第30話 恐怖の誕生日会

 グレンの後を追い、フェルニナはふたたび長い廊下を歩いていた。体がまだブルブルと震えている。


(何て恐ろしいの)


 フェルニナは先ほどの出来事を思い出した。ザルカーが腕を上げた途端、周囲に電流が走り、床が黒焦げになった。あんな現象は見たことがない。


(あれはきっと魔法。ここはただの外国じゃない。私は『未知の国々』に連れて来られたのよ)


 そして、なぜかセンタルティアという名前の王女だと言われている。しかも故郷の大統領と内務大臣のお墨付きだ。


(わざわざ魔法を使ったのは牽制だわ。大人しくしてろっていうこと? 腹が立つ……)


 とはいえ、また騒ぎ立てれば今度こそ殺されるかもしれない。それに、グレンの言う通りにしておけば、イリーナの安否が分かるはず。


(今はまだ、成り行きに任せるしかないわ)


 すると、前方から軍服を着た若い男が走ってきた。グレンは通路の隅に若い軍人を呼び、声を落として話し始めた。


「……陛下が部屋にいない? なぜホールに?」

「摂政に先手を打たれていました。我々はあそこに立ち入りできません」

「元帥は何と言っている?」

「予定通り、王女を陛下に引き合わせろと……」


 若い軍人が去ると、グレンは険しい表情でフェルニナに言う。


「行きましょう」

「何を話していたの?」

「何でもありません」


 グレンはにべもない態度だった。フェルニナは頬を膨らませ、グレンに付いてふたたび歩いた。

 しばらくすると、突き当りに大きな扉があった。その脇に待機していた青い服を着た執事が、2人の行く手を阻む。


「ここは高貴な方々がいらっしゃるところです」

「ふっ、俺は高貴ではないか?」


 グレンは皮肉っぽく笑い、扉を開けた。その広々した空間――ホールの中では、色とりどりの夜会服を着た男女が談笑していた。


「王女様のお通りだ!」


 グレンの一声で、海が割れるように道が開かれた。100人はいるだろうか。人びとはグレンの後ろを歩くフェルニナを見て、ヒソヒソと話している。

 フェルニナもまた横目で観察しながら、あることに気がついた。


(この人たち、みんな金髪だわ)


 と、グレンが立ち止まったので、フェルニナも止まった。その先には、長い背もたれの椅子に座る一人の老人がいた。


「陛下に拝謁いたします」


 グレンが膝をつき、こぶしを胸にあてた。


「挨拶はよい。我が息子よ、よく来た」


 老人の言葉に、フェルニナは驚いてグレンを見た。


「あの人……グレンのお父様なの?」


 フェルニナは小声で尋ねたが、グレンは答えず、その表情はますます険しくなった。


「陛下、部屋にいるはずでは。なぜこちらにいるのですか?」

「今日はの誕生日だ。摂政がぜひにと誕生日会を開いてくれたのだ」

「だからこそ今日は、王女様とお食事を供にする予定だったではありませんか」


 そう言ってグレンがフェルニナの肩に触れると、老人は目を見開いた。


「おお、お前がセンタルティアか。さあ。早くこちらに……」


 老人は腕を伸ばした。だが、フェルニナはたじろいだ。老人の腕は棒きれのように細く、小刻みに震え、肌は灰色のしみだらけ、白髪はほとんどが抜け落ちており、息も絶え絶えな様子だったからだ。

 動揺するフェルニナに、グレンが耳打ちする。


「さあ、早く陛下のもとへ」

「あの人は誰?」

「アウルム王国の国主、カルボン王です。おじい様ですよ」


 さりげなく「あなたの」と言われたことはしゃくだったが、フェルニナは前に出た。カルボン王は、フェルニナが目の前まで来ると、弱々しく手を握った。


「まさかお前に再会できるとは。14年前、お前の父親である第一王子は間違いを犯した。そのうえ、お前は母親にさらわれてしまい、そのまま死んだのかと思っていたのだ。薄情な祖父を許しておくれ」

「私はお母様にさらわれたの?」

「そうだ。話せば長い。詳しくは叔父に聞け」


 カルボン王が指さした先には、グレンがいた。


「グレンは叔父様なの?」


 フェルニナに問われ、グレンは伏し目がちに答えた。


「私は、第一王子……あなたの父親の弟ですから」

「そうなのね。グレンが第一王子の弟なら、グレンも王子様なの?」

「それは……」

 

 グレンが言いよどんだ時、扉が開かれる音が響いた。


「『黒髪ウィーク』が王子になれるわけなかろう!」


 怒鳴りながら現れたのは、腹のつき出た大柄の男だった。フェルニナは驚いて振り返る。


「黒髪は生来の『気』の弱さを示している。『気』が弱い者は、心も弱く、体も弱い。出来損ないだ!」


 大柄の男は、ツカツカと靴音を鳴らして近づいて来た。グレンはフェルニナを守るように前に立った。


「ジャルモ様、お控えください。今は王女様が陛下と……」

「私の前に立つな!」


 大柄の男――ジャルモはグレンを突き飛ばした。フェルニナは咄嗟にグレンの体を支える。

 ジャルモの後ろには、見覚えのある若い女がいた。フェルニナをヘビのような目つきで睨んでいる。


(さっきの女の人!)


 確か名前は「シズレ」。父親に相談すると言っていたが、ジャルモがその父親なのだろうか。

 フェルニナが立ち尽くしていると、ジャルモは金の装飾が施された赤いジャケットを正し、カルボン王に向かってまくしたてた。


「陛下! このようなたわ言を、まさか信じているわけではありますまい。この子供がセンタルティアですと? そんな証拠がどこにありますか!」

「摂政よ、落ち着くのだ。この娘は第一王子によく似て……」

「陛下の余命がわずかであるのをいいことに、不敬な輩が、この子供をセンタルティアに仕立て上げたことは明々白々でしょう!」

「そのようなことは……」

「まして戴冠の儀たいかんのぎを申し入れるとは、バカバカしいにも程があります!」

「頼むからやめてくれ」


 カルボン王は今にも泣き出しそうに言い、両耳を塞いだ。だが、ジャルモはさらに声を荒げた。


「我が娘、シズレがいるではありませんか。何がご不満なのですか陛下!」


 その時、カルボン王は苦しそうに胸をおさえ、咳き込み始めた。


「――陛下!」


 グレンが声を上げると同時に、侍者じしゃがカルボン王を抱えて背中をさする。カルボン王はゆっくり呼吸を整えると、


「第一王子と第二王女が若くして死に、第三王子は行方知れずだ。もう暗い話はたくさんだ。せめて今日は、大いに楽しむのだ……」


 カルボン王は言い終えると、侍者に抱えられて奥に引っ込んだ。ジャルモはカルボン王の退場を見届けるや振り返り、歯をむき出しにして笑った。


「聞いたか? 陛下は楽しめと仰せだ!」


 すると、ホールにいる人びとがワッと声を上げた。フェルニナは驚いて振り返る。人びとの間から、金色のもやのようなものが立ち込めているのが見えた。


「何あれ。ねえ、グレン!」


 フェルニナが叫ぶと、グレンは緊張した面持ちで言った。


「彼らはアウルム王国の貴族や役人たちです。……興奮状態だ」

「興奮って、どういうことなの?」

「戻りましょう!」


 グレンはフェルニナの手を引き、ホールの外に出ようとした。だが、すぐにその進路を塞がれる。


「ほう、あなたが王女様ですか」

「王女様、我々と遊びましょう」


 男たちが、笑いながらフェルニナに近づいてきた。


「触れるな、無礼者が!」


 グレンが振り払うと、


「やあ、グレン。今日も精が出るな。ザルカー元帥のだともっぱらの噂だぞ」


 男たちは下品に笑った。同時に、グレンは後ろから羽交い絞めにされた。


「何をする!」

「グレン?!」


 フェルニナは叫んだ。グレンは5、6人の男たちにホールの脇に連れて行かれ、床に押さえつけられた。

 金色の靄がホールに充満する。それが体にまとわりつき、ピリピリと痛む。――電気だ。


「助けて!」


 フェルニナは逃げようとした。だが、たくさんの手がフェルニナに伸ばされ、阻まれ、囲まれた。

 フェルニナは無様に尻もちをついた。人びとはフェルニナを見下ろして、手を叩きながら笑っている。シズレも先ほどの借りを返したかのように、高々と笑っていた。

 フェルニナはこの悪夢が早く終わるよう、心の中で祈り続けた。

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