第6話 今日から俺は、こんなことを⁉
「ま、まさか……」
学校が終わると同時に、幼馴染の
昨日やり取りをしたばかりだったのに、意外と早くから事が進んでいる。
そんな中、物凄く緊張を感じ始めていた。
「けど……」
良樹は、とある事情に少々頭を抱えていた。
「それ……本当にやらないといけないのか?」
「そうだよ。バイトしたかったんでしょ?」
「まあ、そうだな……」
「怪しいバイトでもなかったでしょ?」
「確かに。それはそうなんだけどさ……」
良樹の歯切れが悪くなる。
バイトすれば、お金が手に入り、店屋の人手も解消でWINWINになれる。
何ら問題のないことなのだが、良樹が思っていたのと大幅に違うからこそ悩ましいのだ。
「はい、これ着てもらうからね」
「でも、心の準備が……」
共にバイト先のバッグルームにいる彩芽から差し出された衣装は――。
「そ、それはさすがに……」
「でも、着ないとバイトできないよ?」
「だとしてもだ」
良樹は震えた声で答えた。
「ほら、着ないと」
彩芽から、その衣装を強引に体へ押し付けられたのだ。
彼女から受け渡されたのは、フリルがついたスカート付きのメイド服だった。
良樹のバイト先というのが、隣街にあるメイド喫茶だったのだ。
さすがに、これは聞いていない。
怪しくはないが、男性なのに女性としてメイド服を身に纏い、バイトする事に途轍もなく抵抗があるのだ。
二次元キャラが可愛らしいメイド服を着用し、接客しているところを視聴するのは、心の保養になる。
そういう日本の文化は素晴らしいことだと思っていた。
だがしかし、その対象が自分となると話が変わってくるのだ。
「……初日から辞めたくなってきたんだが……」
「でも、お金が足りないんでしょ?」
「そうなんだけどさ」
バイト先まで案内され、逃げることができない現状。今後の生活を考えると、背には腹を変えられないと思った。
「するんでしょ?」
「……」
「やるよね?」
「……わかった、やる……」
良樹は諦めたように呟く。
「一応、聞いておくが、俺が男だってすぐにバレるだろ?」
「バレないと思うよ?」
「いや、なんで⁉ どう考えても俺、男性だし、メイド服を着てもすぐにバレるだろ。まさか、そういう場所とか?」
メイド喫茶と言っても、多様性のご時世である。
もしや、女装メイド喫茶かもと、一瞬脳裏をよぎったのだ。
「違うよ。普通に女の子が働いているお店だけど?」
「じゃあ、どういうこと? 俺がこんなところで働いていたら色々とヤバいだろ」
「私、この店の店長とオーナーには伝えているから」
「そうなのか」
なら、問題はないのか?
いや、問題しかないよな。
バイト初日から、ここまで精神をすり減らすことになるとは……。
「ここでバイトしている子には、その経緯を伝えているのか?」
「んん、伝えていないけど?」
「え? じゃあ、バレたらどうするんだ?」
「バレないようにすればいいじゃん」
彩芽は大丈夫だと言っているが、良樹からしたら本気で大変なのだ。
笑い事じゃないんだけど。
良樹は今、両手にしているメイド服を見、今後の黒歴史になるであろうビジョンを想像し、悲観してしまうのだった。
「これで良し! 問題ないわ。良樹、鏡を見て」
「……」
メイド服に着替え終わった良樹は部屋の入り口に背を向ける形で椅子に座り、右隣には彩芽が佇んでいた。
これが俺なのか?
正面には鏡がある。
鏡に映っている自分を見て、別人だとしか思えなかった。
声は同じなのに、見た目が違うと違和感しかなかったのだ。
「私、プライベートでもメイクしたりするから。女装メイクも簡単にできるって事。これで問題ないでしょ?」
「う、うん……ありがと。これで一応、男だとはバレないと思うけど。声の方はどうすれば?」
「女声にすれば?」
「すぐに出せないって」
「頑張って」
そんなすぐにやれと言われてできるわけが……。
「すいません」
刹那、部屋の扉が開いた。
良樹は椅子に座ったまま振り向いたのだ。
そこに佇んでいたのは、一人の女の子だった。
その子はメイド服に着替えており、二次元から出てきたのかと思ってしまうほどの可愛らしさを併せ持っている。
セミロングのヘアスタイルで小柄だけど、メイドとしての存在を強く感じられた。
スタイルは良くて、本当にアニメのヒロインらしさを感じられるほど。気にある胸の膨らみは、見た感じ結構ありそうな気がした。
「あなたが、今日からバイトする子?」
その子が、良樹の方へ近づいてくる。
良樹は突然のことに背を震わせた。
そして、咄嗟に立ち上がるのだ。
正面には、メイド服の美少女がいる。
「どうしたのかな? 緊張してる感じ?」
「……」
どう話したらいいんだ?
目と鼻の先に佇む子は、遠目で見ても近くで見ても愛らしさを感じられるほどだった。
こんなにも魅力的な子が三次元にいるのだと目を丸くしてしまう。
だが、無言でいるのも変な気がする。
チラッと左の方を見やると、彩芽は頑張ってよねと他人事のようにウインクして見せていた。
が、頑張るんだ……。
良樹は思う。
普段から見ているアニメのようなヒロイン声を出せばいいのだと。
ぶっつけ本番で、アドリブありの声優のように、口をゆっくりと開こうとした。
正面にいる子は首を傾げている。
緊張するな。自分を信じろ!
何度も緊張する熱い胸の高鳴りを感じながらも、自己暗示をかける。
「す、少しは緊張しているのですが、大丈夫なので」
良樹の口から声が出る。
それは、二次元のような声質であり、片言のような女声でのセリフだった。
「やっぱり、緊張してたんだね。でも、大丈夫だよ。最初は誰でも緊張するからね」
「そ、そうですよね」
良樹は続けて女声で対応する。
だが、左側の方にいる彩芽は口元を抑えて、笑いを堪えているようだった。
良樹が男性だとわかっているからこそ面白がっているのだろう。
本当に恥ずかしいから、そういう態度はやめてほしいんだけど……。
「じゃ、私はここで失礼するから。後は、そちらのメイドさんの指示に従っていればいいから」
彩芽はそう言って、そこにいるメイドに軽く会釈し、室内から立ち去って行くのだった。
「では、よろしくお願いしますね」
「――は、はいッ!」
良樹は女声を意識しすぎて、裏声になってしまう。
彼女は笑顔を見せてはいるが、今後が本当に思いやれるのだった。
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