第17話 強者を求めて
「セイクリッドプリズン!」
内側から爆破されたにもかかわらず、平然と立ち続ける勇者。その姿を唖然と眺める王女エナイスとは対照的に、大司教アルダースは落ち着いた様子で魔法を放つ。彼がこれだけ冷静なのは、勇者に賭けられたセーフティーに対して絶対の信頼を置いていないからだ。
――セイクリッドプリズン。
それは
更に付け加えるなら、この魔法は対象を拘束するだけであり、外部からの衝撃や攻撃に干渉する事は無い。つまり――
「ゴンザス殿!」
「任せて貰おう!デストラクションサンダー」
――そのまま攻撃を仕掛けられると言う事だ。
ゴンザスが放ったのは、
この世界の魔法は12に区分されている。
魔法としての強さは上げた順番で倍増して行き、
それどころか更に一つ下の
――頭上から勇者へと猛烈な雷が降り注ぎ、その肉体へと突き刺さって爆発する。
「きゃあっ!?」
その凄まじい衝撃に、比較的近くにいたエナイスが吹き飛ばされるが、その体をアルダースが優しく受け止める。
「緊急事態でしたので、申し訳ありませんな」
「構わない。これぐらいどうって事は無いし、あんな化け物が相手じゃ仕方ない事だもの」
「ご理解いただき感謝いたしますぞ」
雷が勇者に向かって降り注ぎ続ける。一発一発に絶対の破壊力が込められたこの魔法の威力は、全ての雷を合わせればベゼルの放つ鬼功砲にすら匹敵する程だ。衝撃で勇者の足元の石畳みが弾け飛び、魔法の鎖で動きを封じられているその体が打ち付ける雷によって地面へと沈み込んで行く。
「流石に……これを受ければあの化け物でも一溜りもないでしょうね」
雷が収まり、その後には巨大な
「いい……攻撃だ……」
――穴の中から、勇者の巨体が飛び出して来る。
その肉体は魔法の鎖によって縛られ、全身から煙を上げてはいるが、その不敵な笑みを浮かべる姿から健在である事は疑いようがない。
「ば……馬鹿な……私の
その事に最もショックを受けたのが、
「くっ!撤退よ!この場は放棄するわ!!」
未だセイクリッドプリズンに拘束されたままとは言え、自分達の手には負えない。そう判断したエナイス姫が撤退の指示を出す。だがショックの余り、ゴンザスは呆然自失でそれに反応できなかった。そのため、周囲の人間が慌ててゲートを通って撤退する中、彼だけが取り残される羽目となる。
「じゃま……くさい」
「ひっ……」
勇者が魔法の鎖を手で掴み、そして無造作に引き千切った。その段になって、ようやく彼は正気に戻る。そして慌ててその場から逃げ様とするが、勇者の巨体が素早く動いてそれを阻んだ。
「もっと強い……攻撃は……ないのか?」
勇者がかがみ、逃げ遅れたゴンザスの顔を覗き込む。死という言葉が彼の脳裏に浮かび、その恐怖からパニックになったゴンザスが攻撃魔法を放つが――
「ライトニングボルト!ライトニングボルト!!」
――低位の魔法如きでは、目の前の化け物は小揺るぎもしない。
「ライトニングボルト!!ライトニングボルト!!」
それが効いていないと分かっていても、ゴンザスはその魔法を連発する。
先程放った
そもそもそれ以前に、彼に精霊級魔法を二発も撃てる魔力自体なかった。だから彼は魔力の続く限り、使い慣れた低位の攻撃魔法を乱発する。もし正気だったならそれが無駄な行為だと気づけただろうが、恐怖にかられた今のゴンザスに、そんな正常な判断力はなかった。彼は魔力が切れるまで狂った様に魔法を連発する。
「ライトニングボルト!!ライトニングボルト!!ああ、くそっ!ライトニングボルト!!ライトニングボルト!!ああああああああああ!!!!ライトニングボルト!!!ライトニングボルト!!!」
魔力が尽きる。だがそれでも、彼は狂った様に魔法を発動させようと藻掻く。見ると股間は濡れており、その瞳からは涙は溢れ出していた。
「つま……らん……」
魔力が付き、目の前で魔法の名を喚くだけのゴンザスに向かって勇者が無造作に手を伸ばす。そしてその頭部を掴み、一気に握りつぶした。そして彼は振り返り、エナイス達が退避した神殿――ディバイン教会へと繋がるゲートの中へと入って行く。
「む……」
その先には、武装した教会独自の僧兵達が待ち構えていた。とは言え、そのレベルは大司教であるアルダースは元より、エナイス王女よりも低い。たとえ数を用意したとしても、勇者には敵わないだろう。
彼らの目的はあくまでも時間稼ぎ。そう、王女エナイスと大司教アルダースを逃し、また王女が連れて来る国軍が到着するまでの時間稼ぎである。
それが分かっていながらも、彼らは迷わず命をかけて戦う。何故なら僧兵達は神に仕える存在で、目の前の
もっとも、その決死の覚悟に意味はなく――
「魔法を放て!」
ずらりと並んだ僧兵は全て魔法の使い手だ。号令に合わせて一斉に光属性の魔法が勇者に降り注ぐ。
「むか……ち……」
その魔法のレベルから勇者は一瞬で相手の力量を推し量り、態々攻撃を受ける価値もないと判断する。勇者の足元が衝撃に爆ぜ、次の瞬間その巨体が僧兵達に襲いかかった。
「がぁっ!?」
「へぎゃぁ……」
「ぶべらっ!」
勇者が動き腕を振るう度、僧兵達の肉体が粘土で出来たオモチャの様にねじ切れ飛び散る。それは戦いと呼べる物などではなく、唯々圧倒的な蹂躙であった。
「ひぃぃ、助けてくれ!」
「うわぁぁぁ!!」
その悪魔を思わせる虐殺への恐怖に、自らの使命を放棄して逃げ出す者も出て来る。だが、彼らがその場から逃げ延びる事は出来ない。勇者は逃亡を許さず、その全てを蹂躙し尽くす。
「どっち……だ?あっち……か……」
全てを肉塊にかえ、血の海に立つ勇者が鼻を引くつかせる。彼の優れた嗅覚は、エナイス姫達が逃げた方向を正確にかぎ分けた。そして歩みを進める。この神殿にある、王都へと繋がるゲートへと向かって。
「ん?」
だが数歩進んだところで、彼は突然歩みを止めて別の方向へと視線を向けた。それは、神殿の近くにある街の方角だ。
「におう……強い奴の……におい……それも……二人……」
勇者が何かを感じ取り、体の向きを変える。それは予感。強敵の。
「たの……しみ……」
勇者の口元は楽し気に歪み、その目を細めた。
そして一瞬屈んだかと思うと、新たに感じた強者の方角へと跳躍する。
――彼は向かう。
――戦う価値のある者達。
――赤鬼ベゼルと、
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