいのです」



「「ある人?」」



 新太とリオの声が同時に重なり、疑問をぶつける。そして老人の口がゆっくりと動かされる。



「『蒼の英雄』様のご子息に。です」



「は…?」



 予想もしていない返答が2人に返ってくる。



「子孫…子供がいるのか!?」



「はい」



「英雄様には」



「子孫が」



「ございます」



「いや、うん。順番に喋るのやめて?代表1人決めて話してくれ」



 リオを降ろした集団達は、ヒソヒソと話し込むと広場で話しかけてきた老人が出てきた。



「とりあえずアンタらはそのご子息様に会わせたいんだな?」



「ええ。ただ会って話をして欲しい。その様な予言が石版に浮かび上がってきたのです」



「な、なるほどな。どうしますかリオさん」



「ちょっ!?何諦めてるの!抵抗してよもう少しは」



「だってこれ拒否した所で、何度でもこの話がお前に来るし…コイツらの信仰心を見たら諦めがついた」



「ちょっと、アンタ…!」



「ちょっ…掴みかかろうとしないで?だって話すだけでしょうが!」



 新太の髪を引っ張ろうとしながら、リオは老人の方へ向き尋ねる。



「ホントに話だけすればいいのよね?」



「何度も言っていますが、話だけです」



「はぁ~」っとため息を吐き、目を瞑ったリオ。新太の服から手を離し、老人に向かって言い放つ。



「わかったわ。話はする。けど付いてくるのはアラタと貴方だけ。それ以外は付いてくることは一切禁止!それが条件!」



「おお~」っと集団がざわめき始める。



「ありがとうございます!ではさっそくこっちです」



 老人はスタスタと速足で道を進んでいく。それに続き2人も小走りでそれに続いていき、他の人達はリオに言われた通りその場に待機していた。



「言われた通り、付いてきてはいないな」



「まあ、あんなに厳し目に言ったらね?それにお互いにされて欲しくない事を言えば、取り引きにはなるじゃない?」



「なるほどな~。それにしてもこの時代まで『蒼の英雄』の血は続いてるんだよな…」



「うん。でも正直その事実が胡散臭い可能性もあるよね」



「それもあるよな。あとソイツがどんな人間にもよる。英雄様の遺した功績にふんぞり返って座ってる様な奴だったら、嫌だけどな」



 先行く老人の後に付いていくと、他の建造物とは違う豪勢な家が一際目立っていた。



「「やっぱり青色なんだ…」」



 もう2人の感想はその一言しかなかった。その家はとても大きく、挙句には門番までもが居る始末。もしかしたら神経質な人かもしれないと、2人は緊張感を持つ。


「この少女が例の予言の子だ。通して欲しい」



 老人がそう言うと門番はあっさりと承諾し、3人を通してくれた。



「会って欲しい方は奥の部屋にいらっしゃいます。どうぞ」



 中へ恐る恐る入っていく新太とリオ。その豪邸の中は白い壁と青い絨毯に、青い鎧や装飾品。そして天井にはシャンデリア。新太にとっては少し異質な英国の城を彷彿とさせた。



 階段を上がり、どんどんと奥の道へ進む。たまに部屋から出てくるこの豪邸のメイドとすれ違うことがあるのだが、ただ会釈してくるだけであり表情も暗い。



(なんだか不気味ね…)



「さあ。この部屋です。ホーネス様?前々から言っていた予言の子らしき人物を連れてきました。入りますよ」



「はあ!?ふざけんな!入ってくるんじゃねえ!」



 扉からドンッッ!っと何かが叩きつけられる物音がその部屋から聞こえてくる。声の主はとても若そうで、それはまるで子供が駄々をこねた。そんな声だった。



「な、なんだ?」



「…気にしないでください。いつもの事なので…入らせますからね?」



 それでも扉の向こうから叫んで、入る事を拒んでいた。このままでは埒があかないと思ったリオは勢いよく扉を開けた。



「入らせて貰うわよ!私だって早く要件終わらせて休みたいんだから!」



(引きこもりの部屋に入る親みたいな雰囲気だ…てか、やっぱり子供だった)



 部屋に入った2人は散らかった衣服を踏まない様に歩き、大きなベッドの前に立つ。



 ベッドに居座り、ブランケットに包まってこちらを睨んでいる。その子供は10歳行くか行かない程度で青いサラサラした髪に首元には黄色いマフラーを着け、寝間着を着ている男の子だった。



「君が英雄様の子…でいいのかな?」



「そう…だけど。何?」



「特に用はないけれど、周りから連れられてここに来させられたの。石版の予言が新しく浮かんできたって…」



「また…予言かよ…!皆また死んだ奴の言葉を信じて動いてるのかよ!!」



 物静かな様子から一変し感情が激昂し、目には涙を浮かべていた。手元にあった枕をギュッとシワシワになるまで握りしめる程の気迫であったことは間違いなかった。



 それはもう『蒼の英雄』に関して、何かがあったことは確実だろう。



(普通なら尊敬する筈の人物なのに、それをこの子は怨んでいる。一体何が?)



「ねえアラタ。あの予言は何か意味があるのかな?ただこの子と話すだけで次の予言が出てくるなんて」



「俺から言える事は『わかんない』だな。俺の世界だとこれが何かのフラグになって、次に進める。って言うのならわかるけど、実際に自分が目の当たりにすると訳がわからなくなるな…」



 予言通りならこの会話をするだけで新しい『何か』が生まれている筈。しかしこんな簡単な物で良いのだろうか?あてにして良いのだろうか?そんな疑問が残ったのだが。ひとまず先に新太は目の前の子供が気になった。



「なあ君。ひとまず名前を聞いていいかな?俺は輪道新太って言うんだ。少し君の反応が気になったんだけど…」



 目の前の子供はほんの少し沈黙を続けると、赤いマフラーを握りしめたまま顔を上げた。



「僕の…僕の母さんは…このクソ英雄に殺されたんだよお!」



「「なっ!?」」



「よく分からない予言かなんかの言葉に僕の両親が死ねば、街は盛んになるって出たんだ!それで父さんは喜んで死んじゃって…母さんは…俺にコレを残して…くれて…っ」



 街のために犠牲になる…いや、それは救うためなのかもしれないのだが、残された人はどう思うのだろう。ましてやそれが仕組まれた『予言』だとしたら、目の前のこの子供の心には深い傷を負う事になるだろう。



「だから僕は…嫌いなんだ!街のためなんだろ?だったらそこに住んでる人の事も助けてよ!何で僕の父さんと母さんなんだよ!この街もここに住んでる人達も!」



「そう…だな。えーと…ごめん。名前教えてもらってもいいか?」



「ホーネス」



「ホーネスか。まあ、目の前に泣いてる子供の言うことを聞いたら、俺もこの街はどうかしてるって感じになるなあ。…なあ、変えてみないか?この街をさ」



「はぇ?」



「変えるってアラタ何する気?」



「変えるって言っても、人の考え方を変えるんだ。この街の人達は『蒼の英雄』に付き従ってる。なら、その思考を間違ってるって思わせればいい。まだ具体的には決めてないけどな」




「え…」



 リオは不可能に近いと思った。あんなに信仰心の高い人達なら、尚更時間をかけないと考え方を改めるのは到底思えない。



「説得は無理かもなあ。一番手っ取り早いのはあの石版を壊すことぐらいしかないんだけど…」



「そんな事したらアンタは火炙りの刑に処されるわよ。てか何でこの子に力を貸そうとしてるの」



「だって考えてみてみろ?ホーネスは10歳行くか行かないぐらいの歳だろ。言わばまだ子供の考えを持っている。この歳でこの周りとは違う自分の思いを持ってる。もうこれは賞賛するに値するだろ?」



「厄介な事に巻き込まれなきゃいいけれどね」



「いや、もう巻き込まれてる」



(そうだよ。アレが無かったらこんな事には…)



「ごめんなホーネス。とりあえずいろんな人達に話はしてみるつもりだから。また明日話をしような。今度は皆でさ」



 新太はスッと小指をホーネスの前に出し、約束事を守るために指切りをしようとする。しかしホーネスは戸惑っている。



「あ~そっか…この世界に『指切り』は無い物だったのか。小指を立てて前に出してくれないか?」



「う、うん」



 何のことかわからず、言われるがままに新太の前に差し出す。そして互いの小指が合わさると新太はホーネスに向かって話す。



「俺達は今から友達だ。お前が困っていたら助ける。だからホーネスも俺が困っていたら助けてくれないか?」



 目の前の少年が語りかけてくる。それはまるで悪魔の囁きみたいで、嘘をついて見捨てるのではないかと思ってしまった。それでも――。



「うん。お願い…助けて」



 その提案に乗ってしまった。これから自分が何をしようと彼は助けてくれる。そう信じてしまった。



「ああ、任せとけって。じゃあ明日から行動開始だな」



 立ち上がりその少年はふと窓の外を見る。空の色が夕暮れ刻になっているのを理解すると、思い出したかの様に、部屋の扉まで移動する。



 それに続いて少女もついていき扉まで移動していた。そして少年は扉の前で小さく手を振っていて、その顔は明るく照らす光みたいに眩しかった。



 自分には絶対真似は出来ない。あんな笑顔なんてと思ってしまう。



 そして2人は部屋から出て行くと、やがてこの部屋には静寂が訪れる。その静かな空間で1人の子供は自問自答を繰り返す。



「大丈夫。別に困ることはないから。人は導かれ続けなきゃ、生きて行く事は出来ないなんていうのは間違ってるから…」



 1人の子供は、決意を固め、行動する――。













「えーと。あの広場から10時の方向、方向っと」



 ホーネスの豪邸から出た新太とリオは一度カラン達と別れた広場へ向かっている。



「ねえ。ねえってば!」



「あん?」



「アラタは元の世界でも、あんな風に人を助けてたの?」



 リオから聞かれた質問に答えるためゆっくり足を止める。そして自分の着ている上着のポケットに手を入れ話し出す。



「うーん。どうだろうな…俺が居た世界じゃ知らない他人が困ってたとしても進んで助けている様子は見られないんだよな。あったとしても命に関わる事だけかな。勿論いい行いだけなんだけどさ。なんて言うのかな…その、人を助けるのが怖いんだよ。多分」



「助けるのが怖い?」



「助けたのに冤罪で相手に罪を押し付ける。みたいな仕打ちがあったんだよ。それと助ける事が恥ずかしいから。という理由もある」



「恥ずかしいの?悪いことじゃないのに…」



 フゥーっと息を吐いて思っている事を整理する。



「多分…目立つのが嫌なんだろうな。俺の世界って直ぐに人の住んでいる場所とか特定されちゃうんだよ。広い世界なのに肩身が狭い世の中だったかな…俺は少し思ってた。でもこの世界ならさ、そういう人助けは、なんかしやすいって言うか…めんどくさい事とか考えないで済むから良いよなって思ってんだ」



 それを聞いたリオは、新太の『人間性』について安心した。救うに値しない人だったら自分は何をしたらいいのか分からなくなってしまう恐れがあった。何を信じればいいのか分からなくなってしまうのが怖かった。それを含めて全てに安心したのだ。


「でも…いろんな人達をこれからも助けていくつもりなの?絶対何処かで壊れちゃうよ」




「う~…なんかカランにも同じような事言われたな。全員は俺も無理だよ。絶対助ける!って人は先生とかカランとかお前とか、とにかく身近な人は助けたい。次にホーネスみたいな涙抱えて誰からも助けて貰えない人とか、ちゃんと選んで悔いの無い様に助けたいって感じかな」



 後頭部で両手を組みながら宿がある方角へと歩き出す。その後ろ姿を見ていたリオは、成長していると思ってしまう。それは肉体的ではなく精神面の方であり、その後ろ姿を見ながら『羨ましいなあ…』と静かに呟いた。でも、ずっと言いたかった事、新太の話を聞いて思ったことも、口にしようか迷う。



 そして――。目の前の少年の手を掴み正直に思った事を話す。



「それが…それが!アラタ思い描く人物像なの?絶対ロクでもないよ!地獄だよ!私からしたらアラタの世界の方が平和だなって思っちゃったよ?アラタはまだこの世界についてよく知らないから言えるんだよ。そんなのは幻想になって散って終わっちゃうよ…」



 言った。言ってしまった。関係が壊れてしまうかもしれないのに、正直に話してしまった。



(ただ、嫌われてしまってもいい。それでも友達がいつか壊れてしまうのが私は恐かった…)



「そうだな…リオの言う通りだと思う。もしかしたら俺が進みたい道は間違ってるかもしれない。けど人って何かを成し遂げたいって心の内に秘めてるモノなんだよ。だからやってみたい。頑張ってみたい。自分が生きてて良かったって思える人生にしたいんだ」



 憧れた理想像を壊すことは出来ないのか。もしかしたら別の世界の人は目の前の少年の様に強いのであろうか?もしそうだとしたら逆にこちらが憧れてしまう、ますます羨んでしまう。



「それに俺の事思って言ってくれたんだろ?俺だって何でも1人でやろうとは思わない。自分から頭下げて誰かに手伝ってもらおうと思ってるよ。今回の奴だって先生とかにも相談してみるつもりだし、お前にも頭下げるつもりだ」



「え…?でも私は役に立てる自信は…」



「あるよ。あるに決まってんだろ?お前自身の強さは絶対どんな時でも必要になる!そうでなきゃ俺は困る自信がある!」



 リオの肩に強い衝撃が走る。力強く置かれた少年の手が肩に置かれている。根拠のない理由ばかりで勝手に口が回っている。そんな出鱈目な言葉ばかり並べられて、つい笑ってしまった。



「アハハッ!私の力がどこまで通用するかわからないけど、助けるよ。でも私が困ってたらアラタだって力貸してよ?」



「あったり前だろ?友達ってそういう関係だからな」



「うん。それがアラタの望む理想像なんだもんね」



「ああ。どんな平凡な学生は、誰かを救ってカッコいい人間に憧れるモンなのさ」



 新太は踵を返して振り返り進んで行く。しかしその表情は何処か上の空であった――。













「宿名…『ソウ』?で合ってるよなこの文字」



「うん。合ってるよ。多分師匠達もこの宿に居るはず」



 なんとか捻り出し、学んだ異世界文字を解読する新太。しかし未だに慣れてはおらず、脳内がグルグルと回るように気分が悪くなる。



 中で待っているはずのカラン達を待たせる訳にもいかず、扉を開け中へ入る。しかし中は静まりかえっていて、照明も点いていなかった。



「あれ…もう就寝時間?」



「そんな訳はないはずよ。だってまだ夕刻を過ぎたばかりだから…」



「でもさ受付の人も居ないんだぞ?ここの街はそんなルールがあるとかなんじゃないのか?」



 悩みながらリオは壁に掛けてあるカンテラに自身で生み出した炎で灯りを灯す。灯したカンテラを持ち受付席の前へと進み、本棚や引き出しの中を漁る。



「え、お前何してんの…まさかこのタイミングで何かを盗もうと!?」



「違うわっ!宿帳を見ればあの2人がどの部屋に居るのかわかるでしょ。あ、あったあった」



「なるほど。さてはお前天才か…」



「えーと。師匠が206番でカランが204番か。とりあえずその部屋に向かいましょうか」



「了~解」



 2人は奥に進み、階段の手摺りに手を掛けると…。



「動くな」



 気配も音も無く2人の背後には誰かが立っている。背中には何かを押し付けられていて身動きが取れない状態になる。



(なんだっ!?コイツは…フードで顔が隠されてて見辛い)



 リオは手に持っていたカンテラを地面に置き、2人はゆっくり手を上げる――。



「らあっっ!!」




 手を上げると見せかけて新太は左腕で裏拳をフードの人物に殴りかかるのだが、簡単に受け止められ、壁に押し付けられてしまう。



「んぎッ!?」



 フードの人物は冷静に冷酷に対処し、強さの違いを押しつける。



(クッソ!コイツ力も強え…)



「…まだまだ甘いな」



 突然力を緩め拘束を解除する行動に驚く新太。自由になった新太は少し距離を取り、フードの人物を見つめる。



「相手の動きと魔力をしっかりと読むこと。これは大切な事だぞ」



 フードを外した人物は2人がよく知ってる人物であった。



「え、何で先生がこんなことするんですか?」



「丁度下の階に来たらお前達が居てな。あまりにも遅かったから驚かせてやろうとな。驚いたか?」



 悪戯の笑みでウインクする銀髪の女性を見て2人は驚くより呆れていた顔になっていた。



「それにしても遅かったのは何かあったのか?」



「まあ、ちょっと」



 3人は席に座り、今までの事を話した――。



「全くお前は色んな事を背負い込むんだ」



「いや~。俺って家族関係の話に弱いもんで…これって何とかする方法はありますかね」



「力づくで解決するのは簡単だ。だがそれはお前も望んでないし、片方が苦しむ事になる。説得は難しいだろうなあ」



「でも俺はアイツを――」



 ガンッガンッ!!!



 突如鳴らされる大きな鐘の音。それは街中に響き渡っただろう。



『街の関係者は今すぐ広場に集合。繰り返す……』



「え、何なの?広場に何かあったの?」



「ッ!」



 鐘の音を聞き嫌な予感がした新太は宿を飛び出し、広場へ走る。



「リオはカランを起こしてきてくれ!私はアラタを追う」



「は、はい!」



 一体何が起こるのか、その先は誰も知らない。













 とうとうやってしまった。僕は罪になる事をしてしまった。たとえ恨まれてもよかった。ただ一泡吹かせてやりたかったんだ。



 石版を壊し、今後この先の予言を聞けなくしてやった。



「やった…やってやったぞ!僕は『蒼の英雄』に勝ったんだ!」



 成し遂げたはずなのに、何故か虚しさだけが残るのは何故なのか。そしてぞろぞろと集まってくる人達。大声で何か訴えかけてきているけど、どの声も耳に入ってこない。



 だけれども――。



「ホーネス!」



 友達の声だけは不思議と耳に入った。



「おわっ!?」



 突然ドドドドッッ!!っと大きな地震が鳴り響くと、石版の近くにあった木の様子が変わりいきなり伸び始めた。



「あ、ああ…」



 それと同時に割れた石版から、蒼い液体の様なものが溢れ返った――。


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