第5話 私に良い提案があるんだけど、どうする?

 これからの学園生活は平穏に過ごせると思っていた。

 だが、そうは簡単にいないようだ。


 高橋良樹たかはし/よしきは大きなため息をはいた。

 あまり気分が優れないからだ。


「良樹先輩、決めてくれましたか?」

「まだ、もう少し待ってほしい」

「そうやって、私を焦らしているとかです?」

「違う。そういうことじゃなくて」


 翌日の学校。その昼休み。

 誰もいない一室で、後輩の宮崎五華みやざき/いつかと向き合うように、昨日のことについてやり取りをしていた。


 今度は五華のために、どこかに連れて行く必要性があった。

 だからこそ、後輩はその約束事をいち早く決めたいらしい。


「私。別に、どこでもいいですけどね」


 と、意味深な笑みを浮かべ、五華は言った。


 そういう発言をするということは、絶対に裏があるはずだ。

 なおさら悩んでしまう。


「逆に聞くけど。五華は行きたいところってある?」

「それは先輩に任せますって、さっきから言ってるじゃん!」


 五華はグッと距離を詰めてくる。

 彼女の顔が、良樹の顔の方へ迫ってくるようだった。


「そ、そうだが……行きたいところがあったら、普通に言ってくれてもいいからな」

「そういうのは、先輩にちゃんと決めてほしいんで」


 いや、だからそれが一番厄介なんだって……。




 視界に映る五華とは、高校生になってから初めて出会った子だ。


 クラスも学年も異なっているが、関わる機会があったがために、何となく彼女の事は知っているつもりだ。

 だが、心の奥底までは到底わからないことだってある。


 現状――、立場的に良樹の方が下で、五華の方が上。

 下手な場所に連れて行って、不満げな顔をされたら、まだ誠意を感じられないと言われそうで怖いのだ。


 試されているのだろうか。




「休日までまだ時間があるので、金曜日の朝までには決めておいてくださいね。絶対にだから、じゃないと――」


 良樹は彼女の真剣な表情を前に、ゆっくりと唾を呑んだ。


「良樹先輩の秘密をばらしますから!」

「秘密……」


 嫌な予感しかしない。


「私の事をエロい目で見ているとか、下着を奪おうとしたことがあるとか」

「そ、それは誤解だ。そんなことはやってないから」


 全力で否定する。


「でも、私のパンツは見ましたよね?」

「ピンク色のは見たけど」

「ちゃんと覚えてるじゃない! やっぱり、私の事をエロい目で見てるんですよね?」

「み、見てない……」


 良樹は感情を押し殺し、否定的な口ぶりになる。


 不覚にも五華の軽くふっくらとした触り心地の良い胸が、良樹の瞳に映った。


「その視線」

「いや、ごめん」

「見てたってことですよね?」

「そりゃ、見てしまう時もあるから」

「だったら、変態ですね」


 五華はジッと良樹の顔を覗き込んでくる。


「わかったから。わかったから、金曜日までにはちゃんと決めておくから」


 自分の方から折れた。

 そして、小声で了承の意を示すのだった。


「では、よろしくお願いしますね! それと、休日は私と二人っきりってことでお願いしますね」

「えっと、藤井さんは?」

「あの先輩は無しで」

「どうして?」

「どうしてもですからッ!」


 後輩は良樹を言葉で一蹴すると、背を向け、その部屋から駆け足で立ち去って行くのだった。






「色々なことがあってさ」


 良樹は言った。


 放課後の今、良樹は自宅二階の自室にいた。


 勉強机前の椅子に座っている良樹の正面には、幼馴染の中野彩芽なかの/あやめがいる。

 彼女は良樹のベッドの端に腰かけ、相槌を打ち、茶髪ショートの髪を軽く揺らしながら相談にのってくれていた。


「まだ、上手くいっていない感じなのね」

「そうなんだ。これからどうすればいいか……」

「じゃあ、遊園地とかどうかな?」

「遊園地か……」


 それもありかもしれない。


 良樹は腕組をして頷いていた。


「私の知り合いに、遊園地関係の人がいて、そのチケットがあるの」

「そうなのか?」

「しかも、二枚ね」

「丁度二枚? なぜ?」

「まあ、それはね、なんていうか。たとえ、知り合いであっても、そんなに多くはもらえないと思って」

「遠慮したのか?」

「そういうこと」


 彩芽は咳払いをして、淡々と話を続けていた。


「どうする? 遊園地に、その子と行ってみる?」

「……まあ、そうだな。貰えるなら貰うよ」

「でも、無くさないようにね」

「わかってる」


 これで、五華との責任を果たせると思う。


「本当にありがと」

「いいよ。頑張ってきてね」


 幼馴染から後押しされるように、励まされるのだった。




「それで、この遊園地っていうのは、どういう場所なんだ?」

「大きくはないけど。結構楽しめるアトラクションがあるの。一般的に、ジェットコースターとか、メリーゴーランドとかね。他にも色々とあるみたい。後で、パンフレットでも渡すね」

「ありがと。本当に助かるよ。でもさ、いつから遊園地関係の人と繋がりがあったんだ?」

「昔からっていうか。私のお父さんがね。取引先の人と仲良くなって、その人がアトラクション関係の整備を担当している事業をしているとかって」

「そんな繋がりがあったのか」


 幼馴染とは幼稚園児の頃からの付き合いであるが、初めて知った情報だった。


「それで、この遊園地はどこにあるんだ?」

「地元にある駅から一〇先のところだったはずだよ」

「それ、隣街よりもさらに先の場所じゃないか」

「そうだね」

「だとしたらお金が」

「金欠なの?」

「そうなんだ。あるにはあるんだけど。遊園地に行って帰ってくるまでのお金が続かなくて」

「そんなに困ってる感じ?」

「ああ」


 良樹は恥ずかしながら言った。


「バイトでもする?」

「すぐにできるのか?」


 良樹は食いついた。


「できるにはできるけど。まあ、良樹がそれでいいなら、私の方からバイト先に伝えておくけど?」

「いいのか?」

「でも、どんな内容でもいい?」


 彩芽から試すような問いかけをされた。


「ま、まさか……あ、怪しいバイト、なのか……?」

「そうじゃないけど、良樹から変に感じるかも」


 一体、どういうバイトなんだ?


 彼女の表情を見、良樹は内心、ヒヤッとしていた。


 だが、金欠状態の今、後輩の責任を取るためにも、ごちゃごちゃと考えてはいけないと思う。


「……わかった、なんでもする。だから、紹介してくれ」


 良樹は覚悟を決めたのだ。


「OK! でも、あとで私にも何かを奢ってよね。最初のバイト代で」

「わかった。約束する」


 ゆっくりとだが、良樹は頷いた。


 これでいいと思う。


 いや、分からない。


 だがしかし、そのバイトしか、今後生き残るすべがないのだ。


 良樹は唾を呑み、苦しみの感情を必死に押し殺すのだった。

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