第33話 私だけ、省かないよね?

「じゃあ、また明日ね」


 その時、メイド服姿から解放された私服姿のナギから手を振られた。

 それに応じるように、高橋良樹たかはし/よしきも手を振り返したのだ。


 メイド喫茶としての業務を普段よりも早くに終えたナギと、夜八時過ぎの街中を歩いて、丁度駅に到着した頃合いだった。


 ナギは駅周辺のどこかに住んでいるらしく、良樹はそこで別れることになった。


 今の時間帯は暗く、電灯の明かりだけで周りを照らしている状態だ。


 ナギを送り届けたいと思うが、良樹の方も帰るための電車の本数が決まっていることもあり、そんな余裕はなかった。


 バスも今日の便が終了していて、明日も学校があるゆえ、電車に乗り遅れると一時間ほど歩いて自宅に帰られないといけないのだ。


 ナギの事が心配だが……。


「そんなに難しい顔をしてどうしたの?」

「俺、途中まで送って行こうと思ってたんだけど」

「でも、時間的に電車が来る頃じゃない?」

「そう、なんだけど」


 良樹はチラチラと、近くの駅を見やる。




「私、本当にすぐ近くが家なの。歩いて五分程度だし、それにコンビニもあるから問題ないと思うよ」

「じゃあ、分かった。夜道は気をつけてね」

「うん。ありがとね。心配してくれて……そう言えば、明日はどこに集まればいいの?」


 立ち去る直前に、ナギから問いかけられる。


「えっとね、このファミレスに来てくれてばいいよ」


 良樹はナギと向き合うようにして制服のポケットからスマホを取りだす。ファミレスのHP画面をスマホ越しに見せてあげた。


「その場所ね」

「時間帯は午後五時過ぎらへんで」

「わかったわ。一応、スケジュール表にメモしておくね」


 ナギは肩にかけているバッグからスマホを取りだすと、メモ帳機能に明日の予定を入力していた。

 その上で、自身のスマホでファミレスのHPを開いてブックマークしていた。


「約束ね。でも、私と一緒に付き合ってくれるよね?」

「それは、まあ、明日までに、ちゃんとした答えを出せると思うから」


 良樹は言葉を濁しながら口ごもる。

 なんとも言い出しづらい状況であり、一人だけを特別に優遇するとかはできなかった。


 本気で明日までには決める。

 じゃないと、このまま他の子らにも迷惑をかけたままになるからだ。


「私、期待してるから」


 ナギは微笑み。希望を抱いた視線を良樹に見せると、その場所から駆け足で立ち去って行く。

 彼女は良樹がいる後ろの方を振り向き、数秒だけ手を振ってくれた。






「……」


 良樹はナギの姿が見えなくなるまで、その場所から彼女の後ろ姿を眺めていた。


 多分、大丈夫だろうというところで、彼女の背中から視線を逸らし、近くの駅まで歩いて移動する。


 駅中に入ると、まずは時刻表をスマホで確認しながら切符を購入し、駅の改札口を通り過ぎて駅のホームまで歩く。


 明日か……明日、本気でハッキリとした結論を出さないとな。


 いつまでも優柔不断なままではよくない。




 その前に、地元の駅に着いたら彩芽にもスマホで伝えておこうと思う。

 これ以上は付き合えないという意思を伝えるためだ。


 元々は三人の子の中から選ぶというもの。

 そこに彩芽がいたら、余計に話が拗れてくる。


 刹那、電車が近づいてくる音が響いた。

 丁度いいタイミングで良樹の前で停車して、それに乗車し、数分ほどかけて地元の駅へ向かうことになったのだ。






 良樹は駅の改札口から出たところで、スマホを片手に彩芽あやめへ連絡をとろうとする。


 歩きスマホをしながら画面をタップしていると、駅の扉から出たところで何かの気配を感じた。


 外はもう真っ暗になっているが、駅の明かりで照らされた場所に、その隠れていた姿が露わになる。


「良樹、どっかに行ってきたの?」


 想定外の事態に、ドキッと心が震えている。

 少々言葉を失い、スマホを持ったまま硬直してしまう。


「まあ……ちょっとな」


 なんの前触れもなく出現されると、心臓に悪い。

 今からメールで連絡を済ませようとしていたのに、自分の中のスケジュールが急に狂った。




「私と良樹って、もう付き合ってるんだし。一緒に帰ろ」


 彩芽は誘ってくるように手を伸ばしてくる。


「良樹って、隣街に行ってたんでしょ? その駅から出てきたってことは」

「それは彩芽には関係ないと思うけど。でも、なんで知ってるの?」

「私には色々とわかるの。それに、付き合っている私に内緒にする気?」

「付き合うって……その話なんだけど、ごめん」

「え、なに?」

「丁度さ、メールで。その、俺も彩芽に言いたいことがあって」

「どんな事?」


 彩芽は疑問そうに、少々険しい顔つきになっていた。


「もうここで終わりにしてほしいって事」

「なんで? 私、良樹のために色々な事をしたよね?」

「それはそうなんだけど」


 確かに、彩芽とは他人には言えないこともした。

 だが、明日、三人の子の中から一人を選ぶことになっている。彩芽を含めてこれ以上話を複雑化させたくなかったのだ。


 彩芽とは個別で決着をつけようと思い、今、言葉を発したのである。

 普段とは違い、良樹からしたら決心のこもった口ぶりだった。




「ここで別れるとか。嫌なんだけど」

「けど、俺の答えというか思うというか……そういうことだから」

「でも、急すぎない?」

「……彩芽も気持ちもわかるけど、彩芽とは今まで通り」

「幼馴染のままでいたいってこと?」

「……そういう事にしたいんだ……」

「じゃあ、明日、私も話に参加させて」

「な、なんでその事を?」


 彩芽には全く伝えていない情報だ。


「さっきね、少しだけ由梨から聞いたの」


 そう言えば、幼馴染と由梨ゆりは連絡をとる仲だったか。


 予定がさらに狂った。


 さっき、隣街に行った事を把握していたのも、由梨から聞いたのかもしれない。




「いいでしょ?」


 もう伝わってしまっている以上、受け入れるしかないか。


「わかった……明日、彩芽も含めて話を進めるから」


 良樹はため息交じりに話す。


「じゃあ、よろしくね」


 彩芽は良樹の方へグッと近づいてきてスマホを手にしている右腕に抱きついてきたのち、胸を押し当ててきたのだ。


 何が何でも付き合いたいという意思表示を彩芽から痛いほど感じてしまうのだった。

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