第30話 蒼空くんにもっと触れたいです……
「秀太さん、もう少しだけ話してもいいですか?」
彼女は秀太さんを引き止めた。
これだけは話しておきたいというものがあったのだろう。
秀太さんは振り返り、ニコリと笑い、雨音の元へ戻ってきた。
「もちろん。けど、少し場所を変えようか」
「は、はい。蒼空くん、少しだけ待っていてください。少し話したらすぐに戻ってくるので」
「うん、わかった。急がなくてもゆっくりと話しておいで」
雨音と秀太さんのことは俺にはわからない。けど、ちゃんと話した方がいいような気がした。
彼女と秀太さんはメイド喫茶から出ていき、1人になった俺も一旦出て、窓から中庭でやっているダンス部がやっているダンスを見ることにした。
***
場所を移した雨音と秀太は、いつも蒼空と放課後にいることが多い裏校舎のベンチに座って話すことにした。
「秀太さん、素直な私の気持ちを聞いてもらってもいいですか?」
ずっと思っていることがあり、そのせいで私は秀太さんを避けているような行動が多かった。
けど、さっきの秀太さんの話を聞いたことと本当は秀太さんがいい人だと知っているからこそ今の自分が思うことを知ってほしかった。
「いいよ。何でも言ってほしい」
「お母様は秀太さんと再婚してから変わりました。冷たく、私のことはどうでもいいように見えるんです」
何を頑張ってもお母様は見てはくれない、褒めてはもらえない。
雨音はもう昔のようにお母様と話せる日が来ないんじゃないかと思い始めていた。
「そこで私が原因でもあると思ったんだね?」
雨音が思うことがわかったのか秀太はそう口にした。
「す、少しだけ……です。ですが、それは過去に思ったことで今はそう思ってません」
「そうか。私が気付いたことなんだけど、再婚してから雪乃さんはピリピリすることが多くなったんだ。雨音さんへの態度が変わったのは再婚してすぐじゃなく少し経ったその日からじゃないかな?」
「は、はい……そうです」
再婚した時は、お母様はいつも通り変わらず優しかったし、話も楽しそうに聞いてくれた。お父様が亡くなって元気がなかったが、再婚してからはよく笑うところを見た。
「私が原因であるかもしれないけど、私は仕事が忙しくなったのが原因だと思っている。雪乃さんには何度か雨音さんへの態度が冷たくないかと言ったんだけどね、中々聞いてくれなくて」
秀太もどうしたらいいかがわからないでいた。話したくても話せない状況なのは雨音だけではなかった。
「すまない、雨音さん。こういう時に父親らしいことができずにずっといて」
「秀太さんは悪くないです。悪いのは私かもしれません。私がダメだから、お母様は私のことを見てくれないだけで」
「いや、悪いのは私だよ。どうすることもできなくて放っておいて」
お互い自分が原因だと主張することにより話が終わらない。
その時、雨音は気付いた。ここで自分が原因だと主張しても意味はない。ここでするべきことはこれじゃないと。
「秀太さん、一度、お母様も含めて家族で話し合いましょう。そこでお母様に聞きます」
話し合いに参加してくれるかわからないが今必要なのは話し合う場だ。お母様になぜ自分への態度を変えたのかを聞くために。
「……そうだね、それがいい。雪乃さんには私から伝える。日時はまた連絡するよ」
「ありがとうございます。後、1つお願いというかずっと思っていたことを言ってもいいですか?」
雨音はずっと秀太のことを父親として受け入れないでいた。けれど、秀太さんがどれだけ私のことを大切にしているかを知り、受け入れられた。
血の繋がりはないけれど娘を大切にしたいという気持ちが伝わってきた。
「何かな?」
「これからはお父様……いえ、お父さんと呼んでもいいですか?」
秀太の方へ体を向けて真っ直ぐと見て、雨音はどうかと聞いた。
「もちろん」
「で、ではお父さんもこれからは私のことは雨音と呼んでください。さん付けだと距離を感じますから」
「あぁ、わかったよ、雨音。これからも家族としてよろしくお願いします」
秀太は雨音の目の前に手を差し出した。
それを見た雨音は小さく笑い、そっと秀太の手を取った。
「こちらこそよろしくお願いします」
***
雨音が秀太さんと行ってしまってから10分が経った。ちゃんと話せているだろうかと心配になる。
見ていたダンス部のパフォーマンスも終わり、軽音楽部のライブへと変わった。
(軽音楽部はいろんなところでやるんだなぁ……)
ライブをぼっーと見ていると隣で「凄いですね」と聞き馴染みのある声がした。
ゆっくりと隣にいるとそこには笑顔でいる雨音がいた。
「お父さんとは話せたのか?」
「はい、話せました。お母様のことを」
「そっか……良かった」
「文化祭も残りわずかですね。まだほとんど出し物回れていませんし今から行きたいところ行きませんか?」
文化祭は残り2時間。回ったのは葉月先輩のところだけ。確かに全く回っていない。
「そうだな。お腹空いたから飲食系のところにいって何か食べたいかも」
「私もです。こことかどうです?」
文化祭のパンフレットを見て彼女はここはどうかと指を指した。
彼女が勧めたその場所はメイド喫茶と似た漢字で喫茶店をやっていた。お腹が空いているとのことで俺達はそこへ向かった。
3年がやっている喫茶店で中に入ると本当に喫茶店に来ているかと思うほどのクオリティーの高さの内装だった。
駄菓子系のものと飲み物を頼み、駄菓子は半分にしてシェアする。
「これとても好きです。小さい頃、よく食べてました」
雨音は小さなチーズを手に取り、パクっと食べる。
「俺も食べてた。美味しいよな」
「はい。あっ、これも美味しいですよ。蒼空くん、あーん」
「えっ、あぁ……うん」
彼女が小さなビスケットを俺に食べてほしそうにしていたので周りの目も気にせず食べた。その時、彼女の指が微かに唇に当たった。
雨音自信も唇に指が当たったことに気付き、顔を赤くして指を見つめていた。
そして、彼女はポツリと呟いた。
「蒼空くんにもっと触れたいです……」
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