第10話 積極的な彼女
「蒼空……やっぱりやり直さない?」
目の前にいる由香は俺に向けてそう言った。振ってからそこまで経っていないのに急にそんなことを言われても困る。
好きじゃなくなったから別れようと言われて完全に消えたわけではないが、俺の由香への好きがだんだんと薄れていった。
「何で……俺のこと好きじゃなくなったって言ってたのは嘘なのか?」
「ごめん……やっぱり好きなの」
そう言って由香は一歩ずつ俺の方へ近づき、そして俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「蒼空といることが私の1番の幸せなの」
「そんなこと……」
そんなこと今言われてもすぐに答えられるわけない。
「俺はもう……」
「ダメなの? 私のこと嫌いになった?」
うるっした目をして俺の手をぎゅっと握ってきた。吸い込まれそうな瞳に目が離せない。
「き、嫌いになっては─────」
***
「痛い……」
ベッドから落ち、体が痛い。あれは夢だったのか……。
夢に出てきて、やり直さないかと言われるなんて、これじゃあ、俺がまだ由香のことを好きでいてまた付き合いたいと思っているようなものじゃないか。
それが悪いことではないが、こんなにずっと未練タラタラだと新しい恋愛は当分できそうにない。
今日は水篠とショッピングモールへ行く約束をしていた日だ。どこに行こうかと色々と候補はでたが、結局、いろんな店が入っているショッピングモールとなった。
幻滅されそうな服は避けて、少し気合いの入った私服を着る。
玲央とどこか行くならこんなに行く前に準備はしないが、今日一緒に出掛けるのは女子だ。変な格好で行くわけにはいかない。
「よしっ」
朝食を済ませて、持っていくカバンに必要なものを入れた。
「母さん、ショッピングモールに行ってくる」
「えぇ、行ってらっしゃい」
母さんに玄関まで見送られ、俺はショッピングモールへ向かう前に水篠との待ち合わせ場所である駅前へ向かった。
駅前へ行くにつれて人が多くなり、水篠とちゃんと会うことはできるか不安になってきた。
いつも見ている水篠は制服姿だ。私服だから見つけられるかなぁ。
駅前に着き、辺りを見回すとベンチに座っている水篠らしき人を見かけた。
(あれか……?)
近づいてみると思った通り、水篠だった。
長い髪は今日はハーフアップにしていて、服は白のシャツに黒のロングスカート。大人びた感じがして水篠にとても似合った服だった。
水篠はオーラがあるから遠くから見てもすぐにわかってしまう。
「水篠、お待たせ」
緊張して声が上ずった気がしたが、彼女に声をかけると気付いた水篠は顔をパッと上げた。
「式宮くん、おはようございます。そんなに待っていませんので大丈夫ですよ。それより私服、カッコいいですね」
「えっ、あっ、ありがとう」
会ってすぐに褒めてくれたので俺は照れながらもお礼を言う。俺が先に服のことを褒めるつもりだったが、彼女に先を越されるとは……。
「水篠の私服は可愛いな。大人っぽくて似合ってる」
「あっ、ありがとうございます! 式宮くんにそう言ってもらえて嬉しいです」
天使のような笑顔で俺に向かって言うものなのでドキドキしないわけがなかった。ずっと心臓がうるさい。
「そうです、この前誕生日でしたのでプレゼントを持ってきました」
そう言って水篠は、俺に綺麗な水玉模様の袋に入ったものを渡したかった。
「ありがとう、もらえるとは思ってなかった。開けてもいいか?」
「どうぞ。男性にプレゼントはしたことがなかったのでこういうものでいいか悩みました」
中身が気になり、開けてみると袋の中にはキーケースと小さなうさぎのストラップが入っていた。
「えっ、凄い可愛い。見た感じこれもしかして手作りか?」
「はい。作ってみました」
いや、クオリティー高すぎるだろ。水篠は、こういう物作りも得意なんだな。感心する。
「いや、ほんとにありがと。大切に使うよ」
「はい、大切に使ってください」
彼女から受け取った誕生日プレゼント丁寧にカバンの中に入れて彼女の方を見た。
「じゃあ、行くか」
「はいっ!」
電車に乗るため改札を通ると、水篠は、そっと俺の腕にしがみついてきた。
「どうした?」
あまりにも急で俺は彼女のことを心配した。
「ひ、人が多いので……こうしていたら迷子になりません。嫌でしたか?」
迷子……それならこうしてないとはぐれるな。うん、これはこうしないといけないんだ。
無理矢理そう思い込ませて、俺は首を横に振った。
「嫌……ではないよ」
「ほっ、ほんとですか!?」
「う、うん……」
そう言うと彼女は先程よりぎゅっと力強く自分の方へ寄せて抱きしめてきた。
「今日は式宮くんを独占しちゃいますからね」
彼女は、俺の方を向いて小悪魔な笑みでニコッと笑いかけてきた。
(今日の水篠は危険すぎる……)
悪くないが、最初からこれじゃあ俺の心が最後まで持つかわからない。
電車を降りてショッピングモールに着くまで水篠はだんだんと俺へ近づいているような気がした。
(なんかだんだん寄ってきているような……)
ショッピングモールへ着き、場所を決めず上の階へ行くとそこには映画館があった。
「ここの映画館広いな……」
「そうですね。私、映画館って行ったことがないのでちょっと憧れます」
「……何か見たいのある?」
「そうですね……これとか気になりません?」
いろいろなジャンルの映画がある中、彼女は、ミステリー小説が原作である映画を指差した。
「気になる……見てみるか?」
映画を見る予定はなかったが、ノープランだったので映画を見るというのは悪くない。
男女2人で来たらどれを見るかと悩むが俺と水篠はミステリー系の話は好きだ。
「はいっ、見てみましょう」
券売機でチケットを買うことになったが、初めて買う水篠は画面とにらめっこしていた。
「むむむ……これは一体……」
「座席表だよ。オススメはここかな」
「なるほど……式宮くん……と、隣同士にしましょう」
「お、おう……ならこことここで」
そうだよな、2人で来て別々に座るのはおかしいし、隣同士にするのは当然だ。
***
(だ、ダメだっ! 集中できんっ!!)
映画が始まり、最初は集中して見ていたのだが、だんだん水篠が俺の方へもたれ掛かってきたのだ。
もたれ掛かってきた上、手を添えてきたので俺はドキドキしっぱなしで映画の内容が全く頭に入ってこない。
本人は寝ていないので無意識にこちらへ寄ってきているか、それともわざとこうしているのかどちらかとなる。
「み、水篠……体傾いてる」
小声で彼女にそう言うと水篠はハッと気付き、小声ですみません!と慌てた様子で言って元の位置に戻る。
(ふぅ~これで……ん?)
数秒後、また無意識なのか水篠は俺の肩へもたれ掛かってきた。
(あっ、これは無理だ……)
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