第25話 狼煙

「くくく……見事だ」


 魔王は教会のゲートからフェイガル王国の首都に乗り込み暴れ、その結果、王家や騎士団は壊滅的な打撃を受ける事となる。その後彼は更なる強敵を求め、シグムント帝国へと移動する。


 だがそこは破竜帝の領域テリトリー。即座にその気配を察知したジークフリートは、魔王の討伐に動き出す。


 そしてぶつかり合う魔王と、大陸最強の超戦士。山が消し飛び。広範囲の地形を変え。その衝撃音は遥か離れた街々にまで轟き渡り、人々を震え上がらせた。


 その凄まじい戦いは数時間にも及んだが、やがて決着が訪れる。勝利したのは――


「本来の力ではないとはいえ、まさかこの我が破れる事になるとはな」


 ――黒髪黒目の巨漢の偉丈夫、破竜帝ジークフリートだ。


「人型種と言う、脆弱な生物でありながらこの強さ……十七年前に戦った人型の勇者も相当だったが、貴様は更にその上を行く」


 魔王はかつて自身に挑み、そして死んでいった勇者の姿を思い出す。彼は自らの統治する世界で、人類を滅ぼしてはいなかった。その最大の理由が、その勇者の存在だ。脆弱な生物であっても、努力次第で自信を満足させるだけの強さを得る事が出来る。そう判断したからこそ、魔王は人を滅ぼさなかった。


 そして人族の中で優れた者が出て来て居ないかと、人の姿に化け、その生活圏にお忍びで忍び込んだ状態をコピーされ、勇者として召喚されたのが弧の魔王である。召喚された時、彼が人の姿だったのはそのためだ。


「実に見事だ」


「私には、皇帝としてするべき仕事が山ほどある。悪いが、これ以上お前に割く時間はない。トドメをささせて貰うぞ」


 ジークフリートが手にした大剣を、片手で上段に構える。


「くくく……冷たい物だ。だが、敗者をどう扱うかは勝者の権利だからな。とは言え……このまま終わるのは癪というもの」


 魔王の全身から、赤い魔力が迸る。それは爆発的に膨れ上がり、周囲を真っ赤に染める。


「自爆する気か……」


 それが自爆であると判断したジークフリートは、後ろに大きく飛んで間合いを離した。


「そんな捨て鉢の攻撃で、私を倒せるとでも?」


「はははは!これは攻撃ではない!狼煙のろしだ!!」


「……狼煙だと?」


「そう、私の本体オリジナルへと送る狼煙。いや……道標と言ってもいい」


「……」


「我の放った痕跡から、いずれオリジナルがこの世界にやって来るだろう。そこで再戦といこうではないか。精々……それまでに強くなって置く事だ。死にたくなければな!」


 魔王が右手を頭上に掲げた途端、その肉体が崩壊し、膨大な赤い魔力が上空へと打ち出された。それは空を穿うがち――世界を貫き、外界へと放出される。


 魔王が口にした様に、それはコピー元であるオリジナルへと送られた狼煙であり道標。やがてその痕跡を辿り、この世界へと自力でやって来るだろう。今回倒したコピーよりも遥かに強大な力を持つ、真の魔王が。


「……」


 ジークフリートは、上空に開いた穴をじっと見つめる。魔王の言葉が事実ならば、それに備える必要があるのは間違いない。だが果たして自分は、今以上に強くなれるのか?そんな疑問が彼の脳裏には浮かんでいた。


「奴が最初に口にした半分程度というのが事実ならば。個で倒すのは無理がある……か。少なくとも、勝つには私と同水準の者が最低二名は必要だ」


 果たしてそんな人間がいるのだろうか?現実的に考えて、それは無理があった。ならば、品質レベルは落ちても数をそろえるしかないとジークフリートは考える。


「集中的に教育する機関を設立しなければならんな。それに各国に通達し、有望な素質を持つ者を集める必要もあるか」


 魔王のオリジナルがどの程度の時間でやって来るか分からないため、行動してもそれは無駄に終わる可能性があった。だが何もせず諦める事など選択肢にない以上、動く以外の選択肢はない。


「厄介な事だ。只の捨て台詞ならば助かるのだがな……」


 ジークフリートは大剣を背中の留め具にかけ、空を見上げたまま自身の願望を呟く。


 そんな訳がない事は、目の前で魔王の目を見ていた彼は重々承知の上だ。だが、呟かずにはいられなかった。あまりに唐突に発生した世界の危機に。

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