亡魂のセンタルティア―見捨てられた王女の革命物語―

みどうれお

第1部 ブリューソフ共和国篇

プロローグ

「いない、どこにもいないわ!」


 薄暗い部屋の中で、女が血相を変えて何かを探し回っていた。


「いったい何をしている?」


 黒いローブを着た男が、背後から問いかけた。女ははっとして振り返った。


宦官かんがん長様、実はその……いつも通りに寝かしつけたのです。その後すぐに私も寝たのですが、今朝になって起こしに来たら……姫様が……」


 そう言って女は、銀縁のベビーベッドに視線を向けた。宦官長と呼ばれた男は、驚いてベビーベッドを覗き込んだ。中は空だった。


「――それでも乳母か! 隣の部屋で寝ていながら、なぜ気付かなかった!」


 男が声を荒げると、乳母と呼ばれた女は涙目になって両膝をついた。


「申し訳ございません、宦官長様」


 乳母を見下ろしながら、宦官長は苦々しい表情を浮かべた。


「昨夜、あの者の姿が城下で目撃されている。姫様は誘拐された可能性が高い。あの下劣な者に……」

「まさか、まだ姫様を諦めていなかったとは」


 乳母は両手で顔を覆い、むせび泣いた。宦官長はベビーベッドに置かれた毛布に手をあてた。


「ぬくもりがない。連れ出されて時間が経っている。一刻も早く陛下に報告しなければ」

「私は侍女や衛兵たちに、事の次第を知らせてきます」

「何か分かったら、私に連絡せよ」

「承知いたしました」


 乳母はスカートをたくしあげて、部屋を飛び出した。間もなく回廊から侍女たちの悲鳴が響いてきた。


「陛下の治世が始まって以来、災難続きだったが……これは大事になるぞ」


 宦官長は深く息を吐くと、銀糸の刺繡がほどこされた毛布に目をやった。そして、冷たくなったそれをそっと折りたたんだ。

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