第13話 雨音は可愛いけど見世物じゃないのにな

 文化祭の準備は、この夏休み前から始まる。夏休み前にどんな出し物をやるか決めて、夏休み期間中は、準備。そして夏休み明けは、文化祭だ。


 皆、憧れの高校の文化祭が楽しみであるのか準備の段階から盛り上がっていた。


「はい、じゃあ、出し物決めるから何か候補ある人は教えてくれ」


 前に立って進行してくれているのは玲央だ。そして隣には陽菜もいた。2人は、文化委員で先生から進行役を任されていた。


 みんな仲のいいグループで固まっており、1人でポツンと座っているのも落ち着かないので雨音のところへ行くことにした。


「あっ、しき……蒼空くん」


 雨音は、呼び慣れている名字で呼んでしまいそうになったが、呼び直した。


「文化祭楽しみですね。蒼空くんは、何がいいと思います?」


「そうだなぁ……飲食系とかやってみたいかも」


 周りから聞こえる会話では、皆思っていることは同じらしく飲食系をやりたい人は多いそうだ。


「飲食系、いいですね。楽しそうです。アルバイトとかしたことありませんし、飲食やってみたいです。例えば喫茶店とか」


「あぁ、いいな、喫茶店」


 中学では文化祭という名の展示発表があり、出し物などは一切なかった。何をやっていたかすぐに思い出せないほど小規模なものだ。


 だが、高校は違う。一般解放もされ、文化祭は、生徒だけで盛り上がるものではない。


「あまねん! そらりん! 何か出し物思い付いた?」


 2人で話していると陽菜が、こちらへ来て何か出たかと聞いてきた。


 それより俺はそらりんを却下した気がするんだけど、聞こえてなかったのかな?


「そうですね、蒼空くんとは喫茶店みたいな出し物がいいなと話していました」


「喫茶店ね。候補として出してもいい?」


「はい、お願いします」


「オッケー。玲央、喫茶店だってさ」


 陽菜は、前に戻っていき、玲央に俺達の意見を報告しに行った。


 黒板に喫茶店と書くとクラスの女子が1人、何か思い付いたのかハッとした。


「私達のクラスには美少女の水篠さんがいるんだし、メイド喫茶とかいいんじゃない?」

「あっ、確かに! メイド姿の水篠さんいたら絶対盛り上がるよ」

「うんうん、お客さんたくさん来そう」


 1人の発言が周りに広がっていき、メイド喫茶になりそうな雰囲気になっていた。


 水篠がいたらというワードには雨音本人は嫌そうではないが、困っていた。


「雨音は可愛いけど見世物じゃないのにな」


 彼女に向けてそう言うと雨音は顔も耳も真っ赤になった。


「か、可愛いですかね……?」


「うん、可愛いよ。このままだとメイド喫茶になりそうな雰囲気するけど嫌なら俺が玲央に言ってくるよ」


「い、いえ、嫌ではないです」


「そ、そっか……」


 本人が嫌ではないならメイド喫茶でいいだろう。出し物は他にいくつか候補出ていたみたいだけど、皆、喫茶店はどうやっていくかとかの話になっていた。


「はいはい、一旦聞いて。何かもう喫茶店にしようって感じするから1年2組の出し物はメイド喫茶店でもいいか?」


 玲央は、手を叩き、クラス全員に出し物はメイド喫茶でいいかの確認を取った。


「賛成!」

「いいんじゃない? 水篠さんのメイド服、見たい」

「だな。絶対可愛い」


 皆、賛成している様子だったが、男子はほとんどの奴が水篠のメイド服を着ているところを見たそうだった。


 可愛くて、スタイル良くて、性格もいい雨音が、男子にモテていることは知っている。けど、こう変な視線で雨音のことを見るのは何か嫌だな。


 嫌って言ったら俺が雨音を独占しているような感じになるから口にはしない。


「じゃ、メイド喫茶で決まりな。みんな、文化祭、盛り上げるぞ!」


「「「おぉ~~!!」」」


 玲央の掛け声でみんなで拳を上に挙げたたので俺と雨音は遅れておっーと拳を挙げた。


 まだ準備段階なのだが、皆が最初から一致団結しているようだし、文化祭は、うまく行きそうだな。


「じゃ、細かいところを決めていくけど……」


 進行役を玲央から陽菜に交代し、玲央は俺達のところへ来た。


「水篠さん、メイド喫茶になったけど大丈夫?」


 玲央が雨音にそう問いかけると俺はすぐに突っ込みをいれた。


「決まった後から聞きに来るものじゃないだろ」


「いいかの確認はさっき取っただろ? けど、まぁ、一応個人で聞いておこうかと」


「私は、大丈夫ですよ。メイド喫茶、楽しそうじゃありませんか」


 雨音は、嫌そうな顔は一切せずに天使のような笑みでふふっと笑った。


 無理して笑っているようには見えなかったので嫌とは思っていないようだ。


「じゃ、戻るな」


 玲央は雨音の言葉を聞いて、前に戻っていく。


 この後、文化祭の話は玲央と陽菜の進行によって順調に進んでいった。






***






 1学期終業式。今日が終われば明日から夏休みだ。夏休み文化祭の準備があり、学校に行く日は何日かあるが、基本、学校には来ない。


 となると雨音と放課後、あの場所でいることも会うこともなくなるな。


 放課後、もらった成績表を見ていると帰ろうとカバンを持っている雨音が俺の席の前に来た。


「どうでしたか?」


「まぁ、そこそこかな。雨音は?」


「私もそこそこです……」


 雨音は俺の真似をして照れながらそう言って小さく笑った。


「雨音のことだから順位は、1位なんじゃないか?」


「まぁ、はい……。私には、これぐらいしかできないので……」


 彼女は、下を向いて持っているカバンをぎゅっと握った。最後の方の言葉は小さくて俺には聞こえなかった。


「雨音……?」


 俺が彼女の名前を呼ぶと後ろから誰かに背中をつつかれた。


 後ろを振り返るとそこには陽菜と玲央がいた。

 

「あまねん、帰ろっ! あっ、蒼空も一緒に帰ろうよ。玲央はバイトでしょ?」


「あぁ、うん。ごめんな、蒼空。また明日」


 玲央は俺に謝ってから教室を出て行った。


「蒼空どうする? あまねんは、一緒に帰りたいってさ」

「わ、私は、そんなこと一言も───」

「一緒に帰りたくないの?」

「そ、そういうわけでは……い、一緒に帰りたいです」


 雨音が小声でそう言うと陽菜は可愛いと思ったのか彼女の頭を優しく撫でた。


「うん、1人で帰るところだったしいいよ」


「やったね、あまねん!」

「は、はい!」








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