第23話 眠り姫はどうやら俺のことが知りたいらしい

「きゃ~可愛いわ!」


 連れてくるんじゃなかった。そう思ったのは雨音を俺の家に連れてきて、母さんに紹介してすぐのことだった。


 母さんは雨音を見た瞬間、彼女の両手を取りニコニコと嬉しそう。


「雨音さん、私は、蒼空の母の佳代。いつも仲良くしてくれてありがとうね」


「い、いえ、こちらこそ……仲良くさせていただいてます」


 母さんのテンションに若干困っていた雨音は俺に助けを求めていたので俺は母さんの肩をトントンと叩いた。


「母さん、急に距離を詰められて雨音が困ってる」

 

「あら、それはごめんなさい」


「いえ、少し驚いただけですからお母様は何も悪くありません」

  

 雨音が母さんにそう言うと何か喜ぶようなポイントがあったのか母さんは小さく笑った。


「お母様はまだ早いわよ、雨音さん。佳代でいいわ」


「は、はい……佳代さん」


 雨音が照れながら名前を呼ぶと母さんが俺のことを見てきた。


「蒼空、雨音さんを娘にしたいわ」


「そんな無茶な。雨音、リビングだとゆっくりできなさそうだし、上行こ」


 2階へ階段を指差し、俺は先頭に2階へと上っていく。


 雨音は母さんに一礼してから俺の後を着いていった。


 今日、雨音が来たのは一緒に夏休みの課題をやるのとミューと会わせるためだ。


「どうぞ、狭いけど」 


「は、はい……お邪魔します」


 緊張しつつも彼女はゆっくりと俺の部屋へと入っていく。


 前日に部屋は片付けたから汚い部屋とは思われていないだろう。


「綺麗なお部屋です。蒼空くんって感じがします」


「お、俺?」


 蒼空くんって感じがすると言われてもどういう感じなのかさっぱりわからないが、変な意味ではないはずだ。


 この部屋は、勉強机があり、ベッドがあり、本棚がありとわりと普通の部屋だ。


 部屋のことはこの辺にしておいて、さて、どこに座るかだな。


 課題をやるならやはりミニテーブルを出して座布団の上に座って下でやるのがいいだろう。


「雨音、適当にどこでもいいから座っててくれ。下から座布団持ってくるから」


「えっ、あっ、はい……」


 雨音を部屋に残し、俺が階段で下に行った後、彼女はどうしたらいいのかと立ち尽くしていた。


「どこでも……」


 辺りを見回したところ座れるところは勉強机にあるイス。それと座布団なしで普通に床に座るか。


 一瞬、ベッドはどうだろうかと思ったが雨音はすぐにその選択肢を消去した。


 どうしようかと迷うこと数分、階段を上る音がしてドアが開いた。


「お待たせ……って、雨音、どうしたんだ?」


 座布団を彼女の目の前に置き、ミニテーブルを立ち上げる。


 すると彼女は、何も言わずすっーと座布団の上に座り、小さい声で言った。


「な、なんでもないです……」


「そうか……じゃ、さっそくやるか」


「ですね」


 テーブルに課題を出して早速取り組む。だが、雨音は学校から出された夏休みの課題ではなく別のことをしていた。


「も、もしかして雨音さん……夏休みの課題が終わったとか」


「はい、夏休み前に終わりましたよ。蒼空くんに教えられるよう持ってきてはいますよ。わからないところがあったら教えますからね」


 流石といったところだ……。いや、俺がのんびりやっていることに問題があるのか。


 課題は夏休み前から発表されているわけだし、もう1ヶ月が経とうとしている。おそらく終わっている人の方が多いよな。


「じゃあ、さっそくなんだけど……ここ教えてほしいかも」


 やっていないと言っても俺も夏休みの課題をすべてやっていないわけではない。わからないところを何問かやっていないだけ。これが終われば夏休みの課題は全てやったことになる。


「この問題ですね、基本ができているなら簡単です」


 雨音の教えた方はわかりやすかった。たまに授業後に雨音のところにわからない問題を聞きに行く人がいる。それは彼女が教えた方が上手いからだろう。


 それにしても……


 教えるからこれが普通なのかもしれないが、距離が近すぎやしないか。


 少し横を見るとそこには彼女の綺麗な髪、顔があり、顔が赤くなっていくのを感じた。


 遊園地以降、雨音は距離が近い。本人がわかっていてやっているのかはわからないが、懐かれている。


 彼女からいい匂いがしてせっかく教えてもらっているのに半分以上聞き流している。


 ちゃんと聞こうと思ったその時、雨音に頬をツンツンとされた。


「蒼空くん、聞いてますか?」


「えっ、あっ、うん、聞いてるよ……」


(本当は、半分以上聞き流していました。すみません……)


「そうですか。これが終わったらお菓子タイムにでもしましょう。クッキーを作ってきたので」


「おお~、雨音のクッキー!」


 つい子供のような反応をしてしまい、ハッと我に返ると雨音が小さく笑っているのに気付いた。


「蒼空くんの可愛いところもいいですね」


「男に可愛いいと言われてもな……」


(凄い複雑だ……)





***





「はぁ~終ったぁ~!!」


 雨音のおかげで夏休みの課題を終わらせた俺はペンを手から離してうんと背伸びをした。


「お疲れ様です。よく頑張りましたね」


 そう言って雨音は、俺の頭を優しく撫でてきた。


 彼女に頭を撫でられると何だか安心する。疲れ癒されていく。


「さて、ご褒美タイムです。クッキーと合わせて私が好きな紅茶も」


「準備はやっ! いつの間に用意してたんだ?」


 淹れたばかりの紅茶を雨音から渡されたので俺は驚きながらティーカップの中を見る。


「先ほど佳代さんに台所を借りて用意していました。淹れたばかりなので冷たいですよ。あっ、温かい方が良かったですか?」


「いや、暑いし冷たいのでいいよ。ありがとな」


 紅茶を1口飲み、そしてクッキーを1枚手に取り、食べる。


(……うん、やっぱり美味しい)


「蒼空くん、食べさせてあげましょうか?」


「えっ?」


 彼女は「ほら、あ~ん」と言ってクッキーを俺の方へ近づける。


「食べないのですか?」


 うるっとした目をされては断れるわけがない。周りには誰もいないし、ここは食べるのが正解だ。


「た、食べる……」


 クッキーを食べさせてもらい、食べていると雨音がニコニコしながら俺の手の甲に手を添えて、真っ直ぐとこちらを見て口を開いた。


「蒼空くん、私は、あなたのことがもっと知りたいです」








   

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