第4話 眉を顰める

 魔法ギルドを出るともう日が傾いていた。治安の程も分らないので、暗くなってからの散策は避けたい所。なので俺は爺さんにお勧めされていた宿へと真っすぐ向かう。


「ここがカイネの宿か」


 宿は少々古臭い感じの木造建てだったが、中に入るとしっかりと掃除が行き届いているのか汚い感じはしなかった。


「いらっしゃい!カイネの宿へようこそ!」


 カウンターにいた太った女性が元気よく声を張る。ほっかむりを被ってる姿は、肝っ玉母さんを思い浮かばせた。


「一週間ほど滞在したいんだけど」


「あいよ、うちは前金で一泊300ボル。夕食付きなら330ボルさね」


 一泊は300ボル――3000円相当で安い。俺は夕食事付きの一週間分の料金、2310ボルを彼女に手渡す。


「夕食は今すぐに食べるかい?」


「直ぐで頼むよ」


「あいよ!エリー、お客さんを六号室に案内しな!」


 女性が奥に向かって声をかけると『はーい』と可愛らしい返事が返ってきて、お下げ頭の、10歳ぐらいの女の子が奥から出て来た。


「いらっしゃいませ。カイネの宿へようこそ。お部屋へご案内します」


 少女はハキハキとそう言うと、俺を六号室のある二階へと案内してくれる。


「こちらになります」


 室内は大きな窓が一つに、ベッドとクローゼット。それに机が置いてあるこじんまりとしたワンルームとなっていた。木造だが扉には金属製の内鍵もついており、最低限の防犯も意識されている感じだ。


「トイレとシャワーは一階になってます!それじゃあお食事をお持ちしますね!」


 この宿にはシャワーもある様だ。電気はないだろうから、魔法関係で何とかしてる感じだろうと思われる。因みに、室内は天井からつるされている照明で照らされていて明るい。これはマジックアイテムだ。魔力を感じるので間違いないだろう。


「さて……」


 ベッドに体を投げ出す様に俺は寝転ぶ。別に疲れている訳じゃ……いやまあ、疲れてはいるか。肉体的にはどうって事は無いのだが、やはり精神的にはきつい。いくら優秀だとは言え、意味不明な環境に投げ入れられれば精神的に疲弊もするという物だ。


「異世界生活か。目指す理想ごーるは帰還だけど……」


 それがあるかどうかもまだ確認できていない。確実に聞き出せる相手がいるとするなら、ディバイン教の大司教であるアルダースだ。言葉を話せないふりをしたためさっきは聞き出せなかったが、期間を少し開けて言葉を覚えたと言う事にして訪ねれば……


「まあそれはそれでリスクがあるんだよな」


 言葉が喋れないからこそ。どうせすぐに野垂れ死ぬと思ったからこそ。アルダースは自己満足の施しをして、俺を放置したって可能性があるからだ。なので言葉を話せて普通に生活できてますよってなった場合、相手が掌を引っ繰り返す事も十分考えられる。


「流石に勇者召喚自体は極秘じゃないだろうが……」


 極秘情報なら、自己満足程度の為に俺を自由にしたりはしないだろう。


 もし極秘だってのに解放してたんなら、アルダース大司教は完全にクルクルパーだ。そしてそんな奴に処理を任せた魔塔の副塔主ゴンザスや、王女エナイスも同じぐらい愚かと言える。まあ流石にそこまで馬鹿揃いって事は無いだろうから、極秘情報って線は消しておく。


 召喚が極秘じゃないなら、掌を返しはなくないんじゃないか?


 そんな事は無い。生活基盤や知識のない異世界人を呼び出しておいて保護もせず、大司教から少額だけ渡して放棄したってのは、教会として死ぬ程風聞が悪い出来事だ。普通は相手に死ねと言ってるのと同じだからな。そしてもしそんな噂が立ったら、宗教的にはマイナスも良い所だ。


「宗教なんてイメージが超重要だからな」


 そのため、不名誉をとことん嫌う傾向にある。なのでそれが真実だったとしても、マイナスになるなら排除しようとするのが常という物。


 まあ宗教に対する偏見が入っていないと言えば嘘になるが、それ程間違っているとも思わない。神だ何だと言っていても、運営してるのは所詮人間だからな。


 なのであり得ると想定して俺は動く。能天気に構えて、間抜けに足を掬われたら溜まらないからな。


「取り敢えず……教会に俺の事を知られない様にするためにも、周りに異世界人である事はバレない様にしとかないとな」


 まあ現時点でも既にそうしてはいるんだが……俺がこの世界にとって異物である事を、周囲にカミングアウトするメリットは一切ないからな。


「身分証代わりに貰ったこれは……」


 ポケットから、独特なマークの刻まれた名刺サイズの金属プレートを取り出す。これは神殿を出る際男性から貰った物で、ディバイン教徒である事を示す証となっている。身分証代わりにも使え、この街に入る際もこれの提示一発でフリーパスだった。


 逆にこれが無かったら街にも入れなかった可能性が高かったので、大司教が本格的に俺を野垂れ死にさせるつもりだった事が良く分かる。糞爺め。


「まあシリアル番号がある訳でも無し、魔力も感じないからこれは使っても大丈夫か」


 トム爺さんのお陰で魔力の扱いを覚えた今の俺は、物質に魔法が施されているかが一発で分かる様になっていた。なのでこれに追跡魔法の様な物がかかっていない事は確かだ。


 魔法がかかっておらず。番号による識別もされていない以上、これから足が付く心配はないだろう。なのでこれは有難く使わせて貰うとする。


「ま、何にせよしばらくは情報収集だな……」


 とにかく、今はこの世界に関する情報集めが最優先だ。そして生活基盤を作る。右も左もわからない状態では話にならないからな。帰還方法探しは異世界での生活が安定してから考えればいい。


「お食事お持ちしました!」


 ベッドに寝転んで考え事をしていると、扉がノックされ、返事を待つ事無く少女が飛び込んで来た。何のためのノックだよって気がしなくもないが……まあ些細な事だ。


「夕ご飯はサラダとパンに、トカゲの赤辛スープになってます!」


 テーブルに置かれた大きめの椀の中には、赤い液体に浸かったトカゲが丸々一匹入っていた。


 俺はそれを見て眉を顰める。


 露店頭で串焼きが売っていたので、そういった物もいずれ食べる事になるんだろうなとは思っていた。だがまさか初日からとは……


 俺は再びそれに目をやり、眉をしかめた。

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