第20話 vs勇者③

「師匠!」


 勇者が俺の拳を受けて吹き飛ぶ。その隙に俺は師匠の元へと駆け寄った。別に怪我の具合を心配した訳ではない。そもそも師匠はヒールで自己回復が出来る訳だからな。俺が駆け寄ったのは――


「あいつの相手は俺がします!その間に周囲にいる人達を避難させてください!」


 そう、ここは街中だ。あの化け物勇者と今の俺がぶつかり合えば周囲に相当な被害が出る可能性が出て来る。だから師匠には住民の避難を進めて貰う。勇者に弾き飛ばされた母子みたいなのはもう見たくない。


「ったく、てめぇ力隠してやがったな。まあいい、任せろ」


「さっさと終わらせてくださいよ。一人で絶対勝つとか、俺はそういう熱血漢タイプじゃないんで」


 手応えはあった。実際、俺の一撃で勇者は吹っ飛んだ訳だからな。だがだからと言って、それで勝てるなんて寝言をほざくつもりはない。そもそも今の俺は長期戦が出来ないし、勝率を高める為にも師匠にはちゃんと働いて貰わないと。


「出来るだけ早く済ませるから、その間一人でしっかりあの化け物の相手してろよ。それと……こいつを渡しとくぜ」


 師匠が自分の親指に嵌めていた、青いリングを外して俺に投げってよこす。


「これは……」


「卒業証、兼お守りだ。指に嵌めとけ」


「わかりました」


 俺は言われた通り、右手の指に指輪を嵌める。師匠が肌身離さず持っていた物なので、恐らく何らかのマジックアイテムだろう。


「じゃあ行ってくらぁ」


 師匠がその場を離れ、避難活動へと移る。それを視線で見送った後、俺は勇者へと視線を戻した。奴は平然とした顔で、ゆっくりと此方へと歩いて近付いて来る。その距離がある程度縮まった所で、俺は奴へと声をかけた。


「出来れば、場所を変えさせてくれると有難いんだが?」


 途切れ途切れではあるものの、この世界の言葉をしゃべっていたので勇者に言葉は通じる筈だ。奴の目的が何かは分からないが、それが住民の虐殺でないのなら提案を受け入れてくれる可能性はある。そう思って頼んでみたのだが――


「かえさせて……みろ」


 言葉と同時に勇者が突っ込んで来た。何となくそんな気はしていたが、やはり駄目だった様だ。まあ意思疎通が通じる様なら、問答無用でかかってきたりはしないよな。


 勇者の拳を躱し、カウンター気味にその顔面に拳を叩き込む。だが奴は全くひるまず、滅茶苦茶に拳を振り回して来る。


 その攻撃を、躱すして殴る。躱して殴る。躱して殴る。躱す、殴る。躱す、殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。


「ヒール!」


 負荷によるダメージをヒールで回復しつつ、そして躱して殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。躱す殴る。


「ヒール」


 こっちは短期決戦で終わらせたいってのに……


 攻撃のほぼすべてにカウンターを決めているというのに、全く意に介さず勇者は俺に対する攻撃を続けてくる。恐るべき打たれ強さだ。


「すこし……ほんきで……いくぞ……」


「何が本気だ――くっ!?」


 本気を出すと口にした途端、勇者の殴る速度が上がり俺の頬をかする。どうやら、冗談抜きで本気じゃなかった様だ。だがこのくらいならば、十分対処可能である。慌てず冷静に反撃カウンターを入れていく。が――


「もっと……あげる……」


「く……」


 更に速度が上がる。攻撃が回避だけでは捌けなくなり、ガードも必要となって必然的に此方の手数を減らさざる得ない。だがそれではますます長期戦になってしまい、俺が圧倒的に不利だ。こうなったら、こっちもある程度ダメージを覚悟して殴り合うしかない。受けたダメージは負荷回復と合わせてヒールで済ませる。


「おおおおおおお!!」


「ぬん!」


 殴り合う。とにかく正面から。フィジカルでは相手が勝り、技術では俺が。お互いの力が拮抗し、状況は完全に五分。もちろん、此方が時間制限付である事を除けば、だが。


「ヒール!」


 ヒールに関しては、後100発以上余裕で撃てるのでしばらくは持つ。だが寿命というカウントダウンはそうはいかない。どこまで持つか、それすらも分からないまま戦いは続く。


 不思議だ……


 相手のタフネスから長期戦は必至。師匠が避難を終わらせて戻って来たとして、倒せる保証もない。なのに、何故か焦りはない。寧ろ……そう、寧ろ楽しいぐらいだ。


 ……素手での殴り合いなんて、以前は野蛮なバカのする事だと思っていた。


 だが血が滾る。命を懸けた戦いで。しかも、生き延びられる可能性の方が低く感じる戦いなのに。いや、だからこそなのかもしれない。これまで俺は何でも出来た。天才だったから。


 師匠の元での訓練は馬鹿みたいにきつかったが、それでも常に余裕があった。命の保証という余裕が。だだ、今はその余裕がない。そう……俺は生まれて初めて、本気で全てをさらけ出しているのだ。生き延びるために。それが楽しくて楽しくて仕方がなかった。


「この充実感……それ教えてくれた事に感謝するぜ!」


 自分の素直な気持ちを吐き出す。戦いで発生する衝撃波で周囲の建物が吹き飛び、崩壊した中心でそう叫ぶ俺の姿を第三者が見たら、きっと正気を失っていると思う事だろう。実際、自分でも正気を疑いたくなる。だが楽しい物は楽しいのだから仕方がない。


「だが勝つのは俺だ!」


「やって……みろ……」


 俺は勇者の攻撃をガードしつつ、懐に入ってその体を浮かせる様に蹴り上げ、魔法を発動させる。


「ウィンドテンペスト!」


 超絶級魔法セブンスマジック、ウィンドテンペスト。これは局所的な嵐を呼び出す魔法だ。正直、この程度の魔法では真面にダメージは通らないだろう。だが問題ない。その目的は、相手の体を上空高く吹きとばす事だからだ。


「ぬ……う……」


 ――魔法を受け、勇者の巨体がはるか上空へと舞い上がる。


「師匠!」


「待たせたな!」


 丁度そのタイミングで、と言うか師匠が住民の避難を終えて戻って来たから吹き飛ばした訳だが。


 俺が右手を上空に掲げると、師匠も同じ様に右手を掲げた。伊達に一年半、一緒にいた訳ではない。俺の考えは口にするまでも無く伝わっている。


「ぶっぱします!」


「まかせとけ!」


 これから使うのは、師匠から習った最強の奥義。俺がかつて目の当たりにして、漫画かよとつぶやいたアレである。あいつをわざわざ浮かせたのは、そのまま撃つと街に被害が出るからだ。


「「鬼功砲!」」


 俺と師匠の渾身のエネルギーが放たれる。本来、同じ技でも波長の問題からエネルギーは干渉し潰し合う。だが俺は天才だ。一年半も一緒にいた師匠の波長と完全に一致させる事など造作ない。俺と師匠の奥義は反発しあう事無く一つに混ざり合い、圧倒的な破壊の刃となる。


 そしてそれは――手足を丸め、亀の様な防御姿勢をとった勇者を飲み込んだ。

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