第34話 俺が選ぶのは――だから…

 高橋良樹たかはし/よしきは不穏な雰囲気が漂う空間にいた。

 あまりよろしくない様子が、辺りからオーラとなり、良樹の目を侵食しているかのようだ。


 今日こそは話さないと……。


 気が重くなる。

 この空間にいて、早くも帰宅したくなるが、今日はこの問題と真摯に向き合わなければならないのだ。


 逃げてはダメだという想いを抱きつつ、良樹は唾を呑んだ。


 ああ、やっぱり、緊張するよな……。


 人生の分岐点に立たされていると、緊張のあまり体が熱くなってくるのだ。




「今日はちゃんと決めてくれるんでしょ?」

「そろそろ、早く話を進めない?」


 良樹が今座っている席から見える二人の女の子。

 視界には、ナギと、藤井由梨ふじい/ゆりの姿がある。


 学校帰りの放課後。

 良樹は隣街のファミレスにいる。


 通学路近くのお店や、学校近くの街中だと確実に危険だ。

 知っている人にバレたら、ただでさえ陰キャのような自分の人生は、すぐさま終焉を迎えるだろう。


 こういう秘密にしたい事は、こっそりと行うのが吉だと思う。


 元はと言えば、良樹が蒔いた種であり、自身に問題があるのもわかっている。


 緊迫した環境だが、気合を入れた。

 これからが本当の勝負だと意気込んで――






「良樹先輩、誰がいいんですか?」

「ちょ、ちょっと待て……」


 右隣に座っている後輩――宮崎五華みやざき/いつかに急かされるが、一旦深呼吸をするかのように、テーブルに置かれた水を飲む。


 乾いていた喉が潤い。多少は気分が楽なった気がする。


 気がするという、気分的な問題の解消であって、根本的な問題が解決へと向かったわけじゃない。


「どの道、私の方を選ぶんでしょ?」


 左から語り掛けてくるのは、幼馴染の中野彩芽なかの/あやめだ。


 彩芽は誘惑染みた口ぶりで、余裕のある笑みを見せている。

 その上で、彼女から耳元で囁かれるものだから、内面に閉じ込めようとしていた緊張が、若干、内面から湧き上がりそうになっていた。


 冷静になるんだ、冷静に……。






 現在、自分を含めて五人が、この隣街のファミレスの店内にいて、テーブルを囲うようにソファに座っている。

 少々狭い気がするが、余計に動かなければ問題のないスペースを確保できていると思う。


 ここで話に決着をつける時だと、自分の心に言い聞かせた。


 良樹はパッと顔つきを変えたのだ。

 その雰囲気の変貌具合に、周りにいる四人の女の子の雰囲気も変わり始めていた。


「俺はさ……」


 由梨を選ぼうと思っていたが。

 昨日の夜。

 本気で互いの事を尊重できる存在がいいと。そんな子と付き合いたいと、良樹は一人でひたすら考え直していたのだ。


 やはり、俺が選ぶのは――






「それで誰なのかな? 良樹君の口から本当の事を聞きたいの」


 由梨から問われる。

 彼女の爆乳が目立つ。

 以前よりも微妙にデカくなっている気がする。


「そんなに深く考えずに私でもいいけどね♡」


 幼馴染が左腕に抱きついてくる。

 今日は選んでほしいという想いもあるようで、いつもよりも積極的だ。


「良樹先輩は断然私をですよね? じゃないとどうなるかわかってますか?」


 五華とは以前。遊園地で遊ぶことになったが、結果として二人っきりでは過ごせなかった。

 責任を完璧に解消できたかというと違う気がする。


 五華とはあとで、もう一度何かしらの形で責任を取りたいとは思っていたりする。


「私は良樹と一緒に漫画を買いに行きたいし。これからも一緒にアニメの話したいことがあるから。私だよね?」


 この空間に生じた緊迫した空気が膨張し、それらが四方から攻めよってくるかのようだ。


 誰がいいかは明白だ。


「俺は――」


 良樹が言いかけた時だった。


「ご注文はお決まりになりましたか?」


 突然、場の空気が乱れた。


 空気を読まない如く現れたのは、バイトとして、このファミレスで働いているであろう、一人の女の子だった。

 見た目的に、少しだけ年上のように見える。

 多分、女子大生だと思われるが、雰囲気的に察してほしいと思った。


「……アレ? えっと、まだ、考え中でしたか?」


 そのファミレススタッフは、ようやく現状を把握したのか、慌てた様子で頭を下げ、後ずさりしたのち、サッと立ち去って行った。


 空気感が変わったことで、告白という言葉を言い出しづらくなっていた。






 気まずい……。

 だが、無言のまま、このファミレスで過ごし、曖昧な答えだけを口にしてはいけないと思う。


「俺さ――」


 もう一度勇気を振り絞って声を張る。

 そして、四人の女の子らが、良樹の答えに興味を示すように、パッと顔を向けてきたのだ。


「俺……色々と考えていたんだ。誰にしようかとか。このままだと四人にも迷惑をかけると思って。俺は、ナギの事が……」


 名前を呼ぼうとした時に、声が小さくなる。


「……私?」


 テーブルを挟んだ先。通路側のソファに座っているナギは、目を丸くし驚いた口調で、自身を指さし、良樹へ確認をしてくる。


 そのナギの態度に、その他の三人が険しい顔になった。


「私じゃダメだったのかな?」


 不安そうな顔を浮かべる由梨。


 元々は由梨と選ぶ予定だった。

 けど、爆乳だけでは選べなくなる理由ができたのだ。


「良樹先輩……なんで私じゃないの?」


 五華は頬を膨らませ、不満げな顔をする。


 彼女にも色々と迷惑をかけた。

 けれど、五華の事は彼女としてではなく、先輩後輩の関係で関わっていきたいと思っている。


「私と色々な事をしたのに……私と付き合うなら、色々なモノを見せるのに!」

「そう言うことじゃないんだ」


 確かに、爆乳や、下着、エロい経験ができる事など。それも付き合う動機になる可能性もある。


 良樹はそういう経験もしたいが、今のところは、同じ趣味を持った子と普通に付き合ってみたいのだ。


 普段から陰キャとして、平凡に暮らしてきた。

 少しでも自分の事を理解してくれる、ナギと共にこれから関わっていきたい。


 そんな思いが、心のどこかにはあったのだ。


 昨日の夜。就寝するまでの間、自室の椅子に座って、ひたすら自分の人生について考えていた。


 今一番欲しいのは、同じ趣味を共有できる人なのだと。


 良樹はナギに対し、再び目を向け、さっきよりもハッキリとした口調で付き合おうという趣旨を伝えたのだった。

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