第22話 でぇっ、デートじゃないです!

 お昼ご飯を食べ終えた後、5つアトラクションに乗り、気付けば夕方になっていた。


 楽しい時間というのはあっという間で帰る時間が近づくほど何だか寂しくなってくる。


「こういう楽しい場所にいると帰りたくなくなりますね」


 雨音も俺と同じことを思っていたのか隣でそう呟いた。


「そうだな……。最後に何乗ろうか」


 時間的にも乗れるのは後1つ。最後は雨音に選んでもらいたいと思い、尋ねると彼女はここから少し先にある場所を指差した。


「最後は、観覧車に乗りたいです」


 今、観覧車に乗ったら絶対に綺麗な景色が見れるはずだ。最後に乗るアトラクションとしては一番いい気がする。


「うん、じゃあ、最後は観覧車に乗ろうか」


 今日はほとんど手を繋いでいたからか俺は普通に彼女の手を取り、握ってしまった。


 嫌がっていないかと雨音のことを見ると彼女は嬉しそうな表情をしていたのでホッとした。


 数分並び、先頭まで来て観覧車に乗った。向かい合わせに座ると思っていたが、雨音は俺の隣に座った。


 彼女と肩が触れ合い、手を繋いでいるせいかさっきからドキドキしっぱなしだ。


 観覧車がゆっくりと進む中、雨音は外の景色を眺めていた。


「私は、どうやら悩んでいると顔に出てしまうようですね」


「えっ……?」




 一人言なのかそれとも俺に聞いてほしい話なのかわからないが、彼女は外の景色を眺めながらポツリと呟く。


「蒼空くん、少し聞いてもらえますか?」


「……うん、いいよ」


「再婚してからお母様は変わってしまいました。お父様が亡くなる前は優しくて私の話をよく聞いてくれたのですが……」


 彼女はどこか遠くの方を見てゆっくりと話す。


 俺が聞いていい話かわからないが、彼女の力になれることがあるかも知れないと思い、一言一句聞き漏らさず聞く。


「今は私に対して冷たくて……。仕事が忙しいことはわかってます。けど、私はまた昔のようにお母様と楽しくお話したいです」


 雨音の家に飾られている家族写真が小さい頃なのはおそらく大きくなってからは撮っていないから。母親との関係があまりいいものではなくなってしまったから。


「少しでも振り向いてもらえるよう勉強とか頑張ってきたんですけど、無駄だったかもしれませんね。お母様は多分、私のことが嫌いなんでしょう」


 時間が経つにつれて雨音と母親の距離は離れていく。


 対話を試みても相手がそれを拒み、振り向いてもらえるようなことをしても相手は興味を持ってはくれない。


「お母さんが雨音のことをどう思ってるか俺にはわからないけど、これまでやってきたことは絶対に無駄じゃない。俺は、雨音の頑張っているって知ってるよ」

 

 俺が母親の変わりになれるなんて思わない。けど、彼女の頑張りを褒める人が誰か一人でもいる方がいいんじゃないかと思う。


「俺だけじゃなくて陽菜もちゃんと雨音の頑張りは知ってると思うよ。多分俺よりも」


「蒼空くん……」


 声が小さく微かに震えている。顔は見えないが、彼女が泣いていることはすぐにわかった。


「俺も考えてみる。お母さんとまた話せるようになるためにはどうしたらいいか」


 そう言うと雨音はこちらを見て真っ正面から俺に抱きついた。どうやら泣いているところを見られたくないらしい。


 そんな彼女を俺は、優しく頭を撫でた。






***






「「何があった?」」


 夏休みに入ってから2週間経ったその日、俺と雨音、玲央、陽菜で集まったのだが、違和感を感じた2人は声を揃えて目の前の光景に突っ込まずにはいられなかった。


 それもそうだ。雨音が俺の肩に触れるぐらいまで近寄って座っているのだから。


「あまねん、蒼空との距離近くない?」


 陽菜は、ポテトを摘まみ、口へ入れた雨音にそう尋ねると彼女は首をかしげていた。


「そうですか?」


「そうですかって……。ま、まさか、蒼空、あまねんを口説き落としたな!?」


 ビシッと陽菜に指を指された俺は意味がわからず困惑する。すると、玲央がガシッと彼女の手を掴んだ。


「はいはい、立ち上がったら何事かと周りの人が思うし、指差さない」


「ご、ごめん……」


「わかればよし。で、話によると2人はこの前遊園地に行ったらしいじゃん」


 俺からは誰にも雨音と遊園地に行ったことは言っていない。となると雨音が陽菜に話したのだろう。


「デート、どうだった? あまねん」


「でぇっ、デートじゃないです!」


 雨音は赤面して首をぶんぶんと横に振る。それを見た陽菜は、「へぇ~」とニヤニヤしながらポテトを食べる。


 その後、4人で夏休みまた会おうと約束した後、解散となった。


 雨音、玲央が帰り、俺も帰ろうとしたが、陽菜に引き止められた。そして先ほどとは別のファーストフードに入った。


「清楚系美少女と遊園地でしょ? 何かイベントあったよね!?」


 それを聞くだけのために2軒目。あの場では聞けないと思ったからこうしてこの場で俺に聞くのだろう。


「イベントって、俺はラブコメの主人公じゃあるまいし、普通に遊園地を楽しんで終わったよ」


 期待しているところ悪いが、陽菜が思っているような遊園地で告白とか、お化け屋敷で彼女が怖くて「きゃ」と言ってくっついてくるとか、観覧車で頂上にいった時告白されるとか、そんなのは一切なかった。


「ぬわぁ~勿体ない!!!」

 

「うぉ、ビックリした!」


 陽菜がテーブルに乗り出してきそうだったので俺は驚かずにはいられなかった。


「俺と雨音の遊園地のことを話して陽菜はどうしたいんだ?」


「どうって、あまねんの親友として気になるの。それに、あまねんをからかって……ふふっ」


 あっ、ヤバい……これは何があっても話さない方がいい。雨音に危機が訪れてしまう。


「ほれほれ、陽菜さんに話してみ?」


「絶対話さん」


「あまねんから聞いたんだけど、蒼空との遊園地楽しかったって。本人が楽しそうに話すの見てさ、私、嬉しかったんだ」


 陽菜は、雨音の何かを知っているような感じがした。おそらく雨音の家族のことを知っているのだろう。


「私、あまねんの笑ってるところが好きなの。蒼空、雨音と出会ってくれてありがとね」


 俺と出会ってから雨音は笑顔で笑うことが多くなったそう。無理矢理笑うのではなく自然な笑顔で。


 俺も彼女には笑っていてほしい。悲しい顔は彼女には似合わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る