第19話 話したいだけじゃ足りない

『蒼空くん、私も好きです』


 彼女から聞こえた小さな声。俺の耳にはしっかりと聞こえた。


 好きって話の流れからしてあれだよな? チーズケーキが好きってことだよな。うん、決して俺じゃないことだけはわかる。勘違いするな、俺。


「あ、あの……雨音さん?」


 この胸に頭を押し付けている状態に戸惑う俺は、彼女の名前を呼ぶと自分のしていることに気付いた雨音は今度は俺の背中に手を回した。


「み、見ないでください……そして先程の発言はなかったことに」


「それは無理かも」


 即答すると彼女は顔をバッと上げて顔を赤くしながら俺に聞いてきた。


「なっ、何でですか?」


「可愛すぎたから。一応聞くけどチーズケーキが好きってことでいいんだよな?」


「……も、もちろん! けっ、決してその蒼空くんのことが、では、ないですよ? あっ、でも蒼空くんのことは好きです。そ、その、友達という意味で……」


 話す度にどんどんと誤解を与えそうなことを口にしている気がする。


 一旦、落ち着いてくれという意味で俺は彼女にこう言った。


「俺も雨音のことは好きだよ。友達として」


「すっ!」


 雨音は俺からバッと離れて照れた顔を隠したいのか俺に背を向けた。


 顔を隠しても耳が真っ赤だからあまり意味がない気がするけど……。


「そろそろ帰ろうかな。今日は夕食ありがとな」


 ソファから立ち上がり、帰ろうとすると雨音は悲しそうな目で聞いてきた。


「えっ、もう帰るのですか?」


「そりゃ、まぁ、そろそろ帰らないと」


 彼女は悲しそうな表情で「そうですよね」と呟き、ソファをゆっくりと立ち上がる。


「また夏休み会おう。どこ行こっか? 雨音は、俺と行きたいところある?」


 彼女の頭を優しく撫でながら俺は彼女にどこに行きたいのかと尋ねた。


 撫でると彼女はくしゃりと表情が緩み、嬉しそうにする。


「蒼空くんとならどこでもいいですか、遊園地に行ってみたいです」


「遊園地か、いいな。じゃあ、帰ったらどこの遊園地にするか考えてみるわ」


「はい、私もどこがいいか調べてみます」


 話ながら彼女のマンションの下まで送ってもらい、俺は彼女に手を振った。


「じゃあ、また」

「はい、またです」





***






 蒼空くんが帰った後、私は、ベッドに寝ころびクッションを抱えながらゴロゴロと寝返りをうっていた。


「好きって……私は、一体、蒼空くんのことをどう思っているのでしょうか」


 気になるから確実に変わり始めている。気になるから話したいんじゃない。私のことを知ってもらいたい、彼のことを知りたいと思うようになってきている。


 もう話したいだけじゃ足りない。近づきたいし、側にいてほしいと思ってしまっている。


 蒼空くんとは友達。けど、それだけではダメだと思う自分がいる。


 私だけの蒼空くんでいてほしい……こう思う私は、おかしいのだろうか。


 自分の気持ちを確かめるためにも陽菜さんに相談してみよう。


 陽菜さんに電話をかけようとベッドから起き上がり、机に置いてあるスマホを手に取るとお母様からメッセージが来ていた。


『明日、家に行くけど、予定は?』


(……来てくれるのは嬉しい。けど、怖い)


『ないです。家にいます』


 ドキドキしながらお母様にメッセージを送り、返信を待つ。すると、すぐにメッセージは返ってきた。


『わかった。明日の9時に行くから家にいなさい』


『わかりました』


 私は、お母様にあまり好かれていない。母親としてやるべきことはしてくれるが、愛してはいない。


 親として必要なときだけこうして家に来てくれる。その他は用がない限り来ない。それは私に興味もないし、心配もしていないからだ。


 お父様が亡くなって、再婚してからはお母様は変わってしまった。昔は優しくて私の話をよく聞いてくれたりしていたのに今は違う。


 私がダメな子だから冷たくなったのだろうと思った私は、中学の頃からできることは全て完璧にこなしてきた。けど、お母様の私への態度は変わらなかった。


 新しい父親はいい人で優しい方だ。けど、私は新しい父親を受け入れられない。心のどこかで再婚したせいでお母様が変わってしまったと思っているから。


「お父様、どうしたらいいですか?」


 亡くなった人に問いかけても答えが返ってくるわけではない。けど、どうしていいかわからず写真に写る亡くなったお父様に聞いてしまう。


 家族写真を見るといつも思うことがある。昔みたいに戻りたいと。私が小さい時のお母様に戻ってくれないのかと。


「メール?」


 またお母様からのメッセージだと思い、スマホを見ると蒼空くんからだった。


 蒼空くんからメッセージが来て私は嬉しくてスマホを両手で取り、内容を見る。


『遊園地だけど俺が小さい頃に行ったことがある場所があるんだけどここどうかな?』


 メッセージの後はその遊園地のホームページのURLが送られてくる。それをタップし、その遊園地がどういう場所なのか確認した。


 蒼空くんと遊園地。今さら気付きましたが、これはデート……いえ、違いますね。蒼空くんは、私のことを友達と言っていましたし。


 蒼空くんとのメールのやり取りの画面に戻し、私は返信内容を考える。


『いいですね、そこにしましょう』


 彼とメッセージのやり取りをしていると私は自然と表情がふにゃりと緩む。


 家族がどうであれ私は今の生活が良ければそれでいい。それだけで今は幸せだから。


『じゃあ、いつにしようか。明日?いや、早すぎるか……』


『すみません、明日は無理です。明後日なら大丈夫ですよ。早く蒼空くんと遊園地に行きたいです』


『わかった。楽しみにしてる』


『私もです。では、おやすみなさい』


『うん、おやすみ雨音』


 文字だけなのにこうしてやり取りしているだけで寂しさは紛れる。


(遊園地、楽しみです)


 ベッドに寝転び、スマホを持って私はクスッと小さく笑った。


 明日のことを思うとニヤニヤが止まらない。ゆるゆるになる口元を手で抑えて、目を閉じた。









     

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