第52話 二倍

「ふう……さて、それじゃあワルツを使うとしようか。ああ、この能力は受ける側と僕とで一緒に踊る必要があるんだけど……まあ天才の君ならもう踊れるよね?」


 アトモスが机の端に来て、笑顔で俺に手を差し伸べてくる。が、俺の勘が告げている。これは真っ赤な嘘だ、と。


「そういう冗談は良いんで」


「ふふふ、僕の冗談に気付くなんてやるねぇ。流石は天才だ。まあでも、僕が踊るってのは本当の事だけどね。ワルツって名前な訳だし。という訳で、手を出してくれるかい?」


「ああ、はい」


 流石に今度は本当っぽいんで、アトモスが差し出している手に俺は触れる。


「では……らららー」


 アトモスが踊り出すと同時に、体にそれまでなかった感覚が突如生まれる。これはなんて言えばいいのだろうか。心臓が増えた様な……そんな感覚なのだが、それを的確に言語化するのは難しい。


 まあとにかく、俺の持つ魔力と、そしてアトモスの持つ膨大な魔力が一つに繋がったのは確かだ。


「これがワルツ……」


「さあ!魔法を!らららー」


 スキルが発動しても、アトモスは踊ったままだ。恐らくだが、踊っている状態でなければワルツの効果が継続できないのだろう。まあ、単に踊りたくて踊ってる可能背も無くはないが……


「分かりました」


 俺は魔法を展開する。流石に五千個以上もあると、一瞬でという訳にはいかない。陣を頭の中で描く事自体は一瞬だが、そこに魔力を込めていく手順でどうしても手間がかかってしまう。


 百個ぐらいまでならコンマ差でチャージも出来るが、流石に五千個ともなるとな……


 魔力のチャージには順番があり、間違ったり同時だとエラーが出てしまうため、正確に順番を守る必要があった。多少ならほぼ同時に近い形で順番通り出来るが、これだけ数が多いと流石の俺も完璧に制御するというのは難しい。


 正確に計測してはいないが、たぶん2分ぐらいかかっっただろうか? とにかく。魔法が完成したので俺はそれを発動させる。


「ドッペルゲンガー!」


 魔法は成功。無事発動した事で、俺の中からもう一人の俺が生まれ出た。感覚だけでも分かる。間違いなくこいつはもう一人の俺で、その能力は全く同じだ。これで戦力二倍。そう考えるとかなり強力な魔法と言えるだろう。


 但し、自在に扱えれば……の話ではあるが


「……」


 体を動かしてみて、俺は眉を顰める。


「ふふふ、分身と分けて動くのは凄く難しいだろう?」


「「はい」」


 そう、難しいのだ。本体と分身を分けて動かすのが。


 ゲームでパッドやキーボードを使ってキャラを動かすのとは次元が違う。分身と感覚が完全に繋がっているため、どちらかを動かすと、もう片方も自動的に同じ動きをしてしまう。


「「それに、維持自体もきついですね……」」


 通常の魔法は、放てばその時点で魔法陣の維持が必要なくなる。だがこの魔法は、発動中は常に脳内に魔法陣を維持しなければならない仕様となっていた。これを怠ると、分身は直ぐに消えてなくなってしまう。


 まあこれは最初っから分かっていた事なので、想定内ではあった。但し、これにプラスして負荷がかかるとなれば話は変わって来る。それは――


 感覚が二倍になってしまう事だ。


 さっきも言ったが、本体と分身は完全に感覚が繋がっている。そのため、視覚聴覚嗅覚触覚など、全ての感覚が二倍に増えてしまっていた。人間が体で感じ取る情報は案外多い。一つだけなら脳の方で適正に処理が行われるが、それが倍増すると処理しきれずに不具合が発生する。


 まあ当然ではある。二つも体を持つこと前提に、人は出来ていないのだから。だから情報が増えた事による負荷は、俺が自らの意思で修正して処理する必要があった。


 陣の維持と感覚の倍増。どちらかひとつだけなら、そう問題はなかっただろう。だが、二つ同時となるとその負荷は想像を絶する。天才の俺でも、この状態を長く維持するのは難しいと言わざる得ない。


 しかもこの高負荷状態で、別々に体を動かす何て完全に無理ゲーだぞ……いや、待てよ。


 その時、ふと思い出す。アトモスが俺の目の前で魔法を使った時の事を。彼女は確かに極短時間しか維持できていない。だが、強い負荷を感じている様子は全くなかったし、本体と分身の動きは別々だった。


 そもそも、俺ですらこれだけきついのだ。ごく短時間とは言え、彼女が涼しい顔でいられる訳がない。きっとそれを可能にした何かがある筈である。


「「ひょっとして……維持や、体を動かすのに何かコツとかがあるんですか?」」


「ふふふ……鋭いじゃないか。その通り!短時間で私の魔法が解けたのは維持自体が出来なかっただけであって、体を分けて動かすのは天才的技術があれば解決するのだ!!らららー」


 アトモスが踊り出す。止めたかったが、負荷の大きさから一瞬遅れてしまう。まあ感覚になれる練習と割り切り、黙って踊り終わるのを待つとする。


 あ、因みに、魔法の維持には一切魔力は掛からない仕様となっている。なので発動さえさせられれば維持に魔力は不要だ。


「「実質無料!」」


 うん、なんとなく言ってみただけ。特に意味はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天才ですが何か?~異世界に召喚された俺、クラスが勇者じゃないからハズレとして放逐されてしまう~だがやがて彼らは知る事になるだろう。逃がした魚が天に昇る龍であった事に まんじ @11922960

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画