第18話 疑惑の釈放

 メレフの町にある警察署の一室に、イリーナは取り残されていた。窓から差し込む光は赤く、もう夕方になっていた。

 リシンは警察署に着くとすぐ、誰かに呼ばれたきり戻って来なかった。イリーナは警察官たちから訊問を受けていたが、昼頃からパタリと人が来なくなった。

 イリーナがぼんやりしていると、鉄扉の向こうから男の騒ぎ声が聞こえてきた。聞いたことがある声だった。声の主を思い出そうとしていたら、鉄扉が勢いよく開かれ、リシンが入って来た。

 リシンはイリーナを拘束していた手錠を外すと、鼻息荒く言った。


「おい、お前も来い!」

「え……どこに?」


 リシンはイリーナの問いには答えず、イリーナの腕を掴んで2階に連れて行った。奥の部屋の扉を開けるなり、リシンは中にいた白髪の男に詰め寄った。


「署長、もう一度説明してください!」


 署長と呼ばれた男は、その剣幕に思わず後ずさりした。


「リシン警部……ああ、何でその子を連れて来るんですか? 釈放してくださいと言ったでしょう」


 イリーナは驚いてリシンを見た。


(どういうこと? 私は自首したのに……)


 リシンは、突き刺すような目で署長を睨んでいた。署長は困ったように白頭をかいた。


「花火大会の日に、トラック運転手のエッボは、ソロキン社長の娘のフェルニナとトラブルになった。エッボはそのことで恨みを募らせ、ソロキン社長の家に侵入し、殺人事件を起こした……ということです。犯人はエッボです。ご理解いただけましたか?」

「よくできた絵図ですね。オクサリナが描いたのですか?」


 リシンは嘲るように笑った。署長は眉根をひそめて首を振った。


「これは極めてセンシティブな問題なのですよ、リシン警部」

「センシティブ? 単なる自己保身でしょう?」

「とにかく、エッボはすでに拘束しました。イリーナを釈放してください。小さな町の署長だからと、私を馬鹿にしているのですか。いくら本部の方とはいえ、これ以上の無礼は許しませんよ」


 署長は脅しに屈する気はなさそうだった。リシンはちっと舌打ちすると、イリーナの腕を掴んで強引に連れ出した。


「どこに行くんですか?」


 イリーナの問いに、リシンはまたも答えなかった。イリーナはもうどうにでもなれと思い、なされるがまま警察署の外に出て、停めてあった車に乗り込んだ。

 10分ほど走ると、首都に向かう幹線道路に入った。後部座席からリシンの表情は見えなかったが、様子が落ち着いてきたように感じたので、イリーナはまた尋ねてみた。


「オクサリナって内務大臣だよね。何で彼女の名前が出てくるの?」


 リシンの肩がぴくりと動いた。運転席のミラー越しにイリーナを観察してから、ようやく口を開いた。


「フェルニナに習ったのか」

「……私が勉強してること知ってるの?」

「花火大会の日の後、お前のことを調べた」

「やっぱり、私たちに目を付けてたんだね。それで、オクサリナのことと、私が釈放されたことはどういう関係があるの?」


 リシンはふんっと鼻息を出した。


「オクサリナがトップを務める内務省は、警察を管轄している」

「つまり、リシン警部も署長さんもオクサリナの部下なの?」

「その通りだ。オクサリナが署長に、ソロキン殺害の犯人を仕立て上げるよう指示したんだろう」

「そんなことして何の意味があるの?」

「ソロキン殺害の犯人は、フェルニナだと言う奴がいる」

「え……ニナじゃないよ!」


 イリーナは身を乗り出し、リシンに訴えた。


「私が殺したんだって。何で信じてくれないの?」

「俺も状況的にそう思っているが、ではどうやって3人を殺した? 3人とも何か大きな刃物のようなもので、一撃で体を切断あるいは穿通されている。うち1人は、えらく巨漢の男だ。そんなことが、お前に出来るのか」

「それは本当に覚えてなくて……でも、ニナだってそんなこと出来るわけない」

「魔法を使う、別の種族なら可能だ」

「ま、魔法……別の種族……?」


 イリーナには意味が理解できなかった。返答に窮しているイリーナを見て、リシンは口の端を歪めた。


「そうか、分からないか。だとすると、お前はフェルニナが魔法を使って3人を殺害した場面を目撃していて、フェルニナをかばって自首した……というわけではないんだな」

「かばっているわけじゃないよ。ニナが魔法って何?」


 イリーナはリシンの話の核心が掴めずにいたが、「魔法」という言葉を聞いて、以前フェルニナがしてくれた話を思い出した。確か、『未知の国々』の人びとが魔法を使うという話だった。


「……ならば作り話か。どうも分からないな。使者は一体何を考えているんだ」


 リシンはぶつぶつ言いながら車を走らせた。イリーナは、フェルニナが何か大きな問題に巻き込まれているのではないかと不安になった。


「ねえ、ニナは無事なんだよね?」

「さあな。病院に収容されたが、『未知の国々』の使者が連れて行った。もうすでに『未知の国々』に着いたかもしれん」

「ねえ、いったい何が起こっているの?」


 イリーナの問いには答えないまま、リシンはハンドルを切った。国道を下りると、北西に向かって車を走らせた。

 2時間ほど経って、ようやく車が止まった。イリーナが窓の外を見ると、そこには荒野が広がっていた。

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