第9話 後輩との約束

「では、その場所に連れて行ってくれるんですね?」


 翌日の校舎内。

 朝の出来事である。

 誰もいない空き教室にて、後輩を目の間にし、休日の行き先について伝えている最中だった。


 遊園地という言葉を聞いた瞬間――、宮崎五華みやざき/いつかの瞳は輝いていたのだ。


 後輩の満面の笑みを見た瞬間、こんな可愛らしい表情もできるのだと、その時、良樹は知った。


 普段はSみたいな発言が多い中、貴重なワンシーンに思えたのだ。


「遊園地でいいのか?」

「はい。問題ないです。私、普段はそういう場所に行かないので楽しみですから」

「そうか、ならよかったよ」


 高橋良樹たかはし/よしきは安堵の顔を見せた。

 胸を撫で下ろす。






 それとは別に、メイド喫茶の件なのだが。

 アレは辞めることになった。


 さすがに男性が女装をし、メイドとして喫茶店で働き続けるのは無理があったようだ。


 昨日。あの後で、メイドのナギから辞めるように言われた。

 ナギの独断の発言ではなく、その喫茶店に残っていたメイド長を含んで話し合った結果だった。


 ナギは変態行為をされたことに関しては何の発言もしていなかったが、他のメイドからは、女装をしていた事について色々と言われたのだ。


 男性だと気づかなかったとか。人によっては変態目的だと疑われることもあった。


 とにかく、その件に関しては話が付いたのである。


 他にあるとすれば、昨日の夜のバイト帰り道。幼馴染の中野彩芽なかの/あやめと出会い、歩きながら聞いた事ではあるが、店長は問題ないと言っていたようだ。


 店長から引き留められても、良樹はあの場所でバイトするのを辞めた。


 やはり、元が男性の良樹が、女性として働くというのは、多様性の時代だったとしてもよくないと思ったからだ。


 お金が足りなくなったら、メイドではなく別の方法でお金を稼ぐしかないだろう。






「……先輩? 良樹先輩?」

「え?」

「聞いてました?」


 目の前にいる彼女から首を傾げられた。


「ああ、聞いてた……」

「なんて、言ってました?」


 五華は顔を近づけてくる。


「いや、遊園地の事か? だよな?」

「まあ、そうなんですけど、その遊園地ってどこにあるんですか? さっきから問いかけていたんですけど」

「遊園地の場所な……」

「本当に聞いてました?」


 良樹は五華の言葉にたじたじだった。

 対する彼女は、ジト目で見つめてきているのだ。


 非常に気まずい。


 余計なことは考えないようにして、今のところは五華の方に集中しようと思う。




「それは。これを見ればわかると思うよ」


 そう言い、良樹は、通学用のリュックから一枚のパンフレットを見せる。


 それは昨日、メイド喫茶からの帰り道で彩芽から貰ったものだ。


 パンフレットによれば、地元の駅から一〇コ先にある駅で降り、それから五分ほどバスに乗って移動することになるらしい。


 歩いても現地に行けるらしいが、どちらでも問題はないようだ。


 そこまで移動手段にお金をかけたくはないけど、それについては現時点で後輩に相談しておくべきだろう。




「聞いておきたいことがあるんだけどさ」


 良樹は彼女の近づき、パンフレットを机に広げて見せながら問いかける。


 良樹の発言に、彼女は笑みを見せ、反応を返してくれた。


「遊園地がある駅から少し歩くことになるんだけど? それでもいいか?」

「何分ほどですか?」

「多分、徒歩で一〇分ほどだと思うけど」

「それなら問題なですけど?」

「じゃあ、そういうことで」

「……何か、問題でもあったんですか?」

「そういうわけじゃないけどさ」


 良樹は誤魔化す事にした。


 あの遊園地まで、駅からバスで行けるのだが、極力お金を使わずに行動したい。

 そんな思いが、良樹の中にあったからこその立ち回りである。


「えっと、それよりさ。五華は、どういうアトラクションが好きなんだ?」


 良樹は思いっきり、話の流れを変えることにした。


「私、メリーゴーランドとかが好きですよ」

「そうなのか?」


 意外だった。


「ダメなんです?」

「そうじゃないけど。まあ、意外と大人しい感じのがいいのか……じゃあ、それ以外は?」

「それ以外は、観覧車とか?」


 五華は考え込みながら言う。


 遊園地と言えば、第一にジェットコースターが注目されると思っていた。


 五華だったら、もう少し大人っぽいアトラクションをと想定していたのだが、全員が全員、ジェットコースターが好きなのではないのだろう。


「なにか、怪しい顔をしてますけど?」

「そんな顔をしてたか?」

「はい。もしかして、子供っぽいとか思っていたんですか?」

「そうじゃないさ。メリーゴーランドとか観覧車な。五華って、どんなのが好きかと思って。ただ聞いただけさ」

「……」


 五華は少し不機嫌そうだった。


「それより、良樹先輩はどんなのが好きなんですか?」

「俺は……あんまり遊園地とか行かないからな。何がいいとかはないけど」

「あまり行かないんです?」

「そこまで行く機会もそこまでなかったしな」

「学校のイベントでも行かなかったんですか?」

「行かなかったというより、俺がその当日に体調を崩して行けなかったこともあってさ」

「……結構、大変な思いをしてるんですね」


 五華から引き気味に同情されてしまった。


「人生なんだし、そういうこともあるだろ。まあ、行きたかったけどな」


 過去の事を考えてもどうしようもない。


「だったら、明日、私と一緒に思い出を作ろ」


 五華の両手で、良樹の右手が包み込まれる。

 彼女の手は柔らかった。

 女の子らしい感触が、前面に伝わってくる。


 ⁉


 その時、ふと昨日の光景が浮かんだ。


 パッと、頬が真っ赤に染まる。


「もしや、私が手を触ったから興奮してるんです?」

「ち、違う。そうじゃないから」

「でも、顔、赤いですけどね」


 五華に思いっきり、弱みを握られてしまう結果となってしまった。




 さっき脳裏をよぎったのは、メイド喫茶のバッグルームで、メイドのナギのおっぱいを揉んでしまった事。

 その光景を思い出してしまっていたのだ。


 女の子の体がこんなにも柔らかいのだと、改めて理解した。


「鼻の下が伸びているけど?」

「これは違うから」

「どういう風に違うんですか?」

「それは……まあ、あとの事は、このパンフレットを上げるから確認しておいてくれ。それと、明日の事はまた放課後とかにメールでもするから」


 そう言って、良樹は離脱する事にした。


 二人っきりで余計な話までしだしたら、なおさら逃げ道がなくなってしまう。


 本来なら校則違反になるのだが、良樹はその廊下を走り、二人っきりの空間から逃げ出すのだった。

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