第35話(最終回) 屋上に修羅場の旋律が響く 

「これなんか、どうかな?」

「確かに良さそうな漫画だね」


 高橋良樹たかはし/よしきは彼女の言葉に頷いた。


 今日は土曜日であり、他の三人を含めた、計五人で話し合いをしてから数日が経過した。


 現在は二人っきりで本屋と喫茶店が一体化した施設内にいる。


 午前中から本屋に訪れているのだが、ほぼ漫画コーナーばかり利用していた。


 この施設には漫画の他に、小説や児童書、教育関係、法律本、歴史書など、多岐に渡って揃っている。


 そういった理由もあり、学生や社会人でも勉強を続けたい人が多く集まっているのだ。


 一応、普通に喫茶店を利用する目的で訪れている人もおり、図書館のように静かな環境ではなかった。


 普通に会話することもでき、比較的自由に過ごせる感じだ。


 良樹は普段、小説も読んだりするが、ナギは漫画派らしく、原作が小説だったとしても彼女に合わせ、本棚に置かれた漫画についてやり取りしていた。


「良樹って、他にはどういう漫画が好きなの?」

「俺はこういうのとか」


 良樹は自分が好んでいる漫画を本棚から手に取り、その表紙を見せた。

 現代が舞台の日常系ギャグ漫画である。


「へえ、そうなんだ。やっぱり、私と趣味が同じだよね」


 ナギは、意外だねといったニュアンスで微笑み返してくれていた。


「ナギも、そのギャグ漫画を見たりするの?」

「そうだね。つい最近見たギャグ漫画の中では面白かったかも」


 共有の趣味があるというのは、付き合っていて一番嬉しい瞬間だと思う。


 良樹が通っている学校には、同じ趣味を持つ人はいない。


 同じ趣味で休日を過ごせるなんて、人生においてはじめてなのだ。


 ナギとは学校も違い。その上、メイド喫茶でも働いていることも相まって、付き合える時間が限られている。

 その短い時間、ナギと会話できているだけでも自然と笑みが零れるのだった。




「私、もっと良樹の事を知りたいから。良樹が好きな漫画も読ませてよ」

「俺が好きな漫画か。じゃあ、あとで俺の家に来る?」

「うん、行きたい!」


 ナギから元気ある声が響く。


 けど、確か……。


 ふと、自分の部屋の現状を振り返ろうとした。


 いや、ダメな気がする……。


 今日は無理だと、心の中で結論づけた。


 なんせ、今日家を出る前。急いでいたこともあり、ほぼ整理整頓をせず、自室の床が散らかったまま、ナギとの待ち合わせ場所までやって来たからだ。


「どうしたのかな?」


 数秒ほど無言の状態のままでいると、隣にいる彼女から疑問がられた。


「まあ、それはあとで、また時間ある時でいいかな? 俺が好きな漫画は、この書店においてあると思うし。検索する機械もあったと思うからさ、一先ず、そこに行かないか?」

「……疚しいことでもある?」

「そ、それはないよ」


 良樹は身振り手振りをしながら全力で否定した。


「あの子らとまだ付き合っているとか?」


 ナギはジト目で疑いの眼差しを向けてくる。


「絶対に浮気とかはしないから。あのファミレス以降、疚しい関係にはなっていないからさ」

「本当?」

「うんうん、本当だ」


 良樹は早く、何度も頷いた。


「だったらいいんだけど。私だけ、別の学校に通ってるじゃない。だから、真実はわからないし、ちょっと納得がいかないところがあるの」


 目には見えない事を証明することは出来ない。


「でもね、来週からは大丈夫になると思うから」

「え? 来週? 何が?」

「んん、私の独り言だから、気にしないで」


 ナギは軽く笑って何かを隠している。


 なんの事についての話か分からず、良樹は首を傾げた。


 何事もなければいいのだが……。






 次の週の月曜日――


 ナギと付き合い始め、心にも余裕が出来てきたと思う。


 それはいいことだ。


 恋人すらもできなかった良樹は、今まで平凡な生活を過ごしてきた。

 一緒に趣味を共有できる恋人ができた事で、物事の見方も変わってきていたのだ。




「そう言えばさ、今日、このクラスに転校生が来るらしいけど」

「本当か?」

「ああ。俺の情報が間違ってなければな」

「へえ、そうなんだ。どんな人? 男か、女の子か」

「それはわからないなぁ。でも、女なんじゃね?」

「でも、どっちでもいい気がするけどな」

「そういって、女の子だったら、絶対に狙うだろ」


 教室内で、転校生に対する考察が始まっていた。


 一体、どんな子が来るのだろうか。




 そうこうしている内に、教室に担任の先生が入ってくる。


「席に着け」


 先生の声が響き渡る中、皆、各々の席に座る。


「先生、どんな子が来るんですか?」

「男か、女の子。どっち!」

「早く知りたいんですけど」


 男子生徒らが、急かそうとする。


「それは、あとで教える。まずは簡単な出席からな」


 先生は場の雰囲気を抑制したのち、手にしている出席簿を見ながら、クラスの一番目の生徒から点呼を取り始めていた。




「今日は全員いるな。欠席は無しって事で」


 担任教師は、出席簿のメモ欄のところに、異常なしと記入しているようだ。


「先生、転校生は?」

「ちょっと待て。焦るな。じゃあ、そろそろ、入ってきてもらうか」


 クラスメイトらのテンションが上昇しまくっている最中、廊下側の扉が開かれ、一人の女の子が入ってくる。


 女の子か……え……?


 そこに佇んでいたのは、ナギだった。




「今日からこのクラスで一緒に生活することになった、兎耳山美月とみやま/みつきと言います。よろしくお願いします!」


 普段通りの可愛らしい声が教室内を包み込む。

 彼女の声はアニメ口調的であり、すぐにクラスメイト――男女問わず、虜にしていたのだ。


 まさか、転校生がナギだったなんて……。






「もしかして当てつけ? 良樹」

「というか、良樹先輩、こんな話聞いてないです」

「良樹君。私……普段は一緒の空間で授業を受けられると思っていたのに。ショックなんだけど……」


 現在、屋上にいる。


 転校生が来た日の一時限目の終わり。

 良樹は、彩芽あやめ五華いつか由梨ゆりに呼び出され、ナギこと兎耳山美月ついて問い詰められていたのだ。


 何も知らない。


 良樹は彼女から何も聞かされていないのだ。


 でも、この前の休日、意味深な事を言っていたような……。


 あの言葉の意味が何となく分かり、ハッとした。




「「「というか、もう一度、今後について話しましょうか」」」


 三方向から聞こえる絶望の始まりの声。


 良樹は屋上のフェンスに背を付くような状態であり、囲まれている状況では、どこにも逃げられなかったのだ。


 ヤバいって……。


 絶望の最中――




「良樹、どこにいるの? あれ? そこにいるのって……」


 屋上にナギがやってくる。

 タイミングが最悪だ。


 内心、おどおどしていると、鬼のような形相で近づいてくるナギ。


「どうして、三人と一緒にいるのかな? 良樹?」

「そ、それは」

「この前、三人とは関わりがなくなったって言ってたよね?」

「えっと、これはたまたまで」


 念願の恋人を手に入れたのに、これでは本末転倒である。




 屋上から、苦しみが零れるかのようだ。


 それは、修羅場人生が始まる旋律のような声だった。

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平凡な学園生活を送っている俺の周りには、なぜかエッチな×××の美少女が多いような気がする 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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