第9話 当たり前になっていること

 待ってと言われて由香に腕を掴まれた。これは、予想していなかったことだ。


 俺は、どこかで由香に怒らせるようなことをしたのだろうか。


「ど、どうした……?」


 後ろを振り返るとそこには顔も耳も真っ赤な由香の姿があった。


「えっと……その……ミューちゃんどうしてる?」


「ミュー? いつも通りだけど」


 ミューというのは俺の家の飼い猫だ。とても可愛らしく、由香が気に入っていたっけ……。


「そ、そう……。ねぇ、何で私を助けてくれたの? 私は、蒼空を振ったんだよ?」


 おそらく本当に聞きたかったのはミューの様子じゃなくてこの話なんだろう。


「それがどうしたんだよ。振ったのは俺が好きじゃなくなったから……。どこにも俺が由香が嫌いになる理由も助けない理由もない。困ってる人を放っては置けない」


「……蒼空」


 彼女は、俺の名前を呼び、腕から手をするっと離した。


「ごめん、引き止めて」


 由香は、そう言って行ってしまった。振ったから俺のことを気にしてくれたのだろうか。






***





(わ、私、何がしたいの!?)


 家に帰ってくるなり、私は、ベッドへダイブし、さっきの自分の行動を思い出していた。


 自分の意味のわからない行動に自分も驚いていた。自分が振ったのに振った相手を気にするとか普通あり得ることなのかな……。


「困ってる人を放っては置けない……か。カッコ……いやいや、待って」


 もう自分のことがわからなくなってきている。私は、もう蒼空のことを好きじゃなくなった。


 一緒にいてもただのお友達にしか思えなくて、最初はよくあったけど一緒にいるうちにドキドキすることもなくなってきて。


 けど、さっきの私はおかしかった。ドキドキして、蒼空の優しさが嬉しくて。まだ話したいからって引き止めて。


「私はまだ蒼空のことを─────」







***







 夏休みが近づくある日の放課後。今日は、校舎裏には行かず俺と水篠は、ある場所に来ていた。


「生き返りますね」

 

「だな」


 涼しくて暑い日が続く中、寄りたくなるカフェ。校舎裏で寝るのにも暑くて寝れなくなったため彼女は、俺をカフェに行こうと誘ってくれた。


「明日は図書館で勉強とかどうだ?」

 

「いいですね。賛成です」


 こうして最近は放課後一緒にいることが多い。当たり前になりつつあるこの放課後が俺にとって一番の楽しみだった。


「気になっていたのですが、式宮くんの誕生日はいつですか?」


「俺は7月12日だよ」


 誕生日を言うと水篠は驚いたような表情をして、スマホで今日が何日かを確認した。


「きょ、今日じゃないですか! お、お誕生日おめでとうございます」


「ありがと」


「な、何も用意してません……すみません」


 彼女はプレゼントを渡したかったらしく謝ってきた。


「謝らなくても。おめでとうって祝ってくれるだけで嬉しいから。ところで水篠の誕生日は、いつなんだ?」


「私は、10月21日ですよ」


「意外とすぐだな。あっ、そう言えばこの前、水篠が読みたいって言ってた小説、借りれるようになってたから借りておいたよ」


 カバンからミステリー小説を取り出し、彼女に手渡すと嬉しそうにそれを受け取った。


「ありがとうございます。あっ、ケーキです!」


 頼んだチョコレートケーキが届き、彼女は小説をカバンに閉まった。


「美味しそうだな。俺も頼めば良かったかな」


「1口あげますよ?」


「いいのか?」


 少しは遠慮しろよと誰かに突っ込まれそうだが、食べたい気持ちが勝ってしまった。


「いいですよ。はい、どうぞ」


 差し出されたケーキはもう水篠が使ったものだ。この前、これが間接キスになると知ったはずなのにまさか忘れているのか?


 反対にわかっていてこれをしているとしたら……いやいや、この前の言葉は今は関係ない。


 中学の時から気になっていたと言われただけで変に何かを期待し過ぎだ。


「式宮くん、食べないんですか?」


 彼女はうるっとした目で聞いてきた。ここで食べないと言う方が間違っている。


「いただきます」


 差し出されたケーキをパクっと食べると、前から視線を感じた。


 視線が来る方を見るどうですか?と感想を求めるような彼女の表情をしていた。


「甘くて美味しいよ」


「ですよねっ! そこまで難しくなさそうですし私も作ってみましょうか」


 間接キスなど気にせず彼女は、チョコケーキを食べる。


「そう言えば、水篠ってお菓子作りとか得意なのか? この前、手作りクッキーもらったし」


 あのクッキーはとても美味しかった。日頃、クッキーを買うことはあまりなく、久しぶりに食べたが、市販のものより良かった。


「得意ですよ。リクエストあれば何でも作りますけど、好きなスイーツとかあります?」


「好きなスイーツか……チョコのスイーツとか好きだけど、作ってもらうのは悪いし大丈夫」


「……そ、そうですか。あっ、式宮くんは、今週の土曜日、空いていますか?」


 スイーツの話は終わり、彼女は話題を変えて今週末の話をする。


「土曜日は友達と会う約束してて……」


 土曜日は予定があると答えると水篠は、ケーキを食べるのをやめた。


「友達……朝日くんですか?」


「えっ、うん、そうだけど……」


 高校に入ってから女子の友達なんてできてないし、男子の友達で仲がいいのは玲央ぐらいだ。


 元々話すのはそんなに得意な方じゃないから友達は少ない。


「そうですか。では、日曜日は空いていますか?」


 一瞬、表情が曇っていた気がしたが、すぐに彼女は笑顔に戻る。


「日曜日なら空いてるよ。何かあるの?」


 土曜日が無理なら日曜日と来たので水篠は、何かしたいことがあるのかと俺は思った。


「あるといいますか、式宮くんと休日にどこか行きたいと思いまして……」


 こ、これってデートの誘いじゃないよな……。けど、まさか水篠からそんな誘いが来るなんて思ってもなかったから嬉しい。


「うん、俺も休日に水篠に会えるのは嬉しいしいいよ」


 誘いに乗ると水篠は、パッと表情が明るくなり、わかりやすいような反応をした。


「で、では、今からどこに行くかを決めましょう!」


「そうだな」


 週末会う約束をして水篠はいつもよりテンションが高くなったような気がした。

         

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