第21話 雨音と遊園地
「これ、ちゃんと先生に渡すのよ」
「はい……」
お母様に会えて嬉しいはずなのに向けられる視線が冷たくて怖い。目を合わせられない。
「じゃあ、もう行くわね、仕事があるから。何か重要な書類を学校からもらった時は連絡を頂戴」
一人暮らしはどうなのかとかお母様は気にならないのだろうか。心配をしてほしいわけではないが気にかけてほしいという自分がいる。
「お、お母様……」
「何?」
「……が、学校で最近新しいお友達ができました。男の子なんですけど、優しい方なんです」
お母様に学校でのことを話したのは何年振りだろうか。お母様と話したくて私は、気付いたら話していた。
「そう……良かったわね」
お母様はそう言って行ってしまう。呼び止めてまだ話したいと思った。けど、お仕事があると言っていたので止めることはできなかった。
何をしたらお母様はまた笑顔で私と話してくれるのだろうか。
***
電車に乗り、遊園地に着くと雨音はキラキラした目で目の前にある光景を見ていた。
「わぁ~、遊園地に着きました! 私、遊園地は久しぶりです!」
子供のようなテンションで彼女は園内マップを広げる。
「俺も遊園地は久しぶりだ。最初、どこ行こっか」
基本、俺は、絶叫ものでも何でも乗れるので雨音に合わせよう。
それにしても遊園地の間は手を繋いでおくと言ったが、こう手を繋いでいるとなんだかカップルみたいだな。
いやいや、雨音みたいな清楚系女子の彼氏に俺なんかがなれるわけないだろ。
「蒼空くんはジェットコースターは乗れる方ですか?」
「うん、乗れるよ」
「では、1つ目は、トロッコジェットコースターにしましょう」
園内マップのトロッコジェットコースターのところを指差し、最初はそこに行くことになった。
行く前からそうだろうとは思っていたが、やはりジェットコースターは人気だ。まぁ、並んでいたらすぐに順番は来るだろうとなり、並ぶことにする。
「昨日の夜は楽しみで中々寝れませんでした。蒼空くんはすぐに寝れましたか?」
「ううん、俺も中々寝れなかった。雨音と遊園地に行けることが楽しみで」
さらっと言ってしまったが、脳内で自分が言ったことを再生してみるとものすごく恥ずかしいことを言ったなと思う。
「同じですね。私、男の方とこうして出掛けるのって蒼空くんが初めてなんです。なので、少しドキドキしています」
初めてという言葉を聞いてその初めてが俺でもいいのかの思ってしまう。
ドキドキしているのは俺の方もだ。今、この待ち時間の間も俺は雨音と手を繋いでいる。緊張で手に汗をかいていないか物凄く心配だ。
「は、初めてなんだ……雨音、中学の頃から男子にモテていたから誰かとどこかに行っていたりしてると思ってた」
雨音が男子からデートを誘われている話は噂で何度か耳にしたことがある。中学から高校にかけてその人数はだんだんと増えていくが、これまで告白が成功した人はいないとか。
「そんな誰でもホイホイと誘いに乗る私ではありません。ほとんどの方が私の見た目しか見てません。そんな人の誘いはお断りしています」
「見た目がいいって自覚してるのか?」
「周りの色んな人から可愛いと言われたら嫌でも自覚しますよ」
なるほど、確かにそれなら嫌でも自覚するな。
雨音と話しているとあっという間に列の先頭まで進んでおり、いよいよジェットコースターに乗ることになった。
どうやら雨音も絶叫系は苦手ではないらしく、好きな乗り物はわりと似ていた。
「楽しかったですね」
そう言って彼女は手を握るのでなく俺の腕に抱きつく。
今日の雨音はなんだか寂しがりやだな。こうしてくっつかれると色々と勘違いしそうだ。
「雨音、何かあったか?」
「……何もないですよ」
「そうか、それならいいんだけど誰かに話した方がいい時もある。悩んでいるなら溜め込まないようにな」
そうか、俺は雨音が何かに悩んでいるように見えたんだ。
口にしてやっと気付いた。朝会ったときから雨音を見て感じたいこの違和感の正体に。
「心配してくださりありがとうございます。私は大丈夫です。次は蒼空くんの番です。どこに行きたいですか?」
そうだよな、友達と言っても悩みを相談できるような間柄じゃない。俺じゃ、雨音の力には慣れない。
無理して聞くものでもないのでここは遊園地を楽しんでもらうことにしよう。
「そうだな……こことかどうだ?」
パンフレットの園内図のあるところを指差すと彼女は嬉しそうに頷く。
「いいですね、行きましょう」
彼女が楽しそうならそれでいい。話したいと思ったときが来たら彼女から話してくれるだろう。
***
いくつかのアトラクションを楽しんだ後、そろそろお腹がすいてきたということでフードコートのようなところで昼食を食べることになった。
「雨音は何食べる?」
お店はいくつかあり、彼女にどうするかと尋ねると雨音は即答した。
「オムライスにします」
「決めるの早いな。俺もオムライスにしようかな」
ラーメンやカレーと食べたいものはたくさんあったが、雨音と同じものを頼みたくなった。
俺と雨音は昔ながらのオムライスを頼み、空いている席に座り、食べ始めた。
(うん、美味しい……)
「蒼空くん、この前私が作ったオムライスとこのオムライス。どちらが好きですか?」
水を飲もうとすると目の前に座る雨音からそんなことを聞かれた。
雨音が作ってくれたオムライスの味はちゃんと覚えている。とても美味しくてまた食べたいと思ったオムライス。
「雨音の作ったオムライスかな」
「わぁ~、嬉しいです。どうです? 遊園地の帰りに私の家に寄って唐揚げを食べるのは。夕飯作りますよ?」
「それは悪いよ……」
(凄い食べたいけど……)
危ない、自分の大好物を雨音に作ってもらえると言われてうんと即答するところだった。
「カリッとした唐揚げ食べてみたくはありません? 想像してください、食べた時の食感、味、1つ食べ始めたらお腹が一杯になるまでやめられません」
雨音に言われて唐揚げが目の前にあることを想像するとごくりと喉が鳴る。
目の前にいる雨音は俺が食べたいと言うのを待つように不敵な笑みを浮かべていた。
最後の詰めといったところか、彼女は口を開いた。
「蒼空くんのお母様には叶わないかもしれませんが、お味噌汁も付けます。どうです? 食べたくなってきませんか?」
(み、味噌汁……)
食べたくないと言えば嘘になる。正直、雨音の作る味噌汁を食べてみたい。
「た、食べたい……です」
「はいっ、では、作りますね」
彼女の笑顔が好きで一緒にいる時間が楽しいと思えて……俺はもしかしたら雨音ことを好きになり始めているのかもしれない。
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