第22話 仲間割れ

 家の外に出ると、若い軍人と、その隣にもう一人の軍人が、イリーナを待ち構えていた。

 2人とも背が高く、がっしりした体格な上に、黒い軍服と分厚い手袋、固そうなブーツを身に着けており、後ずさりしそうなほどの威圧感があった。しかも、鉄仮面をかぶっているせいで表情も読めなかった。


(何で私を助けたの……?)


 イリーナには状況が理解できなかったが、若い軍人がイリーナを「ケルサスだ」と言ったことは気になっていた。すると、隣にいる軍人が口火を切った。


「俺は一等魔法兵いっとうまほうへいのムスカだ。お前の名前は?」


 「一等魔法兵」とは聞いたこともない単語だったが、フェルニナから習った軍隊の兵科のことを思い出した。「魔法で戦闘を行う下級の兵士」といったところだろうか。


「私はイリーナです。ブリューソフから来ました」

「ブリューソフか。だから識別の腕輪バングルをしていないのか」

「識別の腕輪って何ですか?」


 イリーナが問うと、ムスカはイリーナの方に自身の左腕をつき出して見せた。


「これだ。我らケルサスは、この腕輪をはめることになっている。そうしないと、メルムが我らだと分からないからな」


 ムスカの腕輪は金色で、植物のような装飾が施してあった。ムスカの背後にいる若い軍人に目をやると、同じく金色の腕輪をしているのが見えた。

 ムスカはイリーナの視線の先に気付き、後ろを振り返った。


「あの不愛想なのは、レガトス。一等魔剣兵いっとうまけんへいだ」

「いっとうまけんへい……?」


 イリーナが呟くと、レガトスと呼ばれた若い軍人も視線を返してきた。レガトスは腕組みをしたまま無言だったが、イリーナを見定めようとしているのが分かった。イリーナは居心地が悪い思いがして、すぐに目を逸らした。


「あの、私はケルサスじゃありません。私はブリューソフで生まれ育ちました。たぶん、メルムだと思います」


 イリーナは自分の身の上について正直に話すことにした。タラスの話では、ケルサスが支配者で、メルムは奴隷だというから、ケルサスだと誤解されたままの方が都合はいいかもしれない。

 だが、右も左も分からない世界で、自分がメルムだとばれるのは時間の問題だ。身分を偽ったことが露呈した時のリスクの方が、はるかに大きいと考えたからだった。


「いいや、お前はケルサスだ」


 だが、レガトスがそれを否定した。


「間違えるわけがない。体内に核石コアがある」

「核石って?」

「我らの生命の源だ」


 レガトスがイリーナの腹の辺りを指さすと、イリーナは思わずみぞおちに手を当てた。


(体の中に核石……生命の源……?)


 思い当たる節があった。最近やたらとみぞおちの辺りが痛むし、そういう時に限って妙に力が湧いてくるのだ。


(私がケルサス? ブリューソフで生まれ育ったのに?)


 イリーナはふと思い出した。イリーナの母親が、「私の子供じゃない」と言ったことだ。


(あれは本当のことだった……?)


 イリーナが考えていると、ムスカが急にイリーナの肩を引き寄せた。イリーナは驚いて言った。


「あの、何するんですか?」


 イリーナは肘を立ててムスカの胸元を押しやり、引き離そうとした。だが、ムスカはかえって強く抱き寄せてきた。


「触れ合った方が感じるはずだ」


 ムスカの鼻息がイリーナの額にかかった。その瞬間、胸がムカムカしてきた。


「感じるって……何がですか?」

「核石から滲み出る『気』だ。感じるだろう?」


 だが、イリーナは何も感じなかった。それよりも、素顔すら知らない男にいきなり密着されて、嫌悪感が強く沸き起こった。ムスカは信用に足る人物ではないとイリーナは判断した。


(この人たちにかかわるより、フェルニナを追わないと)


 自分のことは後で考えればいい。それよりも、本題に入らなくてはならない。どうやってアウルム王国に行くかだ。


「放してください」


 イリーナがムスカを押しのけると、ムスカはやや不満そうに言った。


「まあいい。詰所に行くぞ。これからお前の身元調査を行う。ブリューソフからケルサスが来たなんて一大事だからな」

「詰所には行きません。私はアウルム王国に行くんです」

「アウルムだと? なぜだ?」

「友達を助けるためです。なぜかアウルム王国の王女だと勘違いされてしまったんです」


 一瞬の間があってから、ムスカは大声で笑い出した。


「我がアウルム王国のセンタルティア様のことか! 誘拐されたが戻って来たのだ。めでたいことだ」

「せんたるてぃあ……って、本当の王女の名前ですか?」

「『本当の』とはどういう意味だ。王女は王女だ」

「センタルティアじゃなくて、フェルニナです。間違えられたんです」

「間違えただと? 不敬にも程があるぞ」


 ムスカの声がやや低くなったが、イリーナは語気を強めて言った。


「不敬とかどうでもいいんです。どうか連れて行ってください」

「だから、俺は詰所に来いと行っている」

「私はアウルム王国に行きたいんです!」


 イリーナの強気な態度に、ムスカは喉をうならせた。しばらくの間、2人は睨みあった。


「俺が連れて行く」


 そう言って、ムスカとイリーナの間に割って入ったのはレガトスだった。


「レガトス、勝手なことをするな。こいつは俺の女に……」


 ムスカはレガトスの肩を掴もうとしたが、レガトスはそれを払いのけた。


「ついて来い」


 レガトスはイリーナに向かってそう言うと、町の方に向かって歩き出した。ムスカが叫んだ。


「おい、待て!」

「……来ないのか?」


 レガトスはムスカを無視して、イリーナについて来るよう促した。


(もしかしてこの2人、仲間割れしてる?)


 イリーナは困惑しつつも、アウルム王国に連れて行ってくれるというレガトスの方に駆け寄ろうとした。その様子を見たムスカは、イリーナに手を伸ばしその腕を掴んだ。その瞬間――強烈な痛みが走る。


「いっ……つ……!」


 イリーナは顔を歪め、地面に膝をついた。


「行くんじゃない、ここにいろ!」


 ムスカがイリーナの右腕をさらに強く掴んだ。ムスカの指が腕の肉に食い込み、今にも腕が潰されそうだった。男だから握力が強いというのではない。ムスカの握力が強すぎるのだ。

 イリーナが痛みに耐えかねて、許しを乞うべきか迷った時だった。イリーナの頭上から水がしたたり落ちてきた。


「え……」


 赤く染まったそれは、イリーナの肩を伝って腕の方に流れていく。それが水ではなく血だと理解するや否や、ムスカの体がイリーナにもたれかかってきた。


「レガ……トス……裏切りやがってえぇ……」


 イリーナの頭上でムスカの断末魔が響く。イリーナはぞっとして、咄嗟にムスカの体を押しやって抜け出すと、少し離れたところからムスカの方を振り返った。

 ムスカはみぞおちを長剣で貫かれ、腹や口から大量に流血しており、立ったままうなだれていた。ムスカを貫いた長剣を握っていたのは、レガトスだった。

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