第8話 素直になれない元カノ

 式宮くんと別れた後。私は、家に帰ってベランダに出て外の景色を眺めていた。


「蓮見さん……振ったのにまだ式宮くんのことが好きに見えたのは気のせいでしょうか」


 昨日、式宮くんと蓮見さんの会話を横で聞いていた私は、少し不安を感じた。


 別れた後すぐに次の恋愛へ、とはならないと思った私は、少しずつ式宮くんと距離を縮めることにした。


(けど、それではダメですね……)


 ですが、まぁ、本当に蓮見さんがまだ式宮くんのことが好きでいても私が焦ることは何一つありません。


 




***




「気になっていました……か」


 水篠とは中学から一緒だ。けど、クラスが同じことはあっても話したことはなかった。話したのはあの時ぐらいだろう。


 気になると言っただけで好きと告白されたわけじゃない。返事はいらない、聞き流してもいいと言われたので俺はあの場では何も言わなかった。


 けど、聞き流すことはできなかった。彼女も勇気を出して言ってくれたのだろう。無視なんてできない。


 俺が今するべきことは彼女の言葉を覚えておくこと。それだけだろう。


「式宮くん、おはようございます」


 翌朝、学校へ着くと水篠が駆け寄ってきた。朝から眩しい天使のような笑みを見た俺は、ドキッとした。


「あぁ……おはよう」


 昨日の言葉のせいか彼女のことを意識してしまっている自分がいる。


「放課後、楽しみですね。黙って帰ったらダメですよ?」


「水篠の方こそ寝たいからって先にあの場所に行って寝るのはなしな?」


「ね、寝ませんよ!」


 彼女は、他の人に話が聞かれていてはマズイと思い、俺の目の前でパタパタと何かを払うような手振りをする。


「おっはよーあまねんに式宮くん! って、どうしたのあまねん?」


 水篠の不思議な行動に驚きつつもこちらへ来たのは、丹波さんだ。


 丹波さんの隣には玲央がいて俺におはよと声をかけてきたので手を上げておはようと返す。


「な、何でもないです……。ところで陽菜さんと朝日さんは、一緒に来たのですか?」


「まぁ、偶然そこで会ってね。別にそういうあれじゃないから」


「「あれ?」」


 丹波さんの発言に俺と水篠は、同じことを思ったのかハモった。横を見ると彼女と目が合い、笑った。


「2人ともハモってる。あれはあれだから気にしないで」


 気にしないでと言われたら余計気になるが、聞かれたくないことらしいので気にしないでおく。


 予鈴が鳴るまで4人で話していた。今まで玲央と2人でいることが多かったが、こう人数が多いのもわるくないと思うのだった。






***



 


 放課後。水篠と俺は、校舎裏のベンチへ行くことにした。


 彼女は、何かが入った袋を手に持ち、嬉しそうに歩いていた。何かいいことでもあったのだろうか。


「ご機嫌だな」


「ふふっ、そう見えますか? 昨日も言いましたが、式宮くんと放課後こうして一緒にいられることが楽しみで昨日は良く寝れませんでした」


 彼女はそう言って小さく笑った。


 俺は由香と付き合い始めてから彼女のことだけを見ていて回りは見えていなかった。だから水篠が俺のことを気になっているだなんて思ってもなかった。


 階段を下りていくと上に上がろうとしていた由香に出会った。


 由香は、一瞬俺のことを見たが、すぐに目線を外し、水篠へと向けた。


「水篠ちゃん、どこか行くの?」


「あっ、蓮見さん、こんにちは。今から飲み物を買いに行こうと思っていまして」


 飲み物なんて買う予定はないが、水篠は、あの場所に行くと知られないようにするため嘘をついたんだろう。


「そうなんだ。じゃ、またね」


 由香は、急ぎの用事があるのか急いで階段を上がっていった。


「さて、行きましょうか。私、苺ジュースを買います」


(あっ、嘘じゃなくて本当に飲み物ほしかったんだ……)





***






 水篠の校舎裏でお喋りし、楽しんだ後、彼女は、寄るところがあるらしく俺は1人で学校を出る。


 楽しかったな……。


 また来週もあの場所に行くことを彼女と約束した。特別何かをするわけではない。ただ一緒にいて話すだけだ。けど、それが案外楽しくて俺も来週が楽しみになっていた。


 学校を出て公園の前を通ると何かを探している様子の由香の姿を見つけた。


「何してるんだ?」


 後ろから声をかけると彼女は、驚いたのかビクッと体が動いた。


「び、ビックリしたじゃない。私がここで何をしようと勝手」


 由香は、先程、水篠と話していた時の態度とは違って冷たかった。早く俺にどっか行ってほしそうな言い方だ。


「そうだけど、もう暗いしここでしゃがみこんでいたら変な人に声かけられるぞ」


「別にいいし……」


「変な人に絡まれても?」


「それは……めんどくさいわね。じゃあ、蒼空が私の側にいて。それなら大丈夫」


 そう言って彼女は、また何かを探すのを再開した。


「俺はまだ何も言っていないんだが……。で、何探してるんだ?」


 このまま彼女を置いていったら危ない気がして俺は付き合うことにした。


「学生証」


「それはヤバイな。この辺で落としたのは確かなのか?」


「……多分。さっきまでここで友達と喋ってたから。学校に出る前にはあったわ」


「そう……なら手伝うよ」


 そう言ってできるだけ彼女から離れず近い場所から由香の学生証を探すことにした。


「別に手伝ってほしいなんて頼んでないんだけど……」


「そっか」


「そっかって……聞いてるの?」


 後ろから由香の声が聞こえてくるが、俺は無視して探し続ける。


「……蒼空、探すの手伝ってほしい」


「最初からそう言えばいいのに……」


「何か言った?」


「いや、何でも」


 喧嘩しているように見えるかもしれないが、付き合っていたときからこんな感じだ。久しぶりのやり取りに俺は懐かしさを感じた。


 探すこと数分。ここから学校の間で探していくと学生証を見つけた。


「あった……由香、ここに────」

「あ、あったの!? よ、良かったぁ~」


 彼女はホッとした表情で俺の手を両手でぎゅっと握ってきた。


 その時の彼女の表情は、俺が好きな満面の笑みだった。


「良かったな、見つかって」


「はっ! あ、ありがとう……手伝ってくれて」


 慌てて彼女は、俺から手を離して顔を赤くしながらお礼を言った。


「どういたしまして。じゃ、気をつけて帰れよ」


 1秒でも早く帰ってほしいと彼女は思っているはずだと思い、家に帰ろうとすると後ろから腕を掴まれた。


「待って……」


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