第26話 治療

「っ……く……夢じゃなかったみたいだな……」


 目覚めた俺はゆっくりと体を起こし、自分の胸元に手をやって確認する。魔王によってぶち抜かれたはずの穴は、跡形も無く塞がっていた。


「九死に一生ってのは、正にこの事だろうな」


 死の瞬間、地球にいた自分と繋がり、そして命を共有した事で起こす事が出来た奇跡。そしてその奇跡を可能にしたのが――


「お守り……役に立ちましたよ、師匠」


 ――俺の指に嵌まっている、勇者との戦いの際中師匠から渡された指輪だった。


「しかし……世界を越えて自分と繋がるのが効果なのか?いや、流石にそれはないよな……」


 それを効果と考えるには、いくら何でも限定的すぎてもはや意味不明レベルと言っていい。きっと本当の効果はもっと別な物で、その影響で地球と繋がったと考えた方が妥当だろう。


 とにかく、この指輪が俺とオリジナルを繋げてくれたお陰で俺は命拾いした。それだけは確かである。


「ところでここは……」


 場所は大きな天幕の中の様に見える。周囲を見渡すと、包帯を巻いた大勢の人達が御座の上に並べられていた。


「病院……か?」


 それにしては粗末だ。異世界なので日本の病院の様な施設はない。だが町並みから考えると、いくら何でもここまで酷くはないはず。考えられるとしたら――


「勇者……いや、魔王が暴れて施設を壊してしまったか。もしくは怪我人が多すぎて収容しきれなかった。もしくはその両方か、だな」


 因みに、超絶級魔法セブンスマジックであるヒールを使える者は相当限られている。難易度もそうだが、必要となる魔力の量も同レベル帯ではかなり多いからだ。俺は魔王との戦闘中ジャンジャン使っていたが、それは師匠との訓練で魔力も同時に限界まで伸ばしていたから出来たに過ぎない。


「普通の病院じゃ、せいぜい上級魔法フォースマジック自己治癒力強化プチリジェネがせいぜいだろうな」


 自己治癒力強化プチリジェネの効果は、回復力や免疫力が若干上がる程度の魔法だ。ゲームの様にHPがガンガン回復する様な物ではなく、自然治癒の速度がほんの少しがる程度に過ぎない。まあ気休めよりかはマシレベルだが、即効性は皆無である。


「あ、お目覚めになられたんですね!」


 天幕の中に、白いローブを身に纏った女性が入って来た。彼女は俺に気付くと小走りで此方へとやって来る。


「外傷ももないのに五日間も眠っていたので、心配していたんですよ」


 ……五日か。


「怪我も何も見当たらないのに、意識不明だった訳ですから」


「ご心配おかけしました」


 目に見えるダメージなら治療のしようもあるが、見えないダメージは手の施しようがないからな。治療側から見たら、助かる大怪我を負っている人間より、意識不明で昏睡していた俺の方が厄介な患者だった事だろう。


「目が覚めて本当に良かったです。今の状態じゃ碌な物資も見込めませんし……砂糖水を口に含ませる程度の方法じゃ、長く続いたら栄養失調による衰弱死の可能性もありましたから」


 地球でなら点滴なんかが受けられるが、この世界にはそう言った物はない。物資の乏しい中、砂糖水を口に流して対応してくれていた様だが、それでは彼女の言う通りそう長くはもたなかっただろう。


 ……いやまあ俺は地球の俺と繋がってるから、実は大丈夫なんだが。


「今はどういう状況なんですか?この惨状は、やっぱりあの化け物が暴れまわって……」


 俺は周囲で寝かされている怪我人を見渡してから、女性に今最も知りたい事を訪ねる。そう、勇者――いや、魔王のその後の行動だ。


「……少々、ショッキングな話になりますが――」


 俺が尋ねると女性は少し逡巡しゅんじゅんしてから、意識が不明の間の事を語りだした。話の内容は大きく分けて三つ――


 王国第二騎士団の壊滅に伴い、王都から騎士団が続々とこの街へ押し寄せ、魔王との戦闘になる。だが当然勝ったのは魔王で。その結果、街は半壊。


 その後、魔王は軍が使っていたゲートを使って逆に王都へと侵攻。王家の人間の多くを殺し、その首都も壊滅させている。


 更に奴は破壊活動を続けながらフェイガル王国からシグムント帝国へ移動し、そこで破竜帝ジークフリートと激闘を繰り広げ――そして魔王は死んだ。


 以上が、俺が意識不明だった時の流れである。


 たった五日で、どんだけ暴れまわってんだよ……


「そうですか……」


 しかし……魔王が死んだ、か。


 あの化け物のとんでも無さをその身で実感させられた俺からすれば、それはにわかには信じがたい話ではあった。だがまあ、それだけジークフリートが強かったという事なのだろう。


 流石は師匠の心を折った相手だけはあるな……


 強くなって魔王に報復するという目的は消えてしまったが、あれが野放しでいるよりかは遥かにましだ。そう考える事にするとしよう。


「よっと……」


「あ、まだ動かないでください」


 俺が起き上ろうとすると、女性が止めて来る。


「大丈夫です。からだの調子はすこぶるいいんで。それより、俺はヒールが使えるんで、治療を手伝いますよ」


 周囲には怪我に苦しむ大勢の患者がいる。五日経ってもこの状況だ。明らかに治療の手が足りていないのは明白である。


 高難易度魔法のヒールを連発するのは、力のひけらかしに等しいんだが……


「え!?本当ですか!?」


「ええ。魔力量には結構自信があるんで、任せてください」


 流石に自身の利益のために、この状況を見て見ぬ振りが出来る程俺も冷徹ではない。まあ騎士達はガッツリ見捨てている訳だが。彼らはそれが仕事で、かつ、俺や師匠の命もかかっていたからってのがある。


 つまり、状況がまるで違うって事だ。そして状況が違えば、必然的に行動も変わって来る。ま、そういう事だ。


「高名な魔法使い様だったんですね。見ての通り……自己治癒力強化の魔法やちょっとした薬品ではとても対応しきれていなかったので、ヒールを施して頂けるのなら助かります」


 取り敢えず、俺は重症な患者から優先的にヒールをかけて治療していく。数日程。その事で無駄に有名になってしまったが、まあもうこの街に残る意味もないから良いだろう。


 ……どこか別の街に移って、そこでは別の名前を名乗るとするか。

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