第24話 気付かないうちに君のことを

「ミューさん、可愛いです」


 目の前にいるのは飼い猫のミューを膝の上に乗せて優しく撫でている雨音。


 綺麗なブロンドの長い髪。長くて誰もが羨ましいと思う綺麗な睫毛。すらりとしたスタイル。


 何かに惹かれているのか一度彼女を見てしまうとなぜか自然と見とれてしまう。


『蒼空くん、私は、あなたのことがもっと知りたいです』


 彼女からそう言われて俺はその場で


『俺も雨音のことが知りたい』


 と言ったが、返しがあれで良かったのか不安だ。けど、彼女は俺がそう言ったら嬉しそうに笑ってたし、返事としては間違っていないはずだ。


「にゃ~」

「な、鳴きました……蒼空くん、ミューさん、可愛いですね」


「だろ?」


 猫だけでも癒されると言うのに雨音と猫というどちらも可愛い存在が一緒になると癒しが倍になった。


 ミューさんや、学校1の清楚系美少女の膝はどうかね。中々、経験できることじゃないよ。


 と頭の中でミューにおかしなことを話しかけていると雨音は俺の視線に気付いたのか顔を上げた。


「そう言えば、もうすぐ夏休みも終わりますね」


「そうだな……あっという間だった」


 プールに行ったり、遊園地に行ったり、夏休み前には予想していなかった程、雨音と一緒に過ごしていた気がする。


 後何日かの夏休みをどう過ごすのかはわからないが、とても満喫している。


「夏休みを明ければ文化祭です。昨日、女子は衣装係の方から呼び出しがあって学校に行ってサイズが合うか試着していたんですよ」


「へぇ~。ちなみにどんな衣装なんだ?」


 メイド喫茶だからメイド衣装かなと少し期待して聞いてみると雨音はスマホを取り出して画面をこちらに見せた。


「こんな感じです。衣装係さん、気合いが入っているようで」


 雨音に見せられた写真は予想通りメイドの衣装だった。写真を見せられるからてっきり雨音が着ているところを見られるかと期待していたのは秘密にしておこう。


 確かに彼女が言う通り、衣装はかなり凝っているように見えた。


「可愛いな。雨音が着たら男子から注目を浴びるのはまちがいない」


「それは何だか嫌ですね。見られるなら蒼空くんだけがいいです」


「俺にだけって……えっ?」


 一瞬のことだったから彼女の言ったことを疑った。他の男子に見られるのは嫌なのに俺はいいのか?


「接客しないといけないからそれは無理かと」


「それはそうですね。ですが、一番最初に蒼空くんにメイド服を着たところを見せたいです」


「……うん、楽しみにしてる」


 蒼空くんのことが知りたいとか、一番最初に見てほしいとか、こんなことを言われたら自分は雨音の特別であるんじゃないかと思ってしまう。


 好きになっている……か。俺に好意を持っているかもしれないってことだよな。


 雨音への気持ちはハッキリしないが、俺も雨音のことをもっと知りたいのは事実だ。







***







「お邪魔しました」


 夕方になり、雨音が帰ろうとすると夕食を作っていた母さんが玄関まで来た。


「あら、もう帰るのね。またいつでもいらっしゃい。今度は一緒にご飯を食べましょ」


「はい、機会があれば」


 母さんはどうやら雨音のことを気に入ったらしい。


 ミューと戯れた後、雨音と母さん何か話していたが、一体何を話していたのやら。母さんが変なことを話してないといいけど。


「雨音、家まで送るよ」


「ありがとうございます」


 彼女の家はここから遠くないので送ることにした。母さんに一言伝えて雨音と一緒に家を出た。


「蒼空くんのお母様はとても優しい方ですね。何と言うか───」

「俺と似てないだろ?」


「い、いえ、似てますよ。雰囲気とか」


「そうか?」


 父さんと雰囲気が似てるとは言われたことがあるが、母さん似とは言われたことがない。


 俺は母さんみたいにフレンドリな方じゃないし、お喋りが得意なわけでもない。


「雨音は、どっち似とかあるのか?」


「私は、どうなんでしょう……自分で言うのもあれですが、落ち着いたところはお母様に似ている気がします」


 お母さん似と聞いて俺は雨音のお母さんの写真を思い出した。


(確かに似ていたかも……)


「あっ、そうです。佳代さんから秘伝のお味噌汁の作り方を教えてもらいましたので今度私の家に来たときに作りますから楽しみにしていてください」


「うん、楽しみにしてる」


 秘伝のレシピが何かはわからないが、もしかして俺が母さんが作る味噌汁が好きと言ったから作ってくれるのだろうか。


 母さんと何か話していたのか気になっていたが、この味噌汁の作り方を教わっていたのか。


「ふふっ、また蒼空くんの満面の笑みが見れました。好きなものに対してはいつもと違う表情をしますよね、蒼空くんって」


「そう、なのかな? 自分ではあんまりわからないけど」


「ふふっ、私、蒼空くんの笑顔好きです。では、マンションに着きましたのでここで。見送りありがとうございます」


「う、うん……どういたしまして」


 雨音に手を振り、彼女の背中を見つめている中、頭の中はさっきの言葉が何度も再生されていた。


(す、好きって……聞き間違いじゃないよな!?)


 いや、わかっていますともわかっていますとも。好きなのは笑顔であって俺のことじゃないってことぐらい。


 雨音の姿がいつの間にか見えなくなっており、家へ帰ろうとするとが、謎のニヤケが止まらない。


 これは笑顔が好きと言われたことが嬉しくてニヤけているんじゃない。


 好きと言われたときの彼女の笑顔があまりにも眩しくて、思い出す度、ドキッとしてしまうものだったからこんな表情になってしまったんだ。


 家に帰り、俺は椅子に座って何でかわからないが雨音との会話を思い返していた。


 友達とのたわいない会話は忘れることはあることだが、彼女と話したことは鮮明に覚えている。


 中学の頃から気になっていたと告白された時から俺は雨音を意識してしまっている。


(そうか……俺は気付かないうちに雨音のことを)







        

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