第31話 さっきのは聞かなかったことに
「蒼空くんにもっと触れたいです……」
雨音は無意識に口にしてしまったようで慌てて口を押さえてぶんぶんと首を横に振った。
「あ、あの、さっきの聞かなかったことに!」
そう言われてもだいぶ印象に残るようなことを言われたので聞かなかったことにとするのは難しい。
けど、どうして雨音は急に俺に触れたいなんて言ったのだろうか。
触れたいなんて言われても変な妄想を掻き立てられる。
「聞かなかったことにするのは難しいかも」
「そ、そんな……わ、忘れてください、恥ずかしいので」
彼女は耳まで顔を真っ赤にして俺にお願いした。
「じゃあ、何か違う話しよっか。そしたら忘れるかもしれないし」
今のこの状況じゃ、忘れようにも空気が思い出させようとしている感じがするので忘れられない。
「そ、それがいいです! 蒼空くんの家で飼っているミューちゃんの話でもしましょう」
あまり盛り上がりそうにないミューの話だったが、猫好き同士だったため10分以上盛り上がっていた。
(猫でこれぐらい語るの初めてかもしれん……)
「また蒼空くんの家に行ってもいいですか? ミューちゃんにまた会いたいです」
「いいよ、いつでも」
ミューも喜ぶだろうし、何より母さんが一番喜ぶだろう。母さん、雨音ことかなり気に入ったみたいだし。
「では、楽しみにしておきます。ところで、文化祭が終わったら久しぶりにあの場所に行きませんか?」
あの場所というのはおそらく裏校舎のベンチがあるところだろう。
夏休み、文化祭とここ最近は行っていなかった場所だ。
「いいけど、寝るの?」
「ダメですか?」
「いや、ダメじゃないよ」
雨音のお気に入りスポットをどう使おうと彼女の自由だ。寝るだけなら俺はいらないはずなのに誘われたので少し不思議に思った。
寝ているところを見てもいいという意味の誘いか、それとも一緒に寝ようという誘いなのか。
まぁ、後者であるか、それともまた別の理由があるかもしれない。
「では決まりですね。寝るのは冗談で文化祭お疲れ様パーティーでもしましょう」
「それはいいな」
2人でそんなことを話していた数時間後。俺達は裏校舎のベンチではなくカラオケにいた。
「私、カラオケ初めてです!」
キラキラした目でマイクを手に取る雨音を見て俺含めクラスメイトの男子はその行動に可愛い思っていた。
なぜカラオケに来ているかと言うと文化祭終了後、陽菜と玲央がお疲れ様会でも開こうと提案し、行ける人は参加となった。
雨音と先に裏校舎でお疲れ様パーティーをやると約束していたが、彼女がせっかくですし行きましょうと言ったので裏校舎での約束は後日にし、俺達もカラオケに参加することにした。
パーティー用の約15人入れる部屋2つを借りて、2グループに別れた。
俺と雨音、玲央と陽菜はもちろん一緒だ。他の数人は玲央、陽菜と仲がいい友人が一緒の部屋となった。
「あまねん、一緒に何か歌おうよ」
陽菜が雨音の手にマイクを持たせるが、雨音は困っていた。
「私、曲はあまり知らないですし、歌えるかどうか……」
「大丈夫だって! 私が前に教えた曲なら知ってるでしょ?」
「あっ、あの曲なら歌えます!」
「よし、じゃ歌おっ」
雨音と陽菜が一番最初に歌うことになり、2人はマイクを持った。
***
「じゃ、またね、あまねん」
「水篠ちゃん、また明日」
「雨音ちゃん、またね」
「はい、また明日です」
一緒にいたクラスメイトと仲良くなったのか雨音は嬉しそうな表情をして手を振り返す。
カラオケ大会が1時間ほど行われた後、頼んだものを食べたりして解散となった中、俺と雨音は一緒にスーパーへ寄って帰ることにした。
「大量に買ったな」
「ふふふ、そうですね。何かこうして一緒にスーパーに寄って同じ場所に帰る……夫婦みたいです」
照れながら言う彼女を見ていると俺まで照れてしまう。
スーパーから出てマンションまで着くと自分の家ではなく雨音の家へと買ったものを持って入った。
キッチンへ買ったものを置くと雨音は何かを思い出したのかハッとした。
「そうです。蒼空くんに1つ頼み事があるのですが、いいですか?」
「頼み事?」
「はい。冬休み、お母様の実家へ行こうと思います。その時、蒼空くんにも来てほしいです」
「お、俺も?」
ただの友達がそんな家族の場に行ってもいいのだろうか。家族の大切な時間なはずなのに俺が行っては邪魔になるだけだ。
それに俺が行ったらそれはなんかもうお付き合いしてますと紹介しに行くみたいじゃないか。
「蒼空くんをお母様に紹介したいです。も、もちろん、友達だと紹介しますので安心してください」
俺が思っていたことを読んだのか雨音はそんなことを言う。
「雨音がそう言うなら行くよ」
緊張するけど、断る理由もなかったので行くことにする。
「ありがとうございます」
彼女は嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
***
「ご馳走様です」
まさか今日の夕飯も雨音の作ったものを食べるとは思ってもいなかった。
美味しすぎてだんだん雨音が作ったものしか食べられない体になっていきそうなんだが……。
「デザートもありますよ」
ソファに座ってお腹いっぱいだなぁと思っていたが、雨音がプリンを持ってきた。
「おぉ〜美味しそう」
お腹がいっぱいだったが、プリンがあまりにも美味しそうだったので彼女から受け取ろうとする。だが、彼女はプリンを手から離さない。
「あ、雨音……?」
「食べさせてもいいですか? 蒼空くんが好きなあ~んしてあげます」
「俺、好きって言ったことないよ!?」
彼女は俺の隣に座り、じりじりとプリンを持って近づいてくる。
「ほら、あ~ん」
「な、なんか、怖いですよ、雨音さん」
「怖くないですよ。プリンは甘いです」
「プリンの話じゃ─────んっ、美味しい」
結局、最後まで雨音に食べさせてもらった。何だか看病されている気分で食べさせてもらうのは少し気恥ずかしかった。
「次は俺が雨音に食べさせるよ」
そう言って彼女の分を取ろうとすると雨音はプリンを持って俺から離れた。
(えっ……と……)
「だっ、大丈夫です! 私は1人で食べれますから」
「俺も1人で食べれたんだけど……俺に食べさせてもらうのはそんなに嫌か……」
少し悲しそうな表情をしてみると雨音はプリンを持って俺に渡した。
「嫌ではないです。ですが、その……心の準備ができていないので」
「心の準備?」
俺の場合、心の準備さえなくあ~んされたんだが。
「ちょっと待ってくださいね」
雨音は、すぅ~はぁ~と深呼吸して落ち着いてからパシッと頬を叩いた。
「いけます!」
食べさせてもらうだけなのに何か気合いが入っているというかなんというか……。
「はい、どうぞ」
スプーンでプリンをすくい、彼女の口元に持っていく。
「お、美味しいです……」
「食べたいタイミングは言ってくれ。食べさせるから」
「えっ、全部ですか!? 1口だけ食べさせてもらうのでは……」
「雨音も俺に全部食べさせたんだ、だから最後まで」
「わ、わかりました……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます