第11話 理由
「ふぅ……一発撃っただけでこんなにつかれちまうとは、やっぱ15年のブランクはデカいか。まあ歳のせいってのもあるしな」
「爺さん……」
俺から見た爺さんは化け物。その一言に尽きる。
「まあこれで、俺が強いって事は分かったよな?」
「ああ、想像以上……ていうか、ぶっ飛んでる」
「じゃま、話を戻そうか」
爺さんが首を振って肩をこきこき鳴らし、改めて俺を真っすぐに見つめる。
「俺達の引退の話だが、そのきっかけは嫉妬だ」
嫉妬。爺さんは一体何に嫉妬したと言うのだろうか?
目の前で見せられた化け物じみた力。そしてその力で、冒険者として敵なしだった爺さんがする嫉妬。それが何なのか想像もつかない。まあ強さが関係ない見た目や知能関係なんかだと話は変わって来るが、冒険者引退の話で流石にそれはないだろう。
「ワシのパーティー鬼道隊は、並ぶもののない最強の冒険者パーティーだった。だがそんなワシらの前に、あいつが現れた」
「あいつって?」
「破竜帝、ジークフリート。シグムント帝国……いや、この世界最強の男だ」
世界最強ね……まあ化け物みたいな爺さんが言うんだ。最強かどうかは置いておいて、最強クラスってのは疑いようがない。
「初めてあいつに会ったのは、王族の開いたパーティーだった。ワシらは当時、駐留していた国の王家に誘われてそれに出席したのさ。そこで出会ったのが、シグムント帝国の若き皇子、帝位を継ぐ前のジークフリートだった」
かつての事を思い出してでもいるのだろうか、爺さんの顔が苦々しい物へと変わる。
「奴を見た瞬間、背中に電撃が走ったよ。相手はまだ15歳になったばかりの若輩。なにのワシは分かっちまったんだ。そいつがワシよりずっと強いってな」
見ただけで相手の強さが分かる、か。まあ爺さんぐらい強いとそうなんだろう。
「ショックだったよ。50年近く、わき目も降らず強さだけを求めてきたワシよりも、たった15のガキの方が強いんだからな。だがまだそれだけなら、少々強めのショックを受けただけで引きづる程じゃなかった」
「何かあった、て事か」
「何かって程じゃない。ただ目が合って、そして奴はワシらを鼻で笑った。ただそれだけの事だ。だが、ワシはそれが我慢ならなかった。あいつほどの力の持ち主ならわしらの――鬼道隊の力は理解できたはずだ。その上で、鼻で笑いやがったんだ。お前らなど、相手にする価値もないと言わんばかりにな」
俺から見たら、爺さんは化け物以外何物でもない。そんな相手すら、鼻で笑う更なる化け物の皇子。異世界ってのは恐ろしい場所である。
「あんな屈辱は生まれて初めてだった。相手が帝国の皇子でなけりゃ。あそこが王族の開いたパーティーじゃなけりゃ。間違いなく殴りかかってただろうな。まあ流石にそれをすると洒落にならない事になるから、ぐっと堪えたが」
少し興奮気味だった爺さんが軽く溜息を吐く。
「まあハラワタが煮えくり返る思いだったが、ワシはこう怒りを鎮める為にこう思う事にした。確かに単独の強さでは相手が上だ。だがパーティーでなら負けていない、とな。仮にジークフリートが近衛騎士を数合わせで引っ張ってきも、こっちには長年培った最強のチームワークがある。だから同数同士で戦えばこっちが上だ。そう考えてその場は怒りを抑えた」
単独と集団戦では勝手が違う事ぐらい、素人の俺でもわかる。スポーツでも、チームワークは個人の技量より優先される事が多いからな。もちろん凄い個人技の選手がチームを引っ張ると言う事もあるが、そう言う場合でも個人技が目立っているというだけで、連携もちゃんと身に着けているのが常だ。
だから、爺さんの考えの切り替えは間違っていない。と、少なくとも俺は思う。
「で、そこから暫くは普通の日常。まあ要は、チームによる無双が続いた訳だ。何せ鬼道隊は最強だったからな。だがある日、とんでもない一報が飛び込んで来た。ジークフリートが、単独で魔竜を撃破したと」
話の先は容易に想像がつく。爺さんは、自分のパーティーなら皇子より上だと考える事で傷ついた誇りに対する怒りを収めている。だが相手は魔竜狩りというとんでもない偉業を果たして見せた。自分達を最強のパーティーと自負する爺さん達ですら、手に入れていない偉業を。
なら――
「それを知って、俺達はいてもたってもいられなくなった。あいつに出来て、俺達に出来ない訳がない。そういう結論に達し、俺達も魔竜狩りに挑んだ」
――まあそうなるよな。
「結果は昨日話した通りだ。パーティーは俺以外全滅。我ながら愚かな話だ。下らないプライドに拘りさえしなきゃ、仲間は死なずに済んだってのによ」
そして爺さんはパーティーの資産をすべて処分し、亡くなった仲間の遺族にそれらを全て渡して、姿を変え過去を捨て、放浪者として街を転々として無気力に過ごして来た。というのが、昨日爺さんから聞いた話だ。
「えーっと、爺さんが魔竜に挑んだ理由はまあ分かった。けど……それと俺を弟子にする事に一体何の繋がりが?」
全然わからん。もしかしてパーティーを再結成する為のメンバーとして俺を選んだ?けど話を聞く限りじゃ、過去を忘れて新しくパーティー作ろうって感じではない気がするんだが。
「ジークフリートはワシらを鼻で笑った。それは自身が強者だと言う、絶対的自信から来るもんだ。ワシはその鼻っ柱をへし折ってやりたい」
絶対者の鼻っ柱をへし折ってやりたい。その言葉で俺は何となく察する。
「えーっと、つまり……俺を鍛えてジークフリートより強くして、世の中お前より上がいるんだと知らしめたい、と」
自分で見返すのではなく、他人頼り。まあ完全に他人任せとは言わないが、何というかこう……果てしなくちっさい復讐と言わざる得ない。
「まあ……自分でも器のちっさい事をしようとしてるのは分かってるさ。けどこのままじゃ、死ぬまでもやもやしっぱなしだ。小さくてもいいから、ワシはやり返したいんだよ」
俺の冷めた視線に気づき、だが言い訳せず、ハッキリと、小さくてもいいからスッキリしたいと爺さんは言い放つ。
「まあ老人の人生最後の楽しみだと思って、ワシの弟子になって強くなってくれ」
「うーん……」
正直、うーんと言わざる得ない提案だ。強くなれるというのは、俺にとっては有難い申し込みと言える。元の世界に返る方法を見つけるにあたって、絶対的な力は確実にアドバンテージとなるだろう。
――だが、大きな問題が二つある。
一つは、そもそも俺がそんなに強くなれるのかという疑問だ。いや、ぶっちゃけ俺は天才だよ。けどそんな俺から見ても、目の前の爺さんは規格外と言わざるを得ない。しかもそんな相手を、15歳で鼻で笑う程の強さを持った皇子――さらに強くなっている可能性のある現皇帝。
それよりも強くなるって……いーや、いくら天才でも流石に無理があるだろ。要求値が高すぎて天井突き破ってるにも程があるわ。
まあ仮にだよ。仮に、俺にジークフリートを超えるだけの才能があったとしよう。それを大前提に仮定してだな。そこに至るまでどれだけの時間がかかるのかって話だ。一年二年位ならまだ分る。だが、下手したら十年以上かかってもおかしくはない。
そんなもんに付き合ってられるか!という話である。なので断らせて貰う。
因みに、皇帝越えを狙う気はないが、騙して爺さんに鍛えて貰うという方法は無しだ。年寄りの人生最後の願いに、そんな卑劣な真似をする気にはなれないし、何より、爺さんより強くなる前にそれがバレたらその場で殺されかねない。余りにもリスクが大きすぎる。
「爺さんには悪いんだけど……」
「いやいや待て待て!なんで断ろうとする!?ワシは確かにジークフリート程じゃないとはいえ、努力も才能もぴか一だ!そんなワシの元で修行すれば、間違いなく誰よりも早く強くなれるんだぞ!?お前さんは強くならなきゃならないんだから、どう考えてもワシの弟子になるのが一番だろうが」
断ろうとすると、爺さんが興奮してまくし立てて来る。必死なのは良いとして、その中でちょっとだけ引っかかる言葉があった。それは――
「お前さんは強くならなきゃならないだろう?」
――この一言だ。
俺の事情は何も話していない。なのになぜ、爺さんはそう思ったのか?
「ああいや……あんまり他人の詮索をするのは好みじゃないんだが……お前さんあれだろ?」
「あれって?」
「異世界から召喚された勇者だろ?」
異世界から召喚された勇者。その爺さんの予想外の一言に、俺は思わず固まってしまう。
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