第2話 満面の笑みからのすんっ

 翌日。学校に着いて授業の予習をしようとすると1番仲のいい友人である丹波陽菜たんばひなが、私に話しかけてきた。


「おっはよ、あまねん!」

 

「おはようございます」


「あっ、式宮くん見てたでしょ?」


「み、見てません」


 今いるところから彼のことは見えるが、今日は見ていない。


「そうかなぁ~。式宮くんって彼女いるのかな? 可愛いあまねんなら押したらいけるよ」


 陽菜さんには私が式宮くんのことを気になっているとは話したことはない。それなのに陽菜さんは知っていた。


「わ、私は別に、式宮くんのこと何とも思っていません」


「ほんとかなぁ~。気付いてないかも知れないけどあまねん、よく式宮くんのこと目で追ってるからさ」


 ニヤニヤしながら私のことを見てくる陽菜さん。もし、無意識に目で追っていたなら恥ずかしい。


「お、追ってません。気のせいです」


「可愛いなぁ~。ほんと、あまねん見てると心が癒されるわ」


「陽菜さんの方が可愛いです」


 私は、式宮くんのことが気になっているだけで別に好きというわけではないはず。 


(今日も話せますかね……)


 昨日のことがあってもしかしたら今日も話せるかもと期待する私がいた。




***





 放課後。友人はバイトがあるからと早く帰り、1人になるとあまり話したことがない丹波さんが話しかけてきた。


「式宮くん、あまねん見なかった?」


 由香とは違ってコミュニケーション能力が高そうで、グイグイとくる感じだ。


「あ、あまねんって?」


「雨音、水篠雨音だよ。どこ行ったかしらない?」


 なぜ水篠がどこに行ったのか俺に尋ねてきたのか不思議だが、俺は心当たりがある。


 昨日の放課後、水篠は、校舎裏のベンチで寝ていた。今日の至福の時間がとか言ってたし、今日もいる可能性はある。


「ここかなっていう候補はあるけど……」


「ほんとっ!? どこなの?」


「それは……」


 昨日、水篠と寝ていたことは誰にも言わないと約束した。誰にも言ってほしくないということはあの場所で寝ていることを誰にも知られなくないってことだよな。


 となると今、丹波さんにその場所にいると教えてしまうと水篠が寝ているところを見られてしまう。


「俺が呼んでくるから丹波さんは、待っててくれないか?」


「なんで?」


「そ、それは……と、とにかく待っていてほしい。必ず連れて来るから」


 会えるか保証もないのに必ず連れてくるなんて言ってしまった。


「わかった、私は教室で待ってるね」


 丹波さんは、教室で待つことにし、俺は教室を出て、昨日の場所へと向かった。


 今日は、友達が呼んでいるから呼びに来たと言えば大丈夫だ。彼女の至福の時間を邪魔しに来たわけではない。


 校舎裏に出て昨日のベンチの場所へ行くとやはりここにいた。


 無防備だと思うほどに彼女は、すやすやとベンチに横向きになって寝ていた。


「こんなところでよく寝れるな……」


 ベンチなんか堅くて寝にくいはずだ。それなのに彼女は、幸せそうに寝ている。


 寝ているところに俺がいるのを誰かに見られたら変に誤解されそうだし、寝ているところ悪いが、起こして丹波さんのところへ連れていこう。


「水篠、起きて。丹波さんが探してたよ」


 トントンと肩を叩いてみると少し体がピクッと動いた。


「んん~、陽菜さんには私は帰ったと伝えてください」


「それは無理な嘘だと思うよ。だって、教室に水篠のカバンあるし。さすがにカバンを置いて帰ると思う人はいないよ」


「むむむ~、また至福の時間が……」


 眠そうにしながら水篠は、起き上がり、うんと背伸びをした。


「また式宮くんに恥ずかしいところを見られてしまいました」


 本当に恥ずかしがっているのかわからないが、これを機にここで寝ることをやめるようには見えなかった。


「ここでよく寝てるのか?」


「そうですね、よく寝てます!」


 キリッと自慢げに言われるので俺はどう反応していいものか困った。


「なんでここなんだ?」


「落ち着くからです。木陰で涼しくて放課後は誰も来ないので快適です」


 他にも場所はいくらでもある気がするが、ここが気に入っているなら何も言わないでおこう。


「誰もって俺、来たけど……」


「式宮くんは特別です。1人ぐらいなら知られても構わないと思いました。ところで陽菜さんにはこの場所に私がいると言いましたか?」


「いや、言ってないよ。水篠と約束したし」


「ふぅ~良かったです」


 一安心した彼女はそう言って立ち上がり、校舎へ戻ろうとしたが、振り返った。


「式宮くんは、戻らないんですか?」


「えっ、あっ、戻るよ」


「では、一緒に教室へ行きましょう」


 彼女と教室に戻ることにし、校舎へと入ると水篠は、さっきと違ってシャキッとしていた。


 さっきの眠そう水篠は、どこへいったんだろうか。表と裏を使い分けているように見える。


「水篠は、放課後、何してるんだ?」


 試しにそんな質問をしてみると彼女は、少し考えてから俺の方を見てニコッと笑った。


「放課後は、読書です」


「……昼寝はしないのか?」


「昼寝ですか……? そんなことしませんよ?」


(嘘をつけ。さっき思いっきり昼寝してたよね?)


 学校と家での自分を使い分けていることは何となくわかった。理由はわからないが……。


 教室に着き、丹波さんのところへ水篠を連れていく。


「丹波さん、連れてきたよ」


「あまねん、探したんだよ! 今日は、一緒にカフェ行くって約束してたじゃん!」


 丹波さんはそう言って水篠にぎゅ~と抱きつく。すると、水篠は、忘れていたのか声を漏らした。


「あっ……す、すみません……少し散歩してました」


 寝ていたことを隠すためか適当な嘘が散歩って、丹波さんがそれで信じるわけないでしょ。


「散歩? まぁ、カフェは、明日また行けばいいことだし今日は帰ろっか」

 

 あっ、わからないままスルーした。散歩は、さすがに無理がある。他にマシな嘘はなかったものなのか。


「す、すみません……」


「気にしないの。あっ、良かったら式宮くんも明日、カフェ行かない?」


「お、俺も?」


 女子2人に男子1人は、非常に気まずいし落ち着かない。ここは断る1択しかないだろ。


「うん。友達連れてきてもらってもいいよ」


「いいアイデアです! 是非!」


 水篠から俺に来てほしいオーラが駄々漏れだったので断ろうにも断れなくなった。


「それなら……行こうかな」

 

「はい、行きましょう!」


「おぉ~あまねんが凄い喜んでる」


「喜んでません。一緒に行ける人が増えて楽しみだなと思ったのです」


 行こうと言った時、満面の笑みだった気がするが、彼女は、すんっとして笑顔を隠す。


 楽しみは喜んでいるのと同じなのではないかと俺と丹波さんは、思うのだった。

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