第28話 ねえ、朝からしよ♡

 カーテンから入ってくる僅かな日差しを感じつつも、高橋良樹たかはし/よしきは今起きた。


 ベッドから上体を起こし、軽く背伸びをする。


 もう朝なのだと感じ、隣を見た。


 しかし、そこには幼馴染の姿はなかったのだ。


 どこに行ったのかと思い、辺りを見渡している時、足元の方から不思議な気配を感じた。


 ベッドの足下の方から、ちょっとだけ頭だけが見えている。


 彩芽か……?


 頭だけ出してる彼女はモグラのようにパッと顔だけを見せ、軽く笑みを見せてくれる。


「おはよ」


 中野彩芽なかの/あやめは挨拶をすると、その場に立ち上がった。


「な、なんで、その恰好を⁉」

「だって、良樹が喜ぶと思って♡」


 彼女はなぜか全裸だった。


「だって、昨日だって、色々な事をしたもんね」

「いや……え? そんな事、したっけ……」


 まったく思い出せないんだが……。


 昨日は眠いから休むと言い、良樹は強引に就寝に入った。

 だからこそ、そんな不貞行為なんてした覚えはないのだ。


 朝起きてばかりだと意識がパッとしていないが、それだけは自信を持って言える。


「シたから、私、こうなってるんだけどね」

「いや、シてないから」

「シたよ?」

「シた覚えなんて……」


 良樹の声が小さくなっていく。


 全裸の彩芽の姿を真正面から見ていると、何も言えなくなってきていた。


 気まずいんだって。この状況さ……。


 本当に目のやり場に困り、目線をキョロキョロさせ始めた。


「恥ずかしいんでしょ?」

「それはそうだろ。その姿のままだと……早く何か着てくれないか?」

「いや」

「俺が困ってるんだ……」

「じゃあ、このまま私とキスをしてくれたら、いいけど?」


 彩芽とキス?


 全裸のままの彼女とそんな行為はしたくない。


「でも、してくれたら、服は着るよ?」

「……わかった……約束だからな」

「じゃあ、キスして」


 そう言い、彩芽は良樹の足元の方から四つん這いで近づいてくる。


 彩芽が歩み寄ってくると、良樹の瞳には彼女の揺れているおっぱいが映っていた。


 す、すぐに終わる。

 キスをすれば、すぐに終わるんだ。


 そう思って、緊張のあまり瞼を閉じていた。


「早くしてよ!」


 瞼を閉じていても、目の前に彩芽がいる気配を感じられた。


 今、彩芽は良樹の下半身に跨るように座っている。

 身動きが取れない状況。

 その上、彼女の吐息が、肌を通じて伝わってきていた。


 瞼を見開けば、彼女がいる。

 キスをすれば終わる事なのに、緊張が限界突破しすぎて、現状を自分の目で確認する事も怖くなってきていたのだ。


「ねえー、早くしないと。私の方からするけど?」


 彩芽は絶対に誘惑してきている。

 確実に、あの三人に勝つために、エロい恰好で挑んできているのは確実だ。






 良樹は瞼を開けた。


 そこには瞼を閉じ、キスするような顔を見せている彩芽の姿があった。


 普通に可愛いんだけど……こんなシチュエーションでするのか?


 キスするだけで服を着てもらえるなら。

 それに、あの三人にバレなければ、何とかなる。


 そう考えている時だった。


「ねえー、早くしてって」


 彩芽はパッと瞼を開き、不満そうな顔を浮かべていた。


 ほんのりと明るい頬をしており、彼女も実のところ、羞恥心は感じているのだろう。


「わかったから……少しだけ、数秒だけ時間をくれないか……」

「いいけど、早くしてよね」


 彩芽はしょうがないなぁといった口調で呟き、頬を紅潮させながらも、良樹の顔をまじまじと見つめてくる。


「それとさ、さっきのシた発言だけど、ヤってないよな?」

「どうだと思う?」


 彩芽は首を傾げる。

 なぜか、心理的に攻めてきた。


 朝起きたばかりで、判断が鈍ってきているタイミングで攻めてくるなんて、策士かもしれない。


 だが、これだけは言える。

 ヤってないと――


「……ヤってないと思うんだが……」


 良樹は震えた声で言い切った。


「うん、ヤってないよ」

「じゃあ、なんでそんなことを言ったんだよ」

「私にもっと関心を持ってほしかったからだよ♡」


 彩芽はニヤッと笑みを見せる。


 彼女は顔をさらに近づけてきて、良樹の首元に息を吹きかけてきた。


 嫌らしい気分になる。




 ……というか、こんなに可愛かったか?


 昔から関わっている仲だが、ここまで女の子らしい雰囲気を感じられたことはなかった。


 彩芽の事は女の子だと思っているが、彼女の裸体を見つつ、近距離でやり取りを交わしていると、彼女の色気をなおさら感じられ、平常心ではいられなくなっていた。


 一旦寝て、朝起きれば冷静な思考回路で会話できると思っていたが、それは違ったらしい。


 彩芽は再び瞼を閉じ、キス顔をする。


 一瞬だけなら。

 数秒だけのキスなら問題はないと意気込み、良樹は目の前の彼女にキスをした。


 彩芽と口元が重なっている。


 変な気分だった。


 以前、別の彼女ともしたのだが、それとは格が違う。


 親しみ慣れた存在だからこそ感じられる不思議な感覚。


 そろそろ顔を離そうと思ったが、動けない。


 今、彩芽から両手を背中の方に回され、離れることができないのだ。


 彼女の肌を感じ、その上、直接的に、おっぱいを感じている。


 緊張感や、卑猥な感覚、彼女の唇の感触など、色々な心境が混在していた。


 そして、彼女から口の中に強引にも舌を入れられる。


 ちょっと待て、こんなことになるなんて聞いてないんだが⁉


 すぐに終わると思っていたのだが、彼女とのキスは三分ほど続いた。






「ね、これでいいでしょ」


 彩芽はベッドから立ち上がり、パジャマ姿になってくれていた。


「ああ、それでいいから……今後は全裸になるなよ」

「それは無理」

「なんで」

「お風呂に入る時もあるから」

「そ、そんなのは……例外で」

「少し声が震えていたけど、想像してた感じ?」

「違う……けど」

「けど?」

「なんでもない!」


 良樹は強く言い返すが、それ以上は何も話せなくなった。


 ああ、なんで、朝からこうなるんだよ。


 嫌な気分になったが、それと同時に、さっきの光景が頭にフラッシュバックして、胸の内が熱くなった。


 別に、彩芽の事を意識しているわけじゃないからな……。




「良樹、朝食用意してるから、一緒に食べよ」


 ベッドの端に座っている良樹に対し、彩芽は手を差し伸べてきたのだった。

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