27話「蒼紅の修羅は髑髏と共に踊る」

 とある王都。イニグランベ国では現在人達が熱気を上げて演目という名の戦闘劇バトルを観ていた。



「さあ。続く2回戦目の戦い!3回戦に駒を進める選手はどちらになるのでしょうか?」



 現在闘技場でしのぎを削っている者達が立っている。



 一人は大きな体格にゴツゴツとした鎧を着ており、頭部には2本の角が生えたようなデザインの兜が特徴な人物のドリオンという男。



 そして相対する人物はロングボブでオレンジ色に近い色で装備は、緑色を基調とした民族衣装をイメージした服を身に付けている藤田麻奈という女性。



 ただ一際目立っているのは右腕には赤色の篭手。左腕には青色の篭手を身に纏っていた。



「ふぅ~。はぁ!」



 麻奈は右手に着けた赤色の篭手から炎を出しながらドリオンに走っていく。だがドリオンは炎の拳に臆することなく麻奈の拳をいなしていく。



 そしてドリオンが麻奈に足払いで浮かせ、腹に一撃の掌底を打ち込むとモロに衝撃が入ったのか勢いよく地面を転げまわる。



(ぐ…この人強すぎでしょ!?さっきから私の攻撃が効いてないどころか、当たらないし!)



 この戦いで麻奈はドリオン相手に決定的な攻撃を与えられていない。長引けば長引くほど傷ついていくのは彼女なのだ。



「うむ。勇者の少女よ。どうか怒らずに聞いて欲しい」



「何よ」



「この戦いなのだが、身を引いて欲しいのだ!」



「…はあ?」



「君はまだ若い。私は君の様な若者をいたぶる趣味は持っていないし、強き芽を枯らすのを私は見たくないのだ」



 ドリオンは四つん這いになっている麻奈に情けを掛けていた。ドリオンが言っていることは心からの本心で相手伝えているのだが、聞き手によってはどう捉えるのか判れてしまう。



 しかしドリオンから投げかけられた言葉を聞いた麻奈にとっては――。



「あ゛ぁ?」



 逆鱗に触れた――。



「武器これを使うのはしんどくなるし…不正になるかもしれないけど。今の言葉でムカついた」



 麻奈は立ち上がると両腕にはめていた篭手に魔力を込めた途端、掌の部分を分解して真上に向かって放り投げる。



「ほお…これは」



 ズシン!とドリオンの前に立ちはだかるのは、赤色の鎧と青色の鎧が麻奈を護るように並び立つ。



「マナ選手の前に突然現れた鎧は一体なんだぁ!?これは召喚系の魔法なのでしょうか?」



「この鎧達。見覚えがあるな……そうか!入場した時に君の後ろを歩いていた物だな?」



「ええ正解よ。これが私の扱う魔道具『蒼紅の修羅デュアル・デーモン』。生憎だけど私にはこっちの世界での仲間はいなくてね。コレで仲間を装って参加したのよ…ねえ審判さんこの方法は卑怯かな?」



 麻奈は視線を離れた所に立っている銀の鎧を着たオレンジ色の髪色で七三分けされトラッド風な髪型をした男性クロイアに尋ねる。



「問題は無い。武器の力によるものは当の本人が鍛え上げた成果だ。だが双方の合意がないと後々問題へと繋がる。ドリオン殿これはどう見る?」



「問題は無い。別に彼女は卑怯な戦いをしている訳ではないからな」



 ドリオンは腰を落として構える。これで双方の合意は得た。



 あとはどちらかが最後まで立っているかを決めるだけだ――。



「さあ行け!蒼修羅あおしゅら!」



 麻奈が左腕の青い篭手に魔力を宿すと青色の鎧がドリオンに突撃していく。蒼修羅と呼ぶ物は氷を纏った拳をドリオンに向けて放つ。



 そしてドリオンも負け時とその拳に合わせるように攻撃を仕掛ける。



 ドガアァァン!と互いの攻撃が当たると小さな氷が霧状になって散っていく。その一方で後ろに仰け反った蒼修羅にドリオンはミドルキックで追い打ちを仕掛ける。



 そこからドリオンは蒼修羅に向かって連打を打ち込む。右ストレートに左フック。締めには渾身のアッパーカットで相手を吹っ飛ばした。



「ドリオン選手頑丈そうな鎧相手に全く遅れを取っておりません!彼の体はまさに鉄壁の様であります!」



(まだ!壊れている訳じゃない!)



紅修羅あかしゅら!」



 今度は右腕の赤い篭手に魔力を宿すと紅修羅が動き出す。ドリオンから離れた位置で構えると紅修羅の頭上に炎で形成された鬼の手が現れる。



 ズオオオオオオッッ!!と炎の手がドリオンに向かって進んでいく。



「ハアアアアアアアアアアッッ!!」



 雄叫びを上げながら炎の手にドリオンの拳がぶつかると、爆発を起こして煙が舞い上がる。



 そして煙の中から全力ダッシュでドリオンは麻奈に近づいていく。鎧にはただ煤の汚れがあるだけで、対したダメージは与えられていない。



 近づいてくるドリオンを目の当たりにした麻奈は焦りながらも冷静に紅修羅を自身の前に配置する。



 紅修羅とドリオンはそこから取っ組み合いになるが、それでもドリオンの猛進は止まる事は無い。紅修羅の攻撃を腕でいなした後に顔面に一撃を打ち込む。



「ヌゥ――」



 紅修羅に回し蹴りを喰らわせようと体を半回転した瞬間にドリオンは真横に吹っ飛ばされていた。



 頭部を守りながら転げまわるドリオンだがすぐに立ち上がり、何事もなく状況を把握する。



(ふむ。理解した…紅修羅とやらを攻撃していた時全く動く気配が無かった。つまりその間はもう一体の蒼修羅を動かして私の死角から氷塊をぶつけてきた。と言ったところか)



「だが、勝ち筋は見えたな」



 足を踏み込んだドリオンは臆することなく、ジグザグで動いて近づく。そのスピードはどんどん上がっていくと突然、麻奈の視界からドリオンの姿が「フッ」と突然消える。



 だが麻奈の聴覚が音を聞き取った。「ザッ!」と物音が自身の背後から聞こえてくる。鎧達を自身の前に配置するのは間に合わない――。自身に残された選択は一つ。



「――ぅ」



 小さな呻き声を出しながら麻奈の腕には防御魔力を纏わせて攻撃を受け止める。あまりの攻撃力に耐えきれずに吹き飛ばされる。



「うぅ…ぐぅ!」



 藤田麻奈は新太と同様にこの世界の住人ではない。麻奈は他人と関わるという事が苦手であるため、南の国スーリアに召喚された際誰かに教えを乞うという行為をあまり行っていない。



 最低限必要な知識に、魔法と魔力の事に関してのこと。それ以降は人との関わりを断ち、渡された魔道具の使い方を独学で磨き上げた。



 そのせいか魔力面に関しての技量は全く足りておらず、防御魔力はおろか攻撃魔力の方も技量は新太以下なのである。



「痛っったぁい…!!」



 何度この男に蹲っている姿を見せればいいのだろう。今になって最低限の技術だけでここまで生きてきたことに後悔を覚えた。腕を見れば衝撃に耐えきれず、青く腫れ上がっている。



「君の魔道具。操作をしているのは君自身なんだろう?しかし紅修羅を動かしている際、もう一体の蒼修羅は止まってまま。君は戦闘中まともに動かせるのは1体だけで、自身も動かすことに集中して動くことが出来ない…違うかな?」



「そんなことも分かっちゃうんだ。やっぱり経験の差ってどんな時でも浮き彫りになっちゃうんだね」



 麻奈は紅修羅を動かして自身を起き上がらせるのに使う。何故自分自身を起き上がらせたのか分からない。ここまで力の差を見せつけられたのだ…諦めた方が痛い思いをせずに楽になれる。お金なんて魔物を倒せば手に入る。



 それでも彼女は立ち上がった。



(多分この勝負は負ける。でも、それでも何も得られずに負けるのは…)



「なんか嫌だ」



 そして彼女は再び目の前に立つ男に向かって走り出す。しかしそれは一人だけではなかった――。



 千鳥足だったが紅修羅も一緒に走り出していたのだ。



「ん!?」



 その行動に多少驚きはあったものの、それ以上に驚愕していた光景を目の当たりにした。麻奈の顔を見ると鼻から血を流していたのだ。



 麻奈にとって極度の集中で、鎧を動かす際に魔力を費やすことは自分の限界を超えようとしているのをドリオンは瞬時に理解した。



(このままでは彼女の身が危ない!)



 しかし魔力を限界まで使用続けることは体を蝕むことと同じ意味である。ドリオンは急いで目の前で今にも倒れそうな少女を助けるべく駆け出す。



 だがドリオンは脚を動かした瞬間に後方から何かが突き刺さる冷たい感触に包まれる。



「ぅぐ!?」



 いつの間にかドリオンの背後には蒼修羅が位置取っており、片手を地面に着いてそこから尖った氷を地面から生やして攻撃していた。



 そして足が止まってしまったドリオンに麻奈は近づいて攻撃をするべく左拳を向けるのだが、自身も脚がもつれて倒れてしまう。



(脚が!痙攣してる!?)



 麻奈の前にはもう攻撃に転じているドリオンの姿が見える。だが魔力は動かすことは出来る。



「はああああああっ!!」



 叫びながら麻奈は両篭手に魔力を込める。両篭手に込めた魔力により紅修羅と蒼修羅はドリオンを挟み撃ちの形で襲い掛かる。



 2体同時に動くことに不意を突かれたドリオンは地面から脚を離すことが出来ず、前方から迫る紅修羅の攻撃を受け止めようと片腕を出す。



 しかしドリオンはさらに不意を突かれることになる。前後から近づいてくる2体の鎧は飛び掛かってきたのだ。



 そしてその2体はドリオンの頭部に目掛けて右脚を挟み込むように同じタイミングで攻撃を当てた。



 ズゴンッッ!!と鈍い音と共にドリオンの兜に衝撃が入り、ヒビが入り割れ始める。2体の鎧は倒れこむように地面に「ガシャン!」と寝転がってしまった。



「まさか、一時的だったが2体同時に動かすまで成長するとは…私達人間は恐い者だと思い知らされたよ」



 頭部を手で抑えていたドリオンの兜が完全に崩壊し姿が露呈してしまう。



「頭部への攻撃をまともに喰らってしまったドリオン選手は大丈夫なの…ん?」



 兜からは金色の長い髪が風で靡かれ、青い透き通る瞳が開かれる。顔立ちはゴツゴツとした鎧とは合わない美青年が闘技場に立っている。



「強面の兜から素顔を露わにしたドリオン選手。金色の髪でその顔は素晴らしいとしか感想が出てきません!」



「……審判。彼女は疲労で倒れてしまったようだが、カウントはもう10経っている。勝敗は着いたはずなのだが」



「ああ。勝者ドリオン」



 判決を下した男は白銀の鎧を着たオレンジ色の髪色で七三分けされトラッド風な髪型をした男性。クロイアという人物。



 勝者となったドリオンは静かに闘技場を後にする。彼の素顔が露わになった途端に会場は


 少しざわざわと声が慌ただしくなっていた。


 そして闘技場に向かう通路にいたドリオンは垂れる前髪をかき上げて進んでいくと声が聞こえてくる。



「チクショウ!あのケモミミ詐欺美少年どこ行きやがった!」



「今度は何をやらかしたのよ…」



 服装は所々破け、茶髪に近い色で短めのツンツン寄りの髪型をした輪道新太という少年が怒りながら誰かを探していた。



 そしてその新太の肩に手を置いて落ち着かせようとしている少女は短いデニムパンツを身につけ、紺色の上着を羽織って黄色のカチューシャを身に付けた女の子リオという少女だった。



「あの野郎また人の武器奪ってるのを俺見たの!辞めさせなきゃいけな――あ」



 不意に新太はこちらを見てくる金髪の美青年と目が合ってしまった。騒ぎになるのが面倒になってしまうことを恐れ、口を閉じてその場を去ろうと歩く。



「…あ、そうか。やあ!アラタ。体調は如何かな?」



「え?えーと、まあ大丈夫?あれ…どっかで会いましたっけ?」



「ハッハハ!カツキと一緒に旅をしている大柄な男と言えば分かるだろう?」



 ほんの少し考えた新太は息を大きく吸い込んで正体が分かると青ざめた顔で一歩引きさがる。



「え?え!私の勘違いじゃなければ貴方様はド、ドリオン様なのでしょうか!?」



「そんなに畏まらなくてもいいさ」



「え~素顔が全然イメージが違うんだけど」



「それよりもさアラタ。彼の髪、金色だよ」



「あぁ。それは俺も一番に目が行ったよ。前に素顔を見せたくない理由ってそれ?」



「ああ。これもあるが、まだ他にも理由がある」



「そっか。そうした方が暮らしやすいもんな」



 この世界では奴隷制度がある。過酷な労働を強いられ、命が消えても初めから無かったことにされる。この世界の生まれではない新太から見れば「残酷な世界」としか表現出来ない。



 それは人身売買だって起こっている。珍しい人種や珍しい髪色。瞳だって一部の人間にとっては大事なコレクションなのだろう。そして目の前に立つドリオンもその一人であり、金色の髪は狙われる象徴なのである。



(こんな公な場所でバレてしまった。そしてどの人物からも面倒事に巻き込まれるのは嫌だと、離れていく。今はカツキ達に受け入れられているからいいが…それはいつまでなのだろう)



「いやーそれにしても顔はなんつー美青年なんだよ…なんだろな、アレなのかな…様々な異世界の顔面偏差値が高すぎませんかねえ!?リオさん貴方はどう思います?」



「どうしたのよ目の前のイケメンを見て嫌味を言いたくなるのは分かるけど、それはアラタ自身を苦しめる行為にしかならないよ」



「貴方も言うようになったね…心に大きな矢が刺さったよ」



「…君達は何も思わないのかい?関わってしまえば自分にも火種が回ってきそうな人を見ても」



「ん~そりゃあ相手にもよるけどさ、関わったり、触れ合ったりしてこの人とは気が合うなって思ったら…俺は互いに手を引っ張り合えるような関係を築きたい。それだけだよ」



「私は言わば田舎から出てきた人だから、珍しい人を見ても何とも思わない。ただその人はちゃんと自分という大事な物を持っている強い人だって分かるから」



「そういう事だから俺達は金髪だろうがなんだろうが大事なのは、相手の心とか内面の方だと思うし。それにしてもいいな~金髪でイケメンでしょ?俺なら十分実力付けたら素顔を出しまくるけどな~」



「さっきまで心の方が大事って言ってたでしょう!?」



「ああ言ったさ!心の方が大事だとな!だがなそれに上乗せして外見も完璧だったら、もっと良くなるに決まってるでしょうが!」



「なら、今からアラタの髪を全部抜いて金髪に生え変わるまで繰り返そうか!」



「辞めて!そんな笑顔でやろうとしないで!?この年で禿げるのは嫌あぁぁぁっ!!」



(そうか。大事なのは心か…)



「アラタ」



「うぇ?」



「君はどうかこの大会を勝ち続けて欲しい。そして私は君と戦いたい!」



「え~!なんでそうなんの!?俺そんな生粋のバトルマニアでもないし戦闘狂でもないんですけど!」



「無茶な願いかもしれない。だが私は君と戦えば自分の在り方について迷いが晴れそうな気がするのだ」



 ガシッ!!と新太の両肩を掴むドリオンに気圧される新太は、静かに頷くしかなかった。



「では、頼む」



 やがてドリオンは凛とした表情でこの場を後にする。そして約束を交わした新太の表情は何とも言えない物になっていた。



「どうして男ってこうも競いたがるの?」



「ホントよね。男ってよく分からない生き物よねっ」



 オネエの様な声と仕草で話す新太を見たリオはとりあえず一発頭を叩く。



「アンタもその男でしょうが」



「痛い…ごめんなさい。んあ?」



 中々頭を上げない新太に声を掛けるリオだが、リオ自身も上げない理由をすぐに知ることになる。



「どうやら、2回戦目の相手が決まったみたいだ」



 大会が始まったその時から装着している腕輪が光る。これは次の対戦相手が決まった合図である。



「じゃあ。頑張ってね」



「ああ!目指せ入~賞!!」



 新太とリオはその場で別れる。その駆けていく様子を見ていたリオは、何も出来ない自分をただただ静かに呪っていた――。











 闘技場に入る前の入場口前付近に新太は速くなっていく鼓動と戦いながら静かに待っていた。



「うぇ…吐きそう」



 バシッ!バシッ!と震える脚を叩きながら迫る決戦の時間に備える。そして腕輪がもう一度光ると新太は意を決して進みだす。



「ワァァァァァ」っと周囲の観客の声に包まれる新太はビクビクしながら闘技場の中心へ向かう。



 そして新太の前に立っていたのは大きな鎌を持ち所々に紫色に怪しく光り、黒色のボロボロな服装でドクロの仮面を着けた人物だった。



(こ、この人かぁ~)



「さあリンドウ・アラタ選手の前に立つ人物はシューナ選手!不気味に輝く鎌はアラタ選手の命を刈り取るのか!?」



(サラッと怖えこと言うなよ!?)



「両者。前に」



 クロイアが催促してくると新太とシューナは近づいていく。ドクロの仮面の隙間から「フゥ…フゥ…」と息遣いが聞こえてくる。



(めっちゃ睨んでくるぅ…嫌だぁ)



 改めてもう一度シューナという人物を見てみるが、身長は新太とそんなに変わらない。少しだけ下ぐらいだろう。



 新太の向ける視線に気づいたのかシューナは背中に装備している鎌を抜いて構える。気圧されないように新太も構える。



「さあ。両者共に準備は整いました!合図の魔法が今、王から放たれます…」



 立ち上がった国王の指先からは金色に光る魔力が出ており、その光球が空に向かって放たれる――。



「なっ――!?」



 ピカッ!と光る合図と共に迫るのは新太ではなくシューナだった。飛び掛かってくるシューナは鎌を上から振り下ろしてくるが、新太は後ろに引いて躱す。



 後ろに引いた新太に今度は魔力を帯びた鎌から斬撃を飛ばしてくる。



「クソ!」



 新太は右腕から風を巻き起こして左方向へと避けるのだが、新太の避けた先にシューナが攻撃を構えて近づいてきていた。



(ッ!誘導された!だが――)



 ビュンッ!と更に風の勢いを上げ、逆に新太はシューナに近づき体を360度回転させながら右足の後ろ横蹴りをシューナに当てるのだが、相手も攻撃に合わせて防御していた。



 攻撃を受け止めたシューナは鎌を横に萩払うように新太を引き離すが、両腕を下に向けた新太はバク転の要領で触れずに避ける。



 着地した箇所に向かってシューナは斜め下から振り上げる攻撃をしてくる。すかさず新太は近づいて鎌の柄を左手で掴むと攻撃は止まる。そして魔力を込めた右ストレートをシューナの腹部に当てようとしたが――。



「ぁが!?」



 逆に新太はシューナのサマーソルトキックを顔面に喰らってしまう。大きくのけ反ってしまった新太に上方向から鎌の刃先が迫ってくる。



「ん、の!!」



 斜め下に向けた風で新太は勢いよく空中で回転すると振り下ろされる鎌の攻撃を避けたと同時に左脚でシューナの顔面を蹴り飛ばした。



 流石に予想していない攻撃を喰らったシューナは「ズザザッ!」と地面を引きづりながら互いに距離が離れる。



(この人…戦い慣れてるな。ブラハードもそうだったけど、間合い管理はこの人の方が断然上だ!)



「予想、以上だな…」



「し、喋った!」



 無言を貫き通す理由があるのかと思い込んでいたが、決してそんなことは無かった。しかし口を動かした途端にプレッシャーを放つように新太は空気でなんとなく理解する。



「まずは、片腕を…落とす!」



 ズアアアアアアッッ!!最初の時とは違うスピードで向かって来る。



(速っ――。)



 一歩後ろに身を引いたのだが、新太の目の端で捉えたのはこちらに向かって来る鎌が少し伸びたのだ。



 シュンッ!と当たると思った攻撃は意外にも新太には掠る程度で後ろに倒れる。大きな事態は免れたが、シューナは確かに感じ取れた。



 それは意図的か無意識かは分からないが、倒れそうになっていた新太は足から風の魔力出していた。攻撃していたシューナはその魔力を感知しており、目の前の少年は腕だけではなく足からも出せるのか。と少し困惑していた。



(マジで危っっねえ!!真っ二つになる所だった…運よく転んで助かった!)



 シューナを見つつ歩き出す。距離は一定のままで飛び掛かって来ても対処は出来るようにしているが、それは相手も同じだった。



(どうする…鎌持ちの相手とは流石にカランとも戦ったこと無いぞ。オマケに相手も速いときた…でも)



 それでもこちらの戦う手段は素手のみ。遠距離攻撃なんて状況に応じて持ち合わせている訳ない新太の行動は一つだけ。



「やはり、来るか」



 新太は風を使わずにシューナに近づいていく。勢いよく迫ったとしても手練れの相手に不意は付けないと考えたのだ。



 迫ってくる新太に対してシューナは鎌をバトン回しの様な振る舞いで上下左右から攻撃が飛んでくる。



(立ち回りを変えてきやがった!)



 互いに走り回りながら闘技場を駆け回るが、一方的に押されているのは新太側。刃先に当たる訳にはいかないし、かと言っても無駄なく振り回す鎌を持つ相手に近づくのが難しい。



(見切れ!見切れ!こちら側が有利に傾くために光を見失うな!)



 新太は反撃するためにシューナに突っ込んでいく。しかしそれは自殺行為ではなく攻撃に転ずるための行動。横に斬った後は後ろに回しながら斜め下や上から鎌を振りかぶってくる。



(後ろに武器を回した瞬間が一番無防備!懐に入り込めば…!)



 姿勢を低くしたまま新太は拳が届く距離まで近づいたのだが、シューナも対応が速く自身は一歩二歩程後ろに下がった。



 だが――。



(流石のアンタでも後ろに引かざるを得ないよなぁ!)



 新太は後ろに下がるという行動を読んでいた。自身の手を後ろに向けて風を噴射してシューナの顔面に飛び膝蹴りを当てる。だがここで終わらせる訳にはいかない。



 そこから右フックや左ボディアッパー。しかしシューナの裏拳が飛んでくるが、新太は地面に床を着いて体勢を低くして攻撃を避けたと同時に顔に向けて左脚で蹴りを入れる。



 流石によろけてしまったシューナを見て更に追い打ちを仕掛けようと、立ち上がって新太は近づいていく。



 しかし――。



黒水の一刺しメルモーント・バネス



 小さな声で魔法名が聞こえると、新太とシューナの間に黒色の液体で造り上げられたレイピアの様な武器を模した物が出現する。



(魔法――!?)



 迫ってくるレイピアに対して体勢を変えて避けようとするが回避は間に合わない。そのため左腕に防御魔力を纏わせて迫るレイピアの軌道を変えつつ直撃を防ぐ。だが軌道を逸らす際に左腕は多少皮膚が裂け血が流れてしまっていた。



「なんだ!?黒い水?」



 牽制ように放った技は闘技場外に落ちると液体となって消えていく。出血してしまった左腕を抑えて様子を見るが、現状は問題は無い。



 ほんの少し視線をシューナから外してしまった新太は近づいてくるシューナの反応に遅れてしまった。



 斜め上から振りかぶってくる鎌に右腕で弾こうとこちらからも攻撃をしようと右拳を近づけさせようとするのだが――。



「ぁ!?」



 シューナは洗練された手つきで鎌の持ち方を変え始めると鎌の向きが下向きになり、新太のカウンターは完全に無駄になってしまった。



 しかし戦いが始まって間もないのに自身の利き手を失う訳にはいかないと新太の脳内はその考えでいっぱいになってしまう。



 上半身を必死に捻ると負傷した左腕を下から迫る鎌に、刃の部分を左手で掴む。突き刺さった鎌を離さず逆に自身の方に引き寄せるとシューナの顔面を右手で殴りつける。



 吹っ飛ばされたシューナは奇麗に受け身を取って地面に着地する。しかし新太は左手に鎌が突き刺さったままシューナを後ろに下がらせたため、鎌は左手を更に傷つける。



「が、あああああああああ!!」



「アラタ選手!これは痛手です!!左手は無事なのか!?」



 新太は思わず膝を地面に着けてその場に座り込んでしまった。そして恐る恐る負傷した左手を見てみる。



「あ、れ?」



 目の前には左手がちゃんと存在している。しっかり握る事も出来る。斬られた感触は残っているが、大量に出血をしている訳ではなかった。



「これ、は…一体?」



「7…8…」



 進むカウントが聞こえ、新太は急いで立ち上がって構え直す。まだこの戦いで新太は更に困難と闘っていく――。

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