第3話 二人の彼女――どちらがいいんだ…

 やっと授業が終わった。


 放課後を迎えた今、高橋良樹たかはし/よしき》は教室で椅子に座りながら帰る準備を整えていたのだ。

 必要なモノを通学用のリュックにしまう。


 今日は先生からの課題もなく気が楽な方である。しかし、一つだけ悩みがあった。


 良樹は今から、とある子らと街中に向かうことになっているのだが。


 彼女らと遊ぶだけなら何ら問題はない。

 だが、良樹は彼女らの下着を見てしまったという誰にも言えない課題を抱えているのだ。


 朝の時点で、街中の店屋で奢るという約束をしていた。いまさら断ることは出来ない。良樹はリュックの中にしまっている財布の中身を確認する。


 ……だ、大丈夫そうだな……。


 良樹はホッと胸を撫で下ろすように息をはいた。


「良樹君、今から行くんだよね?」


 ――と、自分の中で安心した直後に、近づいてきたクラスメイトの子から突如として話しかけられたのだ。




 彼女は、藤井由梨ふじい/ゆりである。


 由梨とは同じクラスであり、去年は違ったのだが、今年は一緒の空間で学校生活を送れていることに、内心喚起してはいた。


 でも、由梨とはもう少し良いシチュエーションで仲良くなりたかった。

 どうして、下着を見てしまうという過激な展開から事が発展してしまったのだろうか。それが、運命ならばしょうがない。

 運命とは残酷だと思う。


「私、ちょっと行きたいところが出来て。その場所に変更してもいいかな?」

「え? 行き先を変えるの?」


 良樹の問いに、彼女は頷いた。


 そんな中、周りから伝わってくる視線。

 良樹が教室で彼女と会話していると、次第に騒がしくなってくるのが痛いほどわかった。


「えっと……ここだとなんだし、別のところに行かない?」

「別にいいけど」


 由梨からの承諾を得て、良樹は席から立ち上がりリュックを背負い、彼女と一旦教室を出、廊下を歩く。


 廊下に出ても辺りからの視線が気になるが、それに関してはひたすら気にしないように心がけた。


 隣を歩いている由梨に集中する事にした。

 だが、由梨へと心のピントを合わせようとすると、彼女の爆乳にばかりに視線がいってしまう。

 卑猥な感情ばかりが募ってきて、脳内がピンク色に支配されていくようだった。






「それで、どこに行きたいの?」

「それは、ちょっとお洒落な場所があって」

「そこに行きたいってこと?」

「うん」


 朝の時間帯。図書館にいる時はデパートでもいいという結論になったはずだ。


 急に気分が変わったのだろうか。


 どういう心境かはわからないが、別にそこでもいいと思った。

 そうなると、後輩の五華にも伝えないといけないのだ。


 指先で頬を触って考えていると、校舎の昇降口付近で明らかに背後へ、とある視線が向けられていることに気づいたのだ。




「良樹先輩ッ!」


 それは紛れもなく後輩の宮崎五華みやざき/いつかだった。

 見なくても、その気配から感じ取れたのだ。


 それにしても、放課後というのに、元気がありすぎると思った。


「予定通り、デパートに行くんですよね?」


 五華は二人の目の前で向き合うように話し始める。


「いや、喫茶店とかがいいって」

「そうなんですか?」

「まあ、そういうことをさっき話していてさ」


 良樹は事の経緯を話す。

 目の前にいる五華は、良樹と由梨の姿を交互に見て考えているようだった。


「まあ……そこでもいいですけど。今回は藤井先輩の意見に合わせますね。でしたら、次回は私が行きたいところに付き合ってくださいね!」

「え? 次回って、別の日に?」

「そうですよ」


 いや、それは聞いていない。


 今日ですべてが解決する方向性へ傾いていき、すべてが解消されると思っていた。


 これはさすがに想定外である。

 財布的な意味合いで、内心、ため息を吐いてしまうのだった。






「何にしようかな?」

「これもいいかも」


 今、喫茶店にいる。

 由梨が言っていたように、確かにお洒落な雰囲気のある場所だ。

 しかも、ピアノなど楽器の類もあり、休日にはイベントも行われるらしい。


 三人は同じ席に座り、良樹の正面の席に腰を下ろしている二人の彼女は相談し合いながら楽し気にメニュー表を眺めていた。


 由梨と五華にとっては楽しいだろう。

 なんせ、良樹が奢る前提で、喫茶店でメニュー表を見れているのだから。


 良樹は、二人にバレないテーブルの下で、リュックから財布を取り出し、中身を再度確認するのだ。


 今日は問題はない。

 だが、別の日に行くことになったら、さらなる出費に頭を抱えそうだ。


 次回も奢らないといけないという不安に押し潰されそうである。

 本当に次で収拾がついてほしいと、良樹は心で思うのだった。




「じゃ、これで」

「私はこれかな」


 気が付けば、二人は注文したいが決まった頃合いだったのだ。


「それで何したの?」


 良樹は冷や汗をかきながら問う。


「ココアと、イチゴパフェ」

「私は、ショートケーキとコーヒーにしようと思ってたんだけど」


 良樹は彼女らが見ていたメニュー表へと視線を移した。


 確認すれば、二人分を合わせて二〇〇〇円いかない程度だ。


 今日だけは何とかなりそうだった。


 しかし、自分だけが何も頼まずに、店内で過ごすというのもよろしくないと思う。


 良樹はメニュー表を手に取り、まじまじと確認した後、オレンジジュースだけ頼むことにした。






 先ほど女性の店員に注文内容を話し、あとは待つだけになっていた。


「そう言えばですけど、良樹先輩って好きな人っているんですか?」

「え?」


 なぜ、そんなことを聞いてくるのか驚きであった。


 突然の問いかけに心が動揺し、気恥ずかしくなる。


「もしや、いるとかですか?」

「い、いや、いないさ」


 良樹は目を泳がせながら、咄嗟に返答してしまう。


 本当は由梨のことが気にはなっていた。


 口が全てってしまったのだ。


 良樹は由梨の方を見やる。


 驚いているとか、そういうわけではないが、少し悲しそうな表情を見せていた。




「じゃあ、私と付き合ってもいいじゃん?」

「なんで?」


 良樹は後輩から圧倒されつつあった。


「だって、いないんですよね?」

「まあ、そうだけど……え? じゃあ、五華は、俺のことが?」

「……は? いや、別にそういうわけじゃないですけど?」

「……じゃあ、なんで?」

「まあ、そういうことは別にいいじゃん。えっと、じゃあ、この二人だったら、どっちがいい?」


 五華はなぜか、グイグイと話を進ませてくる。


 二人の彼女。

 爆乳なクラスメイトと、胸は普通くらいの後輩。

 今選ぶとなると判断が難しくなる。


 入学当初から気になっていた子を前に、そういう会話はしたくなかった。

 だが、恋愛的には大きな分岐点になりそうだと思い、良樹は二人の姿を交互に見ながら長考し始めるのだった。

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