第35話 蒼空くんには内緒です

 文化祭も終わり、行事は暫くなく通常授業が行われる日々。


 少し寒くなってきたが、雨音は今日も校舎裏で寝ていた。


「風邪引くぞ」


「んん~、ここに来るという目的がなくなると蒼空くんといられる時間が減ってしまいます……」


 うとうとしながらも答える雨音。寝たいからここに来る訳じゃなく俺といる時間のためとは初耳だ。


「じゃあ、場所を変えようか。教室とか……」


「教室は落ち着きません。あっ、私の家はどうですか?」


「どうですかって俺も行くの?」


 家なら勝手にどうぞ寝てくださいって感じなのだが、雨音は家に来てほしそうだ。


「それはもちろん。蒼空くんと放課後はいると決めているので」


 そんな当然なことを言われましても……。けど、雨音と一緒にいる放課後の時間は好きだし、なくなるのは寂しい。


「雨音がいいなら……」


 そう言うと彼女はバッと起き上がり俺の手を両手で握ってきた。


「では、行きましょう。ここは寒くていられません」


「お、おう……」


 寒いって無理してここにいたのか。俺と放課後、一緒にいるために。この場所じゃなくても俺は側にいてあげられるけどな……。


 カバンを取りに教室に戻り、学校を出てそのまま雨音の家へ向かう。


 昨日、かなり買い込んだため今日はスーパーに寄らなくてもいいらしい。


「明日のお弁当は何か入れてほしいものはありますか?」


 あの日以来、雨音には毎日学校のある日は食費は半分出し、そして放課後はスーパーへ買い物へ一緒に行くことを条件としてお弁当を作ってきてもらっている。


「卵焼きが食べたいかも」


「わかりました。卵焼きですね」


 雨音の作る卵焼きは家で母さんが作るのと同じくらい美味しいんだよなぁ……って、何か本当に雨音の作るものしか食べられない体になりかけている。


 信号が赤になり、立ち止まっていると後ろから久しぶりに聞いた声がした。


「あれ、蒼空? 蒼空だよね!?」


「芹那?」


 後ろを振り返るとそこにはセミロングで赤のリボンがトレードマークの少女、芹那がいた。


 芹那は高校は別のところだが、幼稚園、小、中と一緒で付き合いが長い幼なじみのような関係だ。


 高校生になってから一度も会っていなかったが、まさかこんなところで偶然会うとは思ってもなかった。


「やっぱり、蒼空だ! 久しぶり!」


 芹那は隣に雨音がいるのをわかっていながら俺の手を取り、ぎゅっと握ってきた。


 その時、隣にいる雨音からじとっーとした視線が向けられた気がした。


「ひ、久しぶりだな……」


「あっ、もしかして蒼空の彼女?」


 彼女は俺から手を離し、雨音のことを見た。


「いや、友だっ────」

「大切な関係です」


 友達と言おうとしたが、雨音に言葉を遮られた。彼女の方を向くと雨音はニコッと笑いかけてきた。


「大切な……ん~どういうことかわからないけど、お互い信頼し合ってる仲かな?」


(まぁ、間違ってはいないが……)

 

「そう言えば由香ちゃんは? 付き合ってたよね?」


 芹那には由香と別れたことは言っていないから知らないのも当然だ。


 彼女が聞いてきたことからして俺と雨音がこうしているところを見て何かを悟ったようにも見えた。


「別れたんだ……数ヶ月前に」


「……そうなんだ。ごめん、聞いて」


「いや、いいよ。芹那には色々相談乗ってもらってたのに俺はダメだった……」


 付き合った経験がない俺に相談に乗ってくれた芹那。本当に感謝している。


「ダメじゃないよ。蒼空の魅力が由香ちゃんに伝わらなかっただけ。多分この子が蒼空の魅力に気付いてくれるんじゃないかな」


 芹那は雨音の肩にポンッと優しく手を置いて話す。


 すると、雨音が俺の腕をツンツンとつつき、ニコッと俺に向けて笑いかけて口を開いた。


「私は蒼空くんの魅力、いっぱい知ってますよ」


「あ、ありがとう……俺も雨音の魅力は知っているつもりだ」


 芹那の前で物凄い恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、思うことはできるだけ雨音に伝えたかった。


「なんか言い感じだね。雨音ちゃんだっけ?」


「はい、水篠雨音です。えっと……」

 

「寺川芹那だよ。気軽に芹那って呼んでほしいな」


「では、芹那さん……私も雨音でいいです」


「うん、じゃあ、雨音ちゃん。蒼空、ちょっと雨音ちゃん数分だけ借りていい?」


 女子だけのトークがしたいのだろうかと思い、コクりと頷くと2人は少し離れた場所へ移動した。


 二人っきりになるとすぐに芹那は聞きたいことを質問した。


「雨音ちゃん、もしかして蒼空のこと狙ってる?」


「!?」


「あっ、その様子だと狙ってるね?」


「いっ、いえ、狙ってません……」


 自分の気持ちにまだ整理できていないのでハッキリと蒼空のことが好きだとは言えない雨音。


 狙ってると言われれば他の人には取られたくない気持ちはある。


「好きじゃないの?」


「嫌いではないですけど。恋愛の好きが私にはまだわからないんです」


 蒼空のことは好きだ。けれど、その好きがどういう好きなのかはまだわからない。


 友達としてか、それか異性として好きなのかを。


「ん~そっか。私に協力できることがあるなら言ってね。私は雨音ちゃんのこと応援してる。ねっ、連絡先交換しない?」


「えぇ、いいですよ」


 連絡先を交換すると芹那は口元が緩み小さく笑った。


「じゃ、また会えたら話そうね。蒼空もまたね」


「お、おぉ……。雨音、芹那と何を話してたんだ?」


 初対面で話すことってあまりない気がするが、一体何を話したのか気になる。


「蒼空くんには、内緒です……」


 人差し指を口元に当てて彼女は顔を真っ赤にさせてそう言った。


「そう言えば芹那さんとはどういった関係ですか?」


「芹那とは幼なじみみたいな関係かな。学校が違うから最近は会ってなかったな」


「そうなんですね。好き……とかではないんですか?」


「好き? いや、芹那とはそういう感じにはなったことないからな……って、凄い嬉しそうだな」


「ふふっ、そうですか? さて、帰りましょうか」



        

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