第24話 残酷な儀式
ガタン、という大きな揺れとともに、フェルニナは目を覚ました。
(ここ……どこ……?)
フェルニナは朦朧とする意識の中で、自分の置かれている状況を把握しようとした。全身に痛みがあり、動くのがつらい。やがて麻袋の中に入れられて、横たえられている状態だと気付いたものの、起き上がることができない。手と足がナワで縛られていたからだ。
「んんっ!」
口には布が詰め込まれており、言葉が発せなかった。フェルニナはパニックになってもがいたが、すぐに背中から誰かに押さえつけられた。胸が圧迫されて、息が苦しい。
(リナ、リナはどこ!)
フェルニナは、心の中でイリーナの名を呼んだ。同時に、これまでにあったことを思い出し、涙が込み上げてきた。
(リナ……)
養父であるソロキンにムチで打たれていた時、イリーナが危険をかえりみず、ソロキンを止めてくれた。イリーナが背中におぶって、必死に逃げようとしてくれたことも鮮明に覚えている。
だが、その後すぐに気を失ってしまった。命をかけて自分を助けてくれたイリーナは、いったいどうなったのだろうか。
(ああ……リナはきっとお父様に捕まったんだわ。私も殺されるのね)
いま自分を押さえつけているのはソロキンの部下で、命令されて自分を始末しようとしているに違いない――そう考えて、フェルニナはもがくのを止めた。
(殺されたらどこに捨てられるのかしら。森? 川? そう、川がいいわ。トルガ河がいい)
フェルニナの目の裏に、トルガ河の夜空に咲いた美しい花火と、イリーナの笑顔が鮮やかに浮かんだ。涙が止まらなかった。
(場所なんてどこでもいい。リナと一緒に死にたい……)
それから乗り物に揺られて、半日は過ぎたように思えた。途中、外から歓声が聞こえてきて、「オウジョサマ」という言葉だけが耳に残った。
しばらくすると、乗り物の揺れが止まった。麻袋の中から出されて、最初に目に入ったのは石の壁だった。
(ここはどこなの?)
フェルニナは、木製の台の上に座らされていた。その横には、黒髭を生やした男が無言で立っていた。フェルニナは思わず体をこわばらせた。
(この人は……見たことがない。お父様の部下じゃない。何だか変だわ、お父様なら情報漏洩を恐れて殺人を外注しないのに)
フェルニナは黒髭の男を警戒しつつ、辺りを見回した。じめじめして薄暗い部屋だった。恐らく地下室だろう。
右手にある扉から、誰かが話しながら入って来た。
「
「年ごろの娘がいましてねえ、いひひ」
「相変わらず趣味が悪い」
身ぎれいな若い男と、ボロのローブをまとった不気味な老人だった。この2人もソロキンの部下ではなかったので、フェルニナはますます違和感を覚えた。
「始めろ」
若い男が命じると、黒髭の男はフェルニナを台の上に押し倒し、胴体を鎖で固定した。あっという間の出来事だった。フェルニナにはもはや抵抗する体力も気力も残っていなかった。
黒髭の男は外に出た。部屋に残った若い男と不気味な老人は、台の上に拘束されたフェルニナを見下ろしていた。
(私をいたぶって殺すのね)
フェルニナは若い男を見た。前髪からのぞく無感情な目。フェルニナのことを、道具のように思っているのが感じ取れた。
しばらくして、若い男が言った。
「この娘の顔、亡くなった第一王子によく似ている。我ら氏族と同じ、金色の髪をしているのもちょうどよい」
不気味な老人は「いひひ」と唾をたらしながら笑った。
「一時的な身代わりとしては十分でしょう。グレン様はやはり有能ですなあ」
「……余計なことを口にするな。もういい。取りかかれ」
「このモルスにお任せください、いひひ」
モルスと名乗った老人は、ローブからナイフを取り出した。フェルニナの横に立つと、その服と肌着を切り割いた。真っ白で柔らかい腹部があらわになった時、フェルニナの全身がガタガタと震え出した。
(怖い……怖い!)
フェルニナは、口に詰め込まれた布を噛みしめながら嗚咽した。これから何をされるんだろうか。痛いんだろうか。苦しいんだろうか。
モルスはナイフを台の上に置くと、今度は別の物を取り出した。金色の宝石だ。
「これが何か気になるか、小娘?」
恐怖に震えるフェルニナを見て、モルスがいじわるそうに顔を歪めた。
「これは核石だ。あわれな娘の腹からえぐり出したものだ」
えぐり出した――その言葉に、フェルニナは震えが止まらなくなった。核石とは何か分からないが、そんな残酷なことをするなんて。
「我らが氏族……アウルム族の
「無駄口を叩かずにやれ!」
若い男――グレンが声を上げると、老人はまた「いひひ」と唾をたらした。
「申し訳ありません、グレン様。……さあ小娘、この核石は今からお前のものだ。良かったなあ。メルムのくせに、一瞬でもケルサスになれるのだから」
フェルニナは、モルスの言っていることの意味が分からなかった。ただ、これから恐ろしいことをされることは予想がついた。
「お前はセンタルティア王女になるのだ!」
モルスの手にある核石が、金色の光を発した。その瞬間、モルスの手から核石が浮かび上がり、フェルニナのみぞおちに突っ込んだ。フェルニナの腹部が、まばゆい光を発した。
フェルニナは言葉にならない衝撃と激痛にうめいた。間もなく意識を失った。
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